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カーネギー (Carnegie) はアイルランド共和国で生産され、フランス調教を受けた競走馬

カーネギー
Owner Sheikh Mohammed.svg
シェイク・モハメドの勝負服
欧字表記 Carnegie
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1991年2月26日
死没 2012年8月9日(21歳没)
Sadler's Wells
Detroit
母の父 Riverman
生国 アイルランドの旗 アイルランド
生産 Swattenham Stud
馬主 シェイク・モハメド
調教師 アンドレ・ファーブルフランス
競走成績
生涯成績 13戦7勝
獲得賞金 636万8000フラン
24万ドル
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フランス・イギリスアメリカで走り、通算13戦7勝。3歳時の1994年凱旋門賞で優勝し、母デトロワと母仔二代凱旋門賞制覇を達成。ほかにフランスの重賞を3勝。競走馬引退後は 種牡馬として日本に輸出され、オセアニアとを行き来するシャトル種牡馬となり、ブルードメアサイアーとしてGI競走6勝を挙げたモーリスを輩出している。

馬名はアメリカの実業家アンドリュー・カーネギーに由来する[要出典]

戦歴編集

父サドラーズウェルズはヨーロッパを代表する大種牡馬、母デトロワは1980年の凱旋門賞をコースレコードで優勝した名牝という良血馬で、ドバイの大馬主シェイク・モハメドに購買され、フランスのトップ調教師アンドレ・ファーブルに預けられるというエリートだった。しかし脚部不安もあってデビューは3歳3月と遅れ、デビュー戦こそ勝ち上がったが、その後2連敗を喫し、クラシックレースは断念。

夏に本格化し、準重賞ペリーズ賞、G2ユジェーヌアダム賞、G2ニエル賞と3連勝をあげ、凱旋門賞に駒を進めると、その年のキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス勝ち馬のキングスシアターや、同2着馬で武豊騎乗のホワイトマズルらを抑えて優勝。レース史上初の母仔制覇を達成した。

4歳となった1995年も現役を続け、G1サンクルー大賞とG3フォワ賞を勝つが、「キングジョージ」及び連覇を狙った凱旋門賞はいずれも ラムタラの6着に敗れ、ブリーダーズカップ・ターフ3着を最後に競走馬を引退。種牡馬となった。

競走成績編集

種牡馬として編集

引退後は日本に渡り、1996年はアロースタッドに繋養されたが、翌1997年より社台スタリオンステーションに移動した。同年からは日本の種付けシーズン終了後、南半球ニュージーランド)に移動して種牡馬生活をする「シャトル種牡馬」となる。2002年の種付けシーズン終了後、オーストラリアへ正式に輸出される。

日本では1999年に初年度産駒がデビューを迎え、その中からカーネギーダイアン青葉賞に優勝したが、その後は他の欧州活躍馬やサドラーズウェルズ系種牡馬の例に漏れず、日本のスピード競馬に苦戦している。

一方、オセアニアにおいては、近親にオセアニアの大種牡馬ザビールがいるという血統背景から人気を博し、Carnegie Express (ローズヒルギニーカンタベリーギニー)やAmalfi(2001年ヴィクトリアダービー優勝馬)等、多く活躍馬を輩出している。

2012年8月9日に死亡した。

主な産駒編集

ブルードメアサイアーとしてのおもな産駒は以下のとおり。

血統表編集

カーネギー血統(サドラーズウェルズ系 / Nearco 4×5=9.38%) (血統表の出典)

Sadler's Wells 1981
鹿毛
父の父
Northern Dancer 1961
鹿毛
Nearctic Nearco
Lady Angela
Natalma Native Dancer
Almahmoud
父の母
Fairy Bridge 1975
鹿毛
Bold Reason Hail to Reason
Lalun
Special Forli
Thong

Detroit 1977
黒鹿毛
Riverman 1969
鹿毛
Never Bend Nasrullah
Lalun
River Lady Prince John
Nile Lily
母の母
Derna 1961
鹿毛
Sunny Boy Jock
Fill de Soleil
Miss Barberie Norseman
Vaneuse F-No.16

8歳年上の半兄レイクエリー(父キングズレイク)はイギリスG3セントサイモンステークスの優勝馬で、4歳年上の半兄アンティサール(父ノーザンダンサー)はフランスG2ギョーム・ドルナーノ賞の優勝馬。ほか、伯母にイギリスG1チェヴァリーパークステークスなどの優勝馬ダータル、従兄にオークツリー招待ステークスなどの優勝馬フィラーゴがいる。

外部リンク編集