サントリーサンバーズ

サントリーサンバーズは、大阪府箕面市を本拠地とする男子バレーボールチームである。2019年10月現在、V.LEAGUE Division1(V1リーグ)に所属している。

サントリーサンバーズ
原語表記 サントリーサンバーズ
ホームタウン 大阪府箕面市大阪市東京都大田区熊本県熊本市宮城県仙台市
クラブカラー
創設年 1973年
所属リーグ V.LEAGUE Division1
チーム所在地 大阪府大阪市
体育館所在地 大阪府箕面市
代表者 中田欽也
監督 荻野正二
ホームページ 公式サイト
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概要編集

1973年4月にサントリー男子バレーボール部が結成された[1]。1975年、日本リーグ(現・Vプレミアリーグ)初昇格。

チーム名『サンバーズ』は太陽鳥の意味で、「燦然と輝く太陽に向って羽ばたく不死鳥のように」との思いからつけられ、Suntoryの最初の3文字にもかけている[1]

練習場所はサントリー箕面トレーニングセンター体育館であり、見学も可能である[2]。ホームゲームは、ホームタウンである大阪府のほかに、サブホームタウンである東京都大田区でも開催され、熊本市でも開催されることがある。

一般ファン向けには、ファンクラブが設立されている。

2013年現在、Vリーグでは唯一の永久欠番を持つチームである(16番ジルソン・ベルナルド[3]

歴史編集

1973年4月結成。ミュンヘンオリンピック金メダリストのメンバーである大古誠司も入部した[4]

1974年実業団リーグ(現・V・チャレンジリーグ)入り。リーグ入り1年目にして、第6回大会で準優勝し、入れ替え戦で神戸製鋼を得点率の僅差で破り、結成2年で日本リーグ(現・Vプレミアリーグ)昇格を果たした[4]

1975/76シーズン、初参戦となった第9回日本リーグでは4位に入るが、翌シーズンの第10回日本リーグでは1勝9敗の最下位に低迷し、入れ替え戦で松下電器(現パナソニック・パンサーズ)に敗れて実業団リーグに降格した[4]

1978年、第10回実業団リーグで優勝したが、入れ替え戦で東レ九鱗会(現・東レ・アローズ)にセット率で敗れ日本リーグ復帰ならず。しかし、1979年、第11回実業団リーグで連覇を果たして臨んだ入れ替え戦で東レ九隣会にリベンジを果たし、3シーズン振りの日本リーグ復帰となった。以降、日本リーグに定着する。同年、全日本都市対抗優勝大会(現・黒鷲旗)で初優勝し、結成6年にして初の全国優勝を果たした。[4]

1984/85シーズン、第18回日本リーグで準優勝を果たす。同シーズンの黒鷲旗では2度目の優勝を果たした。1990/91シーズンも、第24回日本リーグで準優勝を果たし、黒鷲旗で3度目の優勝。

1994年、日本リーグ優勝経験のないままで日本リーグにとって替わりVリーグが開幕。しかし、その第1回で悲願の初優勝を果たした。同シーズンの1995年黒鷲旗でも4度目の優勝を果たした。

1999/00シーズンの第6回Vリーグで主砲・ジルソン・ベルナルドを中心に、5年振り2度目の優勝を果たす。同シーズンの黒鷲旗、Vカップでも優勝を果たし3冠を達成した。翌シーズン以降もVリーグ連覇を続け、2003/04シーズンの第10回Vリーグで前人未到のVリーグ5連覇を達成した。第8回以降の3シーズンは、レギュラーラウンドを4位で突破しての優勝だった。5連覇中のMVPは全てジルソンであり、2004年のジルソン退団を以って、功績を称えて背番号16番を永久欠番とした。2004/05シーズンの第11回Vリーグでは序盤の連敗が響き、レギュラーラウンド5位となり、ファイナルラウンド進出を果たせず連覇が止まった。

2005/06シーズンの第12回Vリーグでは優勝決定戦まで進むも堺ブレイザーズに敗れ準優勝。

2006年より日本人プロ契約制度を導入し、越川優が第1号選手となった[5]

2006/07V・プレミアリーグ(Vリーグより改称)では予選ラウンドを23勝5敗の1位、セミファイナルも3戦全勝で通過し、迎えた優勝決定戦でも東レ・アローズをセットカウント3-1で下し、3年振り7度目の優勝を決めた。2007/08V・プレミアリーグではレギュラーラウンドを圧倒的な成績で1位突破するもの、セミファイナルラウンドで2勝しながらセット率で3位となり決勝進出を逃すという悔しいシーズンとなった。2008/09V・プレミアリーグでもレギュラーラウンドを1位突破しながら、セミファイナルラウンドで3位となり優勝を逃した。

2010年8月、4シーズン監督を務めた河野克巳が退任し(以降2016年までゼネラルマネージャーを務める。)、荻野正二がヘッドコーチとして指揮を執ることとなった[6]

2012年4月、Vリーグ機構規約第19条違反があったとして、機構から制裁処分が下された[7]。チームは故障者が多く万全な体制で臨めずファンや関係者に迷惑をかけたと謝罪した[8]

荻野体制で2シーズン優勝できず、2012年、新監督にイタリア国籍のパオロ・モンタニャーニを監督に招聘し、荻野はそのままヘッドコーチとしてモンタニャーニの下でチームをサポート[9]。そうすると、2012/13V・プレミアリーグでは、圧倒的な成績でレギュラーラウンド1位になった。しかし、セミファイナルラウンド3位で優勝を逃した。一方、同シーズンの第62回黒鷲旗で優勝を果たす。黒鷲旗は2000年に優勝してから決勝進出も果たせず縁のない大会となっていたが、13年振りの優勝となった。2013/14シーズンはなかなかリズムに乗れず低迷し6位で終える。当シーズンをもってパオロ・モンタニャーニ監督が退任[10]

2014年、チーム5連覇に大きく貢献したジルソン・ベルナルドが監督に就任[11]。2014/15シーズン、レギュラーラウンドで10連勝を果たし、躍進をみせる。ファイナルでJTサンダーズに悲願の初優勝を献上したが、チームは準優勝を果たした。第64回黒鷲旗で2シーズン振りの優勝。しかし、ジルソン体制2年目の2015/16シーズンは序盤でつまずきレギュラーラウンド9勝12敗の7位に低迷。チャレンジマッチ(入替戦)で大分三好ヴァイセアドラーに連勝して降格は逃れた。2016/17シーズンは4位で終えた。

2017年、荻野正二が監督に就任し、現役引退した山村宏太がコーチに就任[12]。荻野は実質二度目の指揮となり、ジルソン体制から引き継ぐ形となった。2017/18シーズンはファイナル6では5戦全敗するなど振るわず6位で終了。V・プレミアリーグに替わって設立された新生V.LEAGUEの2018/19シーズンでは、レギュラーラウンド2位に入る躍進を見せた。しかし、ファイナル6で勢いのついたJT、東レアローズに抜かされ4位となり、ファイナル進出を逃した。

成績編集

主な成績編集

日本リーグ/Vリーグ/プレミアリーグV.LEAGUE Division1
  • 優勝7回(1994年度、1999年度、2000年度、2001年度、2002年度、2003年度、2006年度)
  • 準優勝5回(1984年度、1990年度、2005年度、2010年度、2014年度)
Vカップ
  • 優勝1回(2000年)
黒鷲旗全日本選抜大会
  • 優勝8回(1979年、1985年、1991年、1995年、2000年、2013年、2015年、2019年)
  • 準優勝3回(1986年、1992年、1999年)
天皇杯・皇后杯全日本バレーボール選手権大会
  • 優勝1回(2010年度)
国体
  • 優勝3回(1997年、2003年、2006年)

年度別成績編集

日本リーグ / 実業団リーグ編集

所属 年度 最終
順位
参加
チーム数
試合 勝率
実業団リーグ 第6回 (1974/75) 準優勝 6チーム 10 6 4 0.600
日本リーグ 第9回 (1975/76) 4位 6チーム 10 3 7 0.300
第10回 (1976/77) 6位 6チーム 10 1 9 0.100
実業団リーグ 第9回 (1977/78) 優勝 6チーム 10 9 1 0.900
第10回 (1978/79) 優勝 6チーム 10 9 1 0.900
日本リーグ 第13回 (1979/80) 4位 6チーム 10 3 7 0.300
第14回 (1980/81) 7位 8チーム 14 3 11 0.214
第15回 (1981/82) 5位 8チーム 21 10 11 0.476
第16回 (1982/83) 4位 8チーム 21 11 10 0.524
第17回 (1983/84) 4位 8チーム 21 13 8 0.619
第18回 (1984/85) 準優勝 8チーム 21 16 5 0.762
第19回 (1985/86) 3位 8チーム 21 13 8 0.619
第20回 (1986/87) 5位 8チーム 21 7 14 0.333
第21回 (1987/88) 5位 8チーム 14 5 9 0.357
第22回 (1988/89) 7位 8チーム 14 4 10 0.286
第23回 (1989/90) 5位 8チーム 14 8 6 0.571
第24回 (1990/91) 準優勝 8チーム 17 10 7 0.586
第25回 (1991/92) 3位 8チーム 20 10 10 0.500
第26回 (1992/93) 7位 8チーム 14 3 11 0.214
第27回 (1993/94) 4位 8チーム 17 8 9 0.471

Vリーグ / 実業団リーグ・V1リーグ編集

所属 年度 最終
順位
参加
チーム数
試合 勝率
Vリーグ 第1回 (1994/95) 優勝 8チーム 21 14 7 0.667
第2回 (1995/96) 4位 8チーム 21 14 7 0.667
第3回 (1996/97) 3位 8チーム 21 12 9 0.571
第4回 (1997/98) 4位 8チーム 21 12 9 0.571
第5回 (1998/99) 3位 10チーム 18 14 4 0.778
第6回 (1999/00) 優勝 10チーム 18 14 4 0.778
第7回 (2000/01) 優勝 10チーム 18 14 4 0.778
第8回 (2001/02) 優勝 10チーム 18 11 7 0.611
第9回 (2002/03) 優勝 8チーム 21 13 8 0.619
第10回 (2003/04) 優勝 8チーム 21 11 10 0.524
第11回 (2004/05) 5位 8チーム 28 14 14 0.500
第12回 (2005/06) 準優勝 8チーム 28 20 8 0.714

V・プレミアリーグ / V・チャレンジリーグ編集

所属 年度 最終
順位
参加
チーム数
レギュラーラウンド ポストシーズン
順位 試合 試合
プレミア 2006/07 優勝 8チーム 1位 28 23 5 4 4 0
2007/08 3位 8チーム 1位 28 24 4 4 3 1
2008/09 4位 8チーム 1位 28 22 6 4 1 3
2009/10 5位 8チーム 5位 28 15 13 -
2010/11 準優勝 8チーム 2位 24 18 6 中止
2011/12 3位 8チーム 4位 21 10 11 4 2 2
2012/13 4位 8チーム 1位 28 24 4 4 0 4
2013/14 6位 8チーム 6位 28 11 17 -
2014/15 準優勝 8チーム 2位 21 16 5 7 4 3
2015/16 7位 8チーム 7位 21 9 12 -
2016/17 4位 8チーム 4位 21 13 8 5 2 3
2017/18 6位 8チーム 5位 21 8 13 5 0 5

V.LEAGUE編集

所属 年度 最終
順位
参加
チーム数
レギュラーラウンド ポストシーズン
順位 試合 試合
Division1 2018-19 4位 10チーム 2位 27 19 8 5 2 3
2019-20 3位 10チーム 4位 27 18 9 3 2 1

選手・スタッフ編集

選手編集

2020-21シーズン[13][14][15]

背番号 名前 シャツネーム 国籍 P 備考
1 鶴田大樹 TSURUDA   日本 L
3 小野遥輝 ONO   日本 MB
4 鳥飼亜斗夢 TORIKAI   日本 OH
5 松林憲太郎 MATSUBAYASHI   日本 OH
7 デ・アルマス・ベリオ アライン・ジュニア   日本 OH 新人
8 柳田将洋   日本 OH 復帰
9 大宅真樹 OYA   日本 S
10 藤中謙也 FUJINAKA   日本 OH
11 秦耕介 HATA   日本 OH
12 塩田達也 SHIOTA   日本 MB
13 ドミトリー・ムセルスキー MUSERSKIY   ロシア OP
14 加藤久典 KATO   日本 MB
15 喜入祥充 KIIRE   日本 L
18 小川猛 OGAWA   日本 OP
19 栗山雅史 KURIYAMA   日本 OH
20 西田寛基 NISHIDA   日本 S 新人
21 佐藤謙次 SATO   日本 MB
22 高橋結人 TAKAHASHI   日本 L 新人
23 柏田樹 KASHIWADA   日本 MB 新人

※No.16はジルソン・ベルナルドの功績により永久欠番

スタッフ編集

2020-21シーズン[13][14][15]

役職 名前 国籍 備考
エグゼクティブディレクター 水谷徹   日本
シニアディレクター 堀江宏明   日本
ゼネラルマネージャー 山本和史   日本
アンバサダー 荻野正二   日本
チームディレクター 栗原圭介   日本
監督 山村宏太   日本
コーチ レオナルド・カルバリョ   ブラジル
コーチ 酒井大祐   日本
コーチ 津曲勝利   日本 JVA派遣
アナリスト 上原伸之介   日本
チームマネージャー 松崎廣光   日本
ストレングス
コンディショニングコーチ
鳥越隼   日本
チームドクター 樋口直彦   日本
メディカルトレーナー 樋口雅一   日本
通訳 リマ・ダニエル   ブラジル
事務局 吉田譲   日本
財務局長 辻野麻衣   日本
事務局 佐別當賢治   日本
事務局 米山達也   日本

在籍していた主な選手編集

ユニフォーム編集

ユニフォームサプライヤー

マスコットキャラクター編集

  • スーパーサンバーズくん

ロゴにも描かれている赤い鳥がモチーフ。元々はサンバーズくんだったが、2012年2月の着ぐるみモデルチェンジに伴い改名した。改名後は機敏な動きを見せるようになっている。

脚注編集

  1. ^ a b チームプロフィール”. サントリーサンバーズ. 2019年11月6日閲覧。
  2. ^ サンバーズ体育館のご案内”. サントリーサンバーズ. 2019年11月6日閲覧。
  3. ^ ジルソン・ベルナルド メンバー”. サントリーサンバーズ. 2013年10月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年10月18日閲覧。
  4. ^ a b c d ヒストリー”. サントリーサンバーズ. 2013年10月18日閲覧。
  5. ^ 日本人選手とのプロ契約制度導入について”. サントリーサンバーズ (2006年7月5日). 2013年10月18日閲覧。
  6. ^ 2010年度 サントリーサンバーズ チームスタッフ陣容”. サントリーサンバーズ (2010年8月12日). 2019年11月6日閲覧。
  7. ^ Ⅴリーグ機構規約第19条違反に関する制裁について”. Vリーグ機構 (2012年4月17日). 2012年4月17日閲覧。
  8. ^ 【お詫びとご報告】2011/12 V・プレミアリーグ守口大会について”. サントリーサンバーズ (2012年4月17日). 2013年10月18日閲覧。
  9. ^ 2012年度 サントリーサンバーズ選手・スタッフ陣容”. サントリーサンバーズ (2012年6月11日). 2019年11月6日閲覧。
  10. ^ パオロ・モンタニャーニ監督 クレイトン・スタンリー選手 退団のご報告”. サントリーサンバーズ (2014年6月3日). 2019年11月6日閲覧。
  11. ^ 2014/15シーズン サントリーサンバーズチーム体制”. サントリーサンバーズ (2014年5月30日). 2019年11月6日閲覧。
  12. ^ 新監督・コーチ就任についてのお知らせ”. サントリーサンバーズ (2017年5月23日). 2019年11月6日閲覧。
  13. ^ a b 2020-21シーズン サンバーズ チーム体制”. サントリーサンバーズ (2020年6月1日). 2020年6月1日閲覧。
  14. ^ a b 選手・スタッフ”. サントリーサンバーズ. 2019年11月16日閲覧。
  15. ^ a b サントリーサンバーズ”. Vリーグ. 2019年11月16日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集