サウンド・トランジット100形電車

この項目では、アメリカ合衆国ワシントン州シアトルで公共交通機関を運営するサウンド・トランジット英語版が所有する、日本の鉄道車両メーカーである近畿車輛が製造した超低床電車について解説する。サウンド・トランジットが運営するライトレール路線であるセントラル・リンク英語版(現:リンク・ライトレール)[注釈 1]の開業に備えて導入された車両で、2014年までに62両が導入された[5][8][9][2]

サウンド・トランジット100形電車
100形(2007年撮影)
基本情報
運用者 サウンド・トランジット英語版
製造所 近畿車輛
製造年 2006年 - 2014年
製造数 62両(101 - 162)
運用開始 2009年7月18日
投入先 リンク・ライトレール英語版
主要諸元
編成 1両 - 4両編成
軸配置 Bo′+2′+Bo′(3車体連接車
軌間 1,435 mm
電気方式 直流1,500 V
架空電車線方式
最高運転速度 60 km/h
起動加速度 4.83 km/h/s
減速度(常用) 4.83 km/h/s
車両定員 148人(着席74人)
最大194人
限界荷重252人
車両重量 46.266 t
全長 28,956 mm
全幅 2,650 mm
全高 3,746 mm
床面高さ 355 mm(低床部分)
914 mm(高床部分)
車体 耐候性高張力鋼
台車 近畿車輛
車輪径 660 mm
固定軸距 1,905 mm(動力台車)
1,803 mm(付随台車)
台車中心間距離 10,921 mm
発電機 静止型インバータ
主電動機 TSA製TMR 40-28-4[1]
主電動機出力 140 kW
歯車比 6.63
出力 560 kW
制御方式 IGBT素子VVVFインバータ制御
制御装置 エリンドイツ語版製ETRIS S2000 WRG-1500/1400-LD
制動装置 回生発電ブレーキ併用電気指令式ブレーキクノールブレムゼ製)
保安装置 自動列車保護装置(ATP)
備考 主要数値は[2][3][4][5][6]に基づく。
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概要 編集

シアトルと周辺都市を結ぶリンク・ライトレール英語版は、1996年に計画が採択され2002年以降建設が開始され、2009年7月18日から営業運転を開始した路線である。この開通にあたり導入されたのが、アメリカ各都市のライトレール向け車両を手掛けている近畿車輛製の電車である。最初の車両は2003年に発注が行われた[8][10]

運転台が存在する先頭車体(A車、B車)が全長が短い中間車体(C車)を挟み込む3車体連接車で、後述の動力台車が存在する箇所を除いた車内の70%が床上高さ370 mmの低床構造になっている。前面は丸みを帯びた柔らかな曲線形状で構成された流線形で、斬新さと親しみやすさを両立させたデザインに仕上がっている。また下部には併結運転に対応するための電気連結器が存在し、先頭に立つ場合は先頭部と一体化したデザインのカバーで覆われる。この先頭部および側面は耐候性高張力鋼(LAHT)で製造されている一方、屋根や台車部はアルミニウムを用いて作られており、サウンド・トランジットから提示された荷重条件や耐火性能を満たした設計となっている。車体の連接部は、近畿車輛が手掛ける70%部分超低床電車において多数の実績を有する、台枠部の旋回ベアリングと屋根上のZリンクにより結合し、連接ダンパと共に走行時の安定性が保たれる構造が用いられる。塗装はサウンド・トランジットの標準塗装である、白を基調に車体下半分に「波目パターン」を描いたものである[5][11]

車内の座席配置は、A車およびB車がクロスシートおよび収納式ロングシート、C車がロングシートであり、A車・B車の低床部分にある3人掛け収納式ロングシートは折り畳むと車椅子スペースになる他、連結側には自転車ラックが存在する。両開きプラグドアである乗降扉はA車・B車の低床部分に両側2箇所づつ配置されており、低床式プラットホームからも段差なく乗降可能である。車体の軽量化と材料取りの簡易化という目的から、天井パネルや床パネルにはフェノール樹脂製を採用している[5][12]

運転席は客室から仕切りによって独立しており、中央に設置された腰掛から正面側にコンソールユニット、左側に運行や保守に関わる情報が表示されるタッチパネル式モニターディスプレイ、左右の隅柱側には車体各部の監視カメラの映像を映し出すモニターディスプレイが設置されている。これらの配置に関しては、先に日本の工場でモックアップを製造し、現地シアトルへ輸出した上で当局関係者に実際に座って貰い、更に検討を重ねる形で設計が行われている[13]

台車はA車・B車の運転台側に電動機を搭載した動力台車が、C車に付随台車が搭載されており、車輪の内側には耐候性圧延鋼を用いた溶接組立構造の台車枠が設置されている。軸ばねにはシェブロンゴム、枕ばねは空気ばねが用いられており、車輪は騒音を抑制するため防振ゴムを挟み込んだ弾性車輪(Bochum)が使われる。動力台車に2基搭載された主電動機からの動力伝達は中空軸やたわみ継手を介して行われる。安全対策として動力台車の前輪に砂撒き装置が設置されている他、先頭寄りには排障器と自動列車保護装置(ATP)の受信装置が存在し、必要に応じて制動装置が自動的に起動する[5][13]

主電動機はオーストリアのTraktionssysteme Austria[1]、制御装置はオーストリアのエリンドイツ語版、制動装置はドイツクノールブレムゼが手掛けており、近畿車輛が手掛けた他の70%部分超低床電車からメーカーが変更されているが、機器構成や配置を極力同じとする事で設計の合理化を図っている。特に、同時期に製造されたバレーメトロレール向けの電車とは可能な限り艤装の共通化が行われている[12]

これらの主要機器や空調装置、乗降扉を始めとする車両の各部は車両管理システム(VMS)によって管理されており、ネットワークによって接続された各部の状態は逐一運転台のタッチパネル式モニターディスプレイに表示される。また屋根上には保守支援用のワイヤレスランアンテナが設置され、保守サイトとのデータの交換が可能となっている。併結運転時は電気連結器に組み込まれたイーサピンインターフェイスを介し、車両同士の非接触接続が行われる[13]

運用 編集

製造は2次に渡って行われ、2009年の開通に向けた最初の35両(101 - 135)は2006年から2007年にかけて製造され、増備車となる27両(136 - 162)は2010年から2014年まで作られた。アメリカでの最終組み立ては、ワシントン州エバレットにあるボーイングの工場を間借りする形で行われた[4][5][6][14][15][16]

開通当初は想定よりも利用客が少なく、夜間を中心に1両編成の列車も存在したが、2016年ワシントン大学方面への延伸が行われて以降乗客が激増し、2018年12月現在は2両および3両が基本編成となっている。だが乗客数に対して100形の本数が不足していた事からラッシュ時にも2両編成で運行する列車が設定され、場合によっては最大定員数である194人を超過し限界荷重に近い1両あたり250人以上の客が乗り込む事態も発生している。そのため、2020年以降シーメンス製の新型車両である200形の大量増備を実施すると共に、2021年からは1列車の最大両数を4両編成に延長する計画が立てられている[17][18][19]

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ 2019年に「レッドライン(Red Line)」と言う名称に変更されたが、人種差別の思想の元で行われた「レッドライニング(Redlining)」とスペルや語彙が類似しているという懸念から、同年11月から新名称が決定する2020年3月まで暫定的に「リンク・ライトレール」と言う名称が付けられている[7]

出典 編集

  1. ^ a b Kinki Sharyo LRV for Phoenix and Seattle”. 2022年12月21日閲覧。
  2. ^ a b 近畿車輛 2006, p. 44-46.
  3. ^ Sound Transit 2010, p. 6.
  4. ^ a b Sound Transit 2018, p. 221.
  5. ^ a b c d e f 涌田誠也-ST- シアトル交通局」『近畿車輛技報』第15号、2008年11月、14-15頁、2020年2月7日閲覧 
  6. ^ a b Seattle, WA - Sound Transit Technical Data”. Kinki Sharyo. 2020年2月7日閲覧。
  7. ^ Jackie Martinez-Vasquez (2019年11月14日). “Sound Transit will drop the "Red Line" name”. Sound Transit. 2020年2月7日閲覧。
  8. ^ a b 米国シアトル向け 低床LRV”. 日本鉄道システム輸出組合. 2020年2月7日閲覧。
  9. ^ Sound Transit 2009, p. 120.
  10. ^ Central Link Light Rail”. Railway Technology. 2020年2月7日閲覧。
  11. ^ 近畿車輛 2006, p. 44-45.
  12. ^ a b 近畿車輛 2006, p. 45.
  13. ^ a b c 近畿車輛 2006, p. 46.
  14. ^ 涌田誠也アメリカ案件25年 -その実績と展望-」『近畿車輛技報』第15号、2008年11月、2-3頁、2020年2月7日閲覧 
  15. ^ 2010年の車両出場状況”. 近畿車輛. 2020年2月7日閲覧。
  16. ^ 大場章好アメリカプロジェクトにおけるFA(最終組立)の変遷」『近畿車輛技報』第15号、2008年11月、29頁、2020年2月7日閲覧 
  17. ^ Mike Lindblom. “Sound Transit keeping close eye on crowded light-rail”. The Seattle Times. 2020年2月7日閲覧。
  18. ^ Sound Transit 2019, p. 25.
  19. ^ Sound Transit 2019, p. 89.

参考資料 編集

  • 新谷雅典, ダニエル・ロドリゲス, 村田和実, 小澤雅人シアトル向け 低床LRV」『近畿車輛技報』第13号、2006年10月、44-46頁、2020年2月7日閲覧 
  • "Draft 2010 Service Implemenation Plan" (PDF). Sound Transit. 2009年10月22日. 2011年6月17日時点のオリジナル (PDF)よりアーカイブ。2020年2月7日閲覧
  • Sound Transit (2019年12月). 2019 Service Implementation Plan (PDF) (Report). 2020年2月7日閲覧

外部リンク 編集