クンストカメラ: Кунстка́мераKunstkamera、美術陳列室)は、ロシアサンクトペテルブルクにある博物館[1]。ロシア史上、最初に創設された博物館とみられる[1]1714年にロシア帝国の皇帝ピョートル1世(ピョートル大帝)によりつくられ、鉱物医療用の薬剤古銭コレクションが保存され、動物学資料館や地球儀天体儀が置かれた[1]。現在は、国立の人類学・民族学博物館となっている。なお、「クンストカメラ」という名称は、ドイツ語Kunstkammer(美術陳列室、驚異の部屋)が由来である[注釈 1]

Japanese Map symbol (Museum) w.svg クンストカメラ
Кунсткамера
Kunstkamera SPB.jpg
施設情報
正式名称 ピョートル大帝名称(記念)人類学・民族学博物館
専門分野 人類学民俗学
所在地 ロシアの旗 ロシア サンクトペテルブルク
外部リンク http://www.kunstkamera.ru/english/
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概要編集

1714年、ピョートル1世によって、図書、自然科学博物学コレクションを収蔵する部屋が夏宮Summer Palace)内に創設された。クンストカメラは「自然と人間による珍奇かつ稀覯なもの」を収集・所蔵する目的で創設された。

1716年、ピョートル1世は鉱物展示室を作り、ダンチヒの医師ゴットヴァルドから購入した1,195種の鉱石コレクションを展示した。クンストカメラにはロシア産の鉱石も収集されるようになり、コレクションは充実していった。こうして増加したコレクションは、1719年から一般に公開されるようになった。この意味においてモスクワに現在あるフェルスマン鉱物博物館(Fersman Mineralogical Museum)のさきがけを成した。

後に収蔵品が増えたため、専用の建物がサンクトペテルブルク、ワシリエフスキー島ネヴァ川河畔に建設された。このバロック様式に属する建物は、1727年に完成した。川の対岸には、冬宮旧海軍省がある。

クンストカメラは歴代の皇帝の個人的なコレクションの集積場となった。

クンストカメラの所蔵品の中でもっとも有名なものは、人間や動物の胎児の標本である。ピョートル1世は、この各種大きさ取り混ぜた標本を、オランダ解剖学フレデリクス・ルイシ薬理学者のアルベルトゥス・セバから購入した。もっともグロテスクな所蔵品は、大帝の妻・エカチェリーナ1世の愛人であったウィレム・モンスWillem Mons)と彼の妹アンナ・モンスAnna Mons)の頭部をアルコール漬けにした標本[要出典]である。

1830年代になってクンストカメラ本館にあった収蔵品が増加したため、各地に帝国博物館が設立され、これに分散・所蔵された。現在、クンストカメラは正式名称をロシア科学アカデミー・ピョートル大帝記念人類学・民族学博物館(ロシア語: Музей антропологии и этнографии имени Петра Великого Российской академии наук)として所蔵品200万種類を誇る。また、1903年から「ピョートル大帝クンストカメラ」と、大帝の名称を冠している。

日本関連の展示品としては、文化露寇における略奪品がある。

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 1714年には、ペテルブルクでロシア最初の学術的な図書館が開かれた。

参照編集

参考文献編集

  • A・A ダニロフ、L・G コスリナ 著、長屋房夫・佐藤賢明・土岐康子・寒河江光徳・佐藤裕子・山口恭子ほか 訳「ロシアの歴史 16世紀末から18世紀まで」、アンドレイ・クラフツェヴィチ、吉田衆一(監修) 編 『ロシアの歴史 上 (古代から19世紀前半まで) ―ロシア中学校・高校歴史教科書―』明石書店〈世界の教科書シリーズ31〉、2011年7月。ISBN 4750334154 

外部リンク編集