オリヴァー・ナッセン

イギリスの作曲家、指揮者

オリヴァー・ナッセン(Oliver Knussen, 1952年6月12日 - 2018年7月8日[1])は、イギリス作曲家指揮者

オリヴァー・ナッセン
Oliver Knussen
基本情報
生誕 1952年6月12日
出身地 イギリスの旗 イギリス スコットランドの旗 スコットランドグラスゴー
死没 (2018-07-08) 2018年7月8日(66歳没)
職業 作曲家指揮者

人物

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グラスゴー出身。父ステュアート・ナッセンはロンドン交響楽団首席コントラバス奏者を務めた。ジョン・ランバート英語版に作曲を学び、後にベンジャミン・ブリテンから激励を受けた。マサチューセッツ州タングルウッド音楽センターでは、数年にわたりガンサー・シュラーの下で学んだ。後年、1986年から1998年までタングルウッド音楽センターで現代音楽部門の部長を務めた。

16歳の時、ロンドン交響楽団を指揮して自作の交響曲第1番(1966年 - 1967年)を初演し、指揮デビューを果たした。ハーグ・レジデンティ管弦楽団の首席客演指揮者(1992年 - 1996年)の他、オールドバラ音楽祭の准芸術監督(1983年 - 1998年)、ロンドン・シンフォニエッタの音楽監督(1998年 - 2002年)ならびに桂冠指揮者を歴任している。

主な作品に、「交響曲第2番」(1971年、タングルウッドでマーガレット・グラント賞受賞)、「ウィニー・ザ・プーのハミングと踊り」(1970年 - 1983年)、「大地の海」(1972年 - 1973年)、「オフィーリアのダンス」(1975年)、「トランペット」(1975年)、三部作「秋の歌」「カンタータ」「ソーニャの子守歌」(1975年 - 1977年)、「走行」(1979年)、「交響曲第3番」(1973年 - 1979年)などがある。また1980年代の主要作品に、2つの児童オペラかいじゅうたちのいるところ」「ヒグレッティ・ピグレッティ・ポップ!」があり、いずれもモーリス・センダックの台本による。

1994年10月7日にはサントリーホール国際作曲委嘱シリーズNo.19として『ホルン協奏曲』が、東京のサントリーホールで初演された[2]

後妻スー夫人との間に娘ソーニャを授かる。スー・ナッセンは、イギリスの公共放送局で音楽番組のプロデューサーや制作指揮のほか、ロサンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団の教育監督も務めたが、2003年に他界している。追悼音楽「スーへの歌」は、2006年にシカゴで世界初演された。

出典

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外部リンク

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