サハラ・アラブ民主共和国

北アフリカの西サハラ(旧スペイン領サハラ)に存在する国家・亡命政府
サハラ・アラブ民主共和国
الجمهورية العربية الصحراوية الديمقراطية الوهمية(アラビア語)
República Árabe Saharaui Democrática (スペイン語)
サハラ・アラブ民主共和国の国旗 サハラ・アラブ民主共和国の国章
国旗 国章
国の標語:حرية ديمقراطية وحدة
アラビア語: 自由、民主主義、団結)
国歌Yābaniy Es-Saharā
(ああ、サハラの息子よ)
サハラ・アラブ民主共和国の位置
公用語 アラビア語スペイン語
首都 ラユーン(アイウン)(名目上)
ティファリティ(臨時)
ティンドゥフ(国外拠点)
最大の都市 ラユーン(名目上)
不明(事実上)
政府
党総書記ブラヒム・ガリ英語版
大統領 ブラヒム・ガリ英語版
首相 ムハンマド・ワリ・アケイク英語版
面積
総計 82,500km2暫定118位
水面積率 極僅か
人口
総計(2011年 266,000人(???位)推定1
人口密度 2.23人/km2
GDP(自国通貨表示)
合計(xxxx年 xxx,xxxサハラ・ペセタ英語版2
GDP(MER
合計(xxxx年xxx,xxxドル(???位
1人あたり xxxドル
GDP(PPP
合計(xxxx年xxx,xxxドル(???位
1人あたり xxxドル
独立
スペインから1976年2月27日
通貨 サハラ・ペセタ英語版2コード無し
時間帯 UTC +0(DST:無し)
ISO 3166-1 EH
ccTLD .eh
国際電話番号 不明
1 サハラ・アラブ民主共和国が実効支配している地域の正確な人口統計は存在せず、あくまで推定である。モロッコの実効支配地域を含む「西サハラ全体の推定人口」は約57万人(2015年)。
2 モロッコ・ディルハムも法定通貨である。しかし、アルジェリア・ディナールウギアが事実上使用されている。

サハラ・アラブ民主共和国(サハラ・アラブみんしゅきょうわこく、Sahrawi Arab Democratic Republic)は、北アフリカ西サハラ(旧スペイン領サハラ)に存在する国家亡命政府である。スペインの領有権放棄後、西サハラにおいて独立国家樹立を目指す現地住民によるポリサリオ戦線によって、1976年に隣国アルジェリアにて亡命政権として結成された。国際連合には未加盟であるが、アフリカ連合(AU)には1982年以降加盟している。また、2016年現在で84の国際連合の加盟国が国家として承認している。(しかし、その内の37カ国は関係を凍結・中断している)

名目上の首都は旧スペイン領時代の首府でもあったラユーン(アイウン)。なお、サハラ・アラブ民主共和国が主張する領土(西サハラ)はモロッコが領有権を主張しており、その大半はモロッコによって占領・実効支配されている。そのため、サハラ・アラブ民主共和国は「解放区」と呼ばれる東部地域(西サハラの3割程度)を実効支配するにすぎない。また、ラユーンはモロッコが実効支配しているためポリサリオ戦線の本部があるアルジェリアのティンドゥフに「首都機能」が存在する。
サハラ・アラブ民主共和国(「解放区」)の正確な統計は存在しないが、面積は82,500km2、人口は約26万人[1](「解放区」および西サハラ難民キャンプ)と推定されている。

国名編集

正式名称はアラビア語で、الجمهورية العربية الصحراوية الديمقراطية الوهميةラテン文字転写 : Al-Jumhūrīyya al-`Arabīyya aṣ-Ṣaḥrāwīyya ad-Dīmuqrāṭīyya)、スペイン語はRepública Árabe Saharaui Democráticaで、RASDと略す。
英語では英語: Sahrawi Arab Democratic Republicとなり、SADRと略すこともある。日本語では「サハラ・アラブ民主共和国」となり、略名は存在しない。

なお、サハラ・アラブ民主共和国を承認していない国家では西サハラアラビア語: الصحراء الغربية ラテン文字転写:Aṣ-Ṣaḥrā’ al-Gharbīyah、スペイン語: Sahara Occidental英語: Western Saharaフランス語: Sahara Occidental)が地域名として使用されている。

歴史編集

地方行政区分編集

 
赤い線が「砂の壁」

サハラ・アラブ民主共和国が主張する領土は、モロッコが一方的に建設した「砂の壁」によって分断されている。壁の西側はモロッコによる占領地、東側はポリサリオ戦線による「解放区」となっている。

なお、西サハラの合計面積は266,000km2となるが、サハラ・アラブ民主共和国支配地域(ポリサリオ戦線による「解放区」)は82,500km2である[2]

首都編集

サハラ・アラブ民主共和国の名目上の首都はスペイン領サハラの行政首都であったアイウンとされている。しかしアイウンは砂の壁の西側、つまりモロッコの実効支配地域にあるため、臨時首都とされているティファリティや、ポリサリオ戦線の本部がある隣国アルジェリアの都市ティンドゥフが事実上の首都となっている。なお、2008年まではビル・ラフルーが臨時首都であった。

国際関係編集

 
  サハラ・アラブ民主共和国の実効支配地域
  サハラ・アラブ民主共和国を承認している国
  承認を撤回した、もしくは凍結している国
  未承認の国

2016年9月現在、サハラ・アラブ民主共和国はアルジェリア南アフリカ共和国メキシコなど84ヶ国から承認されているが、インドセルビアペルーなどの37カ国が承認を凍結している(撤回又は凍結、一時停止に分かれる)。また、国際連合は未加盟であるが、アフリカ連合(AU)には加盟している。

なお、承認していない国家はアメリカ合衆国ドイツなどの欧州連合諸国、ロシア日本などである。一方、それらの諸国はモロッコの領有も認めていないため、モロッコ側にもサハラ・アラブ民主共和国側にも組しない中立的表記を採用し、この地域を「西サハラ(Western Sahara)」という地域名称で呼んでいる。

最近の承認に向けての動きとしては、スウェーデンの議会は2012年12月に承認案を可決させたが、政府はまだ制定していないほか、デンマークでは2014年1月に議会へ承認案を提出したが、これもまだ審議されていない。コロンビアは一度承認を凍結しているが、2014年5月に上院が承認案(再開)を可決している。


以下の一覧で、太字の国家はアフリカ連合(AU)に加盟している。

現在承認している国家編集

外交関係のある国編集

  •   アルジェリア - 1976年3月6日承認。ポリサリオ戦線の本部がある最大の支援国。
  •   アンゴラ - 1976年3月11日承認。
  •   ウガンダ - 1979年9月6日承認
  •   ウルグアイ - 2005年12月26日承認。
  •   エクアドル - 1983年11月14日承認。2004年6月14日に撤回。2006年2月8日に再承認。
  •   エチオピア - 1979年2月24日承認。
  •   エルサルバドル - 1989年7月31日承認。1997年4月に撤回。2009年6月6日に再承認。
  •   ガイアナ - 1979年9月1日承認。
  •   カーボベルデ - 1979年6月4日承認。2007年7月27日凍結。2009年6月6日再開。
  •   ガーナ - 1979年8月24日承認。2001年5月凍結。2011年再開。
  •   キューバ - 1980年1月20日承認。
  •   ケニア - 2005年6月25日承認。2006年10月18日一時凍結。2007年2月26日完全凍結。2014年2月6日再開。
  •   シエラレオネ - 1980年3月27日承認。2003年9月16日凍結。2011年6月20日に再開。
  •   ジンバブエ(1980年6月3日承認)
  •   タンザニア(1978年11月9日承認)
  •   ナイジェリア(1984年11月11日承認)
  •   ナミビア(1990年6月11日承認)
  •   ニカラグア(1979年9月6日承認。2000年7月21日に「凍結」、2007年1月12日再開)
  •   パナマ(1978年7月23日承認、2013年11月20日に「一時停止」、2016年1月8日再開)
  •   バヌアツ(1980年11月26日承認。2000年11月24日に「撤回」したが、2008年7月31日に再承認)
  •   東ティモール(2002年5月20日承認)
  •   ベネズエラ(1982年8月3日承認)
  •   ベリーズ(1986年11月18日承認)
  •   ホンジュラス(1989年11月8日承認。2000年1月に「撤回」したと表明するが、サハラ・アラブ民主共和国政府は拒否したとモロッコ政府を通じて発表される。2013年6月5日にホンジュラス政府は再承認した)
  •   ボリビア(1982年12月14日承認)
  •   マラウイ(1994年11月16日承認するが、2001年6月26日に「撤回」。2002年3月24日に再承認するも、同年12月2日に「撤回」。2008年2月1日にまた再承認するが、同年9月16日にまたも「撤回」。2014年3月6日に4度目となる国家承認をした)
  •   南アフリカ共和国(2004年9月15日承認)
  •   南スーダン(2011年7月9日承認)
  •   メキシコ(1979年9月8日承認)
  •   モザンビーク(1976年3月13日承認)
  •   ラオス(1979年5月9日承認)
  •   リベリア(1985年7月31日承認。1997年9月5日に「撤回」するも、2012年10月30日に再承認)
  •   ルワンダ(1976年4月1日承認)
  •   レソト(1979年10月9日承認)
  •   ザンビア(1979年10月12日承認、2011年3月29日「撤回」、2012年11月21日に再承認)
  •   モーリシャス(1982年7月1日承認。2014年1月17日「撤回」、2015年11月23日に再承認)

外交関係のない国編集

過去に承認していた国家編集

日本の対応編集

日本はモロッコの西サハラ領有権を認めていないが、サハラ・アラブ民主共和国の国家承認もしていない。2014年(平成26年)、安倍晋三首相は、浜田和幸質問主意書に対し、西サハラ問題は「国際連合の枠組みの下、当事者間の交渉により早期に平和裡に解決されることが重要との立場」であると答弁した[3]

2017年8月、アフリカ開発会議(TICAD)閣僚会合がモザンビークの首都マプトで開催された。アフリカ開発会議は日本とアフリカ連合(AU)の共催で、日本はサハラ・アラブ民主共和国を承認していないが、アフリカ連合は加盟を認めているため、出席を表明したサハラ・アラブ民主共和国の扱いが問題になった。日本はサハラ・アラブ民主共和国に招待状を送らなかったが、会場に入ろうとするサハラ・アラブ民主共和国代表団と、阻止しようとするモロッコ代表団の小競り合いが起き、全体会合は中止に追い込まれた[4]

2018年10月、アフリカ開発会議閣僚会合が日本の東京都内で開催された。日本側は、会場にはアフリカ連合の旗と名札のみを用意し、椅子もサハラ・アラブ民主共和国を除く54ヶ国分しか用意しない。しかし「仮に日本が承認していない『国』と自称する主体がこの会場にいたとしても、日本の立場に影響を与えない(河野太郎外相)」という建前で、サハラ・アラブ民主共和国の代表団が会場に来ても黙認する形を取った。実際には2ヶ国が欠席したため、サハラ・アラブ民主共和国の代表団は、独立を支援するアルジェリアのパスポートで日本に入国し、アフリカ連合代表団の一員という形で会議に参加した。モロッコ代表団は「我々には我々の立場があり、看過できない」と反発したが、河野外相への配慮で、会議の冒頭のみ参加して、途中退席した。しかし、2019年に予定している第7回アフリカ開発会議では、国家元首が参加するため、外交儀礼上国旗や国名を掲げない訳には行かないという課題が残った[5]

2019年8月28日から30日にかけて、第7回アフリカ開発会議が日本の横浜市で開催された。日本はサハラ・アラブ民主共和国を招待せず、また西サハラの領有権を主張するモロッコは、日本政府に対して会議に参加させないよう働きかけを水面下で行った。最終的にはアフリカ連合の判断に委ねられ、アフリカ連合の招待を日本政府が黙認する形で参加が実現した。サハラ・アラブ民主共和国関係者は、前回同様、アルジェリアのパスポートで来日した。会場には「SAHRAWI REPUBLIC」のプレートも用意され、会議に参加した[6]。一方で、参加国の国旗は掲げさせず、国名のみを表示させるという折衷案となった[7]
日本政府としては、サハラ・アラブ民主共和国は「日本が国家承認していない主体」[8]が勝手に参加したという建前で、従って参加国・地域にも数えられていない[9]。さらに、モロッコの報道によると、外務省の高橋克彦・中東アフリカ局長は、日本は「西サハラを国家として認識しておらず、今後も認識しない」と述べた。これらの発言を、モロッコ側は「日本がモロッコの大義に賛成した」ものとして歓迎した[10][11]。サハラ・アラブ民主共和国のモハメド・サーレム・ウルド・サーレク外相は、「(「友人たち」の発言と断った上で)日本はすべてのアフリカに反し、モロッコを選んだ」「TICADは、国連同様の多国間会議なのです。国連ではすべての国々が場を共にしています。北朝鮮も代表を置いています[12]。北朝鮮を国家として承認する国もしていない国も、国連では同じ場にいるのです。ですから、多国間会議の場で承認の話を持ち出すのは、正しくありません」と批判した[13]

祝祭日編集

日付 日本語表記 現地語表記 備考
2月27日 独立記念日
5月10日 ポリサリオ戦線設立の日
5月20日 5月20日革命
6月5日 失踪者の日
6月9日 殉教者の日
6月17日 ゼムラ蜂起
10月12日 国民団結の日
移動祝日 ハッジ イスラム暦による
移動祝日 イド・アル=フィトル イスラム暦による

脚注編集

  1. ^ PERIODIC REPORT OF THE SAHRAWI ARAB DEMOCRATIC REPUBLIC TO THE AFRICAN COMMISSION ON HUMAN AND PEOPLES RIGHTS CONTAINING ALL THE OUTSTANDING REPORTS IN ACCORDANCE WITH ARTICLE 62 OF THE CHARTER.pdf
  2. ^ Western Sahara: Provinces & Urban Communes - Population Statistics, Maps, Charts, Weather and Web Information”. www.citypopulation.de. 2019年8月12日閲覧。
  3. ^ 日本政府の西サハラ問題に対する姿勢に関する質問主意書 - 参議院
  4. ^ “西サハラの出席めぐりつかみ合いの争いに TICAD”. 朝日新聞. (2017年8月25日). https://www.asahi.com/articles/ASK8T24N5K8TUHBI002.html 2020年8月21日閲覧。 
  5. ^ 日本経済新聞』2018年11月23日号 「アフリカ開発会議、苦肉の様式で日本開催 国旗・国名のない国際会議」 林咲希
  6. ^ “西サハラが“日本デビュー”、政府は国家として未承認も、AU側招待を黙認”. 毎日新聞. (2019年8月30日). https://mainichi.jp/articles/20190830/k00/00m/030/010000c 2019年8月30日閲覧。 
  7. ^ “横浜で開催中のアフリカ開発会議、国旗並べなかった「大人の事情」とは?”. 毎日新聞. (2019年8月29日). https://mainichi.jp/articles/20190829/k00/00m/030/118000c 2020年8月21日閲覧。 
  8. ^ (仮訳)TICAD 7閣僚事前準備会合河野太郎外務大臣による挨拶2019年8月27日於:横浜 - 外務省 河野太郎
  9. ^ 第7回アフリカ開発会議(TICAD7) 横浜,令和元年8月28日~30日 - 外務省
  10. ^ Japan Renews its Non-recognition of Self-Proclaimed SADR at Opening of TICAD-VII - Morocco World News Safaa Kasraoui(英語)
  11. ^ Japan tells participants in TICAD 7 it does not recognize Self-Proclaimed SADR - "The North Africa Post"(英語)
  12. ^ 日本は北朝鮮を国家承認していない。
  13. ^ <アフリカ開発会議>最後の植民地・西サハラの代表団が来日(3) ウルド・サーレク外相に聞く 2019.08.31 - アジアプレス・ネットワーク 岩崎有一

関連項目編集