メインメニューを開く

サーターラー包囲戦(サーターラーほういせん、英語:Siege of Satara)は、1699年12月8日から1700年4月21日にかけてインドサーターラーにおいて、ムガル帝国マラーター王国との間に行われた戦い。

サーターラー包囲戦
Siege of Satara
デカン戦争
Aurangzeb au siège de Satara.jpg
サーターラーを攻撃するアウラングゼーブ
1699年12月8日 - 1700年4月21日
場所インドサーターラー
結果 ムガル帝国の勝利
衝突した勢力
Fictional flag of the Mughal Empire.svgムガル帝国 Flag of the Maratha Empire.svg マラーター王国
指揮官
Fictional flag of the Mughal Empire.svg アウラングゼーブ
Fictional flag of the Mughal Empire.svg シカンダル・アーディル・シャー
Flag of the Maratha Empire.svg ラージャーラーム
戦力
不明 不明

戦闘に至る経緯と包囲戦編集

1698年1月ムガル帝国の皇帝アウラングゼーブは8年にわたる戦いの末にマラーター王国シェンジを落とした(シェンジ包囲戦))。だが、難を逃れたマラーター王ラージャーラームサーターラーに逃げ、この地を王都とした。

そのため、アウラングゼーブはサーターラーへ軍勢を進め、1699年12月8日にサーターラーを包囲した[1]。とはいえ、ラージャーラームはシンハガドへ逃げいていた。

1707年3月3日、ラージャーラームがシンハガドで死亡した。後を継いだのは幼少の息子シヴァージー2世であった。

また、同年4月13日にこの包囲戦に参加していた元ビジャープル王国の君主シカンダル・アーディル・シャーが帝国の陣営で死亡している[2]

4月21日、サーターラーはムガル帝国の攻撃の前に陥落した[3]

出典・脚注編集

関連項目編集