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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はバジェーホ第二姓(母方の)はダウリングです。

カミーラ・アントニア・アマランタ・バジェーホ・ダウリングCamila Antonia Amaranta Vallejo Dowling1988年4月28日 - )は、チリ地理学者、2011年のチリの学生運動でのリーダーの一人。サンティアゴ出身。チリ共産党の青年組織(Juventudes Comunistas de Chile)の一員。

カミーラ・バジェーホ
Camila Vallejo
Camila Vallejo - Munich 2012.jpg
ミュンヘンにて(2012年)
生年: (1988-04-28) 1988年4月28日(31歳)
生地: チリの旗 チリ共和国サンティアゴ
活動: チリの学生運動(2011年 - 2012年)
所属: チリ共産党の青年組織

目次

経歴編集

両親が共産党員で、子供の頃マクル区ラ・フロリーダ区に暮らし、私立学校ライマプで勉強した。2006年、チリ大学建築都市計画学部に入学、地理学を専攻した。そこで他の左翼大学生と集め、政治活動を始めた。2008年チリ大学の学生連盟(FECH)で相談役になった。2010年総裁に選ばれ、FECHの105年間の歴史の中で史上初の女性の総裁になった[1]

2011年、チリで学生の抗議運動が発生後、カトリック大学のジョルジオ・ジャクソンとサンティアゴ大学のカミーロ・バジェステーロスと共とともに抗議運動のスポークスパーソンとリーダーの一人となり、世界中で注目された。同年10月、他のチリ人の学生とヨーロッパへ旅行し、ユネスコの会合でチリの学生運動について発表し、人気の知識人ステファヌ・エセルエドガール・モランと知り合った。12月、チリ大学で学生連盟の選挙が行い、カミーラが総裁として改選しようとしたが、共産学生リストがガブリエル・ボリッチによって引率される独立左翼学生リストに負けた。ボリッチが新しい改選になり、FECHの条例に従って、カミーラが副総裁になった。[2]

国際報道編集

2011年8月にドイツの新聞『ディー・ツァイト』の表紙に登場し、カミーラについての記事が発表された4ヶ月の後[1]、12月にイギリスの新聞『ガーディアン』の読者によるオンライン投票で 「パーソン・オブ・ザ・イヤー」に選ばれた[3]

論争編集

2011年に、社会的ネットワークで何度も殺すと脅迫された。8月、ツイッターである使用者が殺すと脅し、カミーラと家族の住所を発表した後、彼女と両親が検察官に警察の保護を求めた。区検察当局は、彼女の家族の家のまわりに警察の24時間パトロールを命じた[4][5]

2012年4月、共産党の青年組織の国際会合のため、キューバを訪れ、フィデル・カストロと知り合った[6]。この旅行の後、本人が「フィデル・カストロが言う思考は全部、チリにとって光と希望だ」「彼(カストロ)が言うもの、思考するもの、目指すものが、私たち(共産の青年)に道しるべのようなものだ」といった意見が、多くの批判を引き起こした。特に右翼グループなどが「民主主義について話すが、キューバを賞賛」と厳しく批判した[7][8][9]

プライベート編集

2011年以来、FECHの元総裁フリオ・サルミエントと付き合っている。2013年4月、カミーラが妊娠していたことがメディアより報じられた。

脚注編集