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艦歴
発注:
起工: 1926年7月27日
進水: 1927年8月20日
就役: 1929年11月6日
退役:
その後: 1940年4月9日に戦没
除籍:
性能諸元
排水量: 6,650 トン
全長: 174 m
全幅: 15.2 m
吃水: 6.28 m
機関:
最大速: 30ノット
兵員: 820名 - 850名
兵装: 5.9インチ砲9門
3.5インチ砲6門
37mm対空砲8門
21インチ魚雷発射管12門

カールスルーエ (Karlsruhe) は、第一次世界大戦後に建造されたドイツ海軍軽巡洋艦K級巡洋艦の一隻。

目次

艦歴編集

カールスルーエは1926年7月27日、キールのドイッチェ・ヴェルケ社で起工。1927年8月20日に進水。1929年11月6日に就役する。

第二次世界大戦前には海外への訓練航海などに従事した。1930年5月24日から12月12日までアフリカ方面などへの航海をおこなう。1931年11月30日から1932年12月8日まで東南アジア、アメリカ方面へ航海。1933年10月14日から1934年6月15日まで再び東南アジア、アメリカ方面へ航海。1934年10月22日から1935年6月15日までアメリカ方面への航海。1935年10月21日から1936年6月8日まで東南アジア、日本、アメリカ方面への航海。

1936年にスペイン内戦が始まると、カールスルーエもスペイン海域に派遣された。

1940年4月に開始されたドイツ軍のノルウェー侵攻作戦で、カールスルーエは水雷艇グライフルクスゼーアドラーなどと共にクリスチャンサンアーレンダール攻略に当たることとなった。上陸部隊を載せた後、カールスルーエは4月8日に水雷艇ルクスとゼーアドラーに伴われてブレマーハーフェンを出撃した。途中で水雷艇グライフ、Sボート母艦ツィンタウ、Sボート部隊と合流し、濃い霧の中を目的地に向かって進んだ。4月9日朝、部隊はクリスチャンサンのあるフィヨルドへ侵入を開始した。ノルウェーの要塞からの砲撃を受けるが、カールスルーエは何度か攻撃をおこない、クリスチャンサンの占領に成功した。

同日19時、「カールスルーエ」は「ルクス」、「ゼーアドラー」、「グライフ」を伴って出港し、帰途に着いた[1]。20時ごろ、イギリス潜水艦「トルーアント」の攻撃を受け「カールスルーエ」に魚雷が命中した[2]。「トルーアント」は10本の魚雷を発射し3度爆発音を聞いているが、ドイツ側の報告では命中魚雷は1本となっている[2]。「カールスルーエ」の損害は大きく、「ゼーアドラー」と「ルクス」が乗員を収容したあと、22時50分に「グライフ」から魚雷2本が打ち込まれ、「カールスルーエ」は沈没した[3]

脚注編集

  1. ^ German Light Cruisers of World War II, p.112
  2. ^ a b German Cruisers of World War Two, pp.90-91
  3. ^ German Cruisers of World War Two, p.91

参考文献編集

  • Gerhard Koop, Klaus-Peter Schmolke, German Light Cruisers of World War II, Naval Institute Press/Greenhill Books, 2002, ISBN 1-55750-310-9/1-85367-485-0
  • M. J. Whitley, German Cruisers of World War Two, Naval Institute Press, 1985, ISBN 0-87021-217-6

外部リンク編集