エルブルス山

ヨーロッパの山

エルブルス山(エルブルスさん、ロシア語: Эльбрусカラチャイ・バルカル語: Минги-Тауカバルド語: Iуащхьэмахуэグルジア語: იალბუზი英語: Elbrus)はコーカサス山脈の最高峰である。標高は5,642メートルで、ヨーロッパの最高峰でもある(地理的には大コーカサス山脈がヨーロッパとアジアの境界とされる)ほか、ロシア連邦自体の最高峰でもある。大コーカサス山脈のすぐ北側を走るボコボイ山脈に連なる。エリブルス山とも。

エルブルス
エルブルス山
標高 5,642 m
所在地 ロシアの旗 ロシア
位置 北緯43度21分18秒 東経42度26分21秒 / 北緯43.35500度 東経42.43917度 / 43.35500; 42.43917座標: 北緯43度21分18秒 東経42度26分21秒 / 北緯43.35500度 東経42.43917度 / 43.35500; 42.43917
山系 コーカサス山脈
種類 成層火山
初登頂 1874年イギリスの旗 イギリス
F. クロフォード・グローヴら
エルブルスの位置(コーカサス山脈内)
エルブルス
エルブルス
エルブルスの位置(ヨーロッパロシア内)
エルブルス
エルブルス
Project.svg プロジェクト 山
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ロシア連邦に属するカバルダ・バルカル共和国の南部に位置し、キスロヴォツクから南西に65キロメートル。ジョージアとの国境から北に約12キロメートル。多くの氷河があり、それらはバクサン川クバン川などの源流となっている。

2つの頂上のうち、東峰(5,621メートル)は、1829年7月10日(ユリウス暦)にロシア軍・科学調査隊のガイドとして、カラチャイ人のキラル・ハシロフが初登頂した[1]。西峰(5,642メートル)には、1874年にF. クロフォード・グローヴが率いるイギリスの探検隊が登頂した。西峰と東峰は約3キロメートル離れている。

ソビエト連邦登山は非常に人気のあるスポーツとなり、多くの登山者が現れた。1936年にはコムソモールが遭難する事故があった。

第二次世界大戦中の1942年ブラウ作戦により南下してきたドイツ軍のA軍集団指揮下の山岳部隊が登頂した。登山の際、ソ連軍の山岳部隊と交戦する。ブラウ作戦の目標と関係のないこの登頂事業にヒトラーは激怒し、A軍集団司令官ヴィルヘルム・リスト元帥の解任の一因ともなる。ドイツ軍は1942年末にはこの地域から撤退した。山頂に残っていたドイツ国旗は、ソ連軍の山岳部隊が撤去する。

1956年、カバルダ・バルカル共和国の地域のロシアへの併合から400周年を記念して400人の登山隊が登頂した。

1959年から1976年にかけて、3,900メートルの地点までロープウェイがつくられた。また、4,100メートルの地点には登山者のための宿泊施設もある。夏季には、この登頂路を通って1日に100人を超える登山者が登頂を試みることも珍しくない。

Mt. Elbrus in Russia.jpg
Elbrus North 195.jpg

脚注編集

  1. ^ 1868年に登頂したダグラス・フレッシュフィールド、A. W. ムーア、C. C. タッカーを初登頂とすることもある。

関連項目編集

外部リンク編集