ウード (ヌヴェール伯)

ウード・ド・ヌヴェール(Eudes de Nevers, 1230年 - 1266年8月4日)は、ブルゴーニュ公ユーグ4世の嗣子で、ヌヴェール伯およびオセール伯。母はヨランド・ド・ドルー[1]

ウード・ド・ブルゴーニュ
Eudes de Bourgogne
ヌヴェール伯・オセール伯
Eudes de Bourgogne (1230-1269).jpg
ヌヴェール伯ウードのシール
在位 1257年 - 1262年

出生 1230年
死去 1266年8月4日
Vexillum Regni Hierosolymae.svg エルサレム王国アッコ
埋葬 Vexillum Regni Hierosolymae.svg エルサレム王国アッコ、サン=ニコラ墓地
配偶者 ヌヴェール女伯マティルド2世
子女 ヨランド2世
マルグリット
アデライード
家名 ブルゴーニュ家
父親 ブルゴーニュ公ユーグ4世
母親 ヨランド・ド・ドルー
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ヌヴェール伯ウードの紋章

生涯編集

1266年にアッコで死去した[2]。父より先に死去したため、ブルゴーニュ公位にはつかず、父の死後、弟ロベール2世が公位を継承した。

ウードはヌヴェール女伯マティルド2世(ブルボン領主アルシャンボー9世とヨランド・ド・シャティヨンの娘)と結婚し、以下の3女をもうけた。娘たちはいずれも両親の伯領を継承した。

脚注編集

  1. ^ a b (FR)Michelle Bubenicek, Quand les femmes gouvernent: droit et politique au XIVe siècle:Yolande de Flandre, Droit et politique au XIV siecle, (Ecole des Chartes, 2002), 54.
  2. ^ Jaroslav Folda, Crusader Art in the Holy Land, From the Third Crusade to the Fall of Acre, (Cambridge University Press, 2005), 356.
先代
マティルド1世(マオー)
ヌヴェール伯
1257年 - 1262年
マティルド2世と共治
次代
ヨランド2世