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キム・クライシュテルス

キム・クライシュテルスKim Clijsters, Nl-be kim clijsters.ogg [kɪm ˈklɛistərs], 1983年6月8日 - )は、ベルギー・ビルゼン出身の女子プロテニス選手。WTAツアーで4大大会4勝を含むシングルス41勝、ダブルスで11勝を挙げた。クレイステルス、クライステルス、また英語風にクリスタース、クリスターズとも呼ばれる。

キム・クライシュテルス
Kim Clijsters
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キム・クライシュテルス
基本情報
フルネーム Kim Antonie Lode Clijsters
国籍 ベルギーの旗 ベルギー
出身地 フランデレン地域の旗フランデレン地域
リンブルフ州(ベルギー)の旗リンブルフ州ビルゼン
生年月日 (1983-06-08) 1983年6月8日(36歳)
身長 174cm
体重 68kg
利き手
バックハンド 両手打ち
殿堂入り 2017年
ツアー経歴
デビュー年 1997年
引退年 2012年
ツアー通算 52勝
シングルス 41勝
ダブルス 11勝
生涯通算成績 654勝182敗
シングルス 523勝127敗
ダブルス 131勝55敗
生涯獲得賞金 $24,442,340
4大大会最高成績・シングルス
全豪 優勝(2011)
全仏 準優勝(2001・03)
全英 ベスト4(2003・06)
全米 優勝(2005・09・10)
優勝回数 4(豪1・米3)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 ベスト8(2003)
全仏 優勝(2003)
全英 優勝(2003)
全米 ベスト8(2002)
優勝回数 2(仏1・英1)
4大大会最高成績・混合ダブルス
全仏 3回戦(2000)
全英 準優勝(2000)
全米 2回戦(2012)
国別対抗戦最高成績
フェド杯 優勝(2001年)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 1位(2003年8月11日)
ダブルス 1位(2003年8月4日)

来歴編集

父親のレオ・クライシュテルスは著名な元プロサッカー選手で、1986年1990年の2度ワールドカップベルギー代表選手として出場した経験を持つ。母親は体操選手で、妹のエルケ・クライシュテルス英語版もプロテニス選手である(エルケは姉よりも早く引退しサッカー選手のイェーレ・ファン・ダンメと結婚している)。強力なフォアハンドを武器にするベースライン・プレーヤーで、ウィリアムズ姉妹にも引けをとらないパワーを備えた選手である。

1999年ウィンブルドンで4大大会にデビュー。予選を勝ち上がり、4回戦でシュテフィ・グラフに 2-6, 2-6 で敗れた。クライシュテルスはそれから2年後、2001年全仏オープンで頭角を現した。準決勝で1歳年上のジュスティーヌ・エナンとの「ベルギー対決」を制し、この国のテニス選手として初の4大大会決勝進出を果たす。その決勝戦ではジェニファー・カプリアティに 6-1, 4-6, 10-12 で敗れて準優勝になった。続くウィンブルドン選手権ではエナンが決勝進出を果たし、ベルギー勢は2人揃って世界トップ10に定着した。

 
2003年

2003年全仏オープンでテニス史上初の「ベルギー対決」の決勝を実現させるが、ライバルのジュスティーヌ・エナン=アーデンに敗れて大会2度目の準優勝になる。同年の全米オープン2004年全豪オープンでも決勝でエナン=アーデンに敗れ、「ベルギー対決の決勝」で3連敗を喫した。

2004年5月以後、左手首を痛めて戦線離脱を余儀なくされたが、2005年3月の「インディアンウェルズ・マスターズ」と「マイアミ・マスターズ」で復活優勝。全米オープンでは準決勝でマリア・シャラポワを破り、2年ぶり2度目の決勝ではマリー・ピエルスを 6-3, 6-1 で圧倒した。それまでクライシュテルスは4大大会で4度の準優勝にとどまっていたが、5度目の決勝戦で宿願の初優勝を果たした。

2006年全豪オープンで、第2シードのクライシュテルスは準々決勝で当年度から現役復帰したマルチナ・ヒンギスを 6-3, 2-6, 6-4 で破るが、アメリ・モレスモとの準決勝で足首の捻挫のため最終第3セットを途中棄権した。8月のトーナメントで左手首の故障が再発したため、クライシュテルスは全米オープンの大会前年優勝者として出場できなかった。

ダブルスでは日本の杉山愛とペアを組んで活躍し、2001年ウィンブルドン選手権で女子ダブルス準優勝。しかしその後クライシュテルスが故障を理由に全米オープンと翌年の全豪オープン女子ダブルスを棄権し、いったんペアを解消した。2003年全豪オープンでコンビを復活させ、ベスト8に進出する。全仏オープンウィンブルドンで、当時の世界最強ペアであったビルヒニア・ルアノ・パスクアルスペイン)とパオラ・スアレスアルゼンチン)組に連勝し、4大大会のダブルスで2連続優勝を果たした。しかし続く全米オープンで再びクライシュテルスが棄権し、2人はペアを解消する。

2000年からオーストラリアの男子テニス選手、レイトン・ヒューイットと交際する。同年のウィンブルドンで2人のペアは混合ダブルスで準優勝した。それ以後はテニスのトーナメント中にお互いの試合を応援するようになり、2003年12月に婚約したが、2004年10月22日にクライシュテルスが公式ホームページで婚約解消を発表した。

キム・クライシュテルスは2007年5月6日、ポーランドワルシャワの「J&Sカップ」を最後に現役引退を表明した。この年も、1月にオーストラリアシドニーで行われた「シドニー国際」で優勝があった。J&Sカップの2回戦で、彼女はユリア・バクレンコウクライナ)に 6-7, 3-6 のストレートで敗れた。引退時の世界ランキングは4位。WTAツアーの選手が世界ランキングトップ10のままで現役を引退するのは、1999年8月に3位で現役を退いたシュテフィ・グラフ以来7人目となる。2か月後の7月13日、クライシュテルスはバスケットボール選手のブライアン・リンチ英語版と結婚し、2008年2月27日に長女を出産した。

 
2009年全米オープンにて

2009年1月4日、父親のレオ・クライシュテルスが肺癌のため52歳で死去する。父親の死去から半年後、クライシュテルスは8月の「シンシナティ・マスターズ」で2年3か月ぶりの現役復帰をした。復帰第1戦では3回戦で当年度の全仏オープン優勝者スベトラーナ・クズネツォワを破る勝利を挙げ、ディナラ・サフィナとの準々決勝まで進出した。その後、彼女は全米オープンにも主催者推薦(ワイルドカード)で出場し、そこから勝ち上がって4年ぶり2度目の優勝を決めた。決勝戦では第9シードのキャロライン・ウォズニアッキデンマーク)を 7-5, 6-3 のストレートで退けた。

2010年9月11日、全米オープンの決勝で、クライシュテルスは 6-2, 6-1 でベラ・ズボナレワにストレート勝ちし、2年連続3度目の優勝を果たした。11月のWTAツアー選手権でも世界ランキング1位のキャロライン・ウォズニアッキに 6-3, 5-7, 6-3 で勝利して、7年ぶり3度目の優勝を果たし、ツアー通算40勝目を挙げた。

2011年1月29日、全豪オープンの決勝で、アジア人初となるグランドスラム決勝に進出した中国の李娜に 3-6, 6-3, 6-3 の逆転で勝利し初優勝した。グランドスラムでは4勝目である。2月14日には4年ぶりに世界ランキング1位に復帰した。しかしその後は故障に悩みウィンブルドンや2連覇中であった全米オープンを欠場した。

2012年、前年優勝した全豪オープンでは、準決勝でビクトリア・アザレンカに 4-6, 6-1, 3-6 で敗退した。5月に全米オープンを最後に2度目の現役引退をすることを発表した。7月のロンドン五輪で最初で最後のオリンピックに出場した。3回戦でアナ・イバノビッチに 6-3, 6-4 で勝利しベスト8に進出した。準々決勝ではマリア・シャラポワに 2-6, 5-7 で敗れた。そして8月の全米オープンは第23シードで臨むも、2回戦でイギリスの新鋭、ローラ・ロブソンに 6-7(4), 6-7(5) で敗北した。同大会ではダブルス、混合ダブルスでもエントリーしたが、それぞれ1回戦、2回戦で敗退し、現役生活にピリオドが打たれた。

2013年9月に第2子の長男を出産した。2015年にはアントワープで1年のみ開催されていたBNPパリバ・フォルティス・ダイヤモンド・ゲームスのトーナメントディレクターを務めた。2016年には第3子の次男を出産した。2017年に国際テニス殿堂入りを果たした。

WTAツアー決勝進出結果編集

シングルス: 60回 (41勝19敗)編集

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
優勝 1. 1999年9月20日   ルクセンブルク カーペット (室内)   ドミニク・ファン・ルースト 6–2, 6–2
準優勝 1. 1999年10月18日   ブラチスラヴァ ハード (室内)   アメリ・モレスモ 3–6, 3–6
優勝 2. 2000年1月15日   ホバート ハード   チャンダ・ルビン 2–6, 6–2, 6–2
準優勝 2. 2000年10月8日   フィルダーシュタット ハード (室内)   マルチナ・ヒンギス 0–6, 3–6
優勝 3. 2000年10月30日   ライプツィヒ カーペット (室内)   エレーナ・リホフツェワ 7–6(8–6), 4–6, 6–4
準優勝 3. 2001年3月17日   インディアンウェルズ ハード   セリーナ・ウィリアムズ 6–4, 4–6, 2–6
準優勝 4. 2001年6月10日   全仏オープン クレー   ジェニファー・カプリアティ 6–1, 4–6, 10–12
準優勝 5. 2001年6月18日   スヘルトーヘンボス   ジュスティーヌ・エナン 4–6, 6–3, 3–6
優勝 4. 2001年7月23日   スタンフォード ハード   リンゼイ・ダベンポート 6–4, 6–7(5–7), 6–1
優勝 5. 2001年9月24日   ライプツィヒ カーペット (室内)   マグダレナ・マレーバ 6–1, 6–1
優勝 6. 2001年10月22日   ルクセンブルク ハード (室内)   リサ・レイモンド 6–2, 6–2
優勝 7. 2002年4月29日   ハンブルク クレー   ビーナス・ウィリアムズ 1–6, 6–3, 6–4
準優勝 6. 2002年7月22日   スタンフォード ハード   ビーナス・ウィリアムズ 3–6, 3–6
準優勝 7. 2002年9月22日   東京 ハード   セリーナ・ウィリアムズ 6–2, 3–6, 3–6
優勝 8. 2002年10月7日   フィルダーシュタット ハード (室内)   ダニエラ・ハンチュコバ 4–6, 6–3, 6–4
優勝 9. 2002年10月21日   ルクセンブルク ハード (室内)   マグダレナ・マレーバ 6–1, 6–2
優勝 10. 2002年11月11日   ロサンゼルス ハード (室内)   セリーナ・ウィリアムズ 7–5, 6–3
優勝 11. 2003年1月6日   シドニー ハード   リンゼイ・ダベンポート 6–4, 6–3
準優勝 8. 2003年2月10日   アントワープ カーペット (室内)   ビーナス・ウィリアムズ 2–6, 4–6
準優勝 9. 2003年3月2日   スコッツデール ハード   杉山愛 6–3, 5–7, 4–6
優勝 12. 2003年3月9日   インディアンウェルズ ハード   リンゼイ・ダベンポート 6–4, 7–5
準優勝 10. 2003年5月5日   ベルリン クレー   ジュスティーヌ・エナン=アーデン 4–6, 6–4, 5–7
優勝 13. 2003年5月12日   ローマ クレー   アメリ・モレスモ 3–6, 7–6(7–3), 6–0
準優勝 11. 2003年6月7日   全仏オープン クレー   ジュスティーヌ・エナン=アーデン 0–6, 4–6
優勝 14. 2003年6月16日   スヘルトーヘンボス   ジュスティーヌ・エナン=アーデン 6–7(4–7), 3–0 途中棄権
優勝 15. 2003年7月21日   スタンフォード ハード   ジェニファー・カプリアティ 4–6, 6–4, 6–2
準優勝 12. 2003年7月28日   サンディエゴ ハード   ジュスティーヌ・エナン=アーデン 6–3, 2–6, 3–6
優勝 16. 2003年8月4日   ロサンゼルス ハード   リンゼイ・ダベンポート 6–1, 3–6, 6–1
準優勝 13. 2003年8月25日   全米オープン ハード   ジュスティーヌ・エナン=アーデン 5–7, 1–6
優勝 17. 2003年10月6日   フィルダーシュタット ハード (室内)   ジュスティーヌ・エナン=アーデン 5–7, 6–4, 6–2
優勝 18. 2003年10月26日   ルクセンブルク ハード (室内)   チャンダ・ルビン 6–2, 7–5
優勝 19. 2003年11月3日   ロサンゼルス ハード (室内)   アメリ・モレスモ 6–2, 6–0
準優勝 14. 2004年1月19日   全豪オープン ハード   ジュスティーヌ・エナン=アーデン 3–6, 6–4, 3–6
優勝 20. 2004年2月15日   パリ カーペット (室内)   マリー・ピエルス 6–2, 6–1
優勝 21. 2004年2月22日   アントワープ カーペット (室内)   シルビア・ファリナ・エリア 6–3, 6–0
優勝 22. 2005年3月7日   インディアンウェルズ ハード   リンゼイ・ダベンポート 6–4, 4–6, 6–2
優勝 23. 2005年3月23日   マイアミ ハード   マリア・シャラポワ 6–3, 7–5
優勝 24. 2005年6月13日   イーストボーン   ベラ・ドゥシェビナ 7–5, 6–0
優勝 25. 2005年8月1日   スタンフォード ハード   ビーナス・ウィリアムズ 7–5, 6–2
優勝 26. 2005年8月8日   ロサンゼルス ハード   ダニエラ・ハンチュコバ 6–4, 6–1
優勝 27. 2005年8月15日   トロント ハード   ジュスティーヌ・エナン=アーデン 7–5, 6–1
優勝 28. 2005年9月10日   全米オープン ハード   マリー・ピエルス 6–3, 6–1
優勝 29. 2005年10月2日   ルクセンブルク ハード (室内)   アンナ=レナ・グローネフェルト 6–2, 6–4
優勝 30. 2005年10月30日   ハッセルト ハード (室内)   フランチェスカ・スキアボーネ 6–2, 6–3
準優勝 15. 2006年2月19日   アントワープ カーペット (室内)   アメリ・モレスモ 6–3, 3–6, 3–6
優勝 31. 2006年5月7日   ワルシャワ クレー   スベトラーナ・クズネツォワ 7–5, 6–2
優勝 32. 2006年7月30日   スタンフォード ハード   パティ・シュナイダー 6–4, 6–2
準優勝 16. 2006年8月6日   サンディエゴ ハード   マリア・シャラポワ 5–7, 5–7
優勝 33. 2006年11月5日   ハッセルト ハード (室内)   カイア・カネピ 6–3, 3–6, 6–4
優勝 34. 2007年1月12日   シドニー ハード   エレナ・ヤンコビッチ 4–6, 7–6(7–1), 6–4
準優勝 17. 2007年2月18日   アントワープ カーペット (室内)   アメリ・モレスモ 4–6, 6–7(4–7)
優勝 35. 2009年9月13日   全米オープン ハード   キャロライン・ウォズニアッキ 7–5, 6–3
優勝 36. 2010年1月9日   ブリスベン ハード   ジュスティーヌ・エナン 6–3, 4–6, 7–6(8–6)
優勝 37. 2010年4月3日   マイアミ ハード   ビーナス・ウィリアムズ 6–2, 6–1
優勝 38. 2010年8月15日   シンシナティ ハード   マリア・シャラポワ 2–6, 7–6(7–4), 6–2
優勝 39. 2010年9月11日   全米オープン ハード   ベラ・ズボナレワ 6–2, 6–1
優勝 40. 2010年10月31日   ドーハ ハード   キャロライン・ウォズニアッキ 6–3, 5–7, 6–3
準優勝 18. 2011年1月14日   シドニー ハード   李娜 6–7(3–7), 3–6
優勝 41. 2011年1月29日   全豪オープン ハード   李娜 3–6, 6–3, 6–3
準優勝 19. 2011年2月13日   パリ ハード (室内)   ペトラ・クビトバ 4–6, 3–6

ダブルス: 20回 (11勝9敗)編集

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
優勝 1. 1999年10月27日   ブラチスラヴァ ハード (室内)   ローレンス・クルトワ   オリガ・バラバンシコワ
  リリア・オスターロー
6–2, 3–6, 7–5
準優勝 1. 2000年1月16日   ホバート ハード   アリシア・モリク   リタ・グランデ
  エミリー・ロワ
2–6, 6–2, 3–6
優勝 2. 2000年5月21日   アントワープ クレー   サビーネ・アペルマンス   ジェニファー・ホプキンス
  ペトラ・ランプレ
6–1, 6–1
準優勝 2. 2000年10月30日   ライプツィヒ カーペット (室内)   ローレンス・クルトワ   アランチャ・サンチェス・ビカリオ
  アン=ゲイル・シド
7–6(8–6), 5–7, 3–6
準優勝 3. 2001年3月4日   スコッツデール ハード   メガン・ショーネシー   リサ・レイモンド
  レネ・スタブス
不戦敗
準優勝 4. 2001年6月18日   スヘルトーヘンボス   ミリアム・オレマンス   ルクサンドラ・ドラゴミル
  ナディア・ペトロワ
6–7(5–7), 7–6(7–5), 4–6
準優勝 5. 2001年7月8日   ウィンブルドン   杉山愛   リサ・レイモンド
  レネ・スタブス
4–6, 3–6
準優勝 6. 2001年9月17日   東京 ハード   杉山愛   カーラ・ブラック
  リーゼル・フーバー
1–6, 3–6
優勝 3. 2002年8月12日   ロサンゼルス ハード   エレナ・ドキッチ   ダニエラ・ハンチュコバ
  杉山愛
6–3, 6–3
優勝 4. 2002年10月27日   ルクセンブルク ハード (室内)   ヤネッテ・フサロバ   クベタ・ペシュケ
  バーバラ・リットナー
4–6, 6–3, 7–5
優勝 5. 2003年1月12日   シドニー ハード   杉山愛   コンチタ・マルティネス
  レネ・スタブス
6–3, 6–3
優勝 6. 2003年2月16日   アントワープ カーペット (室内)   杉山愛   ナタリー・ドシー
  エミリー・ロワ
6–2, 6–0
優勝 7. 2003年3月2日   スコッツデール ハード   杉山愛   リンゼイ・ダベンポート
  リサ・レイモンド
6–1, 6–4
準優勝 7. 2003年3月15日   インディアンウェルズ ハード   杉山愛   リンゼイ・ダベンポート
  リサ・レイモンド
6–3, 4–6, 1–6
準優勝 8. 2003年5月11日   ベルリン クレー   杉山愛   ビルヒニア・ルアノ・パスクアル
  パオラ・スアレス
3–6, 6–4, 4–6
優勝 8. 2003年6月8日   全仏オープン クレー   杉山愛   ビルヒニア・ルアノ・パスクアル
  パオラ・スアレス
6–7, 6–2, 9–7
優勝 9. 2003年7月6日   ウィンブルドン   杉山愛   ビルヒニア・ルアノ・パスクアル
  パオラ・スアレス
6–4, 6–4
優勝 10. 2003年8月3日   サンディエゴ ハード   杉山愛   リンゼイ・ダベンポート
  リサ・レイモンド
6–4, 7–5
優勝 11. 2003年10月19日   チューリッヒ ハード (室内)   杉山愛   ビルヒニア・ルアノ・パスクアル
  パオラ・スアレス
7–6, 6–2
準優勝 9. 2003年11月10日   ロサンゼルス ハード (室内)   杉山愛   ビルヒニア・ルアノ・パスクアル
  パオラ・スアレス
4–6, 6–3, 3–6

4大大会優勝編集

  • 全豪オープン 女子シングルス:1勝(2011年)
  • 全仏オープン 女子ダブルス:1勝(2003年) [女子シングルス準優勝2度:2001年・2003年]
  • ウィンブルドン 女子ダブルス:1勝(2003年) [女子ダブルス準優勝:2001年/混合ダブルス準優勝:2000年]
  • 全米オープン 女子シングルス:3勝(2005・2009年&2010年) [女子シングルス準優勝:2003年]
大会 対戦相手 試合結果
2005年 全米オープン   マリー・ピエルス 6-3, 6-1
2009年 全米オープン   キャロライン・ウォズニアッキ 7-5, 6-3
2010年 全米オープン   ベラ・ズボナレワ 6-2, 6-1
2011年 全豪オープン   李娜 3–6, 6–3, 6–3

4大大会シングルス成績編集

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A WG Z# PO SF-B S G NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 通算成績
全豪オープン A 1R 4R SF SF F A SF SF A A 3R W SF 43–9
全仏オープン A 1R F 3R F A 4R SF A A A A 2R A 23–7
ウィンブルドン 4R 3R QF 2R SF A 4R SF A A A QF A 4R 29–9
全米オープン 3R 3R QF 3R F A W A A A W W A 2R 38–6

: 2006年ウィンブルドン2回戦の不戦勝は通算成績に含まない

外部リンク編集