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ウェストハム・ユナイテッドFC

ウェストハム・ユナイテッド・フットボール・クラブWest Ham United Football Club)は、イングランドの首都ロンドン東部をホームタウンとする、イングランドプロサッカーリーグ(プレミアリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。愛称はハマーズ(Hammers)、またはアイアンズ(Irons)。

ウェストハム・ユナイテッドFC
原語表記 West Ham United Football Club
愛称 ハマーズ(The Hammers)
アイアンズ(The Irons)
クラブカラー ワインレッド・水色
創設年 1895年
所属リーグ プレミアリーグ
ホームタウン ロンドン
ホームスタジアム FloodlitLondonStadium.jpgロンドン・スタジアム
収容人数 60,000[1]
代表者 デイビッド・サリバン (51.1%)
デイビッド・ゴールド (35.1%)
アルバート・'トリップ'・スミス (10%)[2]
Other Investors (3.8%)[3]
監督 チリの旗 マヌエル・ペレグリーニ
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

概要編集

ロンドンっ子の象徴とされるコックニー訛りが飛び交う東ロンドンの下町地域に本拠を構える。サポーター層は純労働者階級が多数である。ロンドンの同地区を本拠地とするミルウォールレイトン・オリエントとの対戦がダービーマッチに当る。

クラブの特徴は、育成に実績のあるユース組織を備えており、有望な若手を発掘、育成し、ビッグクラブへ放出するという典型的な「売り手」型であるといえる。近年はその傾向が顕著で、ジョー・コールリオ・ファーディナンドフランク・ランパードマイケル・キャリックジャーメイン・デフォーなどのイングランド代表選手は皆ウェストハムのユース出身である。彼らはトップチームで頭角を現し、後にビッグクラブに移籍している。

現在のホームスタジアムはロンドン・スタジアム(収容人数60,000人)。2016年にこれまで1914年から112年間、本拠地として使用したアップトン・パーク(収容人数35,303人)から移行した。スタジアムでは、クラブの代表的な応援歌でもある「I'm Forever Blowing Bubbles」が試合開始前後に大量のシャボン玉とともに流れ、サポーターはこれらのサビ部分をアカペラで合唱する。

92チームの中で、歴代の監督数が最も少ないという記録を持っており、122年間の歴史の中で、監督は20人のみである。しかし、2000年代に入ってからは成績が安定しないせいか、監督交代が相次いでいる。

歴史編集

2000年代以前編集

1895年、ウェストハムは東ロンドンの造船会社テイムズ・アイアンワークス(Thames Ironworks)の社員チームとして結成された。クラブが「アイアンズ」「ハマーズ」という愛称で知られるのはこのためである。1898年に南部2部リーグに加入しプロ化され、その後1部に昇格。クラブの運営をめぐる争いの末、テイムズ・アイアンワークスは1900年に解散し、その後すぐに「ウェストハム・ユナイテッドFC」が結成された。

南部1部リーグでの試合を続けながら、1901年にウエスタンリーグに加入した。1907年にウエスタンリーグ1B部のチャンピオンとなると、1A部のフラムを1-0で破り、ウエスタンリーグで優勝した。

 
オープンから2016年まで使われたかつての本拠地アップトン・パーク

1919年にフットボールリーグ2部に加入し、1923年に1部に昇格。同年には初のFAカップ決勝に進出した。この時の対戦相手はボルトンである。1932年に2部に降格し、その後の30年はほとんどを2部で過ごしたが、1958年に再び1部に昇格した。この間、1940年にフットボールリーグウォーカップで初優勝している。

1961年、ロン・グリーンウッドが監督に就任すると、1964年にFAカップ優勝、1965年にUEFAカップウィナーズカップ優勝を果たした。ちなみに、1966年のFIFAワールドカップの時のイングランド代表の主要メンバーは、キャプテンのボビー・ムーア、マーティン・ピータース、ジェフ・ハーストといったウェストハムの選手達であった。1974-75シーズンにグリーンウッドは総合監督に就任し、アシスタントのジョン・ライアルを監督に任命した。1976年にクラブは再びUEFAカップウィナーズカップ決勝に進出したが、2-4でアンデルレヒトに敗れた。FAカップは1964年、1975年、1980年に優勝。1923年と2006年にも決勝に出場している。

2000年代編集

2004-05シーズンにチャンピオンシップで6位ながらも、プレミアリーグ昇格プレーオフで勝利を収めて昇格を果たした。昇格直後の2005-06シーズンのリーグ戦で9位に入り、FAカップでも準優勝している。クラブは2006年11月に、実業家エガート・マグヌソン率いるアイスランドのグループによって1億2600万ユーロ(約200億円)で買収された。マグヌソンはアイスランド・サッカー協会会長とUEFA理事会理事を兼任している。

2006-07シーズン、初めにワールドカップ・ドイツ大会で活躍したアルゼンチン代表のカルロス・テベスハビエル・マスチェラーノを補強して注目を集めたが、同シーズンは前シーズンから一転して苦しい戦いとなった。 開幕から数試合はまずまずの成績だったものの、その後ほとんど勝てなくなり、3月4日、トッテナムとのロンドンダービーでショッキングな逆転負けを喫するとついに最下位に転落してしまう。しかし3月17日のブラックバーン戦で勝利すると、最後の9試合を7勝2敗の好成績で乗り切り、最終的に15位でシーズンを終えた。

2007-08シーズンはプレミアリーグ10位で終わった。2008-09シーズンは早々、2006年12月より前監督アラン・パーデューに代わり指揮をしていたアラン・カービシュリー監督が辞任し、ジャンフランコ・ゾラがクラブ史上の12人目の監督に就任した。しかしアヴラム・グラントが監督に就任した2010-11シーズンは最下位に沈み、降格が決まった。

2011-2012シーズンはリーグ3位で昇格プレーオフに回り、決定戦でブラックプールに勝利して1年でプレミアリーグに復帰した。以降のシーズンではプレミアリーグに定着しているものの、2013-2014シーズンはシーズン途中にディラン・トンビデスを精巣がんで亡くしてしまう。2014-15シーズンはマウロ・サラテシェイフ・クヤテエネル・バレンシアディアフラ・サコアレクサンドル・ソングらを獲得した一方で、ジョー・コールアルー・ディアッラらを放出した。冬の移籍市場ではネネを獲得。

2015-16シーズンはペドロ・オビアングディミトリ・パイェアンジェロ・オグボンナマヌエル・ランシーニニキツァ・イェラヴィッチマイケル・アントニオビクター・モーゼスを獲得。またソングをバルセロナから再獲得した。一方でカールトン・コール、ネネ、スチュワート・ダウニングケヴィン・ノーランらを放出。

2016-2017シーズンより、本拠地を2012年ロンドンオリンピックパラリンピックのメイン競技場として使用されたロンドン・スタジアムに移した。移籍市場ではソフィアン・フェグリアンドレ・アイェウホーヴァル・ノルトヴェイトアルバロ・アルベロアギョクハン・トレシモーネ・ザザらを獲得した。冬の移籍市場ではパイェがオリンピック・マルセイユに移籍したが、ジョゼ・フォンテロバート・スノッドグラスを獲得した。

2017-18シーズン、夏の移籍市場でパブロ・サバレタジョー・ハートマルコ・アルナウトヴィッチらを獲得したが、開幕から3連敗など、リーグ序盤戦から低調なパフォーマンスが続き、11月にスラベン・ビリッチ監督を解任した。後任にはデイヴィット・モイーズを置き、前政権よりかは持ち直したものの、勝ちきれない試合が多く、最終的には、13位でシーズンを終えた。アルナウトヴィッチがチーム最多の11得点を記録した。

2018-19シーズン、監督にチリ人マヌエル・ペレグリーニを招集し、移籍市場では夏冬通じて10人もの選手を獲得した。スウォンジーからウカシュ・ファビアンスキを、トゥールーズからイッサ・ディオプラツィオからはフェリペ・アンデルソンら獲得した。リーグ戦では開幕から4連敗を喫するなど最悪のスタートとなったが、徐々に復調。結果リーグ10位でシーズンを締めくくった。

ユニホーム編集

年度 メーカー 胸スポンサー
1976–80 Admiral なし
1980–83 Adidas
1983–87 AVCO Trust
1987–89 Scoreline
1989–93 Bukta BAC Windows
1993–97 Pony Dagenham Motors
1997–98 None
1998–99 Dr. Martens
1999–03 Fila
2003–07 Reebok Jobserve
2007–08 Umbro XL.com
2008–10 SBOBET
2010–13 Macron
2013-2015 Adidas alpari
2015- Umbro betway

エンブレム編集

エンブレムは1923年のFAカップ決勝進出時に、チーム発足にちなんだ2本のハンマーを交叉させたマークが使われたのがはじまりで、1950年に正式なエンブレムが決まった。1965年のヨーロッパカップの際にエンブレムにの図案が追加されたが、この城は地元のブーリン城であり、名称はアン・ブーリンが元になっている。

その後、一時ハンマーのみの図案に戻されたが、1997年にワインレッド水色、そして城とハンマーを黄色で描くエンブレムになった[4]。現在は再びハンマーのみの図案になっている。

チームカラーのワインレッドと水色の組み合わせは1897年のユニフォームに始まる。諸説あるが、地元の他2チームが使っていた色を採用したとか、強豪のアストン・ヴィラを真似たとか、またある選手がアストン・ヴィラの選手に徒競走で勝ちユニフォームを貰ったことが起源だとの逸話もある。

タイトル編集

国内タイトル編集

国際タイトル編集

過去の成績編集

シーズン ディビジョン FAカップ リーグカップ 欧州カップ / その他 最多得点者
リーグ 順位 選手 得点数
1992-93 ディビジョン1 46 26 10 10 81 41 88 2位 4回戦敗退 2回戦敗退 トレバー・モーリー 22
1993-94 プレミア 42 13 13 16 47 58 52 13位 準々決勝敗退 3回戦敗退 トレバー・モーリー 16
1994-95 42 13 11 18 44 48 50 14位 4回戦敗退 4回戦敗退 トニー・コッティ 15
1995-96 38 14 9 15 43 52 51 10位 4回戦敗退 3回戦敗退 トニー・コッティ 12
1996-97 38 10 12 16 39 48 42 14位 3回戦敗退 4回戦敗退 ポール・キットソン
ジュリアン・ディックス
9
1997-98 38 16 8 14 56 57 56 8位 準々決勝敗退 準々決勝敗退 ジョン・ハートソン 24
1998-99 38 16 9 13 46 53 57 5位 3回戦敗退 2回戦敗退 イアン・ライト 9
1999-00 38 15 10 13 52 53 55 9位 3回戦敗退 準々決勝敗退 インタートトカップ 優勝 パオロ・ディ・カーニオ 17
UEFAカップ 2回戦敗退
2000-01 38 10 12 16 45 50 42 15位 準々決勝敗退 4回戦敗退 フレデリック・カヌーテ 14
2001-02 38 15 8 15 48 57 53 7位 4回戦敗退 2回戦敗退 ジャーメイン・デフォー 14
2002-03 38 10 12 16 42 59 42 18位 4回戦敗退 3回戦敗退 ジャーメイン・デフォー 11
2003-04 ディビジョン1 46 19 17 10 67 45 74 4位 5回戦敗退 3回戦敗退 ジャーメイン・デフォー 15
2004-05 チャンピオン 46 21 10 15 66 56 73 6位 4回戦敗退 3回戦敗退 マーロン・ヘアウッド 22
2005-06 プレミア 38 16 7 15 52 55 55 9位 準優勝 3回戦敗退 マーロン・ヘアウッド 16
2006-07 38 12 5 21 35 59 41 15位 4回戦敗退 3回戦敗退 UEFAカップ 1回戦敗退 ボビー・ザモラ 11
2007-08 38 13 10 15 42 50 49 10位 3回戦敗退 準々決勝敗退 ディーン・アシュトン 12
2008-09 38 14 9 15 42 45 51 9位 5回戦敗退 3回戦敗退 カールトン・コール 10
2009-10 38 8 11 19 47 66 35 17位 3回戦敗退 4回戦敗退 カールトン・コール 10
2010-11 38 7 12 19 43 70 33 20位 準々決勝敗退 準決勝敗退 カールトン・コール 11
2011-12 チャンピオン 46 24 14 8 81 48 86 3位 3回戦敗退 1回戦敗退 カールトン・コール 15
2012-13 プレミア 38 12 10 16 45 53 46 10位 3回戦敗退 3回戦敗退 ケヴィン・ノーラン 10
2013-14 38 11 7 20 40 51 40 13位 3回戦敗退 準決勝敗退 ケヴィン・ノーラン 7
2014-15 38 12 11 15 44 47 47 12位 5回戦敗退 2回戦敗退 ディアフラ・サコ 11
2015-16 38 16 14 8 62 65 62 7位 準々決勝敗退 3回戦敗退 UEFAヨーロッパリーグ 予選3回戦敗退 ディミトリ・ペイェ 12
2016-17 38 12 9 17 47 64 45 11位 3回戦敗退 準々決勝敗退 UEFAヨーロッパリーグ プレーオフ敗退 マイケル・アントニオ 9
2017-18 38 10 12 16 48 68 42 13位 4回戦敗退 準々決勝敗退 マルコ・アルナウトヴィッチ 11
2018-19 38 15 7 16 52 55 52 10位 4回戦敗退 4回戦敗退 マルコ・アルナウトヴィッチ 11
2019-20 38

現所属メンバー編集

プレミアリーグ2018-2019 フォーメーション
2019年9月2日現在
No. Pos. 選手名
1   GK ウカシュ・ファビアンスキ
2   DF ウィンストン・リード ( )(副主将)
3   DF アーロン・クレスウェル
4   DF ファビアン・バルブエナ
5   DF パブロ・サバレタ ( )
7   FW アンドリー・ヤルモレンコ
8   FW フェリペ・アンデルソン
10   MF マヌエル・ランシニ ( )
11   MF ロバート・スノッドグラス
13   GK ロベルト・ヒメネス
15   MF カルロス・サンチェス
16   MF マーク・ノーブル ( ) ( )
No. Pos. 選手名
18   MF パブロ・フォルナルス
19   MF ジャック・ウィルシャー
20   DF ゴンサロ・カルドーゾ
21   DF アンジェロ・オグボンナ ( )
22   FW セバスティアン・アレ ( )
23   DF イッサ・ディオプ ( )
24   DF ライアン・フレデリックス
25   GK デイビッド・マーティン
26   DF アルトゥール・マスアク ( )
27   FW アルビアン・アイエティ ( )
30   FW マイケル・アントニオ ( )
41   MF デクラン・ライス ( )

※括弧内の国旗はその他の保有国籍を、星印はEU圏外選手を示す。

※6番はボビー・ムーア 永久欠番 ※38番はディラン・トンビデス 永久欠番

監督

ローン移籍選手編集

in
No. Pos. 選手名
No. Pos. 選手名
out
No. Pos. 選手名
12   FW ジョーダン・ハギル (QPR)
23   MF セアド・ハクシャバノヴィッチ (ノルシェーピン)
No. Pos. 選手名
33   MF ジョシュ・カレン (チャールトン)
45   FW グレイディ・ディアンガナ (WBA)

歴代監督編集

氏名 期間 試合 勝ち 分け 負け 勝率 %
  シッド・キング 1901-1932 638 248 146 244 38.87
  チャーリー・ペインター 1932-1950 480 198 116 166 41.25
  テッド・フェントン 1950-1961 484 193 107 184 39.87
  ロン・グリーンウッド 1961-1974 613 215 165 233 35.07
  ジョン・ライアル 1974-1989 708 277 176 255 39.12
  ロー・マカリ 1989-1990 38 14 12 12 36.84
  ロニー・ボイス (暫定) 1990 1 0 1 0 0.00
  ビリー・ボンズ 1990-1994 227 99 61 67 43.61
  ハリー・レドナップ 1994-2001 327 121 85 121 37.00
  グレン・ローダー 2001-2003 86 27 23 36 31.40
  トレヴァー・ブルッキング (暫定) 2003 14 9 4 1 64.29
  アラン・パーデュー 2003-2006 163 67 38 58 41.10
  アラン・カービシュリー 2006-2008 71 28 14 29 39.44
  ケヴィン・キーン (暫定) 2008 1 0 0 1 0.00
  ジャンフランコ・ゾラ 2008-2010 80 23 21 36 28.75
  アヴラム・グラント 2010-2011 47 15 12 20 31.91
  ケヴィン・キーン (暫定) 2011 1 0 0 1 0.00
  サム・アラダイス 2011-2015 181 68 46 67 37.57
  スラベン・ビリッチ 2015-2017 111 42 30 39 37.84
  デイヴィッド・モイーズ 2017-2018 31 9 10 12 29.03
  マヌエル・ペレグリーニ 2018-

歴代所属選手編集

GK編集


DF編集


MF編集


FW編集



脚注編集

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  1. ^ Premier League Handbook 2018–19”. Premier League (2018年7月30日). 2019年1月3日閲覧。
  2. ^ West Ham stake bought by American billionaire Albert 'Tripp' Smith”. Sky Sports. 2017年10月1日閲覧。
  3. ^ ownership West Ham United”. whufc corporate information. 2015年6月28日閲覧。
  4. ^ エンブレムの世界 上海申花『サッカーマガジン』2012年1月10.17日号、ベースボール・マガジン社、2012年、雑誌23883-1/10.17, 069頁。

外部リンク編集