エコーチェンバー現象

情報、信念などが閉じたコミュニティ内で反復されることで増幅、強化される現象

(エコーチェンバーげんしょう/反響室現象、: echo chamber)とは、ソーシャルメディアやネット上の掲示板を利用する際に、自分と似た価値観をもつユーザーの主張ばかり見るために、自分と似たような考えや価値観、趣味嗜好を持った人たちが集まる閉鎖的な空間でやり取りが繰り返され、自分の意見や思想が肯定されることで、自身の主張する意見や思想が、あたかも一般的にもそうである、世の中における正解であるかのごとく勘違いしてしまう現象。又は交流・共感し合うことにより、特定の偏った意見や思想が増幅されて、より偏った方向に行ってしまう現象。攻撃的な意見、右翼的な思想や誤情報(デマ)や陰謀論などが広まる一因ともみられている。このような閉鎖空間で似た者同士で意見をSNSで発信すると自分と似た意見が返ってきて増幅していくる状況、閉じた小部屋で音が反響する物理現象から例えたものである[1][2][3][4](エコーチェンバーか)[5]、または(エコーチェンバーこうか、: echo-chamber effect[6])とも言う[7]

「自分の声」があらゆる方向から増幅されて返ってくる閉じた空間、エコー・チェンバー

ここで比喩の対象となっているエコー・チェンバーとは、閉じられた空間で音が残響を生じるように設計・整備された音楽録音用の残響室のことであり、レコード会社のレコーディングスタジオなどに設置されている。現代ではエコーチェンバーと同様の音響効果をデジタルで再現する機能も「エコーチェンバー」と呼び、元の音楽にミュージックプレーヤー側でリバーブ(増幅)をかけて再生する機能を「エコーチェンバー効果」などと呼んだりしているが、この項目で述べる「エコーチェンバー効果」とは関係ない。それに関してはリバーブレーターを参照のこと。


米国の法学者サンスティーンは、ネット上では上述のエコーチェンバー効果と共に、検索アルゴリズム技術発展の結果、自分にとって関心のある周辺情報ばかりが目に入るようになり、そののことが意識できないために自分とは異なる意見や考えが目に入らなくなってしまう状態(情報の泡にのみこまれた状態)になる現象であるフィルターバブル効果の結果、サイバーカスケード現象[8]が起きていると指摘した。似た現象に確証バイアスがある[9][1]

概要編集

世の中には様々な人がおり、様々な意見を持った人と触れ合うことが出来る。世界に開かれたグローバルでオープンな場で、「公開討論」のような形で意見を交換し合うことができるコミュニティがある。一方で、同じ意見を持った人達だけがそこに居ることを許される閉鎖的なコミュニティもあり、そのような場所で彼らと違う声を発すると、その声はかき消され、彼らと同じ声を発すると、増幅・強化されて返ってきて、「自分の声」がどこまでも響き続ける。それが「エコーチェンバー」である。

「エコーチェンバー現象」とは、エコーチェンバーのような閉じたコミュニティの内部で、誰と話しても自分と同じ意見しか返って来ないような人々の間でコミュニケーションが行われ、同じ意見がどこまでも反復されることで、特定の情報・アイデア・信念などが増幅・強化される状況のメタファー隠喩)となっている[10]

この「エコーチェンバー」の内部では、「エコーチェンバー」内の「公式見解」には疑問が一切投げかけられず、増幅・強化されて反響し続ける一方で、それと異なったり対立したりする見解は検閲・禁止されるか、そこまでならないとしても目立たない形でしか提示されず、すぐにかき消されてしまう。そうするうち、たとえエコーチェンバーの外から見た場合にどんなにおかしいことでも、それが正しいことだとみんなが信じてしまう[11]

「エコーチェンバー現象」は、インターネット時代に特有の現象というわけでも、また政治的な意見に特有の現象というわけでもない。「エコー・チェンバー」という比喩表現は、インターネット時代となる以前の1990年デビッド・ショー英語版が記事の中で用いたとされる[5]。インターネット時代におけるエコーチェンバー現象に関しては、2001年にはキャス・サンスティーンが、著書『インターネットは民主主義の敵か Republic.com』で言及していた[12]が、この表現の普及が特に進んだのは、2016年アメリカ合衆国大統領選挙が契機であった[5][12]

「エコーチェンバー現象」は、「フィルターバブル」という用語とも関係が深い。検索サイトのアルゴリズムが個人に最適化されすぎた結果として、「フィルターバブル現象」が発生すると、もはや自分の意見と異なる意見を検索して見ることが出来なくなり、結果として泡(バブル)のような狭い閉じた空間にとらわれたように、自分の見解と異なる観点の情報から遮断されてしまう。どちらも、自分の意見と異なる情報から遮断される現象を、狭い閉じた空間にとらわれたことに喩えているのは同じだが、その違いは、フィルターバブルが「個人」と「アルゴリズム」(コンピューター・プログラム)の関係で生じるのに対して、エコーチェンバーは「個人」と「コミュニティ」(考え方が似ている人たちの集まり)の関係で生じる、という点である。

どのように機能するのか編集

インターネット時代以前より、メディアの報道がしばしばエコーチェンバー現象を引き起こすことを、マスメディア報道を注視している人々は認識してきた[13][14]。メディアの「事情通」が、「ある主張」をしたとすると、その内容は前々から同様の考えを持っていた人々によって反復される。情報が「又聞き」で誰かに伝わり、そしてその情報が、誇張されたり歪められたりした形で自分の所に帰ってくる[15]。やがて多くの人々が、その「誇張されたり歪められたりした形」のバージョンを「真実」だと考えるようになる[16]。そのような形で、攻撃的な表現や、誤った情報の拡散が引き起こされるという見方もある[17]

インターネット時代になると、このエコーチェンバーがますます身近になって人々の前に現れた。オンライン上で生じるエコーチェンバー効果は、同じような考えを持った人々の集団の一人一人が、個々人のトンネル・ビジョン(まるでトンネル内での視界のように、狭い視野で特定の考えしか持てなくなっている状態)を融合、発展させることで生じる。インターネット上には、自分の考えとよく似た、あるいは自分が賛同できるような特定の見解をすぐに探し出して、スマホで1回タッチするだけで「いいね!」したり「リツイート」したりできるシステムがあるので、インターネット上で情報を検索する人は、そういう書き込みをした、自分と同じような興味・考え方の人との間で情報をやり取りすることになりやすい[18]。そういう人たちが寄り集まることで最終的に形成されるインターネットコミュニティが「インターネットにおけるエコーチェンバー」である。

インターネット上のエコーチェンバーの中に知らないうちに入り込んでしまった人々は、自分の意見に対する「インターネットの向こうの様々な人々」からの反響として、常に自分と同じような考えの意見が返ってくることに気づき、これによって自分の信念をより強固なものとする。特定の事柄に関して様々な意見を持つ人々と出会えるはずのインターネットにおいて、このようなことが起こるのは、インターネット上にはそれぞれ意見が違う一人一人の個人的見解に「合致する」ように作られた、出所不明の「フェイク・ニュース」を含めた幅広く様々な情報が、スマホなどですぐ閲覧できる形で存在しており、現代の人々はそういった従来型のマスメディアとは違う情報源からのニュースに、ネットを通じてますます接するようになっているためである。

ソーシャル・ネットワーキング・サービス (SNS) を運営する会社(FacebookTwitterなど)や情報検索サービスを運営する会社(Googleなど)は、一人一人が受け取る情報に、各個人に最適化された特定の情報が含まれるアルゴリズム(機械的な仕組み)を用いており、これが「フィルターバブル」を生じさせる「フィルター」である。ニュース提供元または紹介する業者が、個人のインターネット上での行動履歴をもとに、閲覧者一人一人に関連すると思われるニュースをアルゴリズムで選別して提供する手法は、閲覧者一人一人ではなく集団を相手に人間がニュースを選別して提供するという手法に代わるものとなってきている。インターネットの登場により、多くの情報が手に入るようになることで人々が互いり理解し合うようになるという希望がかつてはあったが、実際にはエコーチェンバー現象やフィルターバブル現象により人々の分断は強まった[19]

一見すると、インターネット上のひとつのコミュニティ(集団)は色々な考えの人たちで構成されているように思えるが、実際にはそれぞれの集団は同じような考えの人たちだけからできている。SNSのコミュニティは、出所不明の「」を集団内で強力に増幅するが[20]、それは集団に属する人々が、自分たちの見解(集団内では「真実」と考えられている)を補強する都合の良い情報だけを信じ、都合が悪い情報に耳を傾けないためである[6]。集団に都合の良い情報は集団内の人たちから提供される。このような仕組みにより集団内では特定の意見のみが増幅され、その他の意見は減衰する。エコーチェンバー効果は、特定の集団内の総意を、世の中の全ての人の総意であると、錯覚させる恐れがある[21]

このような、インターネット上のソーシャル・コミュニティにおける反響、均一化の効果に関連して、同じように新たに出現してきたもうひとつの用語が、文化的トライバリズム英語版である[22]。これは、インターネットによって国や地域を超えて世界中の人々が考え方を共有する「グローバル社会」となるはずの時代でありながら、国や地域よりもっと小さい人々の集団である部族(トライブ)同士が対立していた原始時代に戻ったかのように、特定の考え方を共有するごく少数の人間で構成される極めて結束が強い集団同士が対立しあう社会を指す。

事例編集

イデオロギー的なエコーチェンバーは、何世紀にもわたって様々な形態で存在してきた。エコーチェンバー現象は、そのほとんどが政治分野において起こるものとされる。

  • マクマーティン保育園裁判を取り上げて批判的に検討し、ピューリッツァー賞を授与されたデビッド・ショーは、1990年の一連の記事の中で次のように記した。「これらの訴えは、結局のところ一つも立証されなかったが、メディアは、大事件が起きた時にしばしばそうなるように、概ね集団となって行動し、記者たちの書く記事も放送される内容も、お互いを参照しあいながら、恐怖のエコーチェンバーを創り上げていた。 (None of these charges was ultimately proved, but the media largely acted in a pack, as it so often does on big events, and reporters' stories, in print and on the air, fed on one another, creating an echo chamber of horrors.)」[23]」 この事件についてショーは、報道機関の「根本的な欠陥があらわになった (exposed basic flaws)」とし、「怠慢、浅薄、馴れ合い (Laziness. Superficiality. Cozy relationships)」や、「最新の衝撃的な主張を最初に伝えようと躍起になって探る姿勢 (a frantic search to be first with the latest shocking allegation)」で、ジャーナリズムの原則である「公正と懐疑 (fairness and skepticism)」を「記者や編集者たちはしばしば放棄している (Reporters and editors often abandoned)」と述べた。さらに、「しばしばヒステリー、センセーショナリズム、さらに、ある編集者の言葉を借りれば「群衆リンチ症候群」が、そこに直結されていく (frequently plunged into hysteria, sensationalism and what one editor calls 'a lynch mob syndrome.')」とも述べた。
  • クリントン大統領モニカ・ルインスキースキャンダルルインスキー・スキャンダル)の報道の経緯を検証した『タイム』誌1998年2月16日号の「Trial by Leaks」のカバーストーリーには[24]、「プレスとドレス:わいせつ行為のリークの解剖、それはいかにしてメディアのエコーチェンバーの壁を跳ね回るのか (The Press And The Dress: The anatomy of a salacious leak, and how it ricocheted around the walls of the media echo chamber)」というアダム・コーエン英語版による記事が掲載された[25]。この事例は、卓越したジャーナリズムのためのプロジェクト英語版によって深く検討され、『The Clinton/Lewinsky Story: How Accurate? How Fair?』がまとめられた[26]
  • 2014年秋に始まったゲーム・コミュニティによる、いわゆるゲーマーゲート論争における攻撃と、ジャーナリスト側の反応は、エコーチェンバーであったと考えられる[27][28]
  • エコーチェンバーは、イギリス欧州連合離脱(ブレクジット)是非を問う国民投票にも結び付けられることもある[29]
  • 2016年アメリカ合衆国大統領選挙は、メディアにおけるエコーチェンバーについての大量の言説を引き出した[30]銃規制移民労働者のような先入観に沿って判断される主題に関する情報は、選挙民たちに、既に同意している情報と見なされ、吸収されやすい[31]Facebook は、利用者に自身の立場と一貫性をもったポストをするよう示唆していると思われ、このために多様な見解が示されるよりは、既に確立された立場の表明の反復となりがちである。ジャーナリストたちの論じるところでは、意見の多様性は真の民主主義に不可欠であり、それによってコミュニケーションが促されるのに対し、エコーチェンバーは、Facebook で起きていることが示すように、むしろコミュニケーションを阻害するのだとされる[32]。一部の論者たちは、2016年アメリカ合衆国大統領選挙におけるドナルド・トランプの勝利において、エコーチェンバーは大きな役割を果たしたと考えている[33]

脚注編集

  1. ^ a b エコーチェンバー現象|創造と変革のMBA グロービス経営大学院” (日本語). 創造と変革のMBA グロービス経営大学院. 2022年1月13日閲覧。
  2. ^ デジタル大辞泉. “エコーチェンバー現象とは” (日本語). コトバンク. 2022年1月13日閲覧。
  3. ^ 総務省|令和元年版 情報通信白書|インターネット上での情報流通の特徴と言われているもの”. www.soumu.go.jp. 2022年1月13日閲覧。
  4. ^ 打ち寄せる同じ主張、妄信生んだ情報の「偏食」…[虚実のはざま]第5部「解」を探る<3> : 社会 : ニュース” (日本語). 読売新聞オンライン (2021年12月17日). 2022年1月13日閲覧。
  5. ^ a b c パックンが徹底解説! ネット空間に広まる病的集団行動「エコーチェンバー」とは?”. 週プレNEWS/集英社 (2017年6月15日). 2017年6月24日閲覧。
  6. ^ a b The Echo-Chamber Effect”. The New York Times. 2017年6月24日閲覧。
  7. ^ 東大野恵美「デジタルトランスフォーメーションと経済社会の定義 (PDF) 」 『情報センサー』第118巻、新日本有限責任監査法人、2017年、 20-21頁、2017年6月24日閲覧。
  8. ^ 人と人が議論すると「相手の言い分を受け入れて中立に寄る」のではなく、極端に先鋭化した意見を集団で持つようになる現象のこと。
  9. ^ 【エコーチェンバー効果(心理学用語)】|社員研修なら未来マネジメント”. www.miraimanagement.co.jp. 2022年1月13日閲覧。
  10. ^ バートレット, ジェイミー、星水裕・訳「第2章 訳注19」 『闇(ダーク)ネットの住人たち: デジタル裏社会の内幕』CCCメディアハウス、2015年8月29日。ISBN 978-4484151199  Google books
  11. ^ Google、中の人の「女性は生まれつきエンジニアに向かない」文書回覧で社内騒然ITmedia,2017年08月06日
  12. ^ a b エコーチェンバー現象”. IoT(Internet of Things)/キビテク (2017年4月21日). 2017年6月24日閲覧。
  13. ^ Moon the Messiah, and the Media Echo Chamber”. 2008年3月6日閲覧。
  14. ^ Jamieson, Kathleen Hall; Joseph N. Cappella. Echo Chamber: Rush Limbaugh and the Conservative Media Establishment. Oxford University Press. ISBN 0-19-536682-4. https://books.google.com/books?id=139Oa4MOsAgC 
  15. ^ Parry, Robert (2006年12月28日). “The GOP's $3 Bn Propaganda Organ”. The Baltimore Chronicle. http://baltimorechronicle.com/2006/122706Parry.shtml 2008年3月6日閲覧。 
  16. ^ SourceWatch entry on media "Echo Chamber" effect”. SourceWatch (2006年10月22日). 2008年2月3日閲覧。
  17. ^ デジタル大辞泉『エコーチェンバー現象』 - コトバンク
  18. ^ 井上宇紀 (2012年5月21日). “ソーシャルネットワーキングサービス 社会構造とコミュニケーション 2/3”. ハミングヘッズ. 2017年6月24日閲覧。
  19. ^ Blame the Echo Chamber on Facebook. But Blame Yourself, Too”. Wired. 2017年6月24日閲覧。
  20. ^ The Watercooler Effect: An Indispensable Guide to Understanding and Harnessing the Power of Rumors”. Penguin, 2008. 2017年6月24日閲覧。
  21. ^ Wallsten, Kevin (2005-09-01). “Political Blogs: Is the Political Blogosphere an Echo Chamber?”. American Political Science Association's Annual Meeting. Washington, D.C.: Department of Political Science, University of California, Berkeley 
  22. ^ Dwyer, Paul (PDF). Building Trust with Corporate Blogs. Texas A&M University. pp. 7. http://www.icwsm.org/papers/2--Dwyer.pdf 2008年3月6日閲覧。 
  23. ^ SHAW, DAVID (1990年1月19日). “COLUMN ONE : NEWS ANALYSIS : Where Was Skepticism in Media? : Pack journalism and hysteria marked early coverage of the McMartin case. Few journalists stopped to question the believability of the prosecution's charges.”. Los Angeles Times. http://articles.latimes.com/1990-01-19/news/mn-226_1_media-coverage 
  24. ^ “TIME Magazine -- U.S. Edition -- February 16, 1998 Vol. 151 No. 6”. 151. (1998年2月16日). http://content.time.com/time/magazine/0,9263,7601980216,00.html?iid=sr-link2 
  25. ^ Cohen, Adam (1998年2月16日). “The Press And The Dress”. Time. http://content.time.com/time/magazine/article/0,9171,987819,00.html?iid=sr-link1 
  26. ^ The Clinton/Lewinsky Story: How Accurate? How Fair?”. 2017年2月17日閲覧。
  27. ^ Escaping the echo chamber: GamerGaters and journalists have more in common than they think”. pocketgamer.biz. 2017年6月25日閲覧。
  28. ^ "A Weird Insider Culture"”. Medium (2014年9月24日). 2017年6月25日閲覧。
  29. ^ What the EU referendum result teaches us about the dangers of the echo chamber”. NewStatesman. 2017年6月25日閲覧。
  30. ^ Your Filter Bubble is Destroying Democracy”. Wired. 2017年6月25日閲覧。
  31. ^ Difonzo, Nicolas (2011年4月22日). “The Echo Chamber Effect”. The New York Times. http://www.nytimes.com/roomfordebate/2011/04/21/barack-obama-and-the-psychology-of-the-birther-myth/the-echo-chamber-effect 2017年3月18日閲覧。 
  32. ^ Your Filter Bubble is Destroying Democracy”. WIRED. 2017年3月16日閲覧。
  33. ^ Your social media echo chamber is the reason Donald Trump ended up being voted President”. The Independent (2016年11月10日). 2017年4月10日閲覧。

関連文献編集

関連項目編集