ケルン大司教

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ケルン大司教(ケルンだいしきょう、Erzbischof von Köln、複数形は Erzbischöfe von Köln)は、カトリック教会ドイツケルン教区首長大司教である。

中世には寄進によって膨大な領地を有し、領地及び交易都市であるケルンからの収入によって大きな経済力を持った。

1028年のハインリヒ3世(当時10歳;1039年の父の死後、神聖ローマ皇帝)のドイツ王就任以降、ケルン大司教はドイツ王の戴冠式の際、加冠の権利を行使した[1]

神聖ローマ帝国選帝侯をつとめるなど、かつては世俗にも影響力を及ぼした。この状態は1803年の帝国代表者会議主要決議でケルン大司教領が世俗化されるまで続いた。三十年戦争では、その地位をフランス王国に脅やかされた。

2014年より、第95代のライナー・ヴェルキドイツ語版枢機卿が在任中。

ケルン教区編集

313年コンスタンティヌス1世ミラノ勅令発布に伴って司教座を設置したのがはじまり。795年大司教区昇格、1930年アーヘン教区分離などを経て現在に至る。

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ Lexikon des Mittelalters. Bd. IV. München/Zürich: Artemis 1989 (ISBN 3-7608-8904-2), Sp. 2040.およびLexikon des Mittelalters. Bd. V. München/Zürich: Artemis & Winkler 1991 (ISBN 3-8508-8905-X), Sp. 1262.による。もっとも、1024年9月8日のコンラート2世ハインリヒ3世の父)のドイツ王戴冠はマインツ大司教によってなされ、その妃ギーゼラの戴冠は9月21日にケルン大司教によって行われた。Lexikon des Mittelalters. Bd. V. München/Zürich: Artemis & Winkler 1991 (ISBN 3-8508-8905-X), Sp. 1338.による。

外部リンク編集