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シティ・ポップ (City pop) は、日本ポピュラー音楽ジャンルのひとつとされていたが、2015年~2020年前後のシティ・ポップブーム再来辺りから、海外ポピュラー音楽にまで概念の幅が広がった

シティ・ポップ
City pop
様式的起源 ニューミュージックAORアシッドジャズフューチャー・ファンクR&Bソウルジャズフュージョンディスコファンクウォール・オブ・サウンド歌謡曲
文化的起源 1970年代後期
日本の旗 日本
使用楽器 ボーカルギターベースドラムシンセサイザー金管楽器など
関連項目
J-POP渋谷系
ヴェイパーウェイヴ
フューチャー・ファンク
ポスト・ディスコ

以前の古い概念では、1970年代後期から1980年代に流行していた都会的なイメージを前面に出したポップスを指していた。当時はシティ・ポップスと呼ばれていたが、同時期にシティ・ポップも使われているため、シティ・ポップ=シティ・ポップスである。60年代、70年代を通過したアダルト層へのアピールを意識したイージー・リスニング的、ミドル・オブ・ザ・ロード的(中道的)でソフトなロック、ポップスなどの総称である。元々日本国内でのみ通用するジャンルだったが、後にヴェイパーウェイヴ勃興の中でサンプリング元として取り上げられ始め、動画サイトで元ネタの音源の発掘が進むと共に、世界の一部でも注目されるジャンルになった。2020年前後のシティ・ポップの解釈では、90年代のアシッド・ジャズが加えられジャミロクワイインコグニートなども加えられるようになる。

概要編集

シティ・ポップは、アダルト・コンテンポラリーの日本版[1]とも解釈することも可能である。1970年代に日本で定着したシンガーソングライターやバンドのミュージシャンのうち、フォーク寄りではなくポップ寄りのミュージシャンがこれにあたる。「長門芳郎が好むはっぴいえんど大滝詠一ナイアガラ・レーベルティン・パン・アレー系などが典型であり、彼らは1970年代末から1980年代初頭にかけてアルバムを発売した。」とする解釈もあるが、これは後年に後付されたものであり、1980年代では一派に過ぎない。洋楽ではオハイオ・ノックス、ザ・フィフス・アベニュー・バンド[2]、フル・ムーン[3]、ラーセン=フェイトン・バンドなどが、これにあたる。またプロデューサーではデヴィッド・フォスター[4]らがいた。日本のシティ・ポップのミュージシャンの場合、ボズ・スキャッグスやスティーリー・ダンのような、多様性や音楽的幅の広さが不足しているのが、難点でもある。

既存の「歌謡曲」「フォーク」が強く持っていた「歌」ではなく、「ニューミュージック」寄りのサウンド(ポップ・ロック、やジャズクロスオーバーフュージョン)を前面に打ち出した音楽スタイルは、聴衆から洗練された都会的なものであると受け取られ、レコード会社もこれを既存の音楽とは違うものとして「都会のポップス=シティ・ポップス」という呼称でアピールを行うようになった。

そして、1981年にこのジャンルの寺尾聰のシングル「ルビーの指環」が大ヒットを飛ばしたことにより、こうした音楽スタイルは一般にも認知され、急速に浸透した。また、1982年には当時東芝EMIに所属していた稲垣潤一安部恭弘らがいた。東芝EMIには他にも、山本達彦などのシティ・ポップ系のアーティストが多数在籍していた。

また、これらのアーティストの一部は作曲家として活動し、シティ・ポップ系統の楽曲はアイドルや俳優の歌謡曲にも広まった。

今日の音楽ジャーナリストは、日本のポップミュージックの歴史をやたらはっぴいえんどに結びつける者が多いが[5][6]、このシティ・ポップも1980年代の芸能ジャーナリズムは、そこには結びつけていない。またシティポップを「都会的で洗練された楽曲」などと説明するケースが多いが、これも好イメージでは捉えてはいない。月刊明星1984年2月号に1983年のフォークとロックを総括した記事があり、シティ・ポップスについて以下のような言及がある。「83年は、かなりフォーク&ロック系のアーチストの活躍が目立ったような気がする。ヒット・チャートの上位にズラリなんて数年前みたいな状況もちょっと見られた。だけど言ってみれば、軟弱ポップスの全盛ってことだろう。音楽に対する好みが、すごく多様化してきた。硬派から軟派まで入り乱れてるのが83年のフォーク&ロック界だったと思う。軽いシティ・ポップス風、言ってみればBGMによさそうなのがうけた。山本達彦なんてのがその筆頭だろう。それに稲垣潤一。彼のLP『J.I.』なんか、すごく売れた。女子大生人気が圧倒的みたいだ、山本と稲垣は。新人群もそのセンを狙ってどんどん出てくる気配だ。鈴木雄大岩崎雄一宇佐元恭一、安部恭弘とめじろ押しだ。シティ・ポップス全盛はレコード会社の営業政策。そのおかげでフォーク&ロック界が数年ぶりに活況を呈したわけだ。そんな音楽的状況の根っこはやはりオフコースが作ったんじゃないか」と書いている[7]。月刊明星はそれから一年後の1985年2月号で、1984年のフォークとロックを総括した記事を載せ、今度はシティミュージックという表現も用い、ここでの言及は「84年のもう一つの特徴に、シティ・ミュージックの下火という現象がある。リアリティーがまるでない。このテの歌には、なんか、やたら甘ったるい愛だ恋だばっかり。日本全国シティ化しちゃったか、もうカフェバーでの恋は夢じゃなくなったってこともあるよ。ソート―な田舎にだって、今や六本木風のカフェバーがある時代だもの。もうみんな誤魔化されなくなったんだよ。そんな中では山本達彦とか角松敏生なんかがソコソコ頑張ったんじゃかな。それにちょっとニュアンスが違うけど、杉山清貴&オメガトライブね。彼らもコンスタントに売れるグループになった。でもオフコースなんかシティ・ミュージックの元祖みたいにいわれるけど、彼らの歌の良さって詩がすごく重要な部分を占めているよ。よく読んでみると、かなりきわどいことを歌にしてる感じだ。同じことはシティ・ポップスのクイーン・ユーミンにも言えるね。彼女の今度のアルバム『NO SIDE』なんかも、はっきりした方向性を示しているから。本当に詩もいいね。やっぱり詩がダメな曲はダメってことだ。今のシティ・ミュージックはカフェバーで女の子を口説いているみたいな詩ばっかりだ。そんな感覚で歌を作っちゃいけない。ユーミンはシティ・ミュージックなんて枠からとうに抜け出してる感じがする」と書いている[8]1987年松任谷由実は、当時の音楽状況について「男性のミュージシャンにとって今はつらい時期でしょうね。男が出てってメッセージしなきゃいけないような立場にないもの。女だったらメッセージ色が濃くなくてもロックをやるだけでメッセージのように見える。男はロックの次に、だから何だと要求される。HOUND DOG浜田省吾さんのように、肉体派というか、もくもくとステージをこなすことが今は正解のような気がしますね」と述べ[9]週刊明星は「いつのまにかミュージックシーンも女性上位になったのか、それともユーミンが強いのか、"男ユーミン"と呼ばれるような"シティー派"が女性ファンの人気を集めるようになった」と解説している[9]

「歌謡曲」の職業作家もこのジャンルに乗り出すようになり、都会的で洗練された音楽性に合わせて、歌詞世界も、それまでの「反戦平和」「政治権力批判」などを歌う傾向にあったフォークとは一線を画した。都市生活者の快適な生活や、生活感の薄い無機的な描写、ローカル、田舎の生活感の切り捨て、豊かさを背景にした享楽的傾向、しらけ世代を象徴する無気力、などが強く表れる歌詞の楽曲が増えていった。

広告会社、テレビ局、レコード会社の営業マンが好むような、「企業のCMのタイアップソング」という現象が増えたのも、この時期である。バブル景気への移行過程で商業主的、都会的なものが日本中にあふれ、「都会的なこと」自体がセールスポイントになった。フォークのたま、ロックのレベッカTHE BLUE HEARTSなどが中心となった第二次バンドブームは、シティ・ポップとは異なったブームだったが、すぐにピチカート・ファイヴなどの渋谷系が台頭し、シティ・ポップ、AOR的な音楽は残っていった。

1990年代以降はシティ・ポップという呼称は、あまり使用されなくなっていた。この頃、イギリスでは、アシッド・ジャズ界からジャミロクワイデビューする。しかし、ジャミロクワイ楽曲が、日本シティ・ポップ認定され、ボーカルジェイ・ケイシティ・ポップアイコンの一人となるのは、1993年デビューから、25年の歳月がかかる。

2000年代後半に入ると、1980年代に青年期を過ごした聴衆が音楽業界や社会の中枢を占めるようになり、シティ・ポップというジャンルの再評価・再発見が無秩序に行われている。また、現在ではYouTubeなど動画共有サービスでシティ・ポップの曲が多数アップロードされているため容易にシティ・ポップに触れることができるようになったことで、新たにシティ・ポップのファンとなった人も多い。ヴェイパーウェイヴから派生したフューチャーファンクで頻繁にサンプリングされた事で、元ネタであるシティ・ポップの人気が海外でも高まっており、海外からの来日客の中には、シティ・ポップのアナログレコードを求めて日本の中古レコード・CD店巡りをする人も見られている[10]

2000年以降ではキンモクセイがシティ・ポップ・グループを自称し、キリンジなども「自分たちの音楽はシティ・ポップだ」という趣旨の発言をしている。他にも土岐麻子Suchmosなどが、こうした路線に追随する作品を発表している。また、山口美央子は1980年代前半にシングル・アルバムを数枚発売したあとは職業作曲家に専念していたが、平成末期に再評価されたことで2018年に35年ぶりに歌手活動を再開した。

2010年代後半、シティ・ポップブーム再来するが、一般レベルまでシティ・ポップブーム再来を伝え、浸透させたのは、2017年~2018年ジャミロクワイSuchmosなどの楽曲が「都会」×「」 × 「」をテーマにしたCMタイアップされたことが社会現象としては大きい。

以降「都会」× 「」 × 「」をテーマにしたCMタイアップされることが、アシッド・ジャズ感が強く出たシティ・ポップ系アーティスト達の登竜門となるまで、社会現象が起きている。

これに「未来」と「過去」へのトリップを含めるフューチャー感を出す「松任谷由実」や「ジャミロクワイ」のようなアーティストもいる。

2019年、槇原敬之宇多田ヒカルの「traveling」(2001年)をシティ・ポップ風にカバー。アシッド・ジャズ感を効かせたアレンジになっている。この曲も2015年2020年前後のシティ・ポップアイデンティティと化してる「都会」「」「」がテーマになっている。この曲もジャミロクワイTravelling Without Moving ~ジャミロクワイと旅に出よう~同様、時間空間を行き来するトリップ感を表現している。

2020年前後になるとメルセデス・ベンツCMまでアシッド・ジャズ感が強いシティ・ポップの楽曲が採用されるようになる。

2017年~2019年、竹内まりやの「プラスチック・ラブ」(1984) が、欧米欧州を中心にYoutubeで、2400万回以上再生され、コメント欄が英語で何千と埋め尽くされる。 発売当時のレコードの売上は1万枚以下であったが、35年近い年月を経て、ジャパニーズ・シティ・ポップとして、世界的な評価を受けることになる。 現在 (2020年前後) のシティポップブーム再来に合わせたプロモーションビデオまで、新たな解釈(「都会」×「」 ×「」をテーマとした近年のシティ・ポップに見るアイデンティティ)を加え、作成される。

2020年前後のシティ・ポップの解釈では、90年代のアシッド・ジャズで有名なジャミロクワイインコグニートなども取り上げられるようになる。

世界が国籍国境にこだわらない「多様性社会」に突入したことや、竹内まりやの「プラスチック・ラブ」(1984)が欧米欧州諸国で35年近くの歳月を得て、Youtubeで多大なる世界的評価をされたことがあったり、シティ・ポップという概念も日本だけに収まるものではなくなったから。

それ以上にジャミロクワイの持つ抜群の音楽センスが日本のシティ・ポップ系アーティストに多大なる影響を与えた功績が大きい。

2015年以降に起こった概要闘争に対して、松任谷由実竹内まりやが示した、新たな方向性編集

なお、1980年代当時のシティ・ポップを知る一般の音楽リスナーからは、「1980年代と2000年代以降で似て非なるもの」「既存のものを再編する必要があったのか」「解釈が違うのであれば新しいジャンル名を作るべき」「東芝EMIが主に使っていた」「年代が遡るものは偽史」「後付ミュージシャンが代表と捏造されたら、当時の該当ミュージシャンの立場がない」「1970年代後期~1980年代に実際に呼ばれていたミュージシャンを区別すべき」などの意見が挙がっており、既存と異なる解釈や異なる起点によって再編されたものについては、詳細な説明が求められる。

なお、このことはユーミンこと松任谷由実竹内まりや2020年前後、見事に回答している。ユーミンこと松任谷由実WBSのテーマソングとして描き、新旧を見事に繋げたインタビュー回答を若者にする。ユーミンいわく近年のシティ・ポップで名前の挙がるサカナクションSuchmosからも影響を受けている。その上で「自分にしか表現できない大人のシティ・ポップ」を仕上げたとのこと。その曲は80年代前半AOR]的なものになっている。

竹内まりやに関しては以下を参照に。

2010年代後半、シティ・ポップブーム再来するが、一般レベルまでシティ・ポップブーム再来を伝え、浸透させたのは、2017年~2018年ジャミロクワイSuchmosなどの楽曲が「都会」×「」×「」をテーマにしたCMタイアップされたことが社会現象としては大きい。

以降「都会」×「」×「」をテーマにしたCMタイアップされることが、アシッド・ジャズ感が強く出たシティ・ポップ系アーティスト達の登竜門となるまで、社会現象が起きている。

これに「未来」と「過去」へのトリップを含めるフューチャー感を出す「松任谷由実」や「ジャミロクワイ」のようなアーティストもいる。

2019年槇原敬之宇多田ヒカルの「traveling」(2001)をシティ・ポップ風にカバー。アシッド・ジャズ感を効かせたアレンジになっている。この曲も2015~2020年前後のシティ・ポップアイデンティティと化してる「都会」「」「」がテーマになっている。この曲もジャミロクワイTravelling Without Moving ~ジャミロクワイと旅に出よう~同様、時間空間を行き来するトリップ感を表現している。

2020年前後になるとメルセデス・ベンツCMまでアシッド・ジャズ感が強いシティ・ポップの楽曲が採用されるようになる。

2017年~2019年、竹内まりやの「プラスチック・ラブ」(1984) が、欧米欧州を中心にYoutubeで、2400万回以上再生され、コメント欄が英語で何千と埋め尽くされる。 35年近い年月を経て、ジャパニーズ・シティ・ポップとして、世界的な評価を受けることになる。 現在 (2020年前後) のシティポップブーム再来に合わせたプロモーションビデオまで、新たな解釈(「都会」×「」 ×「」をテーマとした近年シティ・ポップに見るアイデンティティ)を加え、作成される。

2020年前後のシティ・ポップの解釈では、90年代のアシッド・ジャズが加わりジャミロクワイインコグニートなども取り上げられるようになる。

世界が国籍国境にこだわらない「多様性社会」に突入したことや、竹内まりやの「プラスチック・ラブ」(1984)が欧米欧州諸国で35年近くの歳月を得て、Youtubeで多大なる世界的評価をされたことがあったり、シティ・ポップという概念日本だけに収まるものではなくなったから。

それ以上にジャミロクワイの持つ抜群音楽センス日本シティ・ポップ系アーティストに多大なる影響を与えた功績が大きい。

2015年以降、シティ・ポップブーム再来と新たな解釈(2015~2020年前後のシティ・ポップアイデンティティに「都会」「」「」が欠かせない要素一つとなり社会現象となっていった理由編集

シティ・ポップ全盛期である80年代前半は、プロモーションビデオが普及しきってなかったため、80年代にはイメージできなかった「都会」「」「」「大人」のイメージが「[新たな解釈]]」として広まった

2010年代後半、シティ・ポップブーム再来するが、一般レベルまでシティ・ポップブーム再来を伝え、浸透させたのは、2017年~2018年ジャミロクワイSuchmosなどの楽曲が「都会」×「夜」×「」をテーマにしたCMタイアップされたことが社会現象としては大きい。

以降「都会」×「」×「」をテーマにしたCMタイアップされることが、アシッド・ジャズ感が強く出たシティ・ポップ系アーティスト達の登竜門となるまで、社会現象が起きている。

これに「未来」と「過去」へのトリップを含めるフューチャー感を出す「松任谷由実」や「ジャミロクワイ」のようなアーティストもいる

2019年、槇原敬之宇多田ヒカルの「traveling」(2001)をシティ・ポップ風にカバー。アシッド・ジャズ感を効かせたアレンジになっている。この曲も2015~2020年前後のシティ・ポップアイデンティティと化してる「都会」「」「」がテーマになっている。この曲もジャミロクワイTravelling Without Moving ~ジャミロクワイと旅に出よう~同様、時間空間を行き来するトリップ感を表現している。

2020年前後になるとメルセデス・ベンツCMまでアシッド・ジャズ感が強いシティ・ポップの楽曲が採用されるようになる。

2017年~2019年、竹内まりやの「プラスチック・ラブ」(1984) が、欧米欧州を中心にYoutubeで、2400万回以上再生され、コメント欄が英語で何千と埋め尽くされる。 発売当時レコード売上1万枚以下であったが、35年近い年月を経て、ジャパニーズ・シティ・ポップとして、世界的な評価を受けることになる。 現在 (2020年前後)のシティポップブーム再来に合わせたプロモーションビデオまで、新たな解釈(近年シティ・ポップアイデンティティと化してる「都会」」「」「」)を加え、作成される。

2017年、本楽曲は世界中で巻き起こった80年代の日本のシティ・ポップファンク再評価の波に乗り、海外を中心にその評価を高めた[11][12]。 きっかけは2017年7月にYoutubeに非公式にアップロードされた同曲の動画が、SNS上で多くのミームを生みながら2400万回以上(当時)という異常な再生回数を記録したことだった[13][14]フューチャー・ファンクのシーンでは定番中の定番となり、無数のリミックスやリエディットがネットUPされたほか、Viceの音楽メディアNoisyなど海外メディアでも取り上げられ、1980年代の日本のシティ・ポップ再評価のポップアイコンとして世界中のDJの間でブームとなった[15][14][12][16]

竹内まりやが「プラスチック・ラブ」のプロモーションビデオを2019年に作成。 そこでも近年の車のCMに見る「」「都会」「」「大人」の四つが描かれている。

2019年の令和元年前後、ユーミンこと松任谷由実が、WBSの為に、「大人のシティ・ポップ」として2019年版の“ネオ・シティ・ポップ”新曲「深海の海」を提供する。

ユーミンこと松任谷由実が、「サカナクション」、「Suchmos」のことにもインタビューで熱く触れ、現在と過去のシティポップを繋いでいく貴重なインタビューもある。

DA PUMPU.S.A.山下達郎風にカバーしたことで有名なポセイドン石川B'zラブ・ファントムシティ・ポップ風にカバープロモーションビデオも「都会」「」「」がしっかり描かれている。

サカナクションの「忘れられないの」が大ヒット & 80年代風プロモーションビデオが話題に。

2020年前後のシティ・ポップ解釈では、90年代のアシッド・ジャズで有名なジャミロクワイインコグニートなども取り上げられるようになる。

世界が国籍国境にこだわらない「多様性社会」に突入したことや、竹内まりやの「プラスチック・ラブ」(1984)が欧米欧州諸国で35年近くの歳月を得て、Youtubeで多大なる世界的評価をされたことがあったり、シティ・ポップという概念日本だけに収まるものではなくなったから。

それ以上にジャミロクワイの持つ抜群音楽センス日本シティ・ポップ系アーティストに多大なる影響を与えた功績が大きい。

2020年前後シティ・ポップ風にアレンジされたカバー編集

2019年槇原敬之宇多田ヒカルの「traveling」(2001)をシティ・ポップ風にカバー。アシッド・ジャズ感を効かせたアレンジになっている。この曲も2015~2020年前後のシティ・ポップアイデンティティと化してる「都会」「」「」がテーマになっている。この曲もジャミロクワイTravelling Without Moving ~ジャミロクワイと旅に出よう~同様、時間空間を行き来するトリップ感を表現している。

DA PUMPU.S.A.山下達郎風にカバーしたことで有名なポセイドン石川B'zラブ・ファントムシティ・ポップ風にカバープロモーションビデオもまた、「都会」「」「」が描かれている。

2015年以降、竹内まりやが、欧米欧州に起こしたジャパニーズ・シティ・ポップブーム編集

2017年~2019年、竹内まりやの「プラスチック・ラブ」(1984) が、欧米欧州を中心にYoutubeで、2400万回以上再生され、コメント欄が英語で何千と埋め尽くされる。 発売当時レコード売上1万枚以下であったが、35年近い年月を経て、ジャパニーズ・シティ・ポップとして、世界的な評価を受けることになる。 現在 (2020年前後)のシティポップブームに合わせたプロモーションビデオまで、新たな解釈を加え、作成される。

竹内まりや萌えキャラ化したアニメ映像も、Youtubeにあげられた。

クラッシャー・ジョウリン・ミンメイなど、80年代のアニメキャラを背景に、80年代のDISCO風Youtube動画と共に広まる。

2017年、本楽曲は世界中で巻き起こった80年代の日本のシティ・ポップファンク再評価の波に乗り、海外を中心にその評価を高めた[11][12]。きっかけは2017年7月にYoutubeに非公式にアップロードされた同曲の動画が、SNS上で多くのミームを生みながら2400万回以上(当時)という異常な再生回数を記録したことだった[13][14]

フューチャー・ファンクのシーンでは定番中の定番となり、無数のリミックスやリエディットがネットUPされたほか、Viceの音楽メディアNoisyなど海外メディアでも取り上げられ、1980年代の日本のシティ・ポップ再評価のポップアイコンとして世界中のDJの間でブームとなった[15][14][12][16]

竹内まりやが「プラスチック・ラブ」のプロモーションビデオを2019年に作成。 新たな解釈(「都会」×「」 ×「」をテーマとした近年のシティ・ポップに見るアイデンティティ)を加え、作成される。

2015年以降「ジャミロクワイ」など海外アーティストシティ・ポップに加えられていった理由(「Suchmos」など影響を与えたアーティスト & 「松任谷由実」との共通点)編集

世界が国籍国境にこだわらない「多様性社会」に突入したことや、竹内まりやの「プラスチック・ラブ」(1984)が欧米欧州諸国で35年近くの歳月を得て、Youtubeで多大なる世界的評価をされたことがあったり、シティ・ポップという概念日本だけに収まるものではなくなったから。

それ以上にジャミロクワイの持つ抜群音楽センス日本シティ・ポップ系アーティストに多大なる影響を与えた功績が大きい。

スペースカウボーイ」(1994)「バーチャル・インサニティ」(1996)「コズミック・ガール」(1996)等、「宇宙」などの「スペース感」があったり、「過去未来」と「場所」を行き来する「トリップ感」「未来感」「時間・空間」を自在に行き来する感があったりが、ユーミンこと松任谷由実共通する部分である。近年シティ・ポップに欠かせない「近未来」感を出す「」をPVに登場させたり、「見せるシティ・ポップ」の「先駆者」でもあるからだ。ジェイ・ケイは「フューチャーインディアン」に扮し、「自然環境」の偉大さを「訴え」たり、「都会」と「大自然」を行き来するトリップ感も壮大で、25年以上経った今でも斬新さがあり、高く評価され続ける。ジェイ・ケイはデビュー時から「インディアン」のファッションをするなど「ファッションアイコン」でもある。

音楽の特徴としては、アシッド・ジャズだが、AORという言葉さえ死語に近くなってた90年代に、70年代ファンクを強烈に鳴らしながらも、「どの時代で聴いても全く古く感じさせないアレンジ」をやっていたり、「誰にも真似ができない唯一無二の斬新才能」がジャミロクワイにはある。そこがシティ・ポップ系のアーティスト達に影響を与えるどころか、あらゆるジャンルアプローチができる要因になっている。ジェイ・ケイ本人は「フェラーリー」を所有したり、それをPVに登場させたりしてる。「コズミック・ガール」のPVではジェイ・ケイ本人がフェラーリー運転している。

著名なミュ-ジシャン編集

  • 参考文献
  • 『昭和40年男 2014年 02月号』(クレタパブリッシング)
  • 『ジャパニーズ・シティ・ポップ』(木村ユタカ監修・シンコーミュージック・2006年)
    • 参考文献と文献以外の中から、特に著名な音楽家を掲載する。

海外ミュージシャン編集

日本国内ミュージシャン編集

スタジオ・ミュージシャン編集

作曲家、編曲家、プロデューサー編集

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ http://rateyourmusic.com/genre/City+Pop/
  2. ^ 山下達郎や長門芳郎らが詳しいシティ・ポップ・バンド  http://www.discogs.com/Fifth-Avenue-Band
  3. ^ http://www.allmusic.com/album/full-moon-mw0000454427
  4. ^ http://davidfoster.com/
  5. ^ はっぴいえんど、ユーミン、サザン……萩原健太に訊く、70年代に“偉大な才能”が多数登場した背景シティーポップ勢のベスト盤!|HMV&BOOKS onlineニュース2018年は日本の音楽が世界を席巻! 再評価高まる“80年代シティポップ”とはシティ・ポップス NOW & THENディスク・コレクションジャパニーズ・シティ・ポップサザンを正しく語りたい/スージー鈴木『サザンオールスターズ 1978-1985』
  6. ^ 「ニューロック基礎講座 証言#2 つのだ☆ひろ」『ROCKS OFF Vol.04』2008年3月16日発行、シンコーミュージック・エンタテイメント、 21頁、 ISBN 9784401631827野地秩嘉『芸能ビジネスを創った男-渡辺プロとその時代』新潮社、2006年、96 - 99頁。ISBN 9784104141029
  7. ^ 「SPACE/OF FOLK/&ROCK 恒例、'83年フォーク&ロック界大総括『本気の歌はどこへ行ったか!?』」『月刊明星』1984年2月号、集英社、 156–157頁。
  8. ^ 「SPACE/OF FOLK/&ROCK 恒例、1984年フォーク&ロック大総括 第一線記者座談会 『ビジュアル派が制したF&R戦国時代』」『月刊明星』1985年2月号、集英社、 144–145頁。
  9. ^ a b 「HUMAN THEATER 人間劇場 第132回 松任谷由実 『美人を作る白魔術教えます!』」『週刊明星』1987年12月10日号、集英社、 60頁。
  10. ^ YOUは何しに日本へ? YOUに大切な物をあげる…ひと夏の経験SP(2017年8月7日放送分) - goo tv(関東版)
  11. ^ a b 引用エラー: 無効な <ref> タグです。 「tower190517」という名前の引用句に対するテキストが指定されていません
  12. ^ a b c d Friday Night Plansが竹内まりや「Plastic Love」をカバー 本日配信リリース”. Spincoaster (スピンコースター) (2018年12月5日). 2019年5月22日閲覧。
  13. ^ a b 引用エラー: 無効な <ref> タグです。 「mikiki190124」という名前の引用句に対するテキストが指定されていません
  14. ^ a b c d 引用エラー: 無効な <ref> タグです。 「kaiyou190517」という名前の引用句に対するテキストが指定されていません
  15. ^ a b 引用エラー: 無効な <ref> タグです。 「billboard190116」という名前の引用句に対するテキストが指定されていません
  16. ^ a b 引用エラー: 無効な <ref> タグです。 「natalie190517」という名前の引用句に対するテキストが指定されていません