メインメニューを開く

キプリッチ・ヨージェフ

ハンガリーのサッカー選手
この項目では、ハンガリー語圏の慣習に従い、名前を姓名順で表記していますが、印欧語族風にヨージェフ・キプリッチと表記することもあります。

キプリッチ・ヨージェフ(Kiprich József, 1963年9月6日 - )は、ハンガリータタバーニャ出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはフォワード

キプリッチ・ヨージェフ Football pictogram.svg
Kiprich Jozsef cropped.jpg
名前
愛称 魔術師
ラテン文字 Kiprich József
基本情報
国籍  ハンガリー
生年月日 (1963-09-06) 1963年9月6日(56歳)
出身地 タタバーニャ
選手情報
在籍チーム 引退
ポジション FW
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1980-1989 ハンガリーの旗 タタバーニャ・バニャスSC[1]
1989-1995 オランダの旗 フェイエノールト
1995-1997 キプロスの旗 APOELニコシア
1998 オランダの旗 FCデン・ボス
1998-2001 ハンガリーの旗 ロンバルドFCタタバーニャ[2]
代表歴
1984-1995 ハンガリーの旗 ハンガリー 70 (28)
監督歴
1999-2001 ハンガリーの旗 タタバーニャ
2001 ハンガリーの旗 ヴァシャシュ
2002-2003 ハンガリーの旗 ケチケメーティ
2003 ルーマニアの旗 オリンピア・サトゥ・マーレ
2003 ハンガリーの旗 ジェーリETO
2004 ルーマニアの旗 オリンピア・サトゥ・マーレ
2004 ハンガリーの旗 ディオーシュジェーリ
2007-2008 ハンガリーの旗 ロンバルド・パーパ
2008-2011 ハンガリーの旗 ジルモート
2011-2012 ハンガリーの旗 タタバーニャ
2012-2013 ハンガリーの旗 カジンツバルツィカ
2013- ハンガリーの旗 ケルニェ
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

経歴編集

選手時代編集

タタバーニャで生まれ1980年に地元クラブのFCタタバーニャでデビュー。タタバーニャでは9シーズンを過ごし1984-85シーズンに18得点を挙げリーグ得点王となったが、タイトルとは縁が無かった。

1989年オランダフェイエノールトへ移籍し、同年8月20日のフォルトゥナ・シッタート戦でデビュー。エト・デ・フーイジョン・デ・ヴォルフらと共にリーグ優勝1回(1993年)、カップ優勝4回(1991年、1992年、1994年、1995年)、スーパーカップ優勝1回(1991年)に貢献した。フェイエノールトのセンターFWとしては決して傑出した成績を残した訳では無く、フットボール・テクニックも優れていたわけでは無かったが、その驕らない姿勢とハードワークを厭わないメンタリティがフェイエノールトのクラブ・カルチャーと完璧に合う選手だったため、移籍当初からヘット・レヒューン(フェイエノールト・サポーター)とロッテルダマー(ロッテルダムの人々)強い支持を受け、4年目(1990-1991)は監督 ヴィレム・ファン・ハネヘムのもとで18得点を記録して重要な存在となっただけではなく、FCフローニンゲンとの優勝決定戦で先制点を決めたことでその人気は不滅のものとなった。以後、ロッテルダムではキプリッチは『タタバーニャの魔術師』の異名で呼ばれており、フェイエノールトのクラブ史上でも最も伝説的選手の1人と見なされている[3]

1995年からはキプロスAPOELニコシアへ移籍し1995-96シーズンのキプロスリーグでは24試合で25得点を挙げ得点王となりリーグ優勝に貢献。またキプロスカップ決勝ではAEKラルナカを下しリーグと合わせて二冠獲得に貢献した。しかし翌1996-97シーズンは17試合で4得点を記録するに留まり、1997年限りでクラブを退団した。

1997年にオランダのFCデン・ボスで1シーズンの間プレーした後、1998年には自身がデビューしたFCタタバーニャへ復帰。2部リーグへ降格していたクラブを1年で1部リーグ復帰へ導くと、翌1999年からはプレイングマネージャーを務め、2年間過ごした後の2001年に現役を引退した。

ハンガリー代表としては1984年9月26日オーストリア戦でデビュー。1986年ワールドカップ・メキシコ大会では1次リーグのソビエト連邦戦とカナダ戦の2試合に出場した。その後はハンガリーサッカー界は低迷期に入りFIFAワールドカップUEFA欧州選手権への出場は成らず。1995年9月6日トルコ戦を最後に代表から退くまで国際Aマッチ70試合に出場し28得点を挙げた。

引退後編集

その後は本格的に指導者としての道を歩み、タタバーニャを退団後の2001年7月ヴァシャシュSCの監督に就任。ルーマニア2部リーグのFCオリンピア・サトゥ・マーレ、やハンガリー国内のクラブチームの監督を歴任し、2005年からは古巣のフェイエノールトのスカウトを務めた。その後は再び指導者の道へ戻り、ウーイペシュトFCU-19チームのコーチを経て、2008年からはジルモートSEの監督を務めている。

脚注編集

  1. ^ 現在のFCタタバーニャ
  2. ^ 現在のFCタタバーニャ
  3. ^ https://www.fr12.nl/nieuws/7485-de-helden-van-toen-jozsef-kiprich.html

外部リンク編集