ガールズケイリン

ガールズケイリン(GIRL'S KEIRIN)とは、女性競輪選手による競輪として、2012年7月1日から復活した女子競輪(じょしけいりん)の正式な愛称である。

本項では、かつて競輪の創生期に実施されていた昭和期の女子競輪についても記述する。

概要編集

かつて、1949年(昭和24年)から1964年(昭和39年)まで、女性の競輪選手による競走として「女子競輪」が存在したが、後述の通り、人気面の低落などから長続きせず、僅か15年で廃止となった。廃止以後、女子競輪はしばらくの間、競輪界では黒歴史扱いされてきた[注 1]

  • 昭和期に行われていた女子競輪の詳細については、こちらを参照のこと。

だが、1980年代に競艇が女子レース(レディース競走)を新たな起爆剤とするべく女子選手の大量養成に踏み切り、なおかつ一定の人気を博すようになった影響を受ける形で、競輪界においても幾度となく女子競輪復活の話が持ち上がった。また、橋本聖子大菅小百合[注 2] らによる夏冬両オリンピック出場も、女子競輪復活への契機へと繋がった。

さらに、2005年日本自転車振興会(当時)会長に就任した下重暁子が、就任当初より女子競輪の復活に意欲を見せ[1][2][3][4][5]、これを受けて2008年から2011年まで各地の競輪場日本の女子自転車競技選手を集結させてケイリンエキシビションとして実施させた。2010年9月30日、日本自転車振興会の後継統括団体であるJKAが、女子競輪の実施概要を明らかにしたことで、復活が事実上決定[6]2011年4月より合格者を日本競輪学校(当時の名称。現在は日本競輪選手養成所)に入校させて1年間の訓練を経た後、2012年7月より「ガールズケイリン」として48年ぶりに正式に復活させることになった。

復活したガールズケイリンは、2012年7月1日平塚競輪場にて女子1期生となる102期生33名により48年ぶりに開催された。以後、毎年20名程度の新人選手がデビューしているが、2014年後期(7月 - 12月)より男子選手同様に登録審査制度(いわゆる『代謝』制度)が導入された[7][8] ことにより、2015年後期末以降、各期(半年)ごとに対象となった数名が成績不良により登録消除となり強制的に引退させられている。

2022年6月1日時点では、102期生20名、104期生13名、106期生8名、108期生12名、110期生19名、112期生13名、114期生16名、116期19名、118期19名、120期21名、122期生19名の計179名が選手として登録されている[注 3]

ガールズケイリン(エキシビション)編集

21世紀に入り、弥彦競輪場における「すぴRITS」や、松戸競輪場における「LOVE9」、小倉競輪場における「SUN FLOWERS(後のスペースエンジェルズ[10])」といったユニットによる模擬レースとは異なり、「レディース・ケイリン」と題して女子競輪が行われた。しかし、これは主に地元で集められた女子選手による模擬レースであり、ファンサービスとしてのアトラクションの一部のため、実際に同レースは車券発売の対象とはなっていない。

また、上記「レディース・ケイリン」とは別に、佃咲江和田見里美の2人が北京オリンピックに出場したことを契機に、女子自転車選手の強化の一環として、2008年からエキシビションとして「ガールズケイリン」が行われた。これには世界選手権自転車競技大会UCIトラックワールドカップクラシックスへの出場がままならない、日本の女子自転車競技界の底上げという狙いがある。加えて2012年開催のロンドンオリンピックでは女子ケイリンも正式種目として採用されることが決まり、オリンピックを睨んだ強化策の一環という意味合いもあった[11]

そして、この頃から水面下では女子競輪の復活が関係団体において議論されており、本格実施に向けた試行としての意味合いが大きかった[12]

2008年編集

2008年に佃咲江、和田見里美の2人が北京オリンピックに出場したことを契機に、女子自転車選手の強化の一環という意味合いにより実現。2008年7月から9月まで、「サマービーナスシリーズ」と題して3戦行なわれた。石井寛子が3戦中2戦、岡希美が同1戦優勝。

2009年編集

2009年には1月から3月まで「2009 Venus Series」と銘打って、全6戦で各地の競輪場で行なわれた。このシリーズに先立ち、サマービーナスシリーズよりも中身の濃いレース内容を目指すべく、合宿も6回行なわれた。なお、競技規則は、国際自転車競技連合(UCI)が定めるケイリンのルールで行なわれ、1日で予選と決勝を行なった[13]

優勝者は次の通り。

2010年編集

2010年も2009年同様、1月から3月まで全6戦行われた。同年シリーズ戦では第2、第6戦において、外国人選手の参加も見られた。優勝者は次の通り。

2010年 - 2011年編集

第4弾となるシリーズが下記の通り行なわれた[14]

  • 第1戦 京王閣 - 石井寛子
  • 第2戦 小倉 - 加瀬加奈子
  • 第3戦 立川 - 石井寛子
  • 第4戦 高松 - 前田佳代乃
  • 第5戦 岸和田 - 中止

ガールズケイリン編集

女子競輪の復活決定編集

現在では世界自転車選手権において2002年よりケイリン女子が実施されていることや、オリンピック種目としてのケイリン女子正式採用をにらみ[注 4]、昨今の競輪の売り上げ低迷打開策の一環として、2009年11月にJKAより2012年3月から女子競輪の開催を復活させることが発表された[16][17]

ガールズケイリンの要項と育成編集

JKAは当初のスケジュールとして、2010年5月に女子1回生となる日本競輪学校(当時)入学者(定員35名)を募集し、合格者は2011年1月から12月まで同校で養成され、2012年3月にデビューの予定としていたが、競輪場廃止に起因する男子選手の応募要綱変更などがあったため正式の発表がずれこみ、2010年9月30日の記者会見でようやく女子選手の応募要綱等が発表された[18]

その後の発表で女子選手の募集および養成は、2011年4月に日本競輪学校(当時)へ入学する日程で試験などが実施され、2012年7月のデビューで女子競輪を開始するスケジュールとなり、2011年2月25日に1次・2次にわたった日本競輪学校(当時)入学試験の合格者が発表され、18歳から48歳(当時)の36人が合格した。また復活する女子競輪の愛称は公募されたものの、結局はエキシビションで行われたレースと同称の「GIRL'S KEIRIN(ガールズケイリン)」とすることが発表された[19]

2011年5月9日にガールズケイリン1期生となる35人(1人は入学辞退)が日本競輪学校(当時)に102期生徒として入学し、2012年3月22日に卒業レースが行われ24日に33名が卒業した(1人は退学処分、1人は停学処分・留年)。そして5月1日をもって正式に日本競輪学校(当時)を卒業した33名が競輪選手(当時の格付けはA級2班)として登録された。

ガールズケイリンのロゴとユニフォーム(初代)については、東京芸術大学長濱雅彦准教授(当時)がデザインしたものが採用された[20][21](ユニフォームについての詳細は以下も参照)。

2012年7月以降編集

2012年7月1日、雨模様の平塚競輪場。第6レースの発走時刻である17時18分。昭和期の女子競輪の廃止から48年後、「ガールズケイリン」として女子競輪が復活した瞬間であった。オープニングレースとなった第6レースは地元の中山麗敏が捲りで勝利を挙げるとスタンドからは大声援とともに拍手が起こった。続く第7レースでは落車のアクシデントもあったが加瀬加奈子が逃げ切って人気に応え、スタンドはさらに湧いた。この日、ガールズケイリンの売上目標は3000万円であったが、結果は目標を大幅に超え9859万円の売り上げがあった[21]

2013年3月より、毎年(2015年度を除く)短期登録選手制度により来日した外国人女子選手4 - 5名が、約2か月間ガールズケイリンに参戦している。なお、2020年度・2021年度・2022年度は新型コロナウイルス感染症拡大の影響で参戦はなかった。

1開催につき女子は基本的に2個レース(14選手)のみだが、2014年には3概定番組の「オールガールズシリーズ(AG)」も一部で実施された[22]。2015年には1概定番組(優勝者は3名でなく1名)に変更され[23]、2016年には同じく女子6個レース(42選手)が組み込まれた形での開催が「ガールズドリームトーナメント」という名称で行われた[24][25]

2018年4月26日 - 29日開催の函館競輪「GIIIナイター スターライトクラウン」では、毎日3レースがガールズケイリン「FII スターライトティアラ」として行われ、ガールズケイリンとしては初めて4日間開催が行われた[26]

2020年より、新人選手のPRを兼ねて、新人戦『競輪ルーキーシリーズ』がスタートした[27][28]。118期以降は、まずは毎年4月末から6月にかけて行われるこの『競輪ルーキーシリーズ20xx[注 5]』(3〜4場所で開催)がデビュー戦となる。この新人戦における成績を基に競走得点が算出され、下期期初となる7月以降に先輩選手と対戦していくことになる。なお、118期以降は原則として新人戦がデビュー戦となることから、メディアでは下期期初である7月以降で最初に出走するレースを「本格デビュー」と呼んで区別している[29](養成所早期卒業者は上期期初となる1月以降に即本格デビューとなる)。2022年より、男子では先行して実施していた、ルーキーシリーズ成績上位者による一発勝負『競輪ルーキーシリーズ20xx[注 5]プラス』を実施する[30]

2022年は、5月26日〜28日の伊東FII(ミッドナイト)にて、ミッドナイト競輪では初となるガールズ4個レース(2個レース×2)を実施した[31]。また、ガールズケイリン開始10周年を記念して、6月29日〜7月1日にかけて平塚競輪場にて全12レースをガールズケイリンとする「ALL GIRL'S 10th Anniversary」(84名参加。トーナメント方式による6個レース×2)を、9月19日の共同通信社杯競輪最終日に名古屋競輪場にて企画単発レース「ティアラカップ」(歴代のガールズグランプリ覇者を中心に、当年4月〜6月の平均競走得点上位者から順次選抜)を、それぞれ実施する[32][33]

ガールズケイリン選手になるには編集

ガールズケイリン選手になるには、男子の競輪選手と同じく、基本的に毎年12月(各年度の第1回[34][注 6])ないし翌年2月または3月(同第2回[35])に実施される、国家試験である競輪選手資格検定(以下、資格検定)[注 7]に合格しなければならない。ただ、資格検定の制度が導入されて以降、資格検定の受験だけで競輪選手になった者は(男子も含めて)おらず、ガールズケイリン選手になるためには、まず養成所の入所試験に合格し、同所にて教育・訓練を受けることが大前提となっている。なお、養成所の入所試験における合格倍率は、例年2.5倍前後である[36](男子は5倍程度)。

全国各地にある日本競輪選手会のいずれかの支部に所属することを前提に、資格検定に合格すれば養成所を卒業となり、養成所卒業式当日ないし翌日付け[注 8]で正式にガールズケイリン選手として登録される。現在は5月から6月にかけて行われる新人戦『競輪ルーキーシリーズ』がデビュー戦であり[27]、下半期期初となる7月以降に先輩選手に混じって本格デビュー[29]することとなっている[注 9]。なお、養成所在所中に養成所が定める早期卒業要件を全て満たした上で、候補生自らが早期卒業を希望する意思表示を行った場合は第1回資格検定を受験でき、かつその資格検定に合格することを条件に、養成所を年内で早期卒業し通常より早く翌年1月よりデビューすることも可能となっている[注 10]が、ガールズケイリンにおいては122期までで早期卒業を果たした選手はいない。

ガールズケイリン選手の中には、加瀬加奈子石井寛子豊岡英子などのようにアマチュア時代から自転車競技で実績を残してプロデビューした選手のほかにも、自転車競技未経験ながら選手となった者も多い。中でも、男女通じて史上初となる、養成所で複数回ゴールデンキャップを獲得しワールドカップなど世界規模のレースで活躍する小林優香は自転車競技未経験であったため旧競輪学校時代の入学試験は技能試験ではなく適性試験で受験した。また、小林と同じくワールドカップなど自転車競技に重点を置く太田りゆ、2018年・2019年・2020年と3年連続の賞金女王児玉碧衣なども適性試験合格者である。特に尾崎睦土屋珠里畠山ひすいは適性試験受験での入所(入学)ながら、卒業記念レースでは予選を含めて全て1着の完全優勝を果たした。

前職も、他のプロスポーツから転向した者(金田洋世や尾崎睦、猪頭香緒里など。金田と尾崎はビーチバレー、猪頭はスノーボード[37])のほか、教師中村由香里奥井迪田仲敦子など)、美容師長澤彩亀川史華[38])、看護師伊藤のぞみ)、自衛官吉岡詩織[39])のほか、モデル田中麻衣美、亀川史華[38])、お笑い芸人山路藍[注 11])、グラビアアイドル日野未来)、声優太友花[40])といった元芸能人など、様々みられている。

ガールズケイリンのルール編集

ガールズケイリンは、従来の競輪とトラックレースとしてのケイリンの折衷となる新しい競走形態の先頭固定競走(インターナショナル)で施行される[41]

従来の競輪ルールとの違いは以下の通り。

  • 7車立て(最小は5車立て)
  • 男子の競走で見られるラインをあからさまに組むことは禁止[42]
    • ガールズケイリンはトラックレースとしてのケイリンのルールに準拠しているため、完全に個人戦である[42]。なお、選手個々で「今日は●●選手をマークする」などと作戦を立てることについては問題ないが、ラインがないため目標とする選手の番手を取り切れるかどうかは展開次第である。そのため、予想紙などでは全員が脚質は『両[注 12]』となっている[注 13]。これが男子の競輪と根本的に異なる点である。
  • 競走距離は、バンク周長によるが1500 - 1666m。333mまたは335mバンクでは5周・400mバンクでは4周・500mバンクでは3周を走る[43]
  • 先頭誘導員は、500mバンクでは2コーナーから、それ以外のバンクではバックストレッチから発進し、スタートライン通過と同時に号砲となる[43]
  • 先頭誘導員の退避地点は、333m・400mバンクは残り1周半、500mバンクは残り1周[41]
  • 誘導中は、先頭を走る選手の前輪先端が誘導員の後輪後端より前に出てはならない[43]
  • 内外線幅の約2倍以上の押圧・押し上げを行ってはならない[43]
  • 予選はポイント制だが、第1走(初日)よりも第2走(2日目)のほうが、3着までのポイント設定が高くなっている[45]
    • 2021年度下期の6レース制ガールズケイリンでは、予選では初めてトーナメント方式を採用した[46][47]

ガールズケイリンでは一般的に内枠が有利と言われており、2020年1月から8月までのレースで枠順別連対率を見ると、1枠が16・7%で1位、2枠が15・2%と続き、6位が7枠の13・3%、7位が6枠の12・7%であり、実際に『内枠が有利』というデータが出ている。また、2019年の1年間で見ても、1位と2位は1、2枠で、6位と7位が7、6枠であった[48][49] ほか、2020年10月のミッドナイト競輪全459レースのうちガールズケイリンに限れば1枠の勝率が61%と圧倒的であった[注 15]。男子の競輪とは異なりラインがないため「内枠に入ればいい位置を取れる可能性が上がる」と、枠順に拘りを見せる選手もいる[48][51]

普通開催では、3日間で14名があっせんされ、最大7名ずつに分かれて2日間かけて予選が2回行われる。3日目は予選2日間で獲得したポイント上位7名が決勝に、下位7名が一般戦に出走する。また、年に一度実施されるナイターGIIIでの4日目制では、初日・2日目が予選、3日目が準決勝(2レース14名)と一般戦、4日目が決勝(準決勝1 - 3着6名と4着1名)と一般戦となっている。予選において失格や落車による怪我などで複数の途中欠場が発生した場合は、欠車やレースカットを極力なくすよう2日目以降に当日(と翌日)出走予定のない選手を『補充』として急遽招集し競走に参加させることもある[注 16]

予選2日間のポイントは、下記の表の通り。

ポイント 1着 2着 3着 4着 5着 6着 7着 競走棄権 失格および欠場
予選1(初日) 8 7 6 5 4 3 2 1 0
予選2(2日目) 11 9 7
  • 『競輪ルーキーシリーズ』ではシステムが異なり、予選におけるポイントは1着から3着までにのみ付与される(ポイントが同点の場合は養成所での競走成績上位者が優先)[28][53]

3日間開催での決勝、または4日間開催での準決勝、そして決勝における準決勝4着2名のうち1名において、勝ち上がりは次の順序で決定する。なお、予選が中止となった場合は、そのレースは抽せん(ガラポンによるくじ引き[54])により出走予定であった各選手に「見なし着位」が与えられポイントに反映させることになっている[55][56][57]

 (1) 予選2日間の合計ポイントの高い順
 (2) 予選2日間の良い方の着順
 (3) 予選2の着順
 (4) 直近4ケ月平均競走得点(出走表記載)の高い順
 (5) 抽せん

ガールズケイリンでも男子の競輪同様にペナルティ制度があり、競走内容によっては「失格」のほか「走行注意」「重大走行注意」が与えられることがある。これらは違反点として累積され、1月〜4月、5月〜8月、9月〜12月のそれぞれの4か月間で違反点が90点以上となると日本サイクルスポーツセンターまたは日本競輪選手養成所にて4泊5日の指導訓練(自費での参加)を受ける必要があるほか、直近4か月間で違反点が120点以上となると3か月以内であっせん停止となる処分を受けることになる[58][59]

ガールズケイリンの自転車編集

ガールズケイリンで使用する自転車は、男子の競輪で使用する自転車と同様、JKAが認定したメーカーかつ規格に基づいて作られた自転車でなければならず、その他タイヤや部品等も同様にJKAが認定したものを使用しなければならない(期限切れないし廃盤などでJKAが認定を抹消することもある)。なお、部品等の認定や認定除外などは、毎月月末に刊行される『広報KEIRIN』に記載されており、JKAのウェブサイトでも公開されているため選手・関係者以外でも閲覧は可能である。

自転車は男子の競輪で使用するものより軽く[注 17]モノコックカーボンフレームに、 前輪はスポークホイール、後輪はディスクホイールを装着させており、タイヤはディスクおよびバトンホイール向けとスポークホイール向けでサイズが若干異なる[42]ハンドルステムは専用部品となるが、ハンドルバーは専用部品または男子向けの部品との選択が可能で、サドルも同様に男子向けとの選択が可能。それ以外の部品は全て男子向けの部品と共用となる[60][61]。本体で30万円ほど[注 18]で、その他タイヤや部品などを合わせるとトータルで40〜50万円ほどかかる。

強風など悪天候の中での競走となる時には、リアホイールが横風を受けたときに操縦安定性の問題が発生することから、主催者の判断で男子同様の金属スポークホイールおよびタイヤに換装して競走が実施される[45]。なおガールズケイリンでは開始時より前輪に3本スポークのバトンホイールを装着していたが、これは縦方向へのジャイロ効果が横方向への操舵に影響を及ぼすこともあり[63]2016年8月31日の開催より前輪は天候に関わらずスポークホイールとなった[64]

ユニフォーム編集

2012年のガールズケイリン開始当初のユニフォームは、上下一体となったワンピース型であり、車番色の識別においてはワンピースの上からボレロを着用した[20][21]。ただ、元々ワンピース型はコストが高い上に、落車などで破損するとすぐ新たなユニフォームを用意する必要がありコストが嵩んでしまう[65]ことから、2016年12月1日より桜をモチーフにしたデザインにリニューアルし、シャツとレーサーパンツが別々となったユニフォームとなった。前年度からイベント用ジャージを担当してきた[66]株式会社ウエイブワンが制作した[67][68]

ガールズケイリン開始から10周年となった2022年10月より、よりスポーティーに見える黒色を基調としたレーサーパンツを基にした新ユニホームを導入する[69]

ガールズグランプリに限り、出場選手はオリジナルデザインユニフォームを着用し出走する(デザインは毎回変わる)[70]

ちなみに、ガールズケイリン開始前の段階では、ユニフォームデザイン案の一つとして、レーサーパンツの上にスカート姿という案もあったが、いざ試走するとスカートがはだけて走りにくいということで即却下となった[65]

開催・特別競走・競走得点編集

開催編集

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ガールズケイリンの開催がある場合は、日程表にはまたはマークが付されている。

ガールズケイリンは、基本的にFIないしFIIのいずれかに組み込まれるが、ガールズグランプリトライアルレース競輪祭GI)の前半3日間で、ガールズケイリンフェスティバルサマーナイトフェスティバルGII)に組み込まれて行われるなど例外もある。但し、競走格付けは特別競走も含めて全てFIIである。通常の日中開催のほか、モーニング競輪ナイター競輪ミッドナイト競輪でも行われることもある。なお、日中の開催ではガールズケイリンが当日の何レース目で行われるかは競輪場により異なる[注 19]

2022年6月時点で現存する43競輪場のうち、ガールズケイリンの開催実績がないのは、小松島競輪場[注 20]と、旧千葉競輪場跡地に建設されたTIPSTAR DOME CHIBA[注 21]。ほかに、小田原競輪場においても長らく小松島同様に女子選手用の控室がなかったためガールズケイリンの開催実績がなかったが[72][73]、2021年10月10日から12日にかけて行われた小田原FII(モーニング競輪。優勝は尾崎睦[74])を皮切りに開催が行われている。

  • なお、TIPSTAR DOME CHIBAにて行われている250競走「PIST6[75]においては、現状は男子選手のみで行われているが、2022年4月より女子用の賞金額も設定されたため、女子選手によるPIST6の開催も計画されている[76]

ガールズケイリン選手で全場制覇を達成したのは、2022年7月時点で石井寛子のみで、ガールズケイリン開催実績がない小松島・TIPSTAR DOME CHIBAと、自身に配分のなかった旧千葉を除く41場全てで競走参加し優勝を果たした[77]。なお、石井は小田原での開催実績がなかった時点で、既に全40場での制覇を果たしている[78]

特別競走編集

ガールズケイリンにおける特別競走は、年間で以下の5大会[79] が実施される。格付けは全てFII。太字は優勝賞金が200万円以上のレース(「ガールズケイリンコレクション」8月開催はガールズドリームレースが該当)。

2021年12月時点で、特別競走であるグランプリ、コレクション(3月開催、5月ないし6月開催、8月ないし9月開催のいずれか)、フェスティバル、グランプリトライアル全てで優勝を果たしたのは小林優香のみ。他に、石井寛子高木真備が優勝賞金200万円以上あるグランプリ、コレクション[注 22]、フェスティバルいずれも優勝を果たしている。このほか、コレクション3開催全てを制覇したのは小林優香、石井貴子(106期)児玉碧衣

2019年より、新たな特別競走として、男子の競輪での『ルーキーチャンピオンレース』に該当するレースである、デビュー2年未満のガールズ選手を対象とした新人女王戦『ガールズ フレッシュクイーン』(平均競走得点上位7名による一発勝負)が開催されることとなり、同年4月14日高知開設記念第9レースで初開催され[80]梅川風子が初代優勝者となった。なお、原則は毎年4月の開催だが、2020年の第2回は4月の開催予定が中止となったため11月の開催となった[81]

ガールズケイリン発祥の地でもある平塚競輪場を保有する平塚市は、今後新たなガールズケイリン特別競走を平塚で常設開催する構想を持っていることを明かした[69]

このほか、特別競走に準ずる競走として、以下のレースが開催されている。なお、以下のうち「ガールズケイリンコレクショントライアルレース」、「ミッドナイトフィナーレ」、「ティアラカップ」以外は出場資格はなく、あっせん計画により配分された選手が出場する。

  • ガールズケイリンコレクション(5月開催)トライアルレース
    2018年より実施。1月から2月上旬にかけて開催。同年の5月ステージ出場権を賭けて、選考期間中における平均競走得点上位の出場選手42名が14名ずつ3会場に分かれて対戦する。勝ち上がりのシステムは通常のガールズケイリンと同一。
  • ミッドナイトフィナーレ
    2018年より実施。12月31日に開催。毎年12月29日から31日にかけて行われるいずれかのミッドナイト競輪で、最終日第9レースにて一発勝負の企画レースとして実施。同年の7月 - 10月の間に行われたミッドナイト競輪において成績上位の7名(ガールズグランプリ出場者は除く)が出場。競輪において年末の大一番はKEIRINグランプリであるが、このレースは競輪のみならず全ての公営競技において一年の最後のレース(発走時刻は23:30頃)となる。
  • 4日間制ガールズケイリン[26]
    出場選手21名により、いずれかのナイターGIIIにおいて開催される。初日・2日目は予選、3日目は「準決勝」(2レース)と「一般」、最終日は「決勝」(準決勝1 - 3着6名と4着1名が進出)と「一般」(2レース)が行われる[82]
  • 6レース制ガールズケイリン[25][83][84][46]
    出場選手42名により、主に10月上旬に開催される。初日・2日目は予選、最終日は「決勝」と「選抜」(2レース)と「一般」(3レース)が行われる。
    2021年度下期の開催では、ガールズケイリンでは初となる、予選はポイント制ではなくトーナメント方式を採用。初日は予選で1 - 3着18名と4着3名が2日目の準決勝に進出、準決勝では1 - 2着6名と3着1名が最終日の「決勝」に進出する[47]
  • ALL GIRL'S 10th Anniversary
    ガールズケイリン開始10周年記念事業の一環として、2022年6月29日から7月1日にかけて、2012年7月1日にガールズケイリン最初のレースが行われた平塚競輪場にてナイターで開催。1日12レース全てがガールズケイリンという初の試み[注 23]であり、ガールズケイリン選手82名がグループA(40名)・グループB(42名)に分かれ[注 24]、それぞれ6レースずつ行われた。予選はトーナメント方式で、決勝までの勝ち上がりは上記の6レース制ガールズケイリンと同一。初日と2日目は第1〜第6レースをグループB、第7〜第12レースをグループAとし、それぞれ行われた。前検日には各期ごとで選手が集まり記念撮影が行われるなどした[85]。最終日、第11レースのグループB決勝では柳原真緒が優勝[86]、第12レースのグループA決勝では児玉碧衣佐藤水菜が同着優勝[87][注 25]。来場目標は1万人、売上目標は10億円を掲げ、結果来場目標は未達であったが、売上は11億3825万7200円に達し目標を上回り成功を収めた[89][90]
  • ティアラカップ
    「ALL GIRL'S 10th Anniversary」と同じく、ガールズケイリン10周年記念事業の一環として、2022年9月19日名古屋競輪場にて開催(当日は第38回共同通信社杯競輪最終日)。歴代のガールズグランプリ優勝者のうち、当年の4月から6月の平均競走得点上位者から順次選抜するが、高木真備が引退したことによりグランプリ優勝者だけでは7人に達しないため同期間中の平均競走得点2位ないし3位の選手からも選抜する[33]

競走得点編集

ガールズケイリンにおいても男子の競輪と同じく、全てのレースにおいて1着から7着まで競走得点が定められており、レースに出走し得られた競走得点を出走回数で割って平均したものが「平均競走得点」となり、この数値が各選手間の強弱ないし調子のバロメーターとなる。この平均競走得点は、上位10名が概ね56点以上、上位20名が概ね55点以上である。

通常の3日間制の開催であれば、予選は2日間とも1着が56点、最終日決勝1着が60点と定められており、3日間とも1着の完全優勝では平均競走得点は57.33点となる。そのため、特別競走も含めて連勝を続けても、直近4か月平均競走得点は57〜58点台が上限である[注 26]。なお、特別競走では、年末のガールズグランプリ1着の競走得点は66点(2着以降は2点ずつ減点、7着は54点)、ガールズケイリンコレクション(うち8月ステージでは「ガールズドリームレース」)1着の競走得点は62点(2着以降は2点ずつ減点、7着は50点)[95]となっている。

ガールズケイリンではかつては定期的に全選手の直近4か月平均競走得点順位表を公表していたが、現在はkeirin.jpサイト内「ランキング」のページで最新データが毎日更新されており検索が可能である[96][注 27]ほか、月刊競輪WEBでも『コンピュータールーム』に男子も含めた全選手の直近4カ月の全成績(PIST6は除く)・競走得点がPDF化されたリストで公表されている[97]

先述の通り、ガールズケイリンでも一定のレベルを保つため、男子選手と同じく、俗に言う『代謝制度』が導入されており[7][8]、完全実力主義の世界である。6か月ごとに行われる審査期終了時(毎年6月末と12月末)において、「競輪に係る業務の方法に関する規程」第83条第1項第3号[98]に定める競走成績不良による登録消除の基準に該当する選手に対しては、登録消除に係る調査及び審議を行う間は同規程第134条第1項第3号[99]によりその翌月(毎年1月初旬と7月初旬)すぐに出場あっせん保留の処分が下され、出走できなくなる[注 28][101][102][103]。この代謝制度によりあっせん保留とされることは選手にとって事実上の『クビ宣告』であり、いずれは強制的に登録消除されることにはなるものの、実際のところは選手自身があっせん保留となると即引退手続き[注 29]を取っているため、「自主的な引退」扱いとなっている。

  • 代謝制度の対象となる選手は、以下の条件に該当する場合で、平均競走得点が一番下から最大3名である[注 30][8]
    • 3期連続で平均競走得点が47点未満となった選手。
    • 2期連続で平均競走得点が47点未満となり、かつその次の期の平均競走得点とを合算して3期での平均競走得点が47点未満[注 31]となった選手。

級班・収入編集

級班編集

2017年7月1日より、全員が新たに新設された『L級1班』の格付けとなっている[104]。但し、現状はL級は1班しかないため、競走得点に関わらず全員が『L級1班』である。なお、2017年6月末までは、全員が『A級2班』の格付けであった。

収入編集

ガールズケイリン選手の収入は、男子の競輪選手と同じく、レース出走で得られる賞金と手当[注 32] である。通常の3日間開催では、3日間とも完走した場合、賞金と手当を合算して、全勝の選手では60万円以上、3日間とも7着の選手でも20万円以上の収入が得られる額になっている[105][106][107][注 33]。ガールズケイリン開始当初は過去の売上実績を基に競輪場ごとに賞金額が定められていたため、開催地により賞金額が異なっていたが[20]、現在は全ての競輪場で賞金額が統一されているため、開催地により賞金額が異なることはない[105]

なお、賞金・手当以外に、競輪場までの交通費も支給される。但し、自転車等の荷物の輸送にかかる費用、自転車やその部品の購入にかかる費用などの経費は、男子の競輪選手と同じく全て自己負担である。

賞金については、最高額はガールズグランプリ1着の1030万円(2021年)[注 34]。また、通常開催も含めて2019年10月、2021年4月、2022年4月と段階的に賞金は増額されている。

全ての選手が原則として毎月2開催(稀に3開催も)の斡旋を受けられるようになっており、失格や欠場、あっせん停止・保留を受けない限り、毎月6走以上できるようになっている。参考に、毎月月末に刊行されている『広報 KEIRIN』によると、ガールズケイリン選手の月間平均斡旋回数は概ね2.1〜2.3回程度(補充などイレギュラーは除く)で6〜7競走くらいとなるが、月によっては男子のS級・A級よりも平均斡旋回数がやや多くなることもある[108]

但し、あっせんはされるが、出走が必ず保証されているわけではない。2020年においては、新型コロナウイルス感染症拡大により一時的に開催中止が相次いだ影響で平均取得額は604万750円[109]となり、2018年の638万円[110]、2019年の646万円[111]と比べて大幅に落ち込んだ。

一方で、2021年の1年間における平均取得額(当年7月にデビューした120期生、同年中に引退した選手も含む)は、前年ほどの混乱はなかったことに加え、賞金が増額されたこともあり756万565円[112]と過去最高(男子のA級2班の平均に近い水準)となった[注 35]。また、上位20名は全員が1,000万円以上を獲得した(実際は22名ほどとみられる。過去は、2015年9名、2016年12名、2017年と2018年14名、2019年15名、2020年12名)だけでなく、2,000万円以上が3名誕生した[113](2020年以前で2,000万円以上獲得者は当年のガールズグランプリ優勝者のみ)。このほか、新人のみの賞金取得額上位10名についても114期以降で公表されており、120期(2021年5月デビュー[注 36])の最高は太田瑛美の621万1000円であった[114]。なお、ガールズケイリンでは、2021年12月の時点で、通算取得賞金額が1億円を超えた選手が7名いる(こちらも参照)。

  • ちなみに、他の公営競技における女子選手の年間賞金平均取得額は、2018年の競艇では1,000万円程度[注 37]、同年のオートレースでも約900万円あり、それらと比較すると低い[116]。ただし、競艇やオートレースでは時に男子と同じレースに出走することもある[注 38]ほか、特に競艇では1日2走することもある(オートレースでも今後2走化の予定)ため、ガールズケイリンとは一概に比較はできない。

テーマソング編集

以下の曲は選手紹介時や選手入場時にも使用される。

歴代賞金女王編集

  • 2012年:小林莉子(東京) 8,460,000円
  • 2013年:中村由香里(東京) 19,489,000円
  • 2014年:梶田舞(栃木) 22,454,900円
  • 2015年:小林優香(福岡) 29,767,000円
  • 2016年:梶田舞(栃木) 24,425,000円
  • 2017年:石井寛子(東京) 22,631,000円
  • 2018年:児玉碧衣(福岡) 27,184,000円
  • 2019年:児玉碧衣(福岡) 28,403,000円
  • 2020年:児玉碧衣(福岡) 26,619,000円
  • 2021年:高木真備(東京) 26,036,000円

主な記録編集

デビュー場所で完全優勝した選手編集

ガールズケイリンは現状では全員がL級1班所属のためクラス分けがなく、また基本的に1開催で14名(1日2レース)のみのため、同一レースで競走得点が最上位(56〜58点台)の選手と最下位(43点台)の選手が直接対戦することもあり得る。そのため、本格デビュー場所での完全優勝を達成するのは困難とされる[注 39] 中で、以下の各選手が本格デビュー場所で完全優勝を達成している。

なお、118期以降の選手は、新人戦である『競輪ルーキーシリーズ』(5月から6月にかけて開催)がデビュー場所となった(早期卒業者を除く)が、この節では116期以前に合わせて『競輪ルーキーシリーズ』は対象外とする(早期卒業者はデビュー場所を、それ以外の者は下期期初である7月以降で最初に出走したいわゆる『本格デビュー』場所を、それぞれ対象)。

選手名(期) - 優勝を達成した年月日・競輪場(特記のないものは400m走路)

放送媒体での実況中継編集

スカパー!の「SPEEDチャンネル」では、一部の開催を除き中継を行っている。

特別レースでは、年末のオッズパーク杯ガールズグランプリは、年によってBS日テレ[注 40]RFラジオ日本[注 41] でも中継が行われる場合がある。なお、2015年まではガールズケイリンコレクションなども放送されていた。

2021年のオッズパーク杯ガールズグランプリは、定額制動画配信サービスのスポーツ・チャンネル「DAZN」でも初めて配信が行われた(DAZNでは、大井競馬場を除いた公営競技の中継自体が今回が初めてになった)[146]

その他編集

表彰制度編集

ガールズケイリンでは規程により、デビューから7年以内に通算300勝を達成すると、また年数は問わず通算500勝ないし700勝を達成すると、それぞれJKAより表彰される制度がある[127][137][139]。原則として、地元の競輪場にてファンの前で表彰式が行われる[147]。表彰対象となった選手は『主な記録』の節を参照。

藤田一門編集

藤田剣次(85期・福岡)のもとに集う、久留米競輪場をホームバンクとするグループ。ガールズケイリン特別競走で優勝歴のある選手だけでなく、日本競輪選手養成所でのゴールデンキャップ獲得者ないし卒業記念レース優勝者、自転車競技でナショナルチームに所属する者など、強豪選手並びに将来有望な選手の中には藤田を師匠とする者が多く見られるほか、日野未来のように当グループに出稽古に出向いて力をつけ成績を伸ばした者もいる[148]など、さしずめガールズケイリンにおける梁山泊とも呼べる存在となっている[149][注 42]。これらを称して『藤田一門』と呼ばれている[151]

師匠を藤田剣次とする主な選手(選手登録番号順)

  • 小林優香 - 特別競走4タイトル制覇、ナショナルチーム所属など(普段は伊豆を拠点)
  • 児玉碧衣 - ガールズグランプリ3連覇、3年連続賞金女王、ガールズケイリン連勝記録保持など
  • 林真奈美
  • 寺崎舞織(当時は内村舞織。のち福井支部へ移籍し現登録名に変更)
  • 大久保花梨 - 日本競輪学校在校時競走成績1位
  • 尾方真生 - ゴールデンキャップ獲得、卒業記念レース優勝、ガールズ フレッシュクイーン優勝
  • 内野艶和 - ナショナルチーム所属

競輪選手同士の結婚編集

2014年4月の田口守と三輪梓乃(田口梓乃)を始めとして、須藤悟と近内稚明(須藤稚明)<引退>[152]、山本紳貴と山本奈知(旧姓、篠塚[注 43])、千沢大輔と大和久保美[153]、川口聖翔と倉野由紀<引退>[154]野原雅也小川美咲<引退>、佐藤健太と長澤彩、吉成晃一と中川諒子、吉田将成と小坂知子、魚屋周成と溝口香奈[155]、中野彰人と元砂七夕美南潤小林彩乃(南彩乃)[156]、田頭寛之と蓑田真璃[157]小原佑太出水菜央<引退>[158]、曽我圭佑と福田礼佳[159]、久保田泰弘と山本知佳、酒井拳蔵と土屋珠里、平川慎太郎と三宅愛梨寺崎浩平内村舞織(寺崎舞織)、谷本奨輝と宮地寧々、堀僚介と大谷杏奈黒沢征治吉田夢姫、といった選手同士で結婚する例が増えている[160]。なお、お互いの登録地(所属支部)が異なる場合、男子の場合は移籍するとラインの形成に影響が出ることもあるため、大きく離れている場合は女子選手の方が夫の登録地(所属支部)に移籍するケースが殆どである。他にも、田中麻衣美は元競輪選手と結婚し、また竹井史香石井菜摘は自身が現役引退後に競輪選手と結婚した。

ガールズケイリン開始当初は男子も含め競輪では旧姓での選手登録は認められていなかった[注 44] ため、松井明子や田口梓乃、須藤稚明は結婚・改姓とともに登録名の変更を行ったが、2014年9月1日から戸籍上の名前でなく旧姓でも選手登録が可能となった[161] ため、加瀬加奈子、中川諒子、大和久保美、小坂知子、長澤彩、溝口香奈、元砂七夕美、大久保花梨(選手登録順)らのように改姓後も登録名を変更せず現役を続けている選手もいる[注 45]。なお、田仲敦子遥山夕貴、寺崎舞織、南彩乃らのように、現行制度下でも現姓に合わせる形で登録名の変更を行った選手もいる。

ママさん選手編集

昭和期の女子競輪の時代とは異なり、結婚後も現役を続けているだけでなく、妊娠・出産後レースに復帰し、子育てをしながら現役を続ける選手も見られるようになっている。妊娠が判明した場合はあっせん保留となり以後あっせんされていたレースは全て欠場扱いとなるが、現状では妊娠は欠場理由にないため、主に『病気欠場』ないし『家事都合欠場』として扱われている。なお、妊娠に限らず、男子も含めて疾病や怪我などで6か月以上欠場を続けた場合は復帰試験(走行能力調査。1000m独走によるタイム計測)を受けなければならず、これに合格しなければレースに復帰できないことになっている[164]

ガールズケイリンにおいて妊娠・出産後レースに復帰した選手は、加瀬加奈子田口梓乃大和久保美[165]猪頭香緒里[37]山本奈知山路藍<引退>、溝口香奈[155]元砂七夕美南彩乃がいる[166](登録番号順)。特に加瀬加奈子は復帰後も優勝を果たした[167] ほかガールズケイリン最高齢優勝記録を更新する[168][121]など、産休前と変わらぬ活躍をしている。

このほか、高松美代子森美紀(ともに引退)、三谷尚子のように、競輪選手になる前から既に母親となっていたケースもある。

師弟関係編集

ガールズケイリン選手も男子の選手と同様に、デビュー前(養成所受験前)から先輩である主に現役の男子選手に弟子入りして師弟関係を組み、練習に取り組んでいる[注 46]

ガールズケイリンが開始してから10年以上が経った現在では、ガールズケイリン選手の中には弟子を取る者も現れてきている。ガールズケイリン選手で初めて弟子を取ったのは梶田舞で、山本レナが引退前に指導を仰いだことで師弟関係となった。石井寛子岡本二菜がデビュー前から指導を続け、アマチュア選手をプロにした初の師匠となった(但し現在は岡本とは師弟関係を解消している)。ほかに小坂知子(弟子はアマチュア選手)、溝口香奈(弟子は安東莉奈)、加瀬加奈子が師匠となったが、特に加瀬加奈子はガールズケイリン選手としては初めて、複数の選手を、かつ男子選手(いずれも121期の治田知也滝本幸正小榑佑弥)を弟子に取った[122]

ガールズケイリンカフェ編集

GI・GII開催中の競輪場を始め、競輪場以外でも自転車関連のイベントなどで、不定期にオープン。当日斡旋のないガールズケイリン選手数名が、場内の特設ブースでカフェ店員として来場者をおもてなしする企画。

選手自らが先頭に立ってグッズやドリンクなどの販売を行うため、ファンにとっては選手と直接触れ合える機会とあって人気は高く、開門と同時に押し掛けるファンも見られている[169]。開催予定日と開催予定競輪場は、特設サイトやfacebookなどで告知される。

2015年3月、日本選手権を開催中の京王閣競輪場で初めて開設。最初に店員として登場したのは、地元・京王閣を拠点とする高木真備。それから2016年6月まではガールズケイリンの特別レースが行われる競輪場限定で出店されていたが、それ以降はGI・GII開催中の競輪場で出店しているほか、2016年10月に宇都宮市で行われた「ジャパンカップサイクルロードレース2016」でもオープンするなど、自転車関連のイベントでも特別に出店することもある。

なお、2020年に入ってからは、新型コロナウイルス感染症拡大の影響もあり実施されていない。

顔より太もも。編集

ガールズケイリンをPRするために制作された、ポスターをメインとしたビジュアル広告。『顔より太もも。』のキャッチコピーとともに、現役のガールズケイリン選手がモデルとなり、毎年12月頃に新作が公開されてきたが、第7弾は製作されていない。

第1弾
田中麻衣美
第2弾
白井美早子加瀬加奈子猪子真実(3人集合のものと、各人のものとで計4種類製作)
田中麻衣美、石井寛子青木志都加(3人集合のものと、各人のものとで計4種類製作)
第3弾(2015年12月 - 2016年12月)
高木真備小川美咲(2種類製作)
第4弾(2016年12月 - 2017年12月)
高木真備、小川美咲 ※2年連続
第5弾(2017年12月 - 2018年12月)
山本レナ元砂七夕美
第6弾(2018年12月 - )
児玉碧衣太田りゆ

このほか、特別レースのみの特製ポスターも製作されており、ガールズケイリンを題材とした漫画「閃光ライド」が起用されたりした。

パチスロ編集

コナミアミューズメントより、パチスロ6.1号機)「~ガールズケイリン~GIフェアリーグランプリ」が2020年11月より導入された。

主人公の新人ガールズケイリン選手「武井リン」とともに、サイコロ目やレア役でサイコロを獲得し、スゴロクマップで「武井リン」を育成しながら全国の競輪場を巡って数々の実名レースに参戦、リンを育成しながら「ガールズグランプリ」制覇を目指す、というゲーム性となっている[171]

昭和期の女子競輪編集

昭和の競輪創世期には、女性のプロ競輪選手だけで行われた競輪「女子競輪」が存在し、代表的な女子選手として、奈良田中和子神奈川渋谷小夜子山口畑田美千代などがいた。

『競輪の生みの親』とされる倉茂貞助は、競輪創設時に「競馬に対抗するためには何とか新機軸をひらかねばならん」という考えから、(ショービジネス的な側面も含めて)女を走らせなければ自転車競技に新鮮味を持たせることができない、としきりに言って女子競輪の開催にこぎつけた[172]

まずは103名を募集し[173][注 47]1948年11月、小倉競輪場での競輪初開催と同時に女子競輪もオープンレースとして開催された[174]。倉茂は女子のレースも男子のそれと同様に車券の対象としたかったが、一条信幸[注 48] に強硬に反対されたこともあり、当初はオープンレースとしての開催となった[172]。だが、観客からは拍手喝采で迎えられ、その反応は車券の対象となる男子の競走にも劣らないものであった[174]1949年10月に行われた第2回全国争覇競輪で正式な競輪としてのレースとなり[175]、当初は女性の新職業として大いに脚光を浴びた[174]

のち日本サイクリストセンター(現在の日本競輪選手養成所)が設立されてからは、1951年の男子に続いて1952年4月に女子選手の全国一斉募集が行われ(ただし応募は25歳までという年齢制限があった)、この時は100名程度が採用され、2か月程度の期間で訓練が行われた[176]

女子選手の格付けは、開始当初はA級・B級の2層(当時の男子はA級・B級・C級の3層)とされた[177] が、1951年3月の全国競輪施行者協議会の総会において、男子はA級・B級の2層とした上で、女子は男子B級待遇とすることが決まり、B級1班・2班の2班制となった[177][注 49]

当時の自転車はリムが木製であり[179]、またバンク地面がセメントではなく板張りのところもあった。元選手によると、移動は夜行列車が中心で、四人が向かい合うボックス席の座席と座席の間に板を渡して、足を伸ばして寝ていたこともあった。賞金は、大卒の初任給の平均が9,000円の時代に、多い時で4万円あったという。他に優勝者には副賞として賞品もあり、18金ネックレス[180]、着物、鶏肉、タンスなどが贈呈されたが、宅配便などなかった時代であり、荷物はすべて自分で持って帰っていたという[181]

開始当初は女性誌等のグラビアで取り上げられる[182] など、多方面に話題を提供したこともあった[183]。また、主に開設記念で年に1度「ミス・ケイリン」と題した女子選手のみでの開催が行われていたことがあり[184]、特に京王閣競輪場の開催ではオール女子選手による開催でも売り上げはそれ以外の普通開催にも劣らなかったことから、その企画が賞賛されたこともあった[185][186]

女子競輪においても特別競輪(現在で言うGIレースに相当)があり、当初は全国争覇競輪高松宮妃賜杯競輪全国都道府県選抜競輪競輪祭にて女子の部が開催されていた。だが、1957年の第12回全国争覇競輪の女子の部が直前になって突如中止されて以降は徐々に縮小され、競輪祭は1958年の第4回大会以降では実施されず、また全国都道府県選抜競輪でも1962年の第19回大会が最後となり、女子競輪が廃止された1964年時点では高松宮妃賜杯競輪のみとなった(各大会の優勝者はそれぞれの項目を参照のこと)。

畑田美千代が田中和子に取って代わって優勝した1956年の第11回全国争覇競輪あたりまでが女子競輪の人気のピークであった[183] が、後述の理由で次第にその人気は下火となり、多くの競輪場が女子競輪の開催に及び腰となっていった[注 50]。最盛期の1952年には669名もの女性選手が在籍した[注 51]が、体力の限界や結婚などで引退する者が相次ぎ、選手数も1959年には394人、1961年には294人にまでその数を減らしていき、またデビュー当時18 - 19歳だった選手らも徐々に高齢化したため、晩年には「ミセス・ケイリン」とまで揶揄される有様であった[186]。デビューする新人選手の数も大きく減り、1954年から3年間は0人で、その後1958年1960年[注 52]にそれぞれ30名程度が採用されデビューしたのが最後となった[176]。なお、旧日本競輪学校に入学してデビューした女子選手は332名であり、全登録者のうちおよそ13程度であった[176]

結果的に女子競輪の人気は長続きせず、廃止直前の1964年の時点では女子選手1人当たりの斡旋回数は1か月間で平均1回程度[187] という有様であった。そして同年8月、末期まで残った230人[187][188][注 53]の女子選手全員の登録消除が決定し、9月8日に開催された名古屋競輪場でのレースが最後となり[175]10月31日付けで選手登録消除[注 54]となり全員が引退し、開始から僅か15年ほどで昭和期の女子競輪は幕を閉じた。そして翌11月に各地区の自転車競技会単位で送別会が行われ、最後まで残った女子選手全員に記念品と感謝状が贈呈された[189]

その後、1965年6月8日に行われた第16回高松宮杯最終日にて、かつて高松宮妃賜杯に参加した元女子選手のうち13名[注 55]が招待され、近江神宮にて参拝後に座談会、閉会式では高松宮宣仁親王を囲んでの歓談と記念撮影が行われた[191][192]

なお、女子選手が男子選手と結婚[注 56] し、その子供も競輪選手になったという例としては、中野浩一、佐々木和徳・昭彦浩三の三兄弟、大森芳明、近藤幸徳などがあげられる。共に競輪選手であった福田明・恵津子夫婦は、陽生・祐治・匡史・篤司の4人の息子が競輪選手になり、さらに篤司の息子の拓也[193]、祐治の娘の礼佳[194] も競輪選手になった。特に、恵津子と礼佳は、祖母と孫娘が競輪選手という現在まで唯一の例である。大森芳明の息子、慶一・光明[195] や、近藤幸徳の息子、良太(故人[196])・龍徳もともに競輪選手となり、特に龍徳はヤンググランプリを制覇するなどトップレーサーに登り詰めている。姉妹兄弟としては西本喜美子が2人の弟が競輪選手だったことから興味を持ち、自らも選手となったことで三姉弟選手が誕生した例がある[197]

昭和期の女子競輪の様子と社会情勢については、元選手である原田節子の自伝『女子競輪物語 青春をバンクにかけて』、または『競輪文化 - 「働く者のスポーツ」の社会史』(古川岳志/著)、『競輪二十年史』、『競輪三十年史』(いずれも日本自転車振興会発行)に詳しい記述がある[注 57]。このほか、フィクションの世界でも、1950年公開の映画『シミキンの無敵競輪王』(清水金一主演)では清水演じる大山長助が試作した新型自転車を女子競輪選手(演じていたのはのち清水の再婚相手となる朝霧鏡子)にレースで試用してもらうシーンがあるほか、1956年公開の映画『女競輪王』では前田通子が演じた主人公・椎野美樹が女子競輪選手となり女子競輪で活躍する姿が描かれている。

女子競輪衰退の理由編集

昭和期の女子競輪が衰退していった理由としては

  • 男子と比べれば選手の数が少ない上に、元々選手間での力の差があり過ぎてレースが堅く収まってしまうことが多かった。
    • 最後の直線でのデッドヒートはまず起きず、大概は100円台の配当であり(いわゆる「銀行レース」)、たまに本命選手が敗れる番狂わせが起これば万単位の大穴が出る[注 58]、といった状況[174] で、ファンとしては車券が買いづらくギャンブルとしての魅力が乏しかった[199]。ほかにも、女子は月経(生理)などで体調管理が難しい面もあり、当時は予想屋が懇意の客に「今日●●(選手名)は生理だから来ない(連に絡まない)よ」と囁くことも多かったという。
  • 施行者側が、以下の理由で女子競輪の開催を敬遠するようになった。
    • 女子選手は上記の田中や畑田などのように西日本に多かった一方で、比較的女子競輪の人気が高かったのは南関東など東日本であり、施行者側も人気強豪選手を呼ぶには多額の交通費を支払うことになるため、経費面がネックになっていった。また特定の地区に選手が偏っていたこともあり、斡旋する側も番組編成に困難をきたしていた[185]
    • 「家庭の都合」などを理由に競走不参加を続ける不真面目な選手も多く見られるなど『プロ意識』に欠ける選手も多く、施行者側としても選手確保に頭を悩まされた。他にも、競走参加の意思表示をしながら前検日に競輪場に現れず"ドタキャン"する選手や、勝ち目がないと分かると無気力に走る選手などがおり、特にこれらについては施行者側から改善するよう要望書が出されたほどであった[200]。ただ一方で、以下のように著しく抑えられた斡旋回数に対して真剣に改善を訴える選手もおり、1961年2月には代表して7名の女子選手が当時の全選手の署名を集めた陳情書を携えて通産省(当時)などに陳情に訪れている[201]
    • 女子競輪は八百長と誤解されるようなレースが多く見受けられた[202]。当時の競輪でも「男子B級および女子選手にして競走成績を続けて15回、出走実員数の半ば<端数を生じた場合は切り上げ>に達しない着位[注 59] となった場合は、登録をまっ消する」という、現在の代謝制度に通ずる制度があり、クビがかかった選手のために協力して上位の着順に引き上げる、という『互助的な八百長』があった模様。特に選手層が薄く全員がB級であった女子は、助け合いの横行が全選手の問題とされた[203]
  • 元々男子と比べて賞金体系が低く設定されていた上に、人気低下から女子競輪の開催自体が減少したため、収入面から競輪選手に対する魅力が薄れ、新たに競輪選手を目指そうとする女性が減少し新陳代謝が進まなかった。
    • 元選手によると、当時の賞金は大卒の初任給よりははるかに高額であった[181]。参考に、1952年佐世保競輪場での開催では、1レースで本賞金7,500円(1着)・出走賞(出走手当)1,300円から所得税と共済基金が源泉徴収され手取りは7,540円であった[204]。また、渋谷小夜子は現役時代、年間約200万円を稼いだ[205](参考に、同時期に活躍した男子選手では、1952年の賞金王であった高倉登が374万円)。
    • 特に、圧倒的な強さを誇ったスター選手の田中和子が引退したあと、それに代わる新しいスター選手を育てられなかった。
  • 男子は競輪が開始される以前から、古くは明治より新聞社等の主催による自転車競技大会が盛んに行われてきたため「ノンプロ(アマチュア)選手」としてそれなりの下地を積んだ選手が少なからず入ってきたが、女子は当時、自転車競技そのものに取り組む選手が皆無同然だったため、ごく一部の選手を除いて最初から選手の質の維持に問題があった。
    • 女子のプロスポーツ選手が本格的に注目されるようになったのは、ゴルフの樋口久子、ボウリングの中山律子須田開代子、プロレスのマッハ文朱らが出現した昭和40年代になってからであり、女子競輪が存在した頃の日本女子スポーツ界はまだオリンピックを頂点としたアマチュアスポーツ全盛の時代で、一定の年代が訪れると概ね結婚のため現役を退いた[注 60] 時代でもあった。女子競輪も『アクセサリー』のような見方をされており[206]、したがって現代のように、アマチュアスポーツからプロスポーツへの転身などほとんど考えられていなかった時代であり、高い能力を有する選手の流入に限界があった。

などが挙げられている。

脚注編集

[脚注の使い方]

注釈編集

  1. ^ 月刊競輪(月刊誌としての発行期間は1976年 - 2012年)の毎年2月号に掲載される年間記録集を見ると、1980年代までは女子の特別競輪優勝者の掲載が全くなかった(1990年代以降は再び掲載されるようになった)。
  2. ^ この2人は本職はスピードスケート選手であり、自転車競技はトレーニングの一環で取り組んでいたものであった。
  3. ^ 実際は、妊娠・育児などで長期欠場している者もいるため、実働選手は新人の122期生19名を除くと150名ほどである[9]。他にも、短期登録制度により外国人選手が登録されることもあり(登録期間は2年間で、うち年間2か月ほどかけて4〜5開催で競走参加する)、例年4〜5名が登録されるが、2020年以降はコロナにより入国制限を行っている影響で登録者はいない。
  4. ^ 女子競輪復活の発表後、ケイリン女子が2012年のロンドンオリンピックから正式種目として採用された[15]
  5. ^ a b xxは開催年の西暦下2桁。
  6. ^ 第1回資格検定では受験者は滅多にいないため、実施しないことが多い。
  7. ^ 面接、身体検査、実技(200mおよび500mの時間計測や自転車整備技能)のほか、学科(ペーパーテスト)として自転車競技法および同法施行規則といった法規に関する問題や自転車競走実施規則に関するガイドライン、一般教養、スポーツに関する医学知識などが出題される[34]
  8. ^ 122期は卒業式から2週間後の2022年3月18日であった。
  9. ^ 新人戦のなかった116期以前でも、104期と106期のみ5月にデビューしていた。
  10. ^ 早期卒業要件を満たしても本人が希望すれば、早期卒業せず翌年3月の卒業まで在所し続けることも可能。なお、早期デビューした選手は『競輪ルーキーシリーズ』には出場しないことになっている。
  11. ^ お笑い芸人になる前に競技スポーツ(テコンドー)の経験がある。
  12. ^ 男子の競輪で言う『自在』のこと。先行、捲り、追込何でもできる、という意味。
  13. ^ 予想紙によっては、各選手の過去のレースでの戦法から判断して『逃』『捲』『追』を付けることもある。
  14. ^ なお、「オリンピックルール準拠」とあるが、実際は先頭固定競走(インターナショナル)ルールにより実施されている。
  15. ^ これは、2020年10月以降のミッドナイト競輪においては、全てのレースで競走得点の高い選手より順に1番車、2番車…と車番を振っていることも要因に挙げられる[50]
  16. ^ 補充の場合、初日のポイントがないため、余程のことがない限り決勝への進出はない。コロナ以前は地元のみならず場合によっては遠方から翌日のレースに出走してもらうよう招集したこともあったが[52]、現在はコロナの感染予防対策でPCR検査を受けさせる必要があるため、前もって開催期間中に出走予定のない選手に補充での参加依頼を行った上で招集している。
  17. ^ 重さは7kgくらい。男子の自転車は8kgくらい。
  18. ^ 2021年から、選手の間ではオリンピック仕様のフレームである、66万円もするブリヂストン製自転車が流行している[62]
  19. ^ モーニング競輪では午前10時台ないし11時台の第6レース・第7レースにて、ミッドナイト競輪では午後8時40分発走の第1レース・午後9時ちょうど発走の第2レースにて、それぞれガールズケイリンの予選競走が行われている(一部の競輪場で例外あり)。
  20. ^ 小松島は、女子選手用の控室が設けられていないためガールズケイリンの開催実績がない(昭和期の女子競輪においては開催実績がある[71])。
  21. ^ TIPSTAR DOME CHIBAは法的には現在でも千葉競輪場であり、建て替えという位置づけである。なお、旧千葉競輪場ではガールズケイリンの開催実績があった。
  22. ^ 石井寛子は5月開催のみ未制覇。高木真備は3月開催のみ未制覇。
  23. ^ かつて行われた昭和期の女子競輪でも、女子選手のみによる「ミス・ケイリン」と題した開催が行われたこともあった(後述)。
  24. ^ 当初予定では各グループとも1レース7名×6レースで42名ずつ合計84名であったが、グループAでは欠場選手が多数出たため前検日時点で参加選手が揃わず40名に留まり、合計82名の参加となった[85]。そのため、グループAでは初日予選のうち第7レースと第8レースが6車立てにて行われた。
  25. ^ ガールズケイリンでは、それまで同着優勝は2014年10月24日の岐阜FIIで過去1度あったのみ[88]
  26. ^ 佐藤水菜2022年7月のガールズケイリンフェスティバル2022で優勝し59.33としたが、佐藤は普段ナショナルチームでの活動を優先しており出走回数が少ないため、59点台をつけている。なお、ガールズケイリンにおける連勝記録(24連勝。当時)を達成した時点での梶田舞児玉碧衣石井寛子は57点台であった[91][92][93][94]
  27. ^ 「ランキング」では、男子も含め、最新の年間ないし直近4カ月平均競走得点ベスト50位のほか、獲得賞金上位者なども検索が可能。
  28. ^ 2020年7月においては、新型コロナウイルス感染症拡大の影響により特に同年4月から5月にかけて開催中止が相次いだことを鑑みて、例外的に代謝制度の適用は行われなかった[100]
  29. ^ 選手自ら所属している日本競輪選手会の支部に出向き、選手登録証を返納し、併せて退会届を提出する。
  30. ^ 該当選手が3名以上いる場合は3名が対象となるが、2名以下の場合は2人までが対象となる。なお、過去には、デビューから3期連続して47点未満であったため僅か2年足らずで登録消除された者もいる。
  31. ^ 例として、直近の期が50点であっても、その前期と前々期がいずれも45点ずつであった場合、3期の平均が46.6点となるため、代謝制度の対象となる。
  32. ^ レースに出走すれば(失格や途中棄権となっても)1日あたり出場手当26,000円と正選手手当(日当)5,000円の計31,000円が必ず支給されるため、1開催3日間出走すれば手当だけで計93,000円は必ず得られる。ほかに雨天時・降雪時、モーニング競輪ナイター競輪ミッドナイト競輪などといった日中以外の開催、正月三が日の開催などで出走すれば、それぞれに応じた手当が出走の都度、出場手当・正選手手当とは別途で支給される。
  33. ^ 実際はそこから共済会費などが源泉徴収されるため、手取り額はそれらより少なくなる
  34. ^ 本賞金530万円に副賞500万円を加えた額。なお、2022年は本賞金が610万円に増額されている。また、2019年以降はそれらとは別で、さらに副賞としてスポンサーのオッズ・パーク社から500万円相当の新車(レクサス)が贈呈されている。
  35. ^ 実働選手を150名として[9]、その実働選手のみで算出すると821万円となる。
  36. ^ 118期以降は、基本的に5月から6月にかけては『競輪ルーキーシリーズ』(新人戦)に出走し、7月より先輩選手に混じって本格的なデビューを迎える。
  37. ^ 2021年における、競艇の賞金女王は遠藤エミで6439万8000円。また、ガールズケイリンでは誰も達成していない3000万円プレイヤーは同年だけで12名おり、加えて同年の女子選手の賞金取得額上位20名は全員2600万円以上であった[115]
  38. ^ 女子選手の中には、競輪でいうGIに相当するスペシャルグレード(SG)(競艇)やスーパーグレード(SG)(オートレース)の決勝戦に男子選手に混じって進出する有力選手も稀に見られ[117][118]、特に競艇では2022年ボートレースクラシック遠藤エミが女子選手初のSG制覇を成し遂げた[119]
  39. ^ 新人選手が本格デビューとなる7月は、強豪選手が勢揃いする特別競走『ガールズケイリンフェスティバル』が開催されることから、特に中旬前後に開催されるガールズケイリンフェスティバル以外でのレースでは最上位選手の参加が少なくなるため、新人選手でも勝つチャンスは高まる。
  40. ^ 2016年・2017年はTOKYO MXが東京ローカルで放送したため放送せず。2020年以降は放送が組まれていない。
  41. ^ 年度によりネットする放送局あり、こちらも2020年以降は放送が組まれていない。
  42. ^ 2021年ガールズグランプリトライアル(28名出場)では小林優香、児玉碧衣、大久保花梨、尾方真生が出場し、さらに同年末のガールズグランプリ(7名出場)には小林優香、児玉碧衣、尾方真生の3名が出場権を獲得した[150]
  43. ^ デビュー直前に入籍したため、選手登録は当初から山本姓。
  44. ^ 男子では、齊藤努(旧姓、横田)などの例がある。
  45. ^ 男子でも、蓑田真璃と結婚した田頭寛之が、蓑田家に婿入りしたため蓑田姓に改姓した[162] が登録名は変更していない[163] 例もある。
  46. ^ 石井寛子のように、当初から師匠がいない選手も稀にいる。
  47. ^ この頃は現在のような資格検定の制度はなかったため、各地区の自転車競技会と日本競輪選手会とでそれぞれ独自にプロテスト(実技と学科試験)を実施していた[71]
  48. ^ 競輪創設メンバーの一人。戦前から自転車競技大会の運営に携わり、日本サイクリストセンター(現在の日本競輪選手養成所)初代所長にもなった人物。
  49. ^ 当時の男子はA級5班・B級2班による2層7班制[178] で、KPK実施までこれが維持された。
  50. ^ それでも西宮競輪場甲子園競輪場などのように、晩年でも積極的に女子競輪を開催した競輪場もあった。
  51. ^ 昭和期の女子競輪における最終登録番号は1016番であり[177]、1000人強が選手として活躍したことになる。
  52. ^ 昭和期の女子競輪としては最後の募集となった1960年については、日本競輪選手会が発行する会報誌「プロ・サイクリスト」(1959年5月20日付)の記事において、応募総数は全国で27名、うち9名が以前に不合格となり再受験した者であったと記されている[176]
  53. ^ 『競輪四十年史』の別のページや『競輪三十年史』では229名との記述がある[177][189]
  54. ^ 正式には、1964年10月31日付「競輪審判員、選手および自転車登録規則第二〇条第一号」により選手登録消除[188]
  55. ^ 当日の招待者は、石村美千代川崎喜登美(以上山口)、松川光子(香川)、庄司絹子(京都)、森耐子奥野真弓西村喜代香(以上大阪)、田中和子<家庭の都合で欠席>、松下五月中西美和東口節子(以上兵庫)、渋谷小夜子(神奈川)、加古政子(群馬)。この他、第12回優勝者の中村金子(熊本)は1964年に事故死したことが語られている(正しくは、1963年9月30日に行われた会津競輪場でのレース中における頭蓋底骨折による事故死)[190]
  56. ^ 田中和子は高橋恒と、畑田美千代は石村正利と結婚した他、多くの例がある。
  57. ^ 『競輪二十年史』より前に発行された『競輪十年史』や『近畿競輪二十年史』にも昭和期の女子競輪に関する記述はあるものの、『二十年史』や『三十年史』ほどの記述量はない。また、のちに発行された『競輪四十年史』『競輪五十年史』『競輪60年史』にも昭和期の女子競輪に関する記述はあるものの、内容は簡素化されている。
  58. ^ 1953年10月31日に行われた第8回全国争覇競輪大阪中央)3日目第4レースの女子一次予選において、人気を集めた田中和子とほか2選手が激しく牽制し合っている間に人気薄の選手が1着2着となり、連勝式で56,520円もの超高配当となった。田中含め6選手は「敢闘精神欠如」として後に6か月間出場停止の処分が下されている[198]
  59. ^ 当該レースが8名ないし9名で出走したとすると、5着以下。
  60. ^ 黎明期の強豪選手であった渋谷小夜子も「女は結婚しなければ」という思いから僅か3年で現役を引退している(詳細は当人の項目を参照)。

出典編集

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参考文献編集

  • 日本自転車振興会 『競輪二十年史』1971年。 
  • 日本自転車振興会 『競輪三十年史』1978年。 
  • 日本自転車振興会 『競輪四十年史』1990年。 
  • 近畿競輪運営協議会 『近畿競輪二十年史』1968年。 
  • 古川岳志 『競輪文化 - 「働く者のスポーツ」の社会史』青弓社、2018年。ISBN 978-4-7872-3429-2 
  • 原田節子 『女子競輪物語 青春をバンクにかけて』文芸社、2017年。ISBN 978-4-286-14361-3 

関連項目編集

外部リンク編集