キケ・セティエン

スペインのサッカー選手
この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はセティエン第二姓(母方の)はソラールです。(Template:スペイン語圏の姓名

キケ・セティエン(Quique Setién)こと、エンリケ・セティエン・ソラール(Enrique Setién Solar, 1959年9月27日 - )は、スペインサンタンデール県サンタンデール出身の元サッカー選手。現サッカー指導者。

キケ・セティエン Football pictogram.svg
Quique setién.jpg
2010年のセティエン
名前
本名 エンリケ・セティエン・ソラール
Enrique Setién Solar
愛称 Quique
ラテン文字 Quique Setién
基本情報
国籍 スペインの旗 スペイン
生年月日 (1958-09-27) 1958年9月27日(63歳)
出身地 サンタンデール
身長 183cm
体重 76kg
選手情報
ポジション MF
ユース
スペインの旗 カサブランカ
スペインの旗 Perines
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1977–1985 スペインの旗 ラシン・サンタンデール 204 (43)
1985–1988 スペインの旗 アトレティコ・マドリード 73 (7)
1988–1992 スペインの旗 CDログロニェス 114 (20)
1992–1996 スペインの旗 ラシン・サンタンデール 124 (25)
1996 スペインの旗 レバンテUD 3 (0)
通算 518 (95)
代表歴
1978–1982 スペインの旗 スペイン U-21 2 (0)
1985–1986 スペインの旗 スペイン 3 (0)
監督歴
2001-2002 スペインの旗 ラシン・サンタンデール
2003 スペインの旗 ポリ・エヒド
2006 赤道ギニアの旗 赤道ギニア
2007-2008 スペインの旗 CDログロニェス
2009-2015 スペインの旗 CDルーゴ
2015-2017 スペインの旗 UDラス・パルマス
2017-2019 スペインの旗 レアル・ベティス
2020 スペインの旗 FCバルセロナ
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

来歴編集

選手時代編集

1977年に地元のラシン・サンタンデールでプロデビュー。1984-85シーズンまで主力として活躍。1985年から3シーズンはアトレティコ・マドリードでプレー。以降CDログロニェスレバンテUDなどでもプレーし、1996年に引退した。

1985年から2年間、スペイン代表に招集され、1986 FIFAワールドカップのメンバーにも招集された。

監督歴編集

2001-02シーズンにラシン・サンタンデールで監督業を開始。2006年には赤道ギニア代表の監督を務める。

2009年6月、CDルーゴの監督に就任。6シーズン監督を務め、2011-12シーズンにはセグンダ・ディビシオンBからセグンダ・ディビシオンに引き上げた。

2015年10月19日、解任されたパコ・エレーラの後任としてUDラス・パルマスの監督に就任[1]。2015-16シーズンはプリメーラ・ディビシオンで11位。翌2016-17シーズンも14位と、2シーズン連続でトップリーグ残留に導いた。

2017年5月26日、レアル・ベティスの監督に就任。就任1年目の2017-18シーズンは、9月20日の敵地サンティアゴ・ベルナベウでのレアル・マドリード戦に勝利。以降もロレンジュニオルなど、カンテラ出身選手を積極的に起用し、リーグ6位の好成績を収めた。乾貴士を加えた2018-19シーズンは、シーズン序盤のカンプ・ノウでのFCバルセロナ戦に4-3で勝利するなど、注目を集める。しかし、以降は失速。特に本拠地エスタディオ・ベニート・ビジャマリンでの開催が決定したコパ・デル・レイでは、準決勝に進出しながらもバレンシアCFに敗退したことで地元ファンから非難された。シーズンも10位に終わり、シーズン終了後の2019年5月19日付で退任したことが発表された[2]

2020年1月14日、FCバルセロナの監督に就任したことが発表された[3]。しかし、自身のスタイルを構築することは出来ず、ラ・リーガの覇権をレアル・マドリードに明け渡し、更に8月14日のUEFAチャンピオンズリーグ準々決勝では、FCバイエルン・ミュンヘンに2-8の歴史的大敗を喫し、3日後の8月17日に解任された[4]。 2021年8月、スペイン誌「Jot Down」のインタビューで今後チームの指揮を続ける意思がないことを明らかにし、監督業からの引退を示唆した。

「もう二度とチームを率いることはないと思う」

バルセロナ解任後、スペイン国内外問わずオファーが届きながらも決断をした理由として

「もう関心がなくなってしまったんだ。ここ数年、私が経験してきたフットボールは私が好きなフットボールではなかった。私が好きだったのはフットボールをプレーすることだった。実際、私は自分が指導者になるとも思っていなかった」とコメント。

また、セティエン氏はバルサ時代のことを振り返り、「あのようなドレッシングルームはこれまでになかった。何かが違っていた。ショックを受けたよ」と、選手時代も含め40年のキャリアで一度も経験したことのないチーム状況だったと語っている。

脚注編集

  1. ^ Las Palmas sack Paco Herrera as manager, hire Quique Setien”. ESPN (2015年10月20日). 2018年5月30日閲覧。
  2. ^ 乾の所属元ベティス、セティエン監督の退任を発表”. 超ワールドサッカー (2019年5月20日). 2019年5月20日閲覧。
  3. ^ 新監督、 キケ・サティエン”. FCバルセロナ (2020年1月14日). 2020年1月14日閲覧。
  4. ^ キケ・セティエン、トップチームの監督から離れる”. FCバルセロナ (2020年8月18日). 2020年8月18日閲覧。

外部リンク編集