キリストの哀悼 (ボッティチェッリ、ミラノ)

キリストの哀悼』(きりすとのあいとう、伊:Compianto sulCristo morto、英: Lamentation over the Dead Christ)は、1490年から1495年の間に制作された、イタリアルネサンス期の巨匠、サンドロ・ボッティチェッリによる絵画である。絵画は、もともとフィレンツェのサンタ・マリア・マッジョーレ教会に保管されていた[1]。現在はミラノポルディ・ペッツォーリ美術館に収蔵されている。本作は、ボッティチェッリの『キリストの哀悼』の2点の作品のうちの1点で、もう1点は1492年頃に制作され、現在、ミュンヘンアルテ・ピナコテークに所蔵されている。

『キリストの哀悼』
イタリア語: Compianto sul Cristo morto
Sandro Botticelli 015.jpg
作者サンドロ・ボッティチェッリ
製作年1490-1495年
種類板上にテンペラ
寸法107 cm × 71 cm (42 in × 28 in)
所蔵ポルディ・ペッツォーリ美術館ミラノ

概要編集

絵画は、キリストの死に対する嘆き(大きな悲しみや深い悲しみの表現)を描いている[2]聖母マリアは死せるキリストを膝に乗せて垂直に座っており、キリストの体は非常に小さく見える。 2人の身体の配置は、イタリア語で「哀れみ」を意味し、死せるキリストを悼む聖母マリアの表現である「ピエタ」を形成している[3]。3人のマリアは絶望を表現する内側の人物群の周囲にいる。マグダラのマリアは混乱の中でキリストの足元に跪いている。洗礼者聖ヨハネは聖母の背後に座し、聖母を落ち着かせようとしてその頭部を抱きしめている。アリマタヤのヨセフは、茨の冠と3本の釘を持って、人物群の背後に立っている。ボッティチェッリは捩じられ、歪んだポーズで人物を描いており、自然主義的規則を絵画に適用していない。代わりに、画家は自身の個人的な好みである幾何学的描写を用いている[3]。この幾何学的様式は、以後に登場する第3世代のルネサンスの画家たちに影響を与えた。

画家の制作的背景編集

サンドロ・ボッティチェッリ(本名: アレッサンドロ・ディ・マリアーノ・フィリペーピ)は、1445年に生まれた第2世代のルネサンス画家であった。綽名は「ボッティチェッリ」で、「小さな樽」を意味する[4]。ルネサンスは14世紀にイタリアで始まったが、この期間に芸術、建築、彫刻に劇的な変化が起こった。ボッティチェッリは、抒情的な芸術の潮流で最も強力な画家の一人として知られている[1]。ボッティチェッリは、後の特に宗教をテーマにした作品において、より個人的な様式を発展させたが、それはジロラモ・サヴォナローラの影響を受けたためだと考えられている[5]。ボッティチェッリの作品のレパートリーには、宗教的な作品、神話的主題の作品、肖像画、祭壇画、聖母子像が含まれていた。有名な作品として、『ヴィーナスの誕生』 、『プリマヴェーラ』 、『神秘の降誕』などが挙げられる。

関連作品編集

脚注編集

  1. ^ a b Beck, James (1981). Italian Renaissance Painting. New York: Harper and Row. p. 165. https://archive.org/details/italianrenaissan0000beck 
  2. ^ http://www.merriam-webster.com/dictionary/lamentation
  3. ^ a b Beck, James (1981). Italian Renaissance Painting. New York: Harper and Row. p. 173. https://archive.org/details/italianrenaissan0000beck 
  4. ^ http://www.all-art.org/early_renaissance/botticelli1.html
  5. ^ Beck, James (1981). Italian Renaissance Painting. New York: Harper and Row. p. 166. https://archive.org/details/italianrenaissan0000beck 

 

外部リンク編集