エレクトロ・ポップ

エレクトロ・ポップ: Electropop)は、1978年から1981年にかけて最初に流行したエレクトロニック・ミュージックの一形式。エレクトロ・ポップは、チャート指向のシンセポップ[1]が開拓した大量市場を基盤として生まれた。多くのバンドは、1990年代2000年代もエレクトロ・ポップの伝統を守り続けた。

エレクトロ・ポップ
様式的起源 ディスコ
ニュー・ウェイヴ
電子音楽
ポップ・ミュージック
ポスト・パンク
グラム・ロック
クラウト・ロック
文化的起源 1978年 - 1981年
ドイツの旗 ドイツ
イギリスの旗 イギリス
使用楽器 シンセサイザードラムマシンベース・ギタードラムシーケンサーキーボードヴォコーダーサンプラーヴォーカル
派生ジャンル ハウストランスエレクトロクラッシュ, エレクトロニカチップチューン
融合ジャンル
テクノ
関連項目
シンセポップ

エレクトロ・ポップは、冷たくロボット的で、電子音を強調するのが特徴であり、これによってシンセポップと区別される。それは、当時の初期アナログシンセサイザーの制約によるところが大きい。また、近未来SFに縁取られた、異星人的で無表情な歌詞も特徴とする。

大部分のエレクトロ・ポップは、シンプルで覚えやすいフックとダンスビートのポップ・ミュージックである。ただし、そのダンスビートはエレクトロ・ポップがインスパイアを与えた、のちのエレクトロニック・ダンス・ミュージック(テクノハウスエレクトロクラッシュなど)の超シンプルなダンサビリティとは異なる。

目次

歴史編集

初期エレクトロ・ポップの例としては、ジョルジオ・モローダーとドナ・サマーの『アイ・フィール・ラブ』などがあげられる。英国人も積極的にかかわり、デヴィッド・ボウイの〈ベルリン時代〉のアルバム、『ヒーローズ』と『ロウ』の影響を受けた。ほかの大きな影響源は、ドイツのバンド、クラフトワーク[2]と日本のバンド、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)である。また、いくつかのグループはニューヨークのシンセ・パンク・グループ、スーサイドや、クラウト・ロックのバンド、ノイ!クラスターカンからもインスピレーションを受けた。

北ヨーロッパには実験的で前衛的な電子音楽の長い歴史があるが、エレクトロ・ポップにはほとんど影響をおよぼしていない。だが、その前衛的な電子音楽の伝統は、「BBCラジオ・音響ワークショップ」や「ロンドン電子音楽スタジオ」のような組織において10年以上にわたり技術的な専門知識を蓄積した。それらの組織は、シンセ・ロックの先駆者たち─ブライアン・イーノロキシー・ミュージックタンジェリン・ドリームピンク・フロイドの仕事を後援した。

エレクトロ・ポップは1970年代終わりから1980年代はじめの英国音楽プレスにおいて、ミック・ファレンらによって批判された。

エレクトロ・ポップは、そのシンセ・サウンドが1980年代初頭の英国ニュー・ロマンティクス・ムーブメントとも密接に関わり合っている。また、初期エレクトロ・ポップは、サンプラー使用と後のレイヴ要素をもった、ニュー・オーダーの記念すべき1983年のシングル「ブルーマンデー」によって大きく変わった。その後エレクトロ・ポップは10年にわたる〈冬の時代〉を迎える。その「ブリップ音とビープ音」は近代性という意味をはぎ取られ、レイヴ・カルチャーにとっては新ロマン主義的な懐古の対象となった。

エレクトロ・ポップの中で、ヒットラーやナチスを擁護したことのあるデヴィッド・ボウイの「ヒーローズ」は、人種差別とファシズム思想が一部から疑われていた。だが、米国の黒人文化の中でもジョージ・クリントンPファンクやロジャー&ザップのようなミュージシャンは、R&Bファンクにエレクトロニクス導入した独特のスタイルのサウンドを追究した。後にデトロイト・テクノのジャンルも登場した。また、ニューヨークのアフリカ・バンバータもクラフトワークをサンプリングすることによって、ヒップホップのエレクトロ・スタイルを発明した。またMの「ポップ・ミューヂック」やリップスの「ファンキー・タウン」のような、よりポップな大ヒット曲も生まれた。

90年代以降のシーン編集

90年代には、ケミカル・ブラザーズ、ファットボーイ・スリム、ゴールディー、トリッキー、ダフト・パンク、モービーらが登場した。エレクトロ・ポップは2000年代初めにエレクトロクラッシュ・ムーブメントとしてリバイバルした。それはフェリックス・ダ・ハウスキャットルーク・スレーターのようなアーティストと、ロンドンのNag Nag NagKashpointElectrogogoのようなナイトクラブによって、ダンスシーンを背景に爆発した。

ロンドン、ニューヨーク、ベルリン、そしてアナーバーのエレクトロ・クラッシュ・シーンから多くのエレクトロ・ポップ・ミュージシャンが登場し、2002年から現在にいたるまでアルバムを作り続けた。フィッシャースプーナーレディトロンメルニクテンポシャークピーチズゴンザレスザ・ウィップドラゴネット (バンド)英語版マシュー・ディアーT・ロームシュマイアーエレン・エイリアンミス・キトゥンザ・ナイフホット・チップレディー・ガガMGMTなどがその例である。

2008年から2009年にかけ、ブリトニー・スピアーズの「ウーマナイザー」、「スリー」、レディー・ガガの「ジャスト・ダンス」、「ポーカー・フェイス」などのエレクトロポップ調の楽曲がBillboard Hot 100において1位を獲得し、ヒップホップの人気低下も相まって、エレクトロポップは米国のポピュラー・ミュージックの主要ジャンルにのし上がったように見える。

主なアーティスト編集

参考文献編集

  • Depeche Mode & The Story of Electro-Pop, Q/Mojo magazine collaboration, 2005.
  • Electronic Music: The Instruments, the Music & The Musicians by Andy Mackay, of Roxy Music (Harrow House, 1981)

関連項目編集

脚注編集