ケルン級フリゲート

ケルン級フリゲート (ドイツ語: Fregatte KÖLN-Klasse, : Köln-class frigate) は、ドイツ連邦海軍(西ドイツ海軍)フリゲートの艦級。公称艦型は120型Klasse 120[1][2]

ケルン級フリゲート
Köln (F-220) underway 1982.jpg
基本情報
種別 フリゲート
命名基準 ドイツの都市
運用者  西ドイツ海軍
 トルコ海軍
建造期間 1957年 - 1964年
就役期間 西ドイツ 1961年 - 1989年
前級 教育フリゲート (138型)ドイツ語版
※旧英海軍ハント級/ブラックスワン級
次級 ブレーメン級 (122型)
要目
基準排水量 2,090トン
満載排水量 2,750トン
全長 109.8 m
最大幅 11.0 m
吃水 4.6 m
機関方式 CODAG方式
主機ディーゼルエンジン×4基
ガスタービンエンジン×2基
推進器 可変ピッチ・プロペラ×2軸
出力 ディーゼル:12,000馬力
ガスタービン:24,000馬力
電源 ディーゼル発電機(405 kW)×3基
速力 32ノット
航続距離 3,450海里 (12kt巡航時)
乗員 238名
兵装55口径100mm単装砲×2基
70口径40mm連装機銃×2基
・70口径40mm単装機銃×2基
375mm対潜ロケット砲×2基
・533mm魚雷発射管×4基
FCS ・M45×4基 (砲・機銃用)
・M5 UBFCS (対潜ロケット用)
・M9 UBFCS (魚雷用)
レーダーDA-02 目標捕捉用
ZW-01 対水上捜索用
・KH14/9 航法用
ソナー CWE-10/PAE-1 船底装備式
電子戦
対抗手段
・電波探知装置
・20連装デコイ発射機×2基
テンプレートを表示

来歴編集

第2次世界大戦後、連合軍軍政期においてドイツは一旦は非武装化された。しかし冷戦構造の成立に伴い、1949年のドイツ連邦共和国(西ドイツ)建国後、1951年には連邦国境警備隊1955年には連邦軍が設置され、翌1956年にはその海洋戦力として連邦海軍(Bundesmarine; 西ドイツ海軍)が建軍された[3]

1956年5月、連邦議会は海軍のための最初の艦艇新造計画を認可したが、この計画には護衛艦(Geleitboot)6隻の建造が盛り込まれていた[4]。これによって建造されたのが本級である。設計そのものは「護衛艦55」として1955年より着手されており、1957年に発注された[1][2]

ただし実際の竣工は数年後となることから、その間の空白を埋めるため、アメリカ海軍から119型駆逐艦(旧フレッチャー級駆逐艦)6隻、イギリス海軍からは138型教育フリゲート7隻(旧ハント級駆逐艦3隻、ブラックスワン級スループ1隻、改ブラックスワン級スループ3隻)の譲渡を受けることとなり、これらは1958年から1960年にかけて順次に編入された[3]

設計編集

本級は、第二次世界大戦後において、ドイツ海軍がはじめて建造した大型戦闘艦であり、世界で初めてCODAGディーゼル=ガスタービン複合機関)を搭載した艦でもある。本級の主機関は、4基のMAN社製V型16気筒ディーゼルエンジン(2,208 kW/2,961 hp)と2基のブラウン・ボベリ(BBC)社製ガスタービンエンジン(8,832 kW/11,844 hp)を組み合わせたものであり、また電力供給のため、550hp / 405kWのディーゼル発電機を3基搭載する。このガスタービンエンジンは舶用専用として設計されたものであり、また推進器にも可変ピッチプロペラ(CPP)を採用するなど多くの新機軸が盛り込まれた[2]。船型としては平甲板型を採用しており、船体は13個の水密区画に区分されている[5]

装備編集

本級は、対潜戦に重点をおいた装備が施されている。対潜兵器としては533mm短魚雷発射管のほか、対潜迫撃砲として、艦橋直前の甲板室上にM/50 375mm対潜ロケット砲が搭載されている。センサとなるソナーとしては、CWE-10/PAE-1が搭載される。これは同一のソナードームを共用する複合ソナー・システムであり、前者は10.5/11kHz、後者は24kHzを使用するサーチライト・ソナーである。また、水中攻撃指揮装置(UBFCS)としてはM5(対潜ロケット砲用)およびM9(魚雷用)が用いられるが、これはアメリカのMk.105におおむね相当する[6]

また本級は砲装型のフリゲートであり、防空・対水上火力に関しては砲熕兵器に依存している。主砲としてはフランス製の新しい両用砲システムである55口径100mm単装砲(Modèle 53高角機銃としては、やはり新型のボフォース70口径40mm機関砲ブレーダ・メッカニカ・ブレシャーナ社製マウントと組み合わされて採用された[7]

しかし船体は比較的小型で発展余地も少なかったことから、就役後に登場した新しいテクノロジーである個艦防空ミサイル艦対艦ミサイルC4Iシステムには対応できなかった。また対潜戦についても、就役後に登場した艦載ヘリコプターの運用設備(ヘリコプター甲板格納庫)の設置には対応できなかった[5]

同型艦編集

一覧表編集

# 艦名 起工 進水 就役 退役 備考
F220 ケルン
Köln
1957年
12月21日
1958年
12月6日
1961年
4月15日
1982年
7月14日
ノイシュタット市de)にて、船体をダメージコントロール訓練に利用。
F221 エムデン
Emden
1958年
4月15日
1959年
3月21日
1961年
10月24日
1983年
9月23日
トルコ海軍にてD-361「ゲムリク」として再就役(1983〜1989)
F222 アウクスブルク
Augsburg
1958年
10月29日
1959年
8月15日
1962年
4月7日
1988年
3月31日
ハンブルクにて解体
F223 カールスルーエ
Karlsruhe
1958年
12月15日
1959年
10月24日
1962年
12月15日
1983年
3月28日
トルコ海軍にてD-360「ゲリボル」として再就役(1983〜1992)
F224 リューベック
Lübeck
1959年
10月28日
1960年
7月23日
1963年
7月6日
1988年
12月1日
予備部品確保用としてトルコに譲渡
F225 ブラウンシュヴァイク
Braunschweig
1960年
7月28日
1962年2月3日 1964年
7月16日
1989年
7月4日
トルコ海軍にてD-361「ゲムリク」として再就役(1989〜1994)

運用史編集

1957年から1964年にかけて、西ドイツストラッケン&ゾーン造船所において6隻が建造された。これらは1961年より順次に就役を開始し、続いて建造されたハンブルク級駆逐艦とともに、1970年代1980年代において西ドイツ海軍の基幹兵力となった。しかし上記の通り発展余地が乏しく、性能が限定的であったことから、後継となるブレーメン級フリゲートの就役に伴って順次に運用を終了し、1989年までに全艦が退役した[1]。退役後、本級のうち3隻はトルコ海軍に譲渡され、うち2隻が再就役したものの、これらも1994年までに運用を終了した。

脚注編集

[ヘルプ]

注釈編集

出典編集

  1. ^ a b c Gardiner 1996, p. 144.
  2. ^ a b c 海人社 1998.
  3. ^ a b 青木 1998.
  4. ^ Gardiner 1996, p. 141.
  5. ^ a b Koop & Breyer 1996.
  6. ^ Friedman 1997, p. 600.
  7. ^ Prezelin 1990, p. 538.

参考文献編集

  • Friedman, Norman (1997). The Naval Institute guide to world naval weapon systems 1997-1998. Naval Institute Press. ISBN 9781557502681. http://books.google.co.jp/books?id=l-DzknmTgDUC. 
  • Gardiner, Robert (1996). Conway's All the World's Fighting Ships 1947-1995. Naval Institute Press. ISBN 978-1557501325. 
  • Koop, Gerhard; Breyer, Siegfried (1996). Die Schiffe, Fahrzeuge und Flugzeuge der deutschen Marine von 1956 bis heute. Bernard & Graefe Verlag. ISBN 9783763759507. 
  • Moore, John E. (1975). Jane's Fighting Ships 1974-1975. Watts. ASIN B000NHY68W. 
  • Prezelin, Bernard (1990). The Naval Institute Guide to Combat Fleets of the World, 1990-1991. Naval Institute Press. ISBN 978-0870212505. 
  • 青木, 栄一「戦後ドイツ海軍の歩み (ドイツ軍艦の戦後史)」『世界の艦船』第542号、海人社、1998年9月、 69-73頁。
  • 海人社, 編纂.「水上戦闘艦 (第2次大戦後のドイツ軍艦)」『世界の艦船』第542号、海人社、1998年9月、 80-83頁。

外部リンク編集