シャラヴィン・ゴンガードルジ

シャラヴィン・ゴンガードルジシャラビン・ゴンガードルジモンゴル語: Шаравын Гунгаадорж、ラテン文字転写の例:Sharavyn Gungaadorj1935年5月2日 - )は、モンゴル人民共和国政治家1990年3月12日から9月11日まで、短期間モンゴル人民共和国閣僚会議議長(首相)を務めた[1]農学博士モンゴル科学アカデミー会員。

シャラヴィン・ゴンガードルジ
Шаравын Гунгаадорж
生年月日 (1935-05-02) 1935年5月2日(87歳)
出生地 Flag of the Mongolian People's Republic (1924–1940).svg モンゴルドルノゴビ県イフヘト
出身校 ソ連農業アカデミー
前職 農業専門家、国民大会議代議員、モンゴル人民共和国首相、副首相兼農業・食品工業相、農相
所属政党 モンゴル人民革命党
称号 農学博士モンゴル科学アカデミー会員

在任期間 1990年3月12日 - 1990年9月11日
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経歴・人物編集

1935年ドルノゴビ県イフヘト地区に生まれる。モスクワに留学し、1959年ソ連農業アカデミー(現在のロシア国立農業大学・クリメント・チミリャーゼフ名称モスクワ農業アカデミーを卒業する。帰国後は、モンゴル人民革命党中央委員会でいくつかのポストを経て、1967年から1968年まで、農業次官を務めた。1980年国営農場第一次官。1981年セレンゲ県党委員会第一書記1986年農業大臣に任命される。また、この間、セレンゲ県から人民大会議代議員に選出されたほか、人民大会議幹部会議長(国家元首)顧問も務めた。

1987年から1990年3月21日まで、閣僚会議副議長(副首相)兼農業・食糧産業(食品工業)相。1989年から1990年にかけて行われたモンゴル民主化運動により、1990年3月21日ドゥマーギーン・ソドノム首相をはじめ党政治局員が辞任した[2]が、9月まで自由選挙に向けた暫定政権を率いた。

1992年駐北朝鮮大使。その後、駐カザフスタン大使。2000年から2004年まで、国民大会議代議員。国民大会議では環境・農村開発常任委員長を務めた。1997年から「アグロプロ」社総支配人。

私生活では、夫人との間に三子。

脚注編集

  1. ^ https://books.google.ca/books?id=4XNtwLEbl7wC&q=%22Gungaadorj+Sharavyn+%22+AND+%221935%22&dq=%22Gungaadorj+Sharavyn+%22+AND+%221935%22&hl=en&sa=X&ei=RWsMUuuGAuH0iwKK0YCYAw
  2. ^ アラン・J.K.サンダース、『モンゴル歴史辞典』1996年、ISBN 0-8108-3077-9.

参考文献編集

先代
ドゥマーギーン・ソドノム
モンゴル人民共和国閣僚会議議長
1990年
次代
ダジン・ビャンバスレン