クロード・ジャド

クロード・ジャドClaude Jade, 1948年10月8日 - 2006年12月1日)は、フランスディジョン生まれの女優。本名はクロード・マルセル・ジョレ(Claude Marcelle Jorré)。

クロード・ジャド
クロード・ジャド
Claude Jade
クロード・ジャド Claude Jade
本名 Claude Marcelle Jorré
生年月日 (1948-10-08) 1948年10月8日
没年月日 (2006-12-01) 2006年12月1日(58歳没)
出生地 ディジョン
国籍 フランスの旗 フランス
配偶者 Bernard Coste
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来歴編集

 
フランソワ・トリュフォーと クロード・ジャド ェードの3人目の映画 ラヴ・オン・ザ・ラン(1979年)ラヴ・オン・ザ・ラン のプレミアで

ディジョンで演劇を学んだのち、パリへ出て舞台のキャリアを積んだ。ピランデッロ作『ヘンリー4世』に出演しているところをフランソワ・トリュフォー監督に見いだされ、1968年『夜霧の恋人たち』で映画デビュー。ぼくらが初めて彼女を見たのはトリュフォーの『夜霧の恋人たち』だったから、当時、彼女は20 歳。 クロード・ジャドは、『家庭』、『逃げ去る恋』でドワネルと共に成長していった姿をぼくらに見せてくれた。 フィルムのラスト近くでアントワーヌとクリスティーヌは永遠の愛を誓う──結婚を約束する──が、『家庭』でふたりの仲は決定的に亀裂が入り、『逃げ去る恋』では協議離婚してしまう。1969年にはアルフレッド・ヒッチコックの『トパーズ』に出演し国際的に活躍する。 歴史的ラブコメディ「モン・オン・ク・ベン・ジーン・ミーン」では、クロード・ジャド そして ジャック・ブレル ドが恋人。 映画「牧草地の船」(1971年)では、彼女は愛する2人の友情を破壊する若い利己的な女性です。 雪どけ(1972)では、ローラはアニー・ジラルドジャン・ロシュフォール の娘です。 「禁断の司祭」では、彼女は司祭(ロベール・オッセン)の愛人です。 彼女はまた、二重の役割を果たしています。 1975年「ザ・チョイス」、1982年「リセとローラ」。 1976年には日本映画『北の岬』にも出演した。熊井啓によるこのドラマでは、第三世界の搾取に対する社会的批判は、修道女(クロード・ジャド)とエンジニア(加藤剛)の間の愛に関連しています。 1980年代初頭、彼女は夫とモスクワに住んでいた。 これらの年の間、彼女は2つのソビエト映画にも出演しました。 長編映画に加えて、ロマン・ロド・ジャドはテレビ映画でも多く演じました。1979年、彼女はミニシリーズのヒロインでした三十棺桶島。 2004年の映画『A San Remo』が最後の出演作品。2006年の劇場での彼女の最後の主要な役割は、演劇のセリメンとセリマンと枢機卿でした

その後も映画、舞台、テレビで活躍し、1998年にレジオン・ドヌール5等勲章を授与された。一時トリュフォーと婚約したこともあるが、1972年に外交官と結婚し、一子がある。2006年12月1日、パリ郊外の病院で死去。58歳没。彼女の知人のさる脚本家によると、目の腫瘍を患っていたという。

主な出演作品編集

外部リンク編集