ゴロンタ劇場
ゴロンタ劇場(ごろんたげきじょう)はNHKの幼児向け番組、おかあさんといっしょのコーナー。1976年4月から1979年3月17日まで放送。
歴史
劇場
この当時は、別撮りのものを放送時に組み込む形ではなく、スタジオ内にセットを設け、スタジオに来た子供たちの目の前で物語が展開する形式をとっていた。この方式は、「ブンブンたいむ」の2年目まで5年間続いた。
登場人物
着ぐるみは瞳が上下に動く構造になっている。
共演者
水木一郎は本作放送開始と同時に番組に加入すると同時にすべてのおにいさん・おねえさんが隔週で交代するスタイルをとった。
- 3年間の放送期間の内、メンバー変更は1977年の1度のみで、1977年度からの2年間は同一のメンバー構成で固定されていた。
- 末期の1978年は輪島直幸がナビゲーターのポジションになり、交代するスタイルをやめ、おにいさん・おねえさん全員が毎週出演した。
- 輪島直幸 (6代目たいそうのおにいさん(隔週) → ナビゲーター(毎週)、1976年4月 - 1979年3月)
- 田中星児 (初代うたのおにいさん(隔週)、1976年4月 - 1977年3月)
- 松熊由紀 (11代目うたのおねえさん(隔週 → 毎週)、1976年4月 - 1979年3月)
- 斎藤伸子 (11代目うたのおねえさん(隔週 → 毎週)、1976年4月 - 1979年3月)
- 瀬戸口清文 (8代目たいそうのおにいさん(隔週 → 毎週)、1976年4月 - 1979年3月)
- 水木一郎 (2代目うたのおにいさん(隔週 → 毎週)、1976年4月 - 1979年3月)
- たいらいさお (3代目うたのおにいさん(隔週 → 毎週)、1977年4月 - 1979年3月)
ゴロンタ音頭
『おかあさんといっしょ』の当時のエンディングテーマとして使用されていた。『あんからもんからフライパン』のかけ声とともに、両腕を上、中、下の3つのポーズのいずれかを取り、ゴロンタと違うポーズなら勝ち、同じポーズなら負けという勝負のコーナーがあった。LPではエンディング「ゴロンタ音頭」の1番と2番の間の間奏に、ゴロンタの台詞でルールの説明と掛け声が収録されている。この勝負とルールは後続の「ブンブンたいむ」にも引き継がれた。
備考
『おかあさんといっしょ』において、着ぐるみキャラクターがスタジオの子供たちと直接交流するようになったのはこのシリーズが初である。[1]
前作までは特定の曜日のみに放送されていたが、本作からは現在と同じくほぼ毎日放送する形式に変更され、同じく現在の形式のエンディングテーマも導入された。
原作・脚本担当の山元護久は、本作放送中の1978年4月22日、本番組の打ち合わせ終了後に急逝。1978年秋の放送分までは過去の作品の中から好評だったものを再演していたが、その後は四人の構成作家が執筆した。山元の死後も児童からの人気は高かったが、制作サイトからは「ゴロンタは山元の幼児体験が生んだものであり、このまま続けても以前のゴロンタとは異なるものになってしまう」という意見があり、1979年3月17日放送分で終了した[2]。
ファミリーコンサート
公演 | タイトル | 出演者(一部を除く) |
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1989年 | キャラクター・オン・ステージ | 坂田おさむ、神崎ゆう子、馮智英、天野勝弘 じゃじゃまる、ぴっころ、ぽろり ゴロンタ、トムトム、チャムチャム ブンブン、つねきち、ごじゃえもん |
1990年 | げんき♥元気 | 古今亭志ん輔、坂田おさむ、神崎ゆう子、馮智英、天野勝弘 じゃじゃまる、ぴっころ、ぽろり 林アキラ、森みゆき ゴロンタ、トムトム、チャムチャム ブンブン、つねきち、ごじゃえもん ブー、フー、ウー |
スタッフ
出典
- ^ おかあさんといっしょ ゴロンタ劇場|NHK名作選
- ^ 『毎日新聞』1979年3月24日付夕刊、7面。
外部リンク
NHK教育テレビ おかあさんといっしょ内人形劇 | ||
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前番組 | 番組名 | 次番組 |
ゴロンタ劇場
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