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USシネマ英称US CINEMAS)は、老舗映画興行会社千葉興行株式会社(ちばこうぎょう)が千葉県と茨城県で運営するシネマコンプレックスチェーンである。旧名称は「シネマックス」(英称:CINEMAX)で、2016年現在もWebサイトのドメイン名で使用されている。

目次

略歴編集

シネマックス開始以降の略歴である。

劇場編集

  • USシネマパルナ稲敷茨城県稲敷市、ショッピングセンターパルナ隣接)<7スクリーン、1,153席、2005年12月10日開館、4DX導入>
上映作品数は通常10〜15作品程度だが、東宝洋画系(主にTOHOシネマズ日劇スクリーン3)の作品は上映されないこともある(例:『スターダスト』、『グッド・シェパード』、『シルク』、『セックス・アンド・ザ・シティ』など)。シアター7はUSシネマ最大の413席、シアター5はUSシネマ最小の76席。また、唯一『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』が上映されない。
日活経営、東京テアトル運営であったが、東日本大震災の被害により復旧のコストが多大になるため運営再開が断念された。2011年7月9日より千葉興行が運営を引き継ぎ、一部劇場が再開。同年11月26日より全スクリーンでの運営が再開された。詳細はこちらを参照。
  • USシネマちはら台千葉県市原市、ユニモちはら台内)<10スクリーン、2,099席、2007年9月8日開館、4DX導入>[2]
市原市内初のシネマコンプレックス。赤い内装で統一されている。上映作品数は通常15作品程度。シアター3はUSシネマ最大の413席。オンラインチケット販売システム「WEX」を採用。2015年11月28日の館名変更と同時に4DXを導入。
千葉興行運営の映画館としては初となる体感型上映システム「4DX」を導入。
  • 千葉劇場(千葉県千葉市中央区)<1スクリーン、110席、1994年改装>
上映作品数は通常2作品程度。かつては松竹東急系作品を中心に上映していたが、現在は単館系を上映している。

かつて存在した劇場編集

市が誘致を行い三洋電機工場跡地のショッピングセンターに開館した。上映作品数は通常15作品程度。最大シアターでも400席以下であり比較的小規模であった。オンラインチケット販売システム「WEX」を採用していた。市内の活性化の原動力となることが期待されたが、集客が想定の半分程度であり、業績不振のためわずか1年3ヶ月で閉館に追い込まれた。跡地は「アシコタウンあしかが」にリニューアルした直後の2016年3月1日に『ユナイテッド・シネマ アシコタウンあしかが』として再開業した[4]
  • シネマックス千葉(千葉県千葉市中央区富士見2丁目16-6)<5スクリーン、804席、1997年5月24日開館、2011年1月14日閉館[広報 1]
千葉県下にオープンした最初のシネマコンプレックスである。上映作品数は通常10作品程度だが、東宝邦画系、東映系作品は上映されることがなかった。他の3サイトとはポイントカードが異なっていた。コンセッションではペプシコーラを販売していた。2011年1月14日に閉館。建物は解体され跡地は駐車場となっている。
当初ワーナー・マイカル・シネマズが同ショッピングモールへの出店を計画していたが、親会社の意向で出店を中止したとされる[5]。コンセッションではコカ・コーラを販売していた。東日本大震災の影響で2011年3月11日より休業していたが、賃貸人である鴻巣駅東口A地区市街地再開発組合より賃貸借契約の継続が困難であることを表明され、営業再開を断念。12月15日に閉館が発表された[広報 2]。鴻巣市は再開を目指して映画館を取得し、2012年10月東映系のシネコン会社ティ・ジョイへ運営を委託する形で合意。「公設民営」の形で2013年7月5日に「こうのすシネマ」として再開された。再開後は9スクリーンのうち7スクリーンを映画上映専用スクリーンとして、1スクリーンを多目的ホールとの兼用のスクリーンとして、残り1スクリーンを多目的ホール専用のホールとしている[6][7]

ポイントカード編集

一般カード、シニアカード編集

シネマックス千葉、千葉劇場とシネマックスパルナ稲敷、ちはら台、足利のポイントカードは異なる。稲敷、ちはら台、足利では、1作品当たり通常100ポイントの付与であるが、ポイント付与が2倍になる「Wポイント作品」が毎週2〜3作品ほどある。60歳以上向けの「シニアカード」は1作品当たり150ポイント付与される。

キッズカード編集

当初は、稲敷のみで発行されていたが、2008年4月からちはら台、足利でも発行されるようになった。有効期限は年度末。カードの提示で鑑賞料金が200円割引になったり、スタンプをためるとポップコーンがもらえたりする特典がある。

千葉興行編集

千葉興行株式会社
Chiba Kogyo Co., Ltd.
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 千葉興行
本社所在地   日本
260-0013
千葉県千葉市中央区中央3丁目8-8
設立 1919年 創業
1953年9月 設立
業種 サービス業
事業内容 劇場の経営、不動産賃貸業
代表者 臼井一世
臼井正人
資本金 1,000万円
関係する人物 臼井荘一 二代目社長
臼井日出男 元専務取締役
外部リンク http://www.cinemax.co.jp/
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千葉興行株式会社(ちばこうぎょう)は、日本の映画興行会社である。サイレント映画の時代である1919年(大正8年)、個人事業の臼井興行部(うすいこうぎょうぶ)として千葉県千葉市に創業した[8][9]。映画界でも老舗の企業であり、劇場の経営と不動産賃貸業を行なう[10]

沿革編集

略歴・概要編集

1919年(大正8年)、東京市深川区越中島(現在の東京都江東区越中島)で商業を営む臼井荘一の父が、千葉県千葉市の蓮池地区(同市吾妻町1225)に活動写真の常設館として千葉演芸館を開館し[8][11]、臼井家の個人事業として臼井興行部を創業[9]。時期は不明であるが、臼井荘一が二代目を引きつぎ[8]、1936年(昭和11年)頃には社長として経営を行なっている[9]

第二次世界大戦末期の1945年(昭和20年)、千葉演芸館を取り壊し、その後の同年6月10日に千葉空襲を受ける[8]

戦後復興し、1946年(昭和21年)頃には、復興した千葉演芸館を含めて、千葉県内の市川市、同市中山船橋銚子市等に8館の映画館を展開する[8]。1948年(昭和23年)3月、関連会社として千葉復興を設立する[12]

1952年(昭和27年)、臼井荘一が選挙に当選し衆議院議員に就任する。同年、荘一の長男臼井一世が同社に入社する[8]1953年(昭和28年)9月には、従来の個人事業を改めて株式会社化し、千葉興行株式会社として設立、臼井荘一が社長に就任する[10]

1957年(昭和32年)12月26日、千葉県興行環境衛生同業組合(現在の千葉県興行生活衛生同業組合)を設立、千葉興行本社内に置き、臼井荘一が組合長に就任する(現理事長は同社代表取締役常務臼井正人[広報 3][広報 4]

1966年(昭和41年)、臼井一世が三代目社長に就任、この頃には、映画産業の斜陽化が進んでおり、同社の経営する劇場は千葉劇場1館のみとなっていた[8]。1967年(昭和42年)1月には、荘一の三男臼井日出男が入社し、専務取締役に就任するが、1980年(昭和55年)6月の衆議院選挙に当選、退任する[広報 5]。1983年(昭和58年)、先代社長臼井荘一が政界を引退、3年前に当選していた臼井日出男が地盤を引き継ぐ。

1994年(平成6年)には同市中央区中央の千葉劇場を改装し中央CIBビルに新装開館。 1997年(平成9年)5月24日には、同市中央区富士見にシネマックス千葉を新たに開館し、シネマコンプレックス事業に乗り出す[1]。以降、5サイトを新設、うち1サイトからは撤退し、現在4サイトのシネマコンプレックスを経営する。

2002年(平成14年)6月17日、千葉市美浜区ひび野幕張新都心メッセ・アミューズ・モールをオープン、関連会社の千葉復興がこれを所有、テナントにセガの「クラブセガ幕張」、角川グループが経営するシネプレックス幕張が入居し、現在に至る[広報 6]

2004年(平成16年)10月13日、群馬県藤岡市にあるゴルフ場「ルーデンスカントリークラブ」を経営する群馬ルーデンスカントリークラブを傘下に収める[広報 7]。2005年(平成17年)までは角川ヘラルド・ピクチャーズ(のちに合併して角川映画)の上位第5位の大株主であったが[広報 8]、角川ヘラルドが同年6月、角川グループホールディングスの100%子会社となるため、持ち株を手放している。

2011年(平成23年)1月14日、同社の最初のシネコンであったシネマックス千葉を閉館した[広報 1]

経営する映画館編集

かつて経営した映画館編集

関連会社編集

関連項目編集

参考文献編集

脚注編集

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注釈編集

出典編集

  1. ^ a b c “千葉市に新映画館 シネマックス千葉 きょうオープン”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 5. (1997年5月24日) 
  2. ^ 池田貴恵 (2007年9月7日). “【映画館取材レポート】赤で統一された劇場空間が完成 千葉県市原市に「シネマックスちはら台」がオープン!”. MovieWalker. 2008年1月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年12月21日閲覧。
  3. ^ “シネマックス足利:来月27日閉館へ 「観客数想定の半分」 /栃木”. 毎日.jp (毎日新聞社). (2007年1月17日). オリジナルの2009年1月19日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20090119234410/http://mainichi.jp/area/tochigi/news/20090117ddlk09020153000c.html 2009年2月1日閲覧。 
  4. ^ “シネコン:足利に進出 来春開業、7年ぶりに映画館復活へ”. 毎日新聞 (毎日新聞社). (2015年12月17日). http://mainichi.jp/articles/20151217/ddl/k09/020/122000c 2016年3月14日閲覧。 
  5. ^ 「街にシネコンできるの? 鴻巣駅前再開発の娯楽施設ビル」 『埼玉新聞』(県北・県西版)2008年3月14日付朝刊、第14面
  6. ^ 宮本隆康 (2012年10月13日). “公設民営でシネコン運営 鴻巣市、唯一の映画館 来夏復活”. 東京新聞 (中日新聞社). オリジナルの2012年10月20日時点によるアーカイブ。. http://megalodon.jp/2012-1020-2118-43/www.tokyo-np.co.jp/article/saitama/20121013/CK2012101302000113.html 2012年10月21日閲覧。 
  7. ^ “7月再オープンの映画館の名称「こうのすシネマ」に決まる/鴻巣”. 埼玉新聞 (埼玉新聞社). (2013年5月1日). オリジナルの2013年6月28日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20130628072909/http://www.saitama-np.co.jp/news05/01/05.html 2013年6月14日閲覧。 
  8. ^ a b c d e f g h i j k 経営談話室Vol.65 映画という夢を売る商売 - その誇りを胸に、千葉商工会議所、2010年11月3日閲覧。
  9. ^ a b c d 『映画年鑑 1936』、飯島正内田岐三雄岸松雄筈見恒夫第一書房1936年3月20日、p.189.
  10. ^ a b c 『映画年鑑 1997』、時事映画通信社、1997年、p.260.
  11. ^ a b 全国主要映画館便覧 大正後期編 / 神奈川・千葉、みつ豆CINEMA、2010年11月3日閲覧。
  12. ^ 千葉復興千葉市宅地建物取引業協同組合、2010年11月3日閲覧。
  13. ^ 『映画年鑑 1958』、時事映画通信社、1958年、p.38
  14. ^ 『映画年鑑 1969』、時事映画通信社、1969年、p.65

広報資料・プレスリリースなど一次資料編集

  1. ^ a b 重要なお知らせ[リンク切れ]、シネマックス千葉、千葉興行、2010年11月3日閲覧。
  2. ^ a b シネマックス鴻巣 閉館のご案内[リンク切れ]、千葉興行、2011年12月20日閲覧。
  3. ^ うすい正人 プロフィール(2010年12月30日時点のアーカイブ)、臼井正人、2010年11月3日閲覧。
  4. ^ 各都道府県組合一覧(2013年7月14日時点のアーカイブ)、全国興行生活衛生同業組合連合会、2010年11月3日閲覧。
  5. ^ うすい日出男 経歴(2009年2月16日時点のアーカイブ)、臼井日出男、2010年11月3日閲覧。
  6. ^ 「CLUB SEGA幕張」オープン(2009年2月12日時点のアーカイブ)、セガ、2010年11月3日閲覧。
  7. ^ ルーデンスカントリークラブ・新経営陣迎えリニューアル・千葉興行の系列に、椿ゴルフ、2010年11月3日閲覧。
  8. ^ 株式会社角川ヘラルド・ピクチャーズ有価証券報告書、2005年3月31日期、角川ヘラルド・ピクチャーズ

外部リンク編集