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オロロン=サント=マリー

地理編集

ピレネー山麓に位置する。南のアスプ渓谷からアスプ川、東南のオソー渓谷からオソー川がオロロン=サント=マリーで合流し、オロロン川となる。

歴史編集

ローマ時代の文献にはノベンポプラニアのイルロ(Iluro)として記載されている。1080年にベアルン子爵サントゥル5世がオロロンを建設、これに対して13世紀にサント=マリーが司教座都市となり、それぞれ別の都市として発展した。1858年5月18日にナポレオン3世によってこれら2つの町が合併され、今日のオロロン=サント=マリーとなっている。

文化編集

 
サント=マリー大聖堂のロマネスク彫刻

かつてのサント=マリーにサント=マリー大聖堂、オロロンにサント=クロワ教会、このほかにノートルダム教会もある。

サント=マリー大聖堂(Cathédrale Sainte-Marie)
1102年、十字軍レコンキスタに参加したベアルン子爵ガストン4世によって建設が始められた大聖堂。入り口にほどこされたロマネスク彫刻は、12世紀にピレネー山地で活動した2人の彫刻家によるものである。ユネスコ世界遺産フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」に登録されている。
サント=クロワ教会(Église Sainte-Croix)
11世紀末に建設されたロマネスク建築の教会。

おもな出身者編集

姉妹都市編集

参考文献編集

外部リンク編集