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HMS Orion (85).jpg
艦歴
発注
起工 1931年9月26日
進水 1932年11月24日
就役 1934年1月18日
退役 1947年
その後 1949年7月19日にスクラップとして売却
除籍
性能諸元
排水量 基準:7,270トン
満載:9,740トン
全長 554.9 ft (169.1 m)
全幅 56 ft (17.1 m)
吃水 19.1 ft (5.8 m)
機関
最大速 32.5ノット (60 km/h)
乗員 550名
兵装

オライオン (HMS Orion, 85) は、1932年進水イギリス海軍軽巡洋艦リアンダー級。多くの戦場を駆け抜けた武勲艦で、13個の戦闘名誉章 (Battle honor)を受賞された。

艦歴編集

 
1940年に撮られたオライオン。

1931年9月26日起工。1932年11月24日進水。1934年1月18日竣工。本国艦隊に所属後アメリカ方面に配備される。1940年には地中海に移動し、イタリア参戦時は地中海艦隊に所属していた。

1940年6月20日、戦艦ロレーヌ、軽巡洋艦シドニーネプチューン、駆逐艦デインティデコイヘイスティスチュアートと共に出撃し、21日にリビアバルディア砲撃を行った。6月28日、MA3作戦で出撃中であった第7巡洋艦戦隊(軽巡洋艦リヴァプール、オライオン、シドニー、グロスター、ネプチューン)はイタリア駆逐艦3隻と交戦し、エスペロを撃沈した(エスペロ船団の戦い)。7月、カラブリア沖海戦に参加。9月4日、ハッツ作戦の帰路軽巡洋艦シドニー、駆逐艦デコイ、アイレックスと共にカルパソス島を砲撃。同月終わり、マルタへ向かう軽巡洋艦グロスターとリヴァプール護衛のため、戦艦ウォースパイトヴァリアントなどと共に出撃。帰投途中の10月2日、シドニーとオライオンはスタンパリア島を砲撃した。10月、マルタへの船団護衛に従事する。タラント空襲の行われた日、軽巡洋艦オライオン、シドニー、エイジャックス、駆逐艦ヌビアンモホークオトラント海峡でイタリア船団を壊滅させた(オトラント海峡海戦)。次いでギリシャへの兵員輸送に従事した。

 
迷彩塗装されたオライオン。

1941年1月、エクセス作戦に参加。3月、マタパン岬沖海戦に参加。4月、ギリシャからの撤退作戦(デーモン作戦)に参加。5月21日、クレタ島北方でのドイツ軍侵攻船団の攻撃に参加。5月29日、ドイツ軍機の攻撃で大損害を受ける。サイモンズタウンでの応急修理後アメリカへ向かい、メア・アイランド海軍造船所で1942年2月まで修理を行った。

1943年1月に地中海に戻り、イタリアでの作戦に従事した。1944年6月にはノルマンディー上陸作戦に参加したが、その後再び地中海に戻り、エーゲ海での作戦などに従事した。

1946年5月15日、軽巡洋艦シュパーブとともにコルフ海峡を航行中アルバニア側から砲撃を受けた(コルフ海峡事件)。

1949年にスクラップとして売却された。

外部リンク編集