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キノシタホール

愛知県名古屋市にあった映画館
画像提供依頼:建て替え前の建物の画像提供をお願いします。2014年9月

キノシタホールは、愛知県名古屋市千種区内山にある映画館名画座)。今池と呼ばれる地区にあり、74席の1スクリーンを有する。

キノシタホール
Kinoshita Hall
Nagoya Imaike Core Seldom 2016a.JPG
情報
正式名称 キノシタホール
開館 1986年
客席数 74席
設備 ドルビーサラウンドDLP
用途 映画上映
運営 株式会社キノシタ
所在地 464-0075
愛知県名古屋市千種区内山1-18-10 Core Seldom 2階
位置 北緯35度10分17.9秒
東経136度56分14.6秒
座標: 北緯35度10分17.9秒 東経136度56分14.6秒
アクセス 名古屋市営地下鉄東山線桜通線今池駅から北に徒歩2分
外部リンク キノシタホール

目次

沿革編集

  • 1986年 – 開館
  • 2007年 – ビル建て替えにより休館
  • 2008年 – 再開館
  • 2019年 – 閉館

データ編集

歴史編集

キノシタホール運営元の株式会社キノシタは木下茂三郎が一代で築いた企業であり、ゴルフ関連事業などで成功をおさめた。中部国際ゴルフクラブ(岐阜県可児市・2014年に売却)、下呂カントリークラブ(岐阜県下呂市・2014年に売却)、信州伊那国際ゴルフクラブ(長野県伊那市)、釧路空港ゴルフクラブ(北海道白糠町)、滝川丸加高原カントリークラブ(北海道滝川市)などを経営している。木下茂三郎は1983年、名古屋初の本格的な映画会社であるキノシタ映画という映画製作会社を設立。初出資作品となった1985年の『生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言』(森崎東監督・倍賞美津子主演)はキネマ旬報ベストテンで7位になるなど高評価を得た。キノシタ映画は『チーちゃんごめんね』(西河克己監督・秋吉久美子主演)、『パイレーツによろしく』(後藤幸一監督・石黒賢主演)、『ゲンセンカン主人』(つげ義春原作・石井輝男監督)を含めた計4作品の製作も手掛けている。[3]

1986年、株式会社キノシタは名古屋市千種区内山に今池音楽会館を設立し、その1階のキノシタホールでは邦画・洋画の新作を上映した。開館当時、今池には今池劇場、今池名画劇場、今池地下劇場、今池国際劇場、今池国際シネマ、今池にっかつ平和会館、今池アカデミー劇場、名古屋シネマテークの8館の映画館があった[4]。キノシタホールは二番館として、『誰も知らない』『ゆれる』などのミニシアター系の作品から、『第三の男』『カッコーの巣の上で』などの名作まで幅広く上映。2007年7月21日、今池音楽会館の建て替えにより休館となった。

今池音楽会館ビルはCore Seldom(コア・セルダム)と名を変え、座席数を100席から74席に減らして2008年12月27日に再開館した。地上5階・地下1階建のCore Seldomには、1階と地階に名古屋芸術音楽学院(略称 : 芸音)・今池芸音劇場が、2階にキノシタホールが入居している。現在も今池で営業中の映画館はキノシタホールと名古屋シネマテークのみであり、現在も名古屋市で営業中の名画座はキノシタホールと三越映画劇場(千種区星ヶ丘元町)のみである。

2009年3月7日、同月21日からの上映を控えていた『悲しいボーイフレンド』(配給ジョリー・ロジャー)の先行上映会が行われ、俳優・寺脇康文、女優・寺島咲、監督・草野陽花が舞台挨拶を行った[5]

参考文献編集

  • 『映画年鑑 別冊 映画館名簿』時事映画通信社、各年版

脚注編集

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  1. ^ 今池音楽会館ビル時代の住所も愛知県名古屋市千種区内山1-18-10
  2. ^ a b c 『映画館名簿』時事映画通信社、各年版
  3. ^ 「名古屋発『キノシタ映画』、銀幕に足跡 80~90年代の4作品上映へ」朝日新聞、夕刊ポップ面、p.6、2009年12月18日
  4. ^ 『映画館名簿』時事映画通信社、1987年
  5. ^ 松岡ひとみ (2009年3月7日). “ミッチーとテワラッキー”. LAURA. 2014年8月29日閲覧。

外部リンク編集