エルナンド (競走馬)

競走馬

エルナンド (Hernando) とはフランス生産の競走馬種牡馬である。1993年のジョッケクルブ賞(フランスダービー)優勝馬。種牡馬としてもヨーロッパを中心に多くの活躍馬を送り出している。

エルナンド
ニアルコス・ファミリーの勝負服
欧字表記 Hernando
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1990年2月8日
死没 2013年2月22日(23歳没)
Niniski
Whakilyric
母の父 Miswaki
生国 フランスの旗 フランス
生産者 Stavros Spyros Niarchos
馬主 Stavros Spyros Niarchos
調教師 Francois Boutin(フランス)
John Hammond(イギリス)
競走成績
生涯成績 20戦7勝
勝ち鞍
GI リュパン賞 1993年
GI ジョッケクルブ賞 1993年
GIII ゴントービロン賞 1994・1995年
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1歳年上の半兄リュパン賞 (G1) など重賞2勝のヨハンクァッツ(Johhan Quatz:父Sadler's Wells)がいる。

経歴

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20世紀を代表する競走馬生産者、馬主であったスタブロス・ニアルコス晩年の生産所有馬の1頭。1995年に死去した管理調教師フランソワ・ブータンにとっては最後の活躍馬となった。

1993年3月に競走馬としてデビューを迎え、2戦目で初勝利。以後3連勝でジョッケクルブ賞の前哨戦・リュパン賞を前年の兄に続いて制すると、迎えたジョッケクルブ賞でも1番人気に応え、2着に2馬身半差を付けての優勝を果たした。アイルランドに渡って出走したアイリッシュダービーでは、エプソムダービー優勝馬コマンダーインチーフに僅差の2着。続いてニエル賞 (G2) を制し、10月に迎えた凱旋門賞では1番人気に推された。しかしアーバンシーから大きく離された16着と敗れている。

古馬となって以降はG1競走に優勝することはできなかったが、1994年の凱旋門賞で2着、引退レースとして出走した1995年のジャパンカップで3着など中長距離戦線で世界的に活躍した。

競走馬引退後はイギリスランウェイズスタッドで種牡馬となり、初年度産駒からジョッケクルブ賞優勝馬のホールディングコート (Holding Court) を出し、同競走父子制覇を果たした。以後も5カ国で6つのG1競走に優勝したスラマニ (Slamani) などを送り出したほか、ヨーロッパのみならずアメリカでも多くの重賞優勝馬を輩出した。

2011年の種付けシーズン後に種牡馬を引退。ランウェイズスタッドで余生を送り、2013年2月22日心臓発作のため23歳で世を去った。[1]

年度別競走成績

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  • 3歳-9戦5勝(ジョッケクルブ賞・G1、リュパン賞・G1、ニエル賞・G2、アイリッシュダービー・G1-2着)
  • 4歳-5戦1勝(ゴントービロン賞・G3、凱旋門賞・G1-2着)
  • 5歳-6戦1勝(ゴントービロン賞、ターフクラシック・G1-2着、ジャパンカップ・G1-3着)

主な産駒

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※G1競走優勝産駒のみ記載。

血統表

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 エルナンド(Hernando)血統ニジンスキー系 / Northern Dancer3×4=18.75%Buck Passer4×4=12.50%(母内)、Native Dancer5×5=6.25%) (血統表の出典)

Niniski 1976
鹿毛 アメリカ
父の父
Nijinsky 1967
鹿毛 カナダ
Northern Dancer Nearctic
Natalma
Flaming Page Bull Page
Flaring Top
父の母
Virginia Hills 1971
鹿毛 アメリカ
Tom Rolfe Ribot
Pocahontas
Ridin' Easy Ridan
Easy Eight

Whakilyric 1984
鹿毛 アメリカ
Miswaki 1978
栗毛 アメリカ
Mr. Prospector Raise a Native
Gold Digger
Hopespringseternal Buckpasser
Rose Bower
母の母
*リリズム
Lyrism 1979
鹿毛 アメリカ
Lyphard Northern Dancer
Goofed
Pass a Glance Buckpasser
Come Hither Look F-No.13-b

父ニニスキは1979年のアイリッシュセントレジャー優勝馬。競走馬・種牡馬としていずれも長距離競走で良績を残した。母は仏G3・カルバドス賞の優勝馬。祖母は錦岡牧場に輸入されているが、日本ではこれといった産駒は出せなかった。

外部リンク

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