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エディ・ヨスト(Edward Frederick Joseph Yost、1926年10月13日 - 2012年10月16日)は、主に1950年代に活躍したアメリカ合衆国の元プロ野球選手。ポジションは三塁手ニューヨークブルックリン生まれ。右投げ右打ち。1950年代のワシントン・セネタースの三塁手。"The Walking Man"(ウォーキング・マン)のニックネームが付くほど四球をよく選んだ。

エディ・ヨスト
Eddie Yost
Eddie Yost 1960.png
基本情報
出身地 Flag of the United States.svgニューヨーク・ブルックリン
生年月日 (1926-10-13) 1926年10月13日
没年月日 (2012-10-16) 2012年10月16日(86歳没)
身長
体重
5' 10" =約177.8 cm
170 lb =約77.1 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 三塁手
初出場 1944年8月16日
最終出場 1962年7月28日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

来歴・人物編集

第二次世界大戦中の1944年にワシントン・セネタースと契約、選手不足の折、ヨストは17歳でメジャーリーグにデビューし7試合に出場した。セネタースの三塁のレギュラーとなったのは1947年からのことで、1957年までの11年の間セネタースの正三塁手を務めた。この間、1949年8月30日から1955年5月11日まで、829試合連続出場の記録を作る。三塁守備ではリーグ最多刺殺を8度記録、リーグ最多併殺数を2度、最高守備率を3度記録するなど守りの面で活躍した。

打撃面では1951年にリーグ最多の36二塁打を記録したことがあるが、決して打率がよかったり長打が多かった打者ではなかった。しかし1950年シーズンに141もの四球(リーグ最多)を記録してからは、ほぼ毎年のように100四球以上を記録し、リーグ最多四球を通算で6度記録した。特に1956年に記録した四球数151は、当時ベーブ・ルース(170)とテッド・ウィリアムズ(162,156)に次ぐ多さだった。[1]ヨストは1959年にトレードでデトロイト・タイガースに移り2年間在籍しているが、この2年間は打率が.270前後だったにも関わらず、四球の多さから2年続けてリーグ1位の出塁率を記録している。

その後1960年にエクスパンション・ドラフトでロサンゼルス・エンゼルスに移籍し、現役最後の2年間を過ごしている。引退した翌年から、セネタース、メッツ、レッドソックスと1984年まで21年間各球団のコーチを歴任した。1969年にはワールドシリーズで優勝した「ミラクル・メッツ」の一員にもなっている。

2012年10月16日、死去[2]。86歳没。

詳細情報編集

年度別打撃成績 (MLB)編集

















































O
P
S
1944 WSH 7 16 14 3 2 0 0 0 2 0 0 0 1 - 1 - 0 2 0 .143 .200 .143 .343
1946 8 31 25 2 2 1 0 0 3 1 2 1 1 - 5 - 0 5 1 .080 .233 .120 .353
1947 115 485 428 52 102 17 3 0 125 14 3 5 10 - 45 - 2 57 8 .238 .314 .292 .606
1948 145 648 555 74 138 32 11 2 198 50 4 3 7 - 82 - 4 51 15 .249 .349 .357 .706
1949 124 532 435 57 110 19 7 9 170 45 3 3 4 - 91 - 1 41 11 .253 .383 .391 .774
1950 155 730 573 114 169 26 2 11 232 58 6 6 9 - 141 - 8 63 13 .295 .440 .405 .845
1951 154 716 568 109 161 36 4 12 241 65 6 4 11 - 126 - 11 55 7 .283 .423 .424 .847
1952 157 734 587 92 137 32 3 12 211 49 4 3 10 - 129 - 8 73 9 .233 .378 .359 .738
1953 152 713 577 107 157 30 7 9 228 45 7 4 9 - 123 - 4 59 12 .272 .403 .395 .799
1954 155 686 539 101 138 26 4 11 205 47 7 3 11 1 131 - 5 71 5 .256 .405 .380 .786
1955 122 490 375 64 91 17 5 7 139 48 4 3 6 3 95 0 11 54 7 .243 .407 .371 .778
1956 152 684 515 94 119 17 2 11 173 53 8 5 9 1 151 9 8 82 8 .231 .412 .336 .748
1957 110 492 414 47 104 13 5 9 154 38 1 11 0 0 73 2 5 49 6 .251 .370 .372 .742
1958 134 503 406 55 91 16 0 8 131 37 3 6 1 6 81 2 9 43 9 .224 .361 .323 .683
1959 DET 148 675 521 115 145 19 0 21 227 60 9 2 4 3 135 1 12 77 6 .278 .435 .436 .871
1960 143 636 497 78 129 23 2 14 198 47 5 4 3 3 125 1 8 69 11 .260 .414 .398 .812
1961 LAA 76 267 213 29 43 4 0 3 56 15 0 1 2 0 50 0 2 48 2 .202 .358 .263 .621
1962 52 137 104 22 25 9 1 0 36 10 0 2 0 1 30 0 1 21 3 .240 .412 .346 .758
通算:18年 2109 9175 7346 1215 1863 337 56 139 2729 682 72 66 98 *18 1614 *15 99 920 133 .254 .394 .371 .765
  • 「-」は記録なし。
  • 通算成績の「*数字」は、不明年度がある事を示す。
  • 太字はリーグ1位。
  • 1945年は試合出場なし。

獲得タイトル・表彰・記録編集

  • オールスターゲーム選出:1952年
  • シーズン四球数:151 (1956年、歴代9位)
  • リーグ最多刺殺数 (三塁手) :8回 (1948年、1950年 - 1954年、1956年、1959年)
  • リーグ最多併殺数 (三塁手) :2回 (1950年、1956年)
  • リーグ最高守備率 (三塁手) :3回 (1954年、1958年、1959年)

背番号編集

  • 6 (1944年)
  • 28 (1946年 - 1948年途中)
  • 7 (1948年途中 - 1949年)
  • 45 (1950年 - 1951年途中)
  • 1 (1951年途中 - 1960年)
  • 10 (1961年 - 1962年途中)
  • 23 (1962年途中 - 同年)

脚注編集

  1. ^ シーズン150四球以上を記録した選手はバリー・ボンズ、ベーブ・ルース、マーク・マグワイア、テッド・ウィリアムズとヨストの5人である。
  2. ^ Eddie Yost, dubbed “The Walking Man,” passes away at age 86 NBC Sports 2012年10月17日閲覧

出典・外部リンク編集