蔵書票(ぞうしょひょう)ないし書票(しょひょう)は、本の見返し部分に貼って、その本の持ち主を明らかにするための小紙片。より国際的にはエクスリブリス(ex libris、「だれそれの蔵書から」という意味のラテン語)と呼ばれる。英語ではbookplate。ただし本来エクスリブリスとは「本がどこに帰属するかを示す言葉」であり、蔵書票のみならず本の見返しに記入された手書きの署名や、特定の大学が所蔵している本のコレクションも、エクスリブリスに該当する。殊にフランスにおいては、そういった認識が一般化した時代があった。[1] 

図と一緒に「ex libris」という言葉と蔵書の持ち主(票主)の名前が画面に入れられることが多いものの、ex librisの文言が蔵書票としての必要用件ではない。18世紀以前には、Ex Bibliotheca (だれそれの書庫・あるいは蔵書など)や、蔵書票を示す文言が入っていないものも頻用された。[2] 初期の頃は、紋章や肖像画に個人および家系のモットーを書き入れた図案が好まれたが、票主の階級や爵位、職業や故郷を示す絵柄、本や書斎に関する絵柄など多様な図案が用いられている。版種も、銅版画、木版画、リノカット、石版画、孔版、また最近ではデジタル印刷など様々である。著名な芸術家の手によるものもあり、美術品として収集の対象にもなっている。

歴史 編集

 
「ハリネズミ書票」と呼ばれる最古級の蔵書票。"Hanns Igler das dich ein Igel Kiis[3]"「(この本を盗むものは)ハリネズミにキスされるだろう」 と書かれている。

蔵書票が誕生したのは15世紀のドイツとされており、その背景には製紙技術の発達と、グーテンベルクの発明した活版印刷によって本の大量生産が可能になったことがある。現存する最古の蔵書票は1450年-1470年頃に作られたヨハンネス・クナベンスベルクの木版のもので、ハリネズミの図柄を使用していることから「ハリネズミ書票」と呼ばれている[3]。これと並んで古いものに、ブクスハイムドイツ語版英語版の修道院に残されている1480年頃の蔵書票があり、これは盾を支える天使の図柄で木版に手彩色が施されている[3]

初期には木版が主流であったが、16世紀になるとアルブレヒト・デューラールーカス・クラナッハハンス・ホルバインなどの巨匠が蔵書票をてがけ、エングレービングやエッチング技法を使用した精巧なものが作られるようになり、やがてヨーロッパ中に広まっていった。ルネサンス期には特に持ち主を表す紋章肖像画に個人のモットーを入れた図案が好まれ、バロック期には書斎や本をモチーフにしたものや寓意的な図柄も増えていく。19世紀末にはアーツ・アンド・クラフツ運動やアール・ヌーボーの影響で多様な図案が現れ隆盛し、1891年にはドイツ・エクスリブリス協会が設立されている。

日本では本の持ち主を示すものとしては蔵書印が用いられてきたが、プラハ出身の画家エミル・オルリックによって1900年(明治33年)に文芸誌「明星」に紹介されて知られるようになり、画家、版画家によって版画仕立ての蔵書票が手がけられるようになった。著名な芸術家では竹久夢二棟方志功 武井武雄などが蔵書票を手がけている。1943年には日本愛書会が設立され、現在は日本書票協会として蔵書票の収集や交換会の中心となっている。

役割 編集

 
テルドエスト修道院の写本に残る12~13世紀頃ブックカース。「この本を破った者は呪われる」と書かれている。

歴史的には、本が盗まれることを防ぐ役割があったとされる。殊に古代および中世ヨーロッパにおいては、本を一冊制作するために莫大なコストが発生したため、何とか盗難のリスクを避ける必要があった。実際蔵書票が誕生する以 前よりブックカースと呼称されている習慣が存在し、盗もうとする人間に対する呪いの言葉を本の余白に書きつけることで、信心深かった中世社会においては効果的に機能したと考えられる。[4]上記のハリネズミ書票に刻まれている 文言も、一般にブックカースの名残とされている。

また本を所有していることを誇示しようとした可能性もある。本が貴重であった18世紀以前には、棚に本が敷き詰められた書斎や書庫を描いた、Library Interiorに分類される蔵書票が数多く制作されている。[5]それと蔵書票ではないが、本の表紙に自らの紋章を箔押しして所有を誇示する例も多く残っており、これらはスーパー・エクスリブリスないしスーパー・リブロスと名付けられてエクス・リブリスの一種とされている。[6]

 
1724年に制作されたLibrary Interior様式の蔵書票。天使が書庫を整頓している。

20世紀以降は貼り付けて使用するよりも、コレクションの対象として一般には認識されている。そこから発展して蔵書票を交換する会が世界規模で開催されるようになり、愛好家同士の交流の場となっている。


ギャラリー 編集

注釈 編集

  1. ^ FRENCH BOOK-PLATES. George Bell & Sons , York Street , Covent Garden , & New York. (1896). p. 8 
  2. ^ ENGLISH BOOK-PLATES. George Bell & Sons , York Street , Covent Garden , & New York. (1894). pp. 45 , 51 ,53 
  3. ^ a b c Edward Almack (1908), Bookplates, A・C・マクラーグ英語版, pp. 12-13, https://archive.org/details/bookplatesalmack00alma/page/12/mode/2up/search/hedgehog?view=theater 
  4. ^ GERMAN BOOK-PLATES. George Bell & Sons. (1901). pp. 46-50 
  5. ^ GERMAN BOOK-PLATES. Georg Bell & Sons. (1901). pp. 267-279 
  6. ^ GERMAN BOOK-PLATES. George Bell&Sons. (1901). pp. 4-5 

関連図書・参考文献 編集

  • 日本書票協会編『日本の書票』文化出版局 1982.5
  • Parfit, Cliff “EXLIBRIS JAPAN” Tokyo, The Nippon Exlibris Association, 1982.
  • つくし館編、中井昇解説『図説書票の世界』つくし館 1985.5
  • 樋田直人著『蔵書票の美』小学館 1986.3
  • 内田市五郎・中井昇編著『現代書票情報事典』つくし館 1989.9
  • 樋田直人著『蔵書票の魅力』丸善 1992.2
  • 日本書票協会編著『書物愛 蔵書票の世界』 平凡社 2002.1
  • 岩佐なを『岩佐なを 銅版画蔵書票集』美術出版社 2006.12

関連項目 編集

外部リンク 編集