ギャップダイナミクス (gap dynamics) とは、森林生態学用語の一つ。安定した状態にある森林であっても部分的に破壊されて一部分で遷移が退行すること。および退行した遷移が再び進行することを指す。

概要 編集

森林におけるギャップとは林床の暗い森林に出来た林床まで光が差し込む隙間である。極相を迎えた極相林では、通常、背の高い陰樹により林冠が形成され、林内は暗い状態であり多くの稚樹は成長できない。この状態で高木がなんらかの状態で枯死した場合、林床まで光が差し込む隙間が生まれ新たな幼木が生長できる空間(これをギャップという)が出来る。このように生まれたギャップでは陽樹パイオニア的樹木が発芽する。それらが背を伸ばした後に、次第に陰樹が伸びて、簡単ながら遷移をしつつ元の森に戻るであろう。その過程をギャップダイナミクス、またはパッチダイナミクスという。ギャップダイナミクスは森林の維持、森林生態系の多様性の維持として非常に重要なものであると考えられている。

植生遷移は遷移が進むと次第に陰樹の森となり林床では陰樹の苗しか成長できず、森林はあまり変化せずにその状態(極相)を保っていると考えられているが、これは理論的な話であり実際にはギャップの形成によって部分的には若返りながら存在していることが明らかになっている。

光環境と植生 編集

ギャップ形成後の植生はギャップの大きさに左右され、その後のギャップダイナミクスに大きく影響する。植物によってギャップ形成を待つ戦略、ギャップ形成後の成長戦略も異なっている[1]

火災で発芽する種子の形成 編集

マツ科ヒノキ科の一部の種、ヤマモガシ科フトモモ科などの多くの種に知られる方法である。火災の熱で果実や種子を包む蝋状の物質が融けることで種子を散布する仕組みになっている。極相林におけるギャップダイナミクスというよりはより広範囲の破壊的な攪乱(山火事など)を期待した戦略である。日本ではここまで火災に適応した種は知られていないが、火災が頻発するような土地ではアカマツコナラ属などが優勢になることがしばしば指摘される。

土壌シードバンク形成 編集

長期休眠可能な種子を散布することで土壌中に土壌シードバンク(soil seed bank)を形成し好適な条件になったときに発芽する戦略を持つものである。カバノキ属Betula)などが知られる[2]。山火事でも地中の温度はあまり上がらないことなどの大規模な攪乱にも比較的対応しやすい戦略だと見られている。

耐陰性の強い苗木 編集

土壌シードバンクではなく発芽した実生状態でギャップの形成を待つもの。暗い林床でも数年から数十年は生存しギャップの形成を待っているが、生存期間内に十分なギャップが形成されない場合は枯死する。陰樹と呼ば れるものが多い。小さめのギャップであっても反応しやすい利点があるとされているが[3]、実生苗で待機するため山火事には弱い。

マツ科のモミ属Abies)やブナ科ブナ属Fagus)が代表的。東北地方におけるブナ属などは火災の比較的少ない日本海側では優勢であるが、火災が多い太平洋側では同じブナ科でもコナラ属の方が優勢である[4]。モミ属の実生は暗い場所と明るい場所では形態を大きく変えることで知られる。

ギャップダイナミクス以外の多様性の考え方 編集

ギャップダイナミクスは主に林内の光環境という非生物的な要因に注目した森林の多様性の考え方であるが、生物的な要因に着目したものもある。有名なジャンゼン・コンネル仮説(Janzen-Connell hypothesis)はある樹木に特異な病原菌がいるから母樹の周りでは同種の稚樹が育たずに他の種が侵入する隙が生じ多様性が維持されるという仮説(特に熱帯雨林の多様性について)である。また、近年は病原菌のみならず菌根も多様性の維持に大きく貢献しているというのが判明しつつあるという[5][6]

脚注 編集

  1. ^ 小谷二郎・高田兼太 (2000) 冷温帯のスギ人工林の下層での広葉樹のフェノロジー. 森林立地42(1), p.9-15. doi:10.18922/jjfe.42.1_9
  2. ^ 水井憲雄 (1993) 林床に5年間埋めた広葉樹種子の発芽力(会員研究発表論文). 日本林学会北海道支部論文集41, p.187-189. doi:10.24494/jfshb.41.0_187
  3. ^ 若松伸彦・石田祐子・深町篤子・比嘉基紀・吉田圭一郎・菊池多賀夫 (2017) モミ-イヌブナ林の50年間の林分構造の変化. 植生学会誌34(1), p.39-53. doi:10.15031/vegsci.34.39
  4. ^ 中静透 (2003) 冷温帯林の背腹性と中間温帯論. 植生史研究11(2), p.39-43. doi:10.34596/hisbot.11.2_39
  5. ^ 谷口武士 (2011) 菌根菌との相互作用が作り出す森林の種多様性(<特集>菌類・植食者との相互作用が作り出す森林の種多様性). 日本生態学会誌61(3), p311-318. doi:10.18960/seitai.61.3_311
  6. ^ 今埜実希・清和研二 (2011) Janzen-Connellモデルの成立要因の検討(<特集>菌類・植食者との相互作用が作り出す森林の種多様性). 日本生態学会誌61(3), p319-328. doi:10.18960/seitai.61.3_319

関連項目 編集