カーキ選挙(カーキせんきょ、Khaki election)とはイギリスにおける3つの総選挙、すなわち1900年1918年1945年の総選挙を指す。カーキとは19世紀からイギリス陸軍が軍服に採用した迷彩色を指し、選挙結果が戦争終結に影響された事を示唆している。

この3つの選挙は何れも大きな戦争の終結直後に実施された選挙であり、選挙の基本的な争点は戦時中の指導党(指導者を擁する政党、グループ)の信任にある。1900年の総選挙はボーア戦争(第二次ボーア戦争)[1]に、1918年の総選挙は第一次世界大戦に、1945年の総選挙は第二次世界大戦[2]に対応する。このうち1900年と1918年の総選挙については戦時中指導的立場にたった政党、グループが勝利した。1900年のそれは保守党であり、1918年の場合はデビッド・ロイド・ジョージ率いる連立派が相当する。最後の1945年総選挙については上記2つの選挙とは一線を画し、戦中指導者であったウィンストン・チャーチル擁する保守党が労働党に大敗し、政権交代を起こした。

脚注編集

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  1. ^ 結果的に1900年の時点で終結していないが、選挙実施時までにオレンジ自由国の首都ブルームフォンテーンと、トランスヴァール共和国の首都プレトリアは陥落していて、トランスバールの大統領ポール・クリューガーは亡命していた。正規軍による抵抗は終結しており、この時点で戦争終結と認識するのは同時代的には妥当であり、選挙結果もそのように反映されている。選挙が実施された前後からゲリラの活動が活発化する。このため後世の歴史家は戦争の終結をこれより後の1902年であると見なす事になる。
  2. ^ ヨーロッパ戦線は終結していたが、太平洋戦線は終結していなかった。