カワウソ
カワウソ(獺、川獺)は、食肉目イタチ科カワウソ亜科(カワウソあか、Lutrinae)に分類される構成種の総称。
カワウソ亜科 | |||||||||||||||||||||
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ユーラシアカワウソ Lutra lutra
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保全状況評価[1] | |||||||||||||||||||||
ワシントン条約附属書II | |||||||||||||||||||||
分類 | |||||||||||||||||||||
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学名 | |||||||||||||||||||||
Lutrinae Bonaparte, 1838[2] | |||||||||||||||||||||
和名 | |||||||||||||||||||||
カワウソ亜科[3][4][5] | |||||||||||||||||||||
属 | |||||||||||||||||||||
形態編集
最小種はコツメカワウソで体長41 - 64センチメートル、尾長25 - 35センチメートル[3]。皮下脂肪の層はほとんどないが、下毛が密生することで空気がたまり保温する役割を果たしている[5]。
四肢は短く、指趾の間に水かきのある種が多い[3]。鉤状に発達した爪のある種が多い[3]。
泳ぎが得意で、水中での生活に適応している。また、ラッコ以外のカワウソは陸上でも自由に行動している。南極、オーストラリア、ニュージーランドを除く、世界全域の水辺や海上で生息している。
水かきをもった四肢は短く、胴体は細長い。このような体型は水の抵抗が少なく、敏捷な泳ぎを可能にしている。体は密生した下毛と固くて長い剛毛に覆われており、これらの体毛が水をはじくことにより、水中で体温が奪われることを防いでいる。頭の上部は扁平で、耳、目、鼻が同一線上に並んでいるため、水に潜りながらこれらの感覚器を水面上に同時に出し、外界の様子を窺うことができる。また、水中では耳孔や鼻孔を閉じることができる。
肉食性であり、ザリガニ、カエル、魚などを捕まえて食べる。小臼歯が良く発達しているため、骨まで砕いて食べてしまう。バングラデシュなど東南アジアの国では飼いならしたカワウソで魚を網に追い込ませて獲る伝統漁法があるが、2000年代に入っては継承者が減りつつあり一般的ではない[6]。
分類編集
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Koepfli et al. (2008) よりベイズ法で推定した系統樹から本亜科を含む範囲を抜粋[7]。 |
2008年に発表されたイタチ科の核DNAやミトコンドリアDNAの最大節約法・最尤法・ベイズ法による分子系統推定でも、本亜科の単系統群であることが支持されている[7]。一方で亜科内の系統関係で不明瞭な点もあり最大節約法ではノドブチカワウソがラッコと姉妹群という解析結果が得られたのに対して、最尤法では旧世界のカワウソ類+ラッコの中ではノドブチカワウソが最も初期に分岐したという解析結果が得られている[7]。この解析では本亜科はイタチ属とミンク(アメリカミンク)が分類されるミンク属Neovisonからなる狭義のイタチ亜科の姉妹群という解析結果が得られている[7]。
以下のニホンカワウソを除く分類・英名はMSW3 (Wozencraft, 2005) に、和名はDuplaix・今泉訳 (1986)・斉藤ら (1991)・Morris & Beer・鈴木訳 (2013)・川田ら (2018) に従う[2][3][4][5][8]。MSW3 (Wozencraft, 2005) ではニホンカワウソを独立種Lutra nipponとしているが[2]、過去の分布をwidely distributed in Japanとしており北海道を含めた日本広域とみなしている可能性がある[9]。ニホンカワウソの記載論文を含むMSW3の出典では北海道産はL. nipponとされたことはなく、他の日本産食肉類でも北海道の分布に誤りや見落としがあることからユーラシアカワウソの分布域から北海道が見落とされた可能性が指摘されている[9]。
- ツメナシカワウソ属 Aonyx
- Aonyx capensis ツメナシカワウソ African clawless otter(ケープツメナシカワウソA. capensisとコンゴツメナシカワウソA. congicus[8]の2種に分割する説もあり[10])
- Aonyx cinerea コツメカワウソ Oriental small-clawed otter(コツメカワウソ属[8]Amblonyxに分割する説もあり)
- ラッコ属 Enhydra
- ノドブチカワウソ属 Hydrictis(カワウソ属に含む説もあり[8])
- Hydrictis maculicollis ノドブチカワウソ Spotted-necked otter
- カナダカワウソ属 Lontra
- Lontra canadensis カナダカワウソ North American river otter
- Lontra felina ミナミウミカワウソ Marine otter
- Lontra longicaudis オナガカワウソ Neotropical otter
- Lontra provocax チリカワウソ Southern river otter
- カワウソ属 Lutra
- Lutra lutra ユーラシアカワウソ European otter
- Lutra sumatrana スマトラカワウソ Hairy-nosed otter
- ビロードカワウソ属 Lutrogale
- Lutrogale perspicillata ビロードカワウソ Smooth-coated otter
- オオカワウソ属 Pteronura
- Pteronura brasiliensis オオカワウソ Giant otter
生態編集
ラッコを除いて水中でも陸上でも活動する[3]。社会構造は種によって異なり単独で生活する種もいれば、オオカワウソやコツメカワウソ・ビロードカワウソのように家族群を形成して生活する種もいる[3]。
主に魚類、甲殻類、カエルなどを食べる[3]。
ニホンカワウソ編集
ニホンカワウソ(日本本土亜種 Lutra lutra nippon と北海道亜種 Lutra lutra whiteleyi )は、それぞれユーラシアカワウソ Lutra lutra の亜種(独立した種とする考え方もある[11][12])である[13][14]。かつては北海道から九州まで、日本中に広く生息していたが、乱獲や開発による生息環境の変化で激減[15]。1974年7月に高知県須崎市で捕らえられ、1975年4月に愛媛県宇和島市九島で保護されたのが最後の事例。1975年3月5日に高知県佐賀町(現・黒潮町)の国道56号で自動車に跳ねられた死体を回収した。そして1979年夏の目撃例が人間に目撃された最後の例となっていた。2012年8月、環境省のレッドリスト改訂で正式に絶滅が宣言された[16]。なお愛媛県は2014年10月に更新した「愛媛県レッドデータブック2014」で、絶滅していないことを前提とする「絶滅危惧種」に引き続き指定している[17]。
2017年(平成29年)2月にはカワウソの姿が対馬に設置された琉球大学のカメラにとらえられ、同年8月に発表された。日本国内で1979年(昭和54年)に高知県で最後にニホンカワウソが目撃されてから38年ぶりとなる[18]。環境省による調査の結果、糞から検出したDNAから対馬に生息するカワウソは韓国とサハリンのユーラシアカワウソに近縁であることが発表された[19]。
伝承の中のカワウソ編集
日本や中国の伝承では、キツネやタヌキ同様に人を化かすとされていた。石川県能都地方で、20歳くらいの美女や碁盤縞の着物姿の子供に化け、誰かと声をかけられると、人間なら「オラヤ」と答えるところを「アラヤ」と答え、どこの者か尋ねられると「カワイ」などと意味不明な答を返すといったものから[20][21]、加賀(現・石川県)で、城の堀に住むカワウソが女に化けて、寄って来た男を食い殺したような恐ろしい話もある[22]。
江戸時代には、『裏見寒話[23]』『太平百物語』『四不語録』などの怪談、随筆、物語でもカワウソの怪異が語られており、前述のように美女に化けたカワウソが男を殺す話がある[21]。
広島県安佐郡沼田町(現・広島市)の伝説では「伴(とも)のカワウソ」「阿戸(あと)のカワウソ」といって、カワウソが坊主に化けて通行人のもとに現れ、相手が近づいたり上を見上げたりすると、どんどん背が伸びて見上げるような大坊主になったという[24]。
青森県津軽地方では人間に憑くものともいわれ、カワウソに憑かれた者は精魂が抜けたようで元気がなくなるといわれた[25]。また、生首に化けて川の漁の網にかかって化かすともいわれた[25]。
石川県鹿島郡や羽咋郡ではかぶそまたはかわその名で妖怪視され、夜道を歩く人の提灯の火を消したり、人間の言葉を話したり、18歳-19歳の美女に化けて人をたぶらかしたり、人を化かして石や木の根と相撲をとらせたりといった悪戯をしたという[21]。人の言葉も話し、道行く人を呼び止めることもあったという[26]。
石川や高知県などでは河童の一種ともいわれ、カワウソと相撲をとったなどの話が伝わっている[21]。北陸地方、紀州、四国などではカワウソ自体が河童の一種として妖怪視された[27]。室町時代の国語辞典『下学集』には、河童について最古のものと見られる記述があり、「獺(かわうそ)老いて河童(かはらふ)に成る」と述べられている[28]。
アイヌ語ではエサマンと呼び、人を騙したり食料を盗むなどの伝承があるため悪いイメージで語られるが、水中での動きの良さにあやかろうと子供の手首にカワウソの皮を巻く風習があり、泳ぎの上手い者をエサマンのようだと賞賛することもある[29]。アイヌの昔話では、ウラシベツ(北海道網走市浦士別)で、カワウソの魔物が人間に化け、美しい娘のいる家に現れ、その娘を殺して魂を奪って妻にしようとする話がある[30]。またアイヌ語ではラッコを本来は「アトゥイエサマン(海のカワウソ)」と呼んでいたが、夜にこの言葉を使うとカワウソが化けて出るため昼間はラッコと呼ぶようになったという伝承がある[31]
中国では、日本同様に美女に化けるカワウソの話が『捜神記』『甄異志』などの古書にある[23]。
朝鮮半島にはカワウソとの異類婚姻譚が伝わっている。李座首(イ・ザス)という土豪には娘がいたが、未婚のまま妊娠したので李座首が娘を問い詰めると、毎晩四つ足の動物が通ってくるという。そこで娘に絹の糸玉を渡し、獣の足に結びつけるよう命じた。翌朝糸を辿ってみると糸は池の中に向かっている。そこで村人に池の水を汲出させると糸はカワウソの足に結びついていたのでそれを殺した。やがて娘が生んだ子供は黄色(または赤)い髪の男の子で武勇と泳ぎに優れ、3人の子をもうけたが末の子が後の清朝太祖ヌルハチである。
ベトナムにもカワウソとの異類婚姻譚が伝わっている。丁朝を建てた丁部領(ディン・ボ・リン)は、母親が水浴びをしているときにかわうそと交わって出来た子であり、父の丁公著はそれを知らずに育てたという伝承がある[32]。
出典編集
- ^ Appendices I, II and III <https://cites.org/eng> (Accessed 01 August 2018)
- ^ a b c W. Christopher Wozencraft, "Order Carnivora," Mammal Species of the World, (3rd ed.), Volume 1, Don E. Wilson & DeeAnn M. Reeder (ed.), Johns Hopkins University Press, 2005, Pages 532-628
- ^ a b c d e f g h Nicole Duplaix 「カワウソ」今泉吉晴訳『動物大百科 1 食肉類』 今泉吉典監修、D.W.マクドナルド編、平凡社、1986年、138-143頁。
- ^ a b 川田伸一郎・岩佐真宏・福井大・新宅勇太・天野雅男・下稲葉さやか・樽創・姉崎智子・横畑泰志 「世界哺乳類標準和名目録」『哺乳類科学』第58巻 別冊、日本哺乳類学会、2018年、1–53頁。
- ^ a b c 斉藤勝・伊東員義・細田孝久・西木秀人 「イタチ科の分類」『世界の動物 分類と飼育2(食肉目)』今泉吉典監修、東京動物園協会、1991年、22-57頁。
- ^ “バングラデシュ伝統のカワウソ漁、消滅の危機”. AFP (フランス通信社). (2014年3月24日) 2014年3月25日閲覧。
- ^ a b c d Klaus-Peter Koepfli, Kerry A Deere, Graham J Slater, Colleen Begg, Keith Begg, Lon Grassman, Mauro Lucherini, Geraldine Veron, and Robert K Wayne, "Multigene phylogeny of the Mustelidae: Resolving relationships, tempo and biogeographic history of a mammalian adaptive radiation", BMC Biology, Volume. 6, No. 1, 2008, pp. 10-22.
- ^ a b c d Pat Morris, Amy-Jane Beer 「イタチ科」鈴木聡訳『知られざる動物の世界 8 小型肉食獣のなかま』 本川雅治監訳、朝倉書店、2013年、26-81頁。
- ^ a b 本川雅治、下稲葉さやか、鈴木聡 「日本産哺乳類の最近の分類体系 ―阿部(2005)とWilson and Reeder(2005)の比較―」『哺乳類科学』第46巻 2号、日本哺乳類学会、2006年、181-191頁。
- ^ Jacques, H., Reed-Smith, J., Davenport, C & Somers, M.J. 2015. Aonyx congicus. The IUCN Red List of Threatened Species 2015: e.T1794A14164772. https://doi.org/10.2305/IUCN.UK.2015-2.RLTS.T1794A14164772.en. Downloaded on 01 August 2018.
- ^ 『原色ワイド図鑑 動物』今泉忠明監修、学研アソシエ、2016年、新装版、221頁。
- ^ 今泉忠明、村井仁志「ネコ目(食肉目)」『新 世界絶滅危機動物図鑑 哺乳類I ネコ・クジラ・ウマなど』1、今泉忠明監修、学研教育出版、2012年、4-19頁。
- ^ 石井信夫「ニホンカワウソ(本州以南亜種)」『レッドデータブック2014 -日本の絶滅のおそれのある野生生物- 1 哺乳類』(PDF)環境省 編、ぎょうせい、2014年、8-9頁。
- ^ 阿部永、石井信夫「ニホンカワウソ(北海道亜種)」『レッドデータブック2014 -日本の絶滅のおそれのある野生生物- 1 哺乳類』(PDF)環境省編、ぎょうせい、2014年、10頁。
- ^ 今泉吉晴「ニホンカワウソ」『動物大百科1 食肉類』今泉吉典監修、D.W.マクドナルド編、平凡社、1986年、144-145頁。
- ^ “第4次レッドリストの公表について(お知らせ)” (プレスリリース), 環境省, (2012年8月28日) 2017年12月6日閲覧。
- ^ 宮本大右 (2014年). “カワウソ”. 愛媛県レッドデータブック. 愛媛県. 2017年12月6日閲覧。
- ^ “長崎県対馬において、カワウソを発見!” (プレスリリース), 琉球大学, (2017年8月17日) 2017年12月6日閲覧。
- ^ “対馬におけるカワウソ痕跡調査の結果について” (プレスリリース), 環境省, (2017年10月12日) 2017年12月6日閲覧。
- ^ 柳田國男『妖怪談義』講談社〈講談社学術文庫〉、1977年(原著1956年)、19頁。ISBN 978-4-06-158135-7。
- ^ a b c d 村上健司編著『妖怪事典』毎日新聞社、2000年、114頁。ISBN 978-4-620-31428-0。
- ^ 水木しげる『妖怪大図鑑』講談社〈講談社まんが百科〉、1994年、59頁。ISBN 978-4-06-259008-2。
- ^ a b 柴田宵曲「続妖異博物館」『柴田宵曲文集』第6巻、木村新他編、小沢書店、1991年(原著1963年)、477頁。NCID BN06690927。
- ^ 藤井昭編著『安芸の伝説』第一法規出版、1976年、166頁。NCID BN05056551。
- ^ a b 内田邦彦『津軽口碑集』歴史図書社、1979年(原著1929年)、126頁。NCID BA4288829X。
- ^ 多田克己『幻想世界の住人たち』IV、新紀元社〈Truth In Fantasy〉、1990年、124頁。ISBN 978-4-915146-44-2。
- ^ 村上健司「河童と水辺の妖怪たち」『DISCOVER妖怪 日本妖怪大百科』VOL.01、講談社コミッククリエイト編、講談社〈KODANSHA OfficialFileMagazine〉、2007年、19頁。ISBN 978-4-06-370031-2。
- ^ 香川雅信「カッパは緑色か?」『怪』vol.0037、吉良浩一編、角川書店〈カドカワムック〉、2012年、34頁。ISBN 978-4-04-130038-1。
- ^ カワウソ - アイヌ民族博物館
- ^ 知里真志保「えぞおばけ列伝」『アイヌ民譚集』岩波書店〈岩波文庫〉、1981年(原著1937年)、198-200頁。ISBN 978-4-00-320811-3。
- ^ ラッコ - アイヌ民族博物館
- ^ 小倉貞男. 物語ヴェトナムの歴史 一億人国家のダイナミズム. 中公新書. pp. 63-64. ISBN 4-12-101372-7.
関連項目編集
外部リンク編集
- カワウソを題材にした物語 1 -「ビーバとカワウソが出会ったら」(アメリカの野生動物観察家・作家ウィリアム・ロング著)
- カワウソを題材にした物語 2 -「かわうそキーオネクは釣り名人」(アメリカの野生動物観察家・作家ウィリアム・ロング著)