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ザ・クロス: The Cross)は、クイーンのドラマー、ロジャー・テイラーによるソロプロジェクト。1987年から1993年の間に活動し、3枚のアルバムを発表した[1]

The Cross
ザ・クロス
The Cross 1990 Neu Isenburg 1.jpg
1990年ドイツのステージにて。左から右へ、クレイトン・モス、ロジャー・テイラー、ピーター・ヌーン
基本情報
出身地 イングランドの旗 イングランド
ジャンル ポップ・ロックダンス・ロック英語版ハードロック
活動期間 1987年 – 1993年、2013年
レーベル ヴァージン・レコードパーロフォンEMIエレクトローラ
共同作業者 クイーン
公式サイト ロジャー・テイラー公式サイト
旧メンバー

概要編集

1986年の「マジック・ツアー英語版」の終了後に活動を休止したクイーンだが[2][3]、直後からテイラーはアルバム制作に向けて作曲・レコーディングに入っていた。同時進行でバンドメンバーを募集しているが、クイーンのツアーにおいてもサポートキーボーディスト/ギタリストを務めたスパイク・エドニー英語版[4]の起用を除き、他のメンバーに関しては公募の形を取った[5]。オリジナルメンバーのギタリストのクレイトン・モス (Clayton Moss) 、ベーシストのピーター・ヌーン (Peter Noone) 、ドラムスジョシュ・マクレー英語版はまだ確定メンバーではなかった[6]。テイラーはドラムスではなくフロントマンとしてリズムギターリード・ヴォーカリスト英語版を務めることになった[7][8]

クイーンではドラムスを担当していたテイラーだが、ザ・クロスではフロントマンとしてリズムギターリード・ヴォーカリスト英語版を務めている[7]。デビューアルバムでは、クラシックロックダンス・ミュージックと融合させ、続く2作でもダンスミュージックを意識した作りを見せた。作品はイギリスで数回チャートインし[9]ドイツでは一定度の成果を挙げた一方で、商業的に成功を収めることはなかったが、クイーンの熱心なファンの間では名が知られる存在であり続けている。

第1アルバム『夢の大陸横断』編集

最初のアルバム『夢の大陸横断英語版』"Shove It" はヴァージン・レコードから1987年に発売されたが、全曲がテイラーの手によるものだった[10][11][12]。うち2曲にはクイーンのメンバーが関与している。まず『ヘヴン・フォー・エヴリワン』ではフレディ・マーキュリーがヴォーカルとして参加している(アルバムのアメリカ版ではバックヴォーカル、ヨーロッパ版ではリードヴォーカル)[13]。この曲はクイーンのアルバム『カインド・オブ・マジック』(1986年)の収録中に書かれたもので、後にマーキュリーがリードヴォーカルを務めたバージョンがアルバム『メイド・イン・ヘヴン』(1995年)に収録されたほか、シングルカットされて各国で大ヒットした[13][14][15]。また "Love Lies Bleeding (She Was A Wicked, Wily Waitress)" にはブライアン・メイがギターで参加した[10]。ヨーロッパ版のCDには、カセット・LPには未収録の追加トラックとして "The 2nd Shelf Mix"("Shove It" のリミックス)が収録されており[10]、アメリカ版には "Feel The Force" が追加トラックとして収められている[12]。大部分はテイラー本人のソロ企画でもあり(テイラーはバンド組織前にも数曲を書いていた)、このアルバムとシングルカットされた3枚はイギリスでチャートインし、いくつか好意的な批評も得た。

バンドは特にドイツで熱心に宣伝活動を行い、1988年のローズ・ドール(モントルー・ゴールデン・ローズ・フェスティバル)に参加するなど、数多くのテレビ出演を重ねた。バンドはアルバムを引っ提げてイギリス・ドイツでツアーを行ったが、テイラーはクイーンのアルバム『ザ・ミラクル』(1989年)制作のため小休止を取り、この期間ツアーは行われなかった[16]

このアルバムからは、『カウボーイズ・アンド・インディアンズ』"Cowboys and Indians"、『ヘヴン・フォー・エヴリワン』、"Shove It"(日本語題『夢の大陸横断』)の3曲がシングルカットされた。1988年には別のシングル "Manipulator" も発売されているが[16]、この曲はどのアルバムにも収録されていない。この曲は、テイラーとエドニー、スティーヴ・ストレンジ (Steve Strange) の共作になっており、発売時点でテイラー以外の人物がクレジットされる唯一の曲でもあった。

第2アルバム『マッド・バッド・ロックンローラー』編集

 
ザ・クロスとして演奏するテイラー(1990年)

クイーンによる1989年のアルバム『ザ・ミラクル』完成後、テイラーはザ・クロスの他メンバーと共にスタジオに戻り、第2アルバム『マッド・バッド・ロックンローラー英語版』"Mad, Bad and Dangerous to Know"[17]の収録に取り掛かった。第1曲目の『トップ・オブ・ザ・ワールド・マ』"Top Of The World Ma" はバンド全員で創り上げられた曲だが、その他はマクレー・ヌーン・モスが共作した『パワー・トゥ・ラヴ』"Power To Love" を除き、メンバーが個々書き上げる方式がとられた。クレイトン・モスは自身が書いた『ベター・シングス』"Better Things" でリードヴォーカルを務め[17]、スパイク・エドニーはテイラーが書いた『ファイナル・デスティネーション』"Final Destination" でマンドリンを演奏した。『ファイナル・デスティネーション』、『ライアー』"Liar"、『パワー・トゥ・ラヴ』"Power To Love" はシングルとしても発売され、中でも『パワー・トゥ・ラヴ』は、バンドがイギリスで出した最後のシングルとなった。『ファイナル・デスティネーション』のB面には、テイラーの曲『マン・オン・ファイア』"Man On Fire" のライヴ演奏が収められ、ヌーンによる『ライアー』には、テイラーと共筆した新曲『イン・チャージ・オブ・マイ・ハート』"In Charge Of My Heart" が収められた。『ライアー』の12インチシングルとCDには、『ライアー』と『イン・チャージ・オブ・マイ・ハート』のエクステンデッド・リミックスも収録された。また『イン・チャージ・オブ・マイ・ハート』冒頭のインストゥルメンタル部分は、ツアーのオープニングにも使われた。エドニーによる『クローサー・トゥ・ユー』"Closer To You" はアメリカでの発売も考えられていたが、その話が再度俎上に上がることはなかった。この頃グループはイギリス市場での展開を諦めた様子で、アルバムを引っ提げたツアーはドイツオーストリアスイスイビサでのみ行われた。このようなツアーにしては珍しく、アルバム収録の全曲がライヴで演奏された。

第3アルバム『ブルー・ロック』編集

テイラーの活動の主軸がクイーンの方へ移ったことで、第3アルバム『ブルー・ロック英語版』(1991年)[18]では、他のメンバーが制作の主導権を握れるようになった。このアルバムでは多くをエドニーが書き、自身のみで3曲、共筆で4曲を完成させた[18]。第1曲目は今回もバンド全員で書き下ろしたもので、この曲『バッド・アティテュード』"Bad Attitude" は、1990年のクリスマスに行われたファンクラブパーティで途中まで書かれたものだった。このアルバムはEMIに発売を拒否され、売り上げがそこそこ堅調だったドイツで、EMIの支局にあたるEMIエレクトローラが発売した(但しプロモ盤はイタリア日本で発売された)。発売日は1991年9月9日であった[19]。テイラーによる『ニュー・ダーク・エイジズ』"New Dark Ages" は、『マン・オン・ファイア』の新しいライヴ演奏版と合わせてドイツで発売されたほか、『ライフ・チェンジズ』"Life Changes" はB面に『ハートランド』"Heartland" を付けて発売された。しかしながら、これは1991年11月のフレディ・マーキュリーの死ですぐ中止された。ツアーはマグナムをサポートに迎えて行われたが、45分という短さで、ごく少数のブートレグが残されているだけである。またツアーは1ヶ月で20公演を行うという忙しいものだった。

1992年12月22日に行われたライヴでは、テイラーがかつて所属していたクイーンの前身バンド・スマイルが再結成した[20][21][22]。メイはスマイルでの2曲に加えて数曲を演奏した[23]

バンド活動の破綻編集

バンドは1993年に最後のショーを行った後解散した。テイラーはクイーンとしての活動を続けつつ、ソロアルバムも出している[24]。ドラマーのマクレーはテイラーのソロ・ツアーに帯同したほか、1992年に行われたフレディ・マーキュリー追悼コンサートではパーカッションを演奏した[25]。テイラーとエドニーはクイーン+ポール・ロジャースのツアーに参加したほか[26][27]、マクレーは舞台裏でサウンド・エンジニアやPro Toolsのエンジニアとして働いた[28]。1990年代後半には、エドニーが「SASバンド」(SAS Band; "Spike's All Stars") と銘打ったバンドを結成している。

2013年のリユニオン・コンサート編集

2013年7月23日、スパイク・エドニーは自身のFacebookページで、ザ・クロスが同年12月7日に一夜限りのリユニオンを果たし、ギルフォードの G Live でコンサートを行うと発表した[29]。ザ・クロスがコンサートを行うのは実に21年ぶりのことであった[30]。この時のセットリストは以下の通りだった[31]

  1. In Charge of My Heart
  2. Top of the World Ma
  3. New Dark Ages
  4. Man On Fire
  5. Ain't Put Nothin Down
  6. Liar
  7. Dirty Mind
  8. Cowboys and Indians
  9. Power To Love
  10. Heaven For Everyone
  11. Sister Blue
  12. Final Destination

また、2014年にはクイーンの公式YouTubeアカウントにて、バンドのプロモーションビデオが公開された[32]

メンバー編集

ツアー編集

1988年:Shove It編集

イングランド
スコットランド
イングランド
ウェールズ
イングランド
ドイツ

1990年:Mad, Bad & Dangerous To Know編集

  • 1990年4月1日:スイスジュネーヴ - フェスティヴァル・フォー・ライフ (Festival For Life)
  • 1990年5月21日:ドイツ、ハノーファー - カピトル (Capitol)
  • 1990年5月22日:ドイツ、ボン - ビスクヴィートハーレン (Biskuithallen)
  • 1990年5月23日:ドイツ、ドルトムント - ブリックプンクトシュトゥーディオス (Blickpunktstudios)
  • 1990年5月24日:ドイツ、ゲッティンゲン - アウトポスト (Outpost)
  • 1990年5月26日:ドイツ、ハンブルク - ドックス英語版
  • 1990年5月27日:ドイツ、キール - マックス・ミュージック・ホール (Max Music Hall)
  • 1990年5月28日:ドイツ、ベルリン - メトロポル (Metropol)
  • 1990年5月29日:オランダアムステルダム - デ・メルクヴェク (De Melkweg)
  • 1990年5月30日:ドイツ、ノイ=イーゼンブルク - フゲノッテンハレ (Hugennottenhalle)
  • 1990年6月1日・2日:スペインイビサ - クー・クラブ (Ku Club)
  • 1990年6月3日:ドイツ、ザンクト・ヴェンデル - ボーゼンバッハシュタディオン (Bosenbachstadion)
  • 1990年6月4日:ドイツ、ニュルンベルク - ゼレナーデホッフ (Serenadenhof)
  • 1990年6月5日:ドイツ、トゥトリンゲン英語版 - アカンツ (Akantz)
  • 1990年6月6日:ドイツ、マンハイム - アルテ・フォイヤーヴァッヒェ (Alte Feuerwache)
  • 1990年6月7日:ドイツ、ビーレフェルト - PC69ドイツ語版
  • 1990年6月8日:ドイツ、シュトゥットガルト - テアーターハウス・ヴァンゲン (Theaterhaus Wangen)
  • 1990年6月15日:オーストリアウィーン - ドーナウインゼル (Donauinsel)

1991年:Blue Rock編集

  • 1991年10月3日:フィンランドヘルシンキ - Tavastia Club
  • 1991年10月5日:スウェーデンHultsfred - Hagadal
  • 1991年10月7日:スウェーデン、ヨーテボリ - Konserthuset
  • 1991年10月9日:ドイツ、ハノーファー - ミュージック・ホール (Music Hall)
  • 1991年10月10日:ドイツ、ヘルフォルト - ロック・ヘヴン (Rock Heaven)
  • 1991年10月11日:ドイツ、ハンブルク - ドックス (Docks)
  • 1991年10月12日:ドイツ、ブレーメン - アストリア (Astoria)
  • 1991年10月13日:ドイツ、ベルリン - テンポドローム (Tempodrom)
  • 1991年10月14日:ドイツ、ホーフ - フライハイツハレ (Freiheitshalle)
  • 1991年10月15日:ドイツ、ミュンヘン - サーカス・クローネ (Circus Krone)
  • 1991年10月16日:ドイツ、メミンゲン - シュタットハレ (Stadthalle)
  • 1991年10月18日:スイス、チューリヒ - フォルクスハウス英語版
  • 1991年10月20日:ドイツ、アッペンヴァイアードイツ語版 - シュヴァルツヴァルトハレ (Schwarzwaldhalle)
  • 1991年10月21日:ドイツ、ヴェルトハイム - マインタウバーハレ (Maintauberhalle)
  • 1991年10月22日:ドイツ、オッフェンバッハ - シュタットハレ (Stadthalle)
  • 1991年10月23日:ドイツ、デュッセルドルフ - フィリップスハレ (Philipshalle)
  • 1991年10月24日:ドイツ、エアランゲン - シュタットハレ (Stadthalle)
  • 1991年10月25日:ドイツ、ディーテンハイムドイツ語版 - フェストハレ (Festhalle)
  • 1991年10月26日:ドイツ、エルンテブリュック - スポートハレ・バーケルバッハ (Sporthalle Birkelbach)
  • 1991年10月27日:ドイツ、ルートヴィヒスブルク - フォールム (Forum)

ディスコグラフィ編集

スタジオ・アルバム編集

タイトル イギリス[33] ドイツ[34]
1988年 夢の大陸横断英語版
Shove It
58 -
1990年 マッド・バッド・ロックンローラー英語版
Mad, Bad and Dangerous to Know
- 48
1991年 ブルー・ロック英語版
Blue Rock
- -

シングル編集

タイトル イギリス[33] ドイツ[34] 収録アルバム
1987年 カウボーイズ・アンド・インディアンズ
"Cowboys and Indians"
74 - 夢の大陸横断
Shove It
1988年 夢の大陸横断
"Shove It"
83 -
ヘヴン・フォー・エヴリワン
"Heaven for Everyone"
84 68
マニピュレーター
"Manipulator"
- - アルバム未収録
1990年 パワー・トゥ・ラヴ
"Power to Love"
83 - マッド・バッド・ロックンローラー
Mad, Bad and Dangerous to Know
ライアー
"Liar"
- -
ファイナル・デスティネーション
"Final Destination"
- -
1991年 ニュー・ダーク・エイジズ
"New Dark Ages"
- - ブルー・ロック
Blue Rock
ライフ・チェンジズ
"Life Changes"

関連項目編集

脚注編集

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注釈編集

出典編集

  1. ^ Roger Taylor: Rock and Roll Funster (Interview)”. Rock Cellar Magazine. Rock Cellar Magazine. 2018年12月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年3月18日閲覧。
  2. ^ The Cross - Biography - オールミュージック. 2018年12月15日閲覧。
  3. ^ 『THE MIRACLE / ザ・ミラクル』”. uDiscoverMusic. 2018年12月15日閲覧。
  4. ^ Queen's Spike Edney - Behind the scenes with the Korg Kronos”. コルグ (2014年12月9日). 2018年12月15日閲覧。
  5. ^ Lemieux & Unger 2018, p. 89- Googleブックス2018年12月15日閲覧。)
  6. ^ LG (2010年7月20日). “Queen - Royal Legend”. Queen.musichall.cz. 2011年12月7日閲覧。
  7. ^ a b Blake 2011 - Googleブックス
  8. ^ WE WILL ROCK YOU - ロジャー・テイラー”. アミューズ. 2018年12月15日閲覧。
  9. ^ The Cross”. オフィシャル・チャーツ・カンパニー英語版. 2018年12月15日閲覧。
  10. ^ a b c The Cross = ザ・クロス ‎– Shove It = 夢の大陸横断 - Discogs - 2018年12月15日閲覧。
  11. ^ Shove It - Cross | Songs, Reviews, Credits | AllMusic”. AllMusic. 2018年3月1日閲覧。
  12. ^ a b Blake 2011 - Googleブックス
  13. ^ a b Eric Jean Jean (2017年12月15日). “"Heaven For Everyone", la déclaration d'amour de Queen à Freddie Mercury”. RTL2. 2018年12月15日閲覧。
  14. ^ クイーン『Made In Heaven / メイド・イン・へヴン』制作秘話”. uDiscoverMusic. 2018年12月15日閲覧。
  15. ^ Queen's 50 UK singles – ranked!”. ガーディアン (2018年10月26日). 2018年12月15日閲覧。
  16. ^ a b Lemieux & Unger 2018, p. 96- Googleブックス2018年12月15日閲覧。)
  17. ^ a b The Cross = ザ・クロス* ‎– MAD : BAD : And Dangerous To Know = マッド・バッド・ロックン・ローラー - Discogs - 2018年12月15日閲覧。
  18. ^ a b The Cross = ザ・クロス ‎– Blue Rock = ブルー・ロック - Discogs - 2018年12月15日閲覧。
  19. ^ Lemieux & Unger 2018, p. 122- Googleブックス2018年12月15日閲覧。)
  20. ^ パトリック・ルミュー(Patrick Lemieux) (2018年11月27日). “クイーンの前身バンド「スマイル」の中心メンバー、ティム・スタッフェルのインタビューを掲載”. ユニバーサル・ミュージック・ジャパン. 2018年12月11日閲覧。
  21. ^ Chiu, David (2018年11月5日). “The History of Smile: The Band That Set the Stage for Queen”. Ultimate Classic Rock. 2018年12月12日閲覧。
  22. ^ QUEEN BEFORE QUEEN THE 1960s RECORDINGS - PART 3: SMILE”. Record Collector Jan 96. www.brianmay.com. 2018年12月14日閲覧。
  23. ^ 22.12.1992 - Guest appearance: The Cross + Brian May live at the The Marquee Club, London, UK (Xmas party with special guests)”. QUEEN CONCERTS. 2018年12月14日閲覧。
  24. ^ Purvis, George (2018-10-30). Queen: Complete Works: (revised and updated). Titan Books. ISBN 9781789090499. https://books.google.co.jp/books?id=q6FuDwAAQBAJ&pg=PT216&lpg=PT216 2018年12月15日閲覧。. 
  25. ^ The Freddie Mercury Tribute Concert: 25 Years On by Jim Jenkins”. QueenOnline.com (2017年4月20日). 2018年12月15日閲覧。
  26. ^ QUEEN + PAUL RODGERS TOUR SPRING 2005 - Spike Edney”. brianmay.com. 2018年12月15日閲覧。
  27. ^ Barton, Geoff (2005年4月6日). “Queen + Paul Rodgers: "Freddie Would Love It..."”. Louder. LouderSound.com. 2018年12月15日閲覧。
  28. ^ Josh Macrae - オールミュージック. 2018年12月15日閲覧。
  29. ^ Spike Edney - SAS Band Official (2013年7月23日). “**** WORLD EXCLUSIVE ****”. Facebook. 2018年12月15日閲覧。
  30. ^ クイーン ロジャー・テイラーのバンド、ザ・クロスが復活、一夜限りの再結成ライヴを12月に開催”. amass.jp (2013年7月27日). 2018年12月15日閲覧。
  31. ^ クイーンのロジャー・テイラー率いるザ・クロスが20年ぶりに復活、再結成ライヴを開催”. amass.jp (2013年12月8日). 2018年12月15日閲覧。
  32. ^ ロジャー・テイラー率いるザ・クロス 「Cowboys And Indians」の未発表PV等を公開”. amass.jp (2014年3月18日). 2018年12月15日閲覧。
  33. ^ a b QueenOnline Message Board :: View topic - Queen / Solos UK & US (Y MORE) Chart History”. 2008年9月29日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。
  34. ^ a b Charts-Surfer”. 2008年12月16日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。

参考文献編集

外部リンク編集