クリス・ワドル

イングランドのサッカー選手

クリス・ワドル(Chris Waddle)ことクリストファー・ローランド・ワドル(Christopher Roland Waddle, 1960年12月14日 - )は、イングランド出身の元同国代表サッカー選手、サッカー指導者。選手時代のポジションはフォワード(ウインガー)。

クリス・ワドル Football pictogram.svg
Chris Waddle 2012.jpg
名前
本名 クリストファー・ローランド・ワドル
Christopher Roland Waddle
愛称 マジック・クリス
ラテン文字 Chris Waddle
基本情報
国籍 イングランドの旗 イングランド
生年月日 (1960-12-14) 1960年12月14日(60歳)
出身地 ヘプワース
身長 183cm
体重 75kg
選手情報
ポジション FW
利き足 左足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1980-1985 イングランドの旗 ニューカッスルU 170 (46)
1985-1989 イングランドの旗 トッテナム 138 (33)
1989-1992 フランスの旗 マルセイユ 107 (22)
1992-1995 イングランドの旗 シェフィールドW 109 (10)
1995-1996 スコットランドの旗 フォルカーク 4 (1)
1996-1997 イングランドの旗 ブラッドフォード 25 (6)
1997 イングランドの旗 サンダーランド 7 (1)
1997-1998 イングランドの旗 バーンリー 32 (1)
1998 イングランドの旗 トーキーU 7 (0)
2000-2002 イングランドの旗 ワークソップ 60 (3)
2002 イングランドの旗 グラップウェル 2 (0)
2002 イングランドの旗 ストックスブリッジ 1 (0)
2013-2014 イングランドの旗 ハーラム 1 (0)
代表歴
1984 イングランドの旗 イングランド U-21 1 (1)
1985-1991 イングランドの旗 イングランド [1] 62 (6)
監督歴
1997-1998 イングランドの旗 バーンリー 選手兼任
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

クラブ経歴編集

1980-81シーズン、 ニューカッスル・ユナイテッドに入団。1983年 ニューカッスル・ユナイテッドは1部に昇格。

1985年8月、トッテナム・ホットスパー へ移籍、1986-87シーズン、 FAカップ準優勝。

1989-90シーズン、 ディエゴ・マラドーナの獲得に失敗し、それに代わる選手を探していた[2]オリンピック・マルセイユ へ当時の史上3位での高額移籍金(425万ポンド[2])で移籍[3](イングランド人選手としては史上最高額[2])。ここでは移籍後数ヶ月はパパンの家に家族で滞在[4]、そのパパンにはクロスで多くのゴールをアシストするなど[5]、息の合うプレーでチームの躍進に貢献していた[5][4]。リーグ第3節のトゥールーズFC戦で移籍後初ゴールを決めるなど[6]、リーグ戦では9ゴールを決めてリーグ優勝に貢献した。 1990-91シーズン、UEFAチャンピオンズカップでは、前シーズン王者のACミラン戦でゴールを決め勝利するなど[6](後にパオロ・マルディーニは、これまで最もマークするのに苦労した選手として、ディエゴ・マラドーナと共にワドルの名前を挙げている[7]。)、チームを初の決勝に導いた。決勝ではレッドスターにPK戦の末に敗れ、準優勝に終わったが、同シーズンリーグアンでは優勝をは果たした。1991-92シーズン、 リーグアン3期連続優勝を果たした。

1992-93シーズン、シェフィールド・ウェンズデーへ移籍、 FWA年間最優秀選手賞を受賞。FAカップ決勝のアーセナル戦でゴールを決めたが[6]、1-2と敗れて準優勝。フットボールリーグカップ準優勝。1995年、ニューカッスル・ユナイテッドのケビン・キーガン監督が、当時35歳のワドルを獲得しようとしたが、シェフィールド・Wがオファーを拒否した[8]。 1997年 バーンリーでは選手兼監督としてプレーした。

1998年に現役引退。マルセイユの20世紀最高の選手を決める投票ではパパンに次ぐ2位にランクされた。

代表経歴編集

1985年イングランド代表に選出、3月26日の北アイルランド戦でデビューを飾った[9]

1985年10月16日のワールドカップ予選、トルコ戦で代表初ゴールを決めた[9]。1986年メキシコW杯では4試合に出場[9](ベスト8)。1988年ユーロ88では2試合に出場、グループリーグ敗退した。

1990年イタリアW杯では7試合に出場[9]、準決勝西ドイツ代表戦ではPKを失敗、このシーンが映画グッバイ、レーニン!で登場する。3位決定戦でイタリアに破れて4位。1991年10月16日のEURO 1992予選のトルコ戦で代表では最後の試合に出場した。

プレースタイル編集

当時のイングランドにおいては数少い技巧派の選手で、スピードと切れのあるフェイントで相手を切り崩し、右サイドからのクロスや中央へ切り込んでのシュートを得意とした[2]。利き足は左だが主に右サイドでプレーし、攻撃を組み立てた[5]

個人成績編集

代表での成績編集

出典[1]


イングランド代表国際Aマッチ
出場得点
1985 11 1
1986 12 2
1987 6 1
1988 9 0
1989 10 2
1990 13 0
1991 1 0
通算 62 6

個人タイトル編集

  • FWA年間最優秀選手賞 : 1回 (1993)

脚注編集