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エチオピアの国家元首の一覧

ウィキメディアの一覧記事

エチオピア帝国皇帝(王)編集

エチオピア帝国皇帝は、「ネグサ・ナガスト(諸王の王)」と呼ばれるが時代によって君主の権威に応じ「ネグス」(王)、もしくは「ラス」(諸侯、文字通りには「頭」)と呼ばれていた。

ザグウェ朝編集

ソロモン朝編集

後期ソロモン朝編集

諸侯たちの時代(王子たちの時代・審判の時代)。ゴンダールの皇帝が名目上のものとなり、各地の諸侯が覇権を競った時代。有力な諸侯によって皇帝は度々すげ替えられたり、立てられたりした。

テオドロス朝編集

ザグウェ朝(近代)編集

ザグウェ朝の末裔であるギヨルギス2世が皇帝位にあった期間もまたザグウェ朝と呼ばれる。

ティグレ朝編集

ソロモン朝(近代)編集

サヴォイア朝(東アフリカ帝国)編集

ソロモン朝(戦後)編集

  • ハイレ・セラシエ1世1941年5月5日 - 1974年9月12日
    1941年にエチオピア解放を受けて帰国。1974年、軍部のクーデタにより廃位、1975年8月27日に殺害される。
  • アスファ・ウォッセン英語版(1974年9月12日 - 1975年3月12日)
    ハイレ・セラシエ1世の皇太子。デルグ政権(アマン・アンドム政権)によって皇帝に指名されたものの実効性はなく、かつ、アスファ・ウォッセン自身も父ハイレ・セラシエ1世の退位と自らの皇帝即位を認めていなかった。1975年の帝政崩壊後にはアメリカのニューヨーク州に亡命し、1989年には改めて皇帝アムハ・セラシエ1世を自称したが、1997年にバージニア州で死去した。

帝政廃止後編集

関連項目編集