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コンコルド広場

エッフェル塔から見るコンコルド広場とセーヌ川。画像右上はリヴォリ通りの建物群と広場前のオテル・ド・ラ・マリーヌ(海軍館)。
コンコルド広場

コンコルド広場(コンコルドひろば、フランス語: Place de la Concorde)は、フランスパリ8区にある大広場。パリのセーヌ川右岸(北岸)の中心部界隈に位置し、テュイルリー庭園と、同広場が起点となるシャンゼリゼ通りとに挟まれた場所にある。同広場から東側に向かうとパリの行政区画1区にあたる。

目次

沿革編集

1755年アンジュ=ジャック・ガブリエルによって設計され、当初ルイ15世騎馬像が設置されていたため「ルイ15世広場」と呼ばれていた[1]。その後、フランス革命の勃発により騎馬像は取り払われ、名前も「革命広場」に改められた。フランス革命中には、ルイ16世マリー・アントワネットへのギロチン刑が行われた場所でもあった。1795年、現在の「コンコルド広場」という名前で呼ばれ始める(公式名になったのは1830年)。

 
コンコルド広場(1919年)


オベリスク編集

 
ルクソール神殿のオベリスク

広場の中心部にはエジプトルクソール神殿オベリスクと対の「クレオパトラの針 (Luxor Obelisk)」が置かれているが、ムハンマド・アリー朝エジプト国王 ムハンマド・アリーから贈られ1836年に運ばれたものである。

アクセス編集

脚注編集

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  1. ^ 『パリ まっぷるマガジン 海外』 昭文社2016年、20頁。ISBN 978-4-398-28129-6

関連項目編集