クアウテモク (メキシコシティ)

クアウテモクスペイン語: Cuauhtémoc)は、メキシコシティを構成する16の管轄区域のひとつである。その名前はアステカ最後のクアウテモクに由来する。メキシコシティでもっとも古い部分で、地理的にはメキシコシティの中心にあるわけではないが、歴史的・文化的な中心地である。16の管轄区域のうち人口では6位だが、主に商業とサービス業によってメキシコシティのGDPの3割を占めている。クアウテモクにはメキシコ証券取引所があり、観光客を引きよせるメキシコシティの歴史的中心や繁華街ソナ・ロサ超高層ビルトーレ・マヨールHSBC銀行のメキシコ本部がある。博物館、図書館、官庁、市場ほかの商業的中心も多く、労働・買い物・文化施設の訪問のために日に500万人が訪れる。しかし特に歴史的中心において都心の荒廃の問題が甚だしく、1990年代以来再生させるための努力が政府と民間の両方で行われてきた。そのうちにはたとえばアラメダ・セントラルのような公園の再整備や、道路網の再設計を行って9月16日通りやマデロ通りを歩行者専用にしたことなどがある。

クアウテモク
管轄区域
マデロ通りをラテンアメリカ・タワー方面へ
マデロ通りをラテンアメリカ・タワー方面へ
メキシコシティにおけるクアウテモクの位置
メキシコシティにおけるクアウテモクの位置
座標:北緯19度26分35秒 西経99度08分40秒 / 北緯19.44306度 西経99.14444度 / 19.44306; -99.14444座標: 北緯19度26分35秒 西経99度08分40秒 / 北緯19.44306度 西経99.14444度 / 19.44306; -99.14444
メキシコ
行政区画 メキシコシティ
設立 1970年12月29日
面積
 • 合計 32.44km2
標高 2,244m
人口
(2010年)[3]
 • 合計 531,831人
等時帯 UTC-6 (中部標準時)
 • 夏時間 UTC-5 (中部夏時間)
郵便番号
06000–06995
市外局番 55
ウェブサイト https://alcaldiacuauhtemoc.mx/

概要編集

クアウテモクはソカロ広場を中心とし、その周辺にはアステカの遺跡であるテンプロ・マヨールメキシコシティ・メトロポリタン大聖堂国立宮殿がある[4]。面積は3,244ヘクタールで、34の地区(colonia)と2,627のブロックに分かれる。緑地は126.7ヘクタールを占め、1,500の建物が国定記念物に指定され、2つの考古学遺跡(テンプロ・マヨールとトラテロルコ)、公的に歴史的な価値があると認められた建物(1,290の私的建築物、210の公共建築物)、120の政府庁舎、2つの集合住宅を持つ[5]

毎日500万人もの人が訪れる[6]とは言え、クアウテモクの人口は531,831人(2010年)に過ぎず、16の管轄区域では6位である[3]。ほかの管轄区域で人口が増えているにもかかわらず、クアウテモクの人口は減り続けている。人口の多くは60歳以上で、過半数は単身または夫婦のみで住んでいる。クアウテモクはメキシコシティの住宅のうち7%しか占めていない。クアウテモクの住民の多くはサービス業(57.5%)または商業(23.4%)を仕事にしている[7]。クアウテモク政府の庁舎はブエナビスタ地区にある。

メキシコシティでもっとも古い部分であり、数百年前に建てられた建物が多いため、劣化が重要な問題になっている。かつてのテスココ湖の軟弱な土壌に沈みつつある結果、12の地区にある789の建物が構造的損害を受けて使用禁止になっている。その大部分は歴史的中心および隣接する部分に分布しており、そのいくつかはベジャス・アルテス宮殿および国立人類学歴史研究所によって歴史的・美術的価値を持つと分類されている[8]。このことは数世紀にわたって問題でありつづけ、メトロポリタン大聖堂のような有名な建築物では建物の不均一な沈降による損害を止めるための大規模な工事が行なわれた[9]

犯罪率はメキシコシティのうち13.9%を占め、メキシコシティでもっとも危険というわけではないが[6][7]、都市化および大部分の人が外から働きに来ているために比較的危険と考えられており、メキシコシティの治安部によってもっとも無法とされる10の地区のうち7つまでがクアウテモクにある。とくにテピートなどは犯罪の町として悪名高い[10]。そのいくつかはゲレーロ地区や(テピートのある)モレロス地区のように貧民地区であるが、ローマ地区北部のように上流・中流層の地区でも同様の問題がある[6]。もっとも多い犯罪は路上強盗で、1日あたり1.47件が報告されている。企業に対する強盗は日に0.78件、車上荒しが0.71件報告されている[6]

訪問者の大部分は労働者、市場や文化的アトラクションの訪問者、および観光客である[6]。クアウテモクはメキシコシティで観光客がもっとも多く[11]、主に歴史的中心やソナ・ロサを訪れる[6]。メキシコシティの他の部分から来る人々は博物館や大規模な公設市場を訪れる。人口流入によって1日に80万台の車が走り、交通渋滞はとくに歴史的中心近くにおいてほぼ毎日起きている[6]

歴史編集

 
1628年ごろのメキシコシティ、まだテスココ湖に囲まれている

アステカ時代のテノチティトランテスココ湖の中の島の上に作られ、4つの地域に分割されていた。その中心にあったのがテンプロ・マヨールである。テンプロ・マヨールの遺跡は今のソカロのすぐ近くにある[4]スペインコンキスタドールは1521年にテノチティトランの公共建築物の大部分を破壊した。テンプロ・マヨールのある聖域の上にメトロポリタン大聖堂が建設され、モクテスマ2世の宮殿の場所には今の国立宮殿の建物が建てられ、聖域近くの空き地はソカロになった。メキシコシティはヌエバ・エスパーニャの中心地であったため、邸宅・教会・修道院・巨大な公共建築物で埋めつくされ、「宮殿の町」と呼ばれた[4]

 
19世紀のポルフィリオ・ディアス時代の建物(ローマ地区)

19世紀はじめにおいても、湖の干拓によって島の面積が増えたとはいえ、メキシコシティは基本的に歴史的中心の中にあった。メキシコ独立革命後の1824年にはほかの州から独立した連邦区とされた[4]。19世紀後半に町は拡大し、とくに歴史的中心の西側にはマクシミリアンの時代に造られたレフォルマ通りに沿って富豪の住む近代的な地区が作られた[12]。貧民や労働者階級の地区は主に北部と南部に作られた[13][14]

1928年、アルバロ・オブレゴン大統領は急速に拡大する連邦区を13の区(delegaciones)と本来のメキシコシティ中心部に分けた。1970年、中心部(および旧ヘネラル・アナヤ区)も4つの区に分けられたが、そのひとつがクアウテモク区になった[15]。その後も商業・政治・教育・文化の中心地であり続けたが、富裕層が西部に移ったため、歴史的中心は19世紀末にすでに没落をはじめた。1950年代にメキシコ国立自治大学はこの地域にあったほとんどの施設を南部の大学都市に移転させた[12]

1950年代以降、クアウテモク区はメキシコの他の地域からの移住者をもっとも多く受け入れてきた。彼らの大部分は辺地の出身で、先住民言語を母語とし、スペイン語は第二言語か、あるいはまったく話せない。2005年の段階でクアウテモクの人口のうち7%をこのような移住者が占めており、彼らは教育などのサービスで負担を抱えている[16]

 
1985年の地震の被害

1985年のメキシコ地震では歴史的中心だけで10万人の住民を失った[17]。ローマ地区も被害がひどく、多くの建物が完全に崩壊した[18]。地震で破壊された建物の多くは再建されず、スラムまたはゴミだらけの空き地と化した[17]。壊れた建物の残骸の一部は2000年代にはいっても残されていた[19][20]

富裕層の移住と地震の影響により、クアウテモクの一部は夜間に人の住まない地域になった[17]。かつての邸宅は貧困層のための貸家となり[12][21][22]、路上は特に歴史的中心ではスリと物売りに占められ[17][21]、観光客を失いつつあった。1990年代後半以降、町の再活性化が図られ、歴史的建物の改修、道路の再舗装、水・照明などのインフラの改善作業が行われた[17][23]。ソカロ一帯の古い通りは歩行者専用となり、大部分の物売りは歴史的中心から追い出された[12]。しかしながら都心の荒廃の問題は今なお未解決であり[24][25][26]、また継続的な地方民の移住によって文盲率が増大し、退学者も増えた[16]。またクアウテモク区政府は汚職によって批判されている[27]

経済編集

 
独立記念碑から西のレフォルマ通り沿いの超高層ビル群を見る
 
アベラルド・L・ロドリゲス市場の食品店

クアウテモクはメキシコシティのGDPの35%を占め[7]、単独でメキシコで7番目の経済規模を持っている[6]。商業(52.2%)、サービス業(39.4%)が主である[7]。歴史的中心、タバカレラ地区、ドクトレス地区には特に連邦および市の官庁が集中している[28][29]

レフォルマ通り沿いの、とくにフアレス地区とクアウテモク地区はもっとも現代的で今も発展しつつある。ここにはメキシコ証券取引所、HSBC銀行のメキシコ本部、および超高層ビルのトーレ・マヨールがあり、現在もオフィスビルや高層住宅の建設が続いている[29][30][31]。それ以外の地区はより伝統的で、多数の公設市場、ティアンギスtianguisと呼ばれる市場、行商人がある[32][33]

クアウテモクは観光客がもっとも多く、特に歴史的中心とソナ・ロサ地区の訪問者が多い[6][11]。メキシコシティの6,464のホテルのうち389がクアウテモクに集中しており、約半分が4つ星または5つ星である[7]

交通編集

 
インスルヘンテス通りを走るメトロバス(タバカレラ地区)

クアウテモクには内環状道路(Circuito Interior)、ミゲル・アレマン通り(Viaducto Miguel Alemán)、サン・アントニオ・アバド通り(Calzada San Antonio Abad)の3つの幹線道路が通る。また南北および東西に走るエヘ(Eje, 「軸」)と呼ばれる道があり、とくに南北に走るエヘ・セントラルは歴史的中心を東西に二分している。毎日この地域には大量の人口の流入があるため、1日あたり最大80万台の車が通り、特に歴史的中心においては交通渋滞がしばしば起きる[6]

クアウテモクにはメキシコシティ地下鉄の線がもっとも多く走っている[6]。1・2・3・5・8・9号線およびB号線が走る。トロリーバスも南北および東西に走っており、メトロバスの1・3号線および多数の路線バスが走っている[34]。他の重要な交通サービスにはメキシコシティ都市圏郊外鉄道があり、南のブエナビスタ駅から北のメヒコ州のクアウティトラン・イスカリ市まで走行している[35]

脚注編集

  1. ^ Situación Geográfica” (Spanish). 2008年9月18日閲覧。
  2. ^ Coordenadas extremas” (Spanish). 2008年9月18日閲覧。
  3. ^ a b 2010 census tables: INEGI Archived May 2, 2013, at the Wayback Machine.
  4. ^ a b c d Historia de la Delegación” [History of the Borough] (Spanish). Mexico City: Borough of Cuauhtémoc. 2010年11月5日閲覧。
  5. ^ Territorio” [Territory] (Spanish). Mexico City: Borough of Cuauhtémoc. 2010年11月5日閲覧。
  6. ^ a b c d e f g h i j k Servin Vega, Mirna (2007年7月28日). “En la delegación Cuauhtémoc, siete de las 10 colonias más conflictivas del DF” (Spanish). La Jornada (Mexico City: UNAM). http://www.jornada.unam.mx/2007/07/28/index.php?section=capital&article=035n1cap 2010年11月5日閲覧。 
  7. ^ a b c d e Delegación Cuauhtémoc” [Cuauhtémoc borough] (Spanish). Mexico City: Secretaria de Desarrollo Económico-Government of Mexico City. 2010年11月5日閲覧。
  8. ^ Phenélope Aldaz (2010年9月21日). “De alto riesgo, la delegación Cuauhtémoc” (Spanish). El Universal (Mexico City). http://www.eluniversal.com.mx/ciudad/103416.html 2010年11月5日閲覧。 
  9. ^ Greste, Peter (2008年9月12日). “World: Americas Saving Mexico's sinking cathedral”. BBC. http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/americas/250011.stm 2008年9月18日閲覧。 
  10. ^ Salgado, Agustin (2007年3月16日). “Tepito: la historia de un barrio donde es caro el "impuesto a la ingenuidad"” (Spanish). La Jornada (Mexico City). http://www.jornada.unam.mx/2007/03/16/index.php?section=capital&article=041n1cap 2009年11月11日閲覧。 
  11. ^ a b Ángel Gómez (2010年7月28日). “Benito Juárez, tercer delegación más visitada por turistas” (Spanish). El Universal (Mexico City). http://www.eluniversaldelvalle.mx/detalle1993.html 2010年11月5日閲覧。 
  12. ^ a b c d Noble, John (2000). Lonely Planet Mexico City:Your map to the megalopolis. Oakland CA: Lonely Planet. ISBN 978-1-86450-087-5 
  13. ^ Colonia Doctores” (Spanish). 2008年8月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年11月4日閲覧。
  14. ^ Colonia Morelos” (Spanish). 2008年8月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年11月4日閲覧。
  15. ^ Enrique Rabell García (2017). “La Reforma Política De La Ciudad De México”. Cuestiones Constitucionales 36: 243-270. doi:10.22201/iij.24484881e.2017.36.10865. 
  16. ^ a b Exclusion Educativa en la Delegacion Cuauhtémoc” [Educational exclusion in the Cuauhtemoc borough] (Spanish). Mexico City: Government of Mexico City (2009年). 2010年11月5日閲覧。
  17. ^ a b c d e Butler, Ron (September 2002). “Center of Belated Attention”. Economist 364 (8290): 37. http://www.economist.com/node/1328297. 
  18. ^ Yunnuen Campos (2005年9月17日). “A 20 años del sismo del 85” (Spanish). Noticieros Televisa (Mexico City). オリジナルの2008年9月22日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20080922025641/http://www.esmas.com/noticierostelevisa/terremoto/475688.html 2010年11月5日閲覧。 
  19. ^ “Se derrumba edificio en la colonia San Rafael” (Spanish). Noticias Televisa. NOTIMEX (Mexico City). (2010年9月17日). http://www2.esmas.com/noticierostelevisa/mexico/df/204695/ 2010年10月12日閲覧。 
  20. ^ Jesus Alberto Hernandez (2003年4月9日). “Expropia el GDF predios en riesgo” (Spanish). Reforma (Mexico City): p. 1 
  21. ^ a b Smith, Geri (May 2004). “Mexico City gets a face-lift”. Business Week (3884). 00077135. https://www.bloomberg.com/news/articles/2004-05-23/mexico-city-gets-a-face-lift. 
  22. ^ Corona, Juan (2009年11月8日). “Es Tlaxcoaque zona olvidada” (Spanish). Reforma (Mexico City): p. 5 
  23. ^ Alejandro, Cruz (2008年8月30日). “Arrasa con vestigios prehispánicos rescate del Centro Histórico”. La Jornada. オリジナルの2008年9月1日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20080901214403/http://www.jornada.unam.mx/ultimas/2008/08/30/arrasan-con-vestigios-prehispanicos-obras-urbanas 2008年9月2日閲覧。 
  24. ^ Rico, Maite (2006年6月21日). “Tepito, barrio bravo de México” (Spanish). El País (Madrid). http://www.elpais.com/articulo/internacional/Tepito/barrio/bravo/Mexico/elpepuint/20060621elpepiint_10/Tes 2009年11月11日閲覧。 
  25. ^ Ricardo Zamora (2001年10月5日). “Culpan a la Doctores” (Spanish). Reforma (Mexico City): p. 2 
  26. ^ “Marchan en defensa de los derechos de la mujer” (Spanish). Radio Trece (Mexico City). (2010年9月28日). オリジナルの2011年7月22日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110722224953/http://www.radiotrece.com.mx/nota.php?id=13810 2010年10月12日閲覧。 
  27. ^ Georgina Pineda (2009年1月23日). “Denuncian corrupción en la delegación Cuauhtémoc” (Spanish). Milenio (Mexico City). http://impreso.milenio.com/node/8523584 2010年11月5日閲覧。 
  28. ^ Arturo Paramo (2008年11月21日). “La Tabacalera,una centuria de deterioro” (Spanish). Excelsior (Mexico City): p. 4. オリジナルの2010年12月31日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20101231201016/http://www.inehrm.gob.mx/pdf/exc_img_asicomenzo.pdf 2010年10月26日閲覧。 
  29. ^ a b Colonia Cuautémoc” (Spanish). Mexico City: Borough of Cuauhtémoc. 2008年8月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年9月1日閲覧。
  30. ^ Jesus Alberto Hernandez (2002年8月25日). “Hacen 'pequeno barrio'” (Spanish). Reforma (Mexico City): p. 6 
  31. ^ Alejandra Bordon. (2006年3月3日). “Cumple un siglo la Juarez historico” (Spanish). Reforma (Mexico City): p. 2 
  32. ^ Ernesto Osorio (2010年5月3日). “Intentan salvar La Lagunilla” (Spanish). Reforma (Mexico City): p. 2 
  33. ^ Mercados” [Markets] (Spanish). Mexico City: Borough of Cuauhtémoc. 2010年11月5日閲覧。
  34. ^ Transportes” [Transportation] (Spanish). Mexico City: Borough of Cuauhtémoc. 2010年11月5日閲覧。
  35. ^ Metro Buenavista” (Spanish). Mexico City: Mexico City Metro. 2011年6月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年8月10日閲覧。

外部リンク編集

地図を見る