メインメニューを開く

エイドリアン・エムリス・ストリートAdrian Emrys Street1940年12月5日 - )は、サウス・ウェールズ出身の元プロレスラー

エイドリアン・ストリート
Smmartino, Street, and Watts.jpg
左からブルーノ・サンマルチノ、エイドリアン・ストリート、ビル・ワット
(2005年)
プロフィール
リングネーム "エキゾチック" エイドリアン・ストリート
"ネイチャー・ボーイ" エイドリアン・ストリート
キッド・ターザン・ジョナサン
本名 エイドリアン・エムリス・ストリート
ニックネーム 魅惑の狂乱児
身長 180cm
体重 107kg(全盛時)
誕生日 (1940-12-05) 1940年12月5日(78歳)
出身地 イギリスの旗 イギリス
ウェールズの旗サウス・ウェールズ
ブリンマー(Brynmawr
スポーツ歴 ボディビルディング
トレーナー シック・オズモンド
デビュー 1957年
テンプレートを表示

イギリスで活動後、1980年代アメリカに渡り、ゲイギミックペイントレスラー "エキゾチック" エイドリアン・ストリート"Exotic" Adrian Street)に変身。異色のヒールとして西海岸南部を中心に活躍した。

目次

来歴編集

イギリス時代編集

少年時代からボディビルディングで体を鍛え上げ、その肉体美と容貌を買われ雑誌のモデルにも起用されていた[1]ロンドンYMCAにてレスリングのトレーニングを積み、1957年8月8日、キッド・ターザン・ジョナサンKid Tarzan Jonathan)のリングネームで16歳でデビュー[2][3]

その後、"ネイチャー・ボーイ" エイドリアン・ストリート"Nature Boy" Adrian Street)を名乗り、バディ・ロジャースに影響を受けた金髪ヒールとして、1960年代から1970年代にかけてデール・マーティンズ・プロモーションズ(ジョイント・プロモーションズ系列)を主戦場に活動した[1]

1970年代前半は同タイプのボビー・バーンズとのタッグチームヘルズ・エンジェルズThe Hells Angels)でも活躍し、ロイ&トニー・セント・クレアーのセンセーショナル・セインツなどと抗争[2]。エンジェルズ解散後は1976年1979年に世界ミドル級王座を獲得している[4]

1981年に英国を離れ、スチュ・ハートの主宰するカナダカルガリースタンピード・レスリングや、オットー・ワンツの主宰するドイツオーストリアのCWA(キャッチ・レスリング・アソシエーション)など海外に進出[1]。CWAではスティーブ・ライトミレ・ツルノと対戦した[5]

アメリカ時代編集

1982年"エキゾチック" エイドリアン・ストリート"Exotic" Adrian Street)のリングネームでカリフォルニア州ロサンゼルスNWAハリウッド・レスリングに登場。妻のミス・リンダMiss Linda)をマネージャーに従え[6]、けばけばしい化粧ピッグテール風の髪型というヘアメイクを施し、試合中も対戦相手やレフェリーの尻を愛撫しキスを迫るなど、ゲイギミックのキャラクターを確立する。

同年3月14日にはスウィート・ブラウン・シュガーからNWAアメリカス・ヘビー級王座を奪取[7]。タッグでは "ダイヤモンド" ティモシー・フラワーズと組み[8]、5月にクリス・アダムス&リンゴ・リグビー、8月にマンド・ゲレロ&ヘクター・ゲレロを破り、アメリカス・タッグ王座を2度獲得した[9]。ロサンゼルス地区の総本山だったオリンピック・オーディトリアムでは、"The Battle of the Undefeated" と銘打たれたミル・マスカラスとのシングルマッチも行われている[1]

1982年末からはテネシー州メンフィスCWAに参戦。ジム・コルネットのヒール・ユニット「コルネット・ダイナスティ」に加入し[10]スコットランド出身のビル・ダンディーを相手に抗争を繰り広げた[11]1983年フロリダのCWF(チャンピオンシップ・レスリング・フロム・フロリダ)に進出し、イライジャ・アキームボディーガードに従えてダスティ・ローデスと抗争を展開[12]。彼は自身のホームページにおいて、ダスティの息子ダスティン(ゴールダスト)はエキゾチック・エイドリアンに大きな影響を受けたに違いないと語っている[1]

1984年テキサス州サンアントニオのSCW(サウスウエスト・チャンピオンシップ・レスリング)を経て、ドリー・ファンク・ジュニアの招きでNWAミッドアトランティック地区のジム・クロケット・プロモーションズに参戦[1]。フロリダでのダスティ・ローデスとの遺恨試合を再現し、ワフー・マクダニエルジミー・バリアントとも抗争した[13]。一時ベビーフェイスに転向して彼らとタッグを組んだが[5]、再びヒールターンしてビル・ワット主宰のMSWAに登場。1984年9月26日にテリー・テイラーを破りミッドサウスTV王座を獲得した[14]。同年の末からはメンフィスのCWAに戻り、ランディ・サベージとの抗争を開始した[1]

1985年下期よりアラバマのCCW(コンチネンタル・チャンピオンシップ・レスリング)に定着し、7月15日にオースチン・アイドルからNWAサウスイースタン・ヘビー級王座を奪取。翌1986年ノーベル・オースチンやウェンデル・クーリーと同王座を争い、1987年4月10日にダッチ・マンテルに敗れるまで、通算4回に渡って戴冠した[15]。その後はリップ・タイラーがガルフ・コースト地区で旗揚げしたWOWに参戦[16]1991年ダラスのGWFに単発出場し、バディ・ランデルキング・パーソンズと対戦した[17]

引退後はフロリダ北部のガルフ・ブリーズに居住。以降もレジェンド選手のリユニオン・イベントやレセプションに顔を見せており[3]、NWAレッスル・バーミングハムなどアラバマのインディー団体にもゲスト参戦している[17]。また、プロレスラー養成所 "Skull Krushers Wrestling School" のトレーナーとして後進の指導に携わり[18]、自身のデザインによるリングコスチュームの販売なども行っている[19]

エピソード編集

得意技編集

獲得タイトル編集

ジョイント・プロモーションズ
  • 世界ミドル級王座(欧州版):2回[4]
NWAハリウッド・レスリング
  • NWAアメリカス・ヘビー級王座:1回[7]
  • NWAアメリカス・タッグ王座:2回(w / ティモシー・フラワーズ)[9]
チャンピオンシップ・レスリング・フロム・フロリダ
  • NWAフロリダ・ヘビー級王座:1回[22]
サウスウエスト・チャンピオンシップ・レスリング
  • SCWジュニアヘビー級王座:1回[23]
ミッドサウス・レスリング・アソシエーション
  • ミッドサウスTV王座:1回[14]
コンチネンタル・チャンピオンシップ・レスリング
  • NWAサウスイースタン・ヘビー級王座:4回[15]

脚注編集

  1. ^ a b c d e f g h Adrian Street's Pedigree of Champions”. Adrian Street's Bizare Bazzar. 2011年6月18日閲覧。
  2. ^ a b Interview with Adrian Street”. British Wrestling Archive. 2011年6月18日閲覧。
  3. ^ a b c Adrian Street proposes to Miss Linda”. SLAM! Wrestling: April 16, 2005. 2011年6月18日閲覧。
  4. ^ a b World Middleweight Title [Europe]”. Wrestling-Titles.com. 2011年6月18日閲覧。
  5. ^ a b Adrian Street: Matches 1962-1985”. Cagematch. 2012年3月22日閲覧。
  6. ^ Women's Wrestler Profiles: Miss Linda”. Online World of Wrestling. 2011年6月18日閲覧。
  7. ^ a b NWA Americas Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2011年6月18日閲覧。
  8. ^ "Diamond" Timothy Flowers”. Online World of Wrestling. 2011年6月18日閲覧。
  9. ^ a b NWA Americas Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2011年6月18日閲覧。
  10. ^ Jim Cornette's Biography”. Jim Cornette.com. 2011年6月18日閲覧。
  11. ^ The USWA matches fought by Adrian Street in 1983”. Wrestlingdata.com. 2016年4月25日閲覧。
  12. ^ The CWF matches fought by Adrian Street in 1983”. Wrestlingdata.com. 2016年4月25日閲覧。
  13. ^ The WCW matches fought by Adrian Street in 1984”. Wrestlingdata.com. 2016年4月25日閲覧。
  14. ^ a b Mid-South Television Title”. Wrestling-Titles.com. 2011年6月18日閲覧。
  15. ^ a b NWA Southeastern Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2011年6月18日閲覧。
  16. ^ World Organization Wrestling”. Classic Wrestlings Online. 2012年3月22日閲覧。
  17. ^ a b Adrian Street: Matches 1985-2010”. Cagematch. 2012年3月22日閲覧。
  18. ^ Skull Krushers Wrestling School”. Adrian Street's Bizare Bazzar. 2011年6月18日閲覧。
  19. ^ a b Wrestling Wear”. Adrian Street's Bizare Bazzar. 2011年6月18日閲覧。
  20. ^ アニマル・ウォリアー著、アンドリュー・ウィリアム・ライト協力『ロード・ウォリアーズ 破滅と絶頂』P90(2011年、東邦出版ISBN 4809409511
  21. ^ プロレスアルバム51 ガッツ・シリーズ17『これぞプロレス ワンダーランド!!』P8、P50(1984年、恒文社
  22. ^ NWA Florida Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2011年6月18日閲覧。
  23. ^ SCW Junior Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2011年6月18日閲覧。

外部リンク編集