シャ乱Q

日本のロックバンド

シャ乱Q(シャらんキュー)は、大阪出身の日本ロックバンド

シャ乱Q
別名 SHARAM Q
出身地 日本の旗 日本大阪府東大阪市
ジャンル J-POP
ポップ・ロック
パワー・ポップ
ファンク
ガレージ・ロック
活動期間 1988年 - 2000年
2006年 - 2015年
レーベル BMGジャパン
1992年 - 2000年)
zetima
(2006年 - )
事務所 アップフロントエージェンシー
TNX(つんく♂)
ジェイピィールーム(はたけ、たいせい)
アップフロントクリエイト(まこと)
共同作業者 月光恵亮(プロデュース)
公式サイト シャ乱Qオフィシャルウェブサイト
メンバー つんく♂ボーカル
はたけギター
まことドラムス
たいせいキーボード
旧メンバー しゅうベース

所属事務所アップフロントプロモーション(旧:アップフロントエージェンシー)だったが、現在シャ乱Qとしては、アップフロントプロモーションの親会社アップフロントグループ社内カンパニーアップフロントエージェンシー社(アップフロントプロモーションとは別会社を前身とする)に、また各メンバーはそれぞれ別の系列事務所に所属している。

レコード会社は、活動休止前までの所属はBMG JAPAN(旧:BMGビクター、現:ソニー・ミュージックレーベルズ)だったが、活動再開後はアップフロントグループの機能子会社であるアップフロントワークスzetimaレーベルに所属している。

メンバー編集

旧メンバー編集

来歴編集

1988年
12月、近畿大学の学生を中心とした5人で結成[1]。「シャ乱Q」の名前は、メンバーが所属していたアマチュアバンドの名前「シャッターズ」(しゅう、まことが所属)「RAM(乱)」(つんく、しゅう、たいせーが所属)「QP(キューピー)」(はたけが所属)を寄せ集めたもの[2]。当初は「シャ乱P」という名前にする予定だったが、当時活躍していた女性お笑いコンビ・おきゃんぴーを連想させるとして「シャ乱Q」となった。
1990年
関西のアマチュアバンドとともに「すっぽんファミリー」を結成し、大阪城公園にてストリートライブを始めた。かつて東京原宿に存在した歩行者天国「ホコ天」に対抗し、通称「城天(しろてん)」という。
1991年
NHKBSヤングバトル」第2回グランプリを受賞した(受賞曲:「ラーメン大好き小池さんの唄」)。
1992年
7月にメジャーデビュー。所属事務所を巡って多くの芸能事務所が争奪戦を繰り広げたが、最終的にアップフロントエージェンシーが選ばれた。後につんくが語ったところによると、アップフロント入りには「KAN(1991年の第33回日本レコード大賞受賞者)が所属している」ことが決め手となったという。しかし、デビュー後長らく低迷期が続いた。
1994年
「これが売れなければ最後」と意気込んだ「上・京・物・語」が、ラジオへの必死の売り込みが功を奏し、スマッシュヒット。同年の「シングルベッド」がロングセラーとなりミリオンセールスを記録。地元・関西のABCラジオOBCの番組では「シングルベッド」以前の楽曲は一切オンエアされなかったが、これはつんくが「MBSヤングタウン」でパーソナリティーを務めていたためで、またMBSラジオでパーソナリティーをやっているアーティストの楽曲はABC、OBCでは排除されるという暗黙の了解があったためである。一方関西圏のFM局では(後にシャ乱Qの楽曲をオンエアしなくなるFM802を含めて)オンエアされていた。
1995年
ミリオン作「ズルい女」で大ブレイク。関西発バンドの第一人者となった。「My Babe 君が眠るまで」、アルバム「勝負師(ギャンブラー)」もミリオンを記録(シャ乱Qのアルバムとしては、初のミリオンヒット)。第46回NHK紅白歌合戦にトップバッターとして初出場。ライブや音楽番組への出演を精力的に行い、軽妙なトークが受け、HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP」では、つんくが「浜田雅功に頭をどつかれると売れる法則」を提唱した。また、ややアイドル的な振る舞いもすることがあり、つんくが当時からアイドルに高い関心を示していたことを伺わせる[3])。「全日本有線放送大賞」グランプリを受賞。
1996年
いいわけ」がミリオンヒット。アルバム「シングルベスト10 おまけつき」もミリオンヒットを記録。シングル「涙の影」、アルバム「GOLDEN Q」でオリコン週間1位を獲得。8月にライブツアー'96夏の乱「桃色頂上作戦」を開催。他のライブツアー含めると年間通して8日間の日本武道館公演を開催した。10月には話題となっていた派手なステージ衣装(約2,500万円)が盗難にあう。2年連続で「全日本有線放送大賞」グランプリを受賞し、「第47回NHK紅白歌合戦」に2年連続出場。
1997年
3月に大阪ドーム完成記念「シャ乱Q凱旋コンサート」を開催した。メンバーのしゅう、たいせー、まことがユニット「スーパー!?テンションズ」を結成し、CDリリースやテレビ出演などの展開を行った。主演映画「シャ乱Qの演歌の花道」が公開され、「紅白歌合戦」に3回目の出場(「パワーソング」)。また、オーディション番組ASAYANにてプロデュース活動を開始した。
1998年
プロデュース活動として、はたけは平家みちよ、つんくはモーニング娘。を担当した。12月、しゅうが未成年女性への暴行事件を起こし脱退。
1999年
しゅうの事件を受け、「君は魔術士?」のリリースと10周年記念ライブ後に活動を自粛し、メンバーは主にソロ活動を行った。つんくはソロ歌手として活動。はたけはHOUND DOG鮫島秀樹らとともにRose of Roseを結成。たいせーとまことは、ボーカルに大西さちこを迎え、east cloudを結成。
2000年
3月、「ラーメン大好き小池さんの唄」のリメイクである「新・ラーメン大好き小池さんの唄」をリリースし活動再開し、8月にはライブも開催した。しかし、アルバム制作中に音楽の方向性に違いが生じ、12月に「休憩」と称した活動無期限休止を発表した。それ以来、活動再開後を含んでTVガイドタレント名鑑は少年隊同様、グループとしてではなく、個々で表記している。
2001年 - 2004年
つんくはハロー!プロジェクトのプロデュース活動や、THE つんくビ♂トを結成したり、セルフカバー曲を中心としたソロ活動を展開した(2001年に芸能活動の際のクレジットを「つんく♂」に改名)。はたけはギタリストやプロデュース業を継続し、まことはドラマー活動と並行してハロプロのコンサートの司会などの活動、たいせーはタレントとして、それぞれソロ活動を行った。
2005年
12月、つんく♂のクリスマスディナーショーにて、つんくから「来年秋頃に再始動」と活動再開が発表された。事務所の先輩である堀内孝雄から促され、メンバーや関係者との話し合いで決意したという。
2006年
4月2日、エプソン 品川アクアスタジアムにて行われたイルカショーにて、同施設の1周年の祝賀イベントにメンバー全員が集結した。記者会見を開き、シャ乱Qの活動再開の発表に加えて、たいせーが「たいせい」に改名することを発表した。同月放送の「HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP」にて活動休止後初のテレビ出演。10月には約6年ぶりとなるライブを敢行し、11月にはモーニング娘。のカバー曲を活動再開後初のシングルとして発表。12月にはディナーショーを行った。
2007年
テレビ番組に何本か出演した以外は、12月にクリスマスディナーショーを行い、第49回日本レコード大賞で『ズルい女』を披露したのみであった。
2008年
8月にディナーショーを開催。同年12月、DVDつきベストアルバムを発表し、日本武道館にて約6時間にもおよぶ「シャ乱Q結成20周年記念フェスティバル」を開催した。KAN、黒澤健一森高千里五木ひろしハロプロなどゆかりのゲスト総勢25組59人が応援に駆けつけた。また、音源化未定の新曲「愛するということ」を発表した。
2009年
結成20周年。前年のライブMCで、つんく♂が本年の活動活発化をにおわせていたが、3月に公式ファンクラブ「CLUB QUE」が、つんく♂独自のファンクラブ「天然音泉」の立ち上げに伴い解散した。12月、庄司智春藤本美貴の結婚式にてメンバー全員が久々に顔を合わせた。
2010年
前年と同様、目立った活動は行われなかった。12月、企画盤のベストアルバムをリリース。
2011年
東日本大震災が起きたことを受けて、久しぶりにメンバー4人が集結し、当バンド含むアップフロントグループ所属タレントによるプロジェクトでKANの「愛は勝つ」を歌った。この曲は配信限定楽曲でメンバー全員が参加したものであり、はたけのみボーカルではなくギターを演奏している。
2013年
結成25周年を迎え、本格的に再始動することを発表。東京都渋谷区のライブハウス「Shibuya eggman」でメンバー4人が記者会見を行い、7年ぶりとなるライブツアーの実施や、代表曲「シングルベッド」を再レコーディングすることなどが発表された[4]。そして、同年7月17日に約6年半ぶりにシングル「シングルベッド」をリリースした。
2014年
3月6日、つんく♂が喉頭がんを患ったことを公表した[5][6]。9月25日、いったん「完全寛解」を発表したが[7]、がんが再発見され、10月上旬に手術を受けていたことを10月17日に明らかにした[8]
2015年
4月4日、つんく♂が近畿大学の入学式に出席。2014年10月の手術の際に声帯を摘出し、声を失っていたことを公表した[9][10]

受賞歴・主な記録編集

  • 1991年
  • 第2回NHK-BSヤングバトル全国大会 グランプリ(ラーメン大好き小池さんの唄)
  • 1995年

1996年

歌)

  • 第29回全日本有線放送大賞グランプリ(涙の影)
  • 第38回日本レコード大賞 優秀作品賞&編曲賞(いいわけ)
  • 第29回日本有線大賞 有線音楽優秀賞(ポップス部門)&最多リクエスト歌手賞&グランプリ(涙の影)
  • 1997年
ズルい女、シングルベッド、いいわけ、My Babe 君が眠るまで
  • ミリオンヒットアルバム
シングルベスト10★おまけつき★、勝負師(ギャンブラー)

ディスコグラフィー編集

シングル編集

発売日 タイトル カップリング タイアップ
1 1992年7月22日 18ヶ月 お嬢様
2 1993年2月24日 とってもメリーゴーランド かんべんしてくれ! 日本テレビ系「うるとら7:00」エンディングテーマ
東海テレビ「スペンサーの喫茶店」エンディングテーマ
3 1993年5月8日 友達はいますか Hey! MR.おぼっちゃん(バブル崩壊編) テレビ東京系「スーパーマリオクラブ」後期オープニングテーマ
4 1994年1月21日 上・京・物・語 まさかの大誤算 テレビ東京系「浅草橋ヤング洋品店」エンディングテーマ
5 1994年7月27日 恋をするだけ無駄なんて For You〜翼をあげよう〜 テレビ東京系「浅草橋ヤング洋品店」エンディングテーマ
6 1994年10月21日 シングルベッド プリーズ 日本テレビ系アニメ「D・N・A² 〜何処かで失くしたあいつのアイツ〜」エンディング
7 1995年5月3日 ズルい女
  • 雨の中
  • 黒田節
フジテレビ系「今田耕司のシブヤ系うらりんご」エンディングテーマ
8 1995年8月23日 空を見なよ もっと誰かに見られたい NTV系「劇空間プロ野球'95」下半期テーマ
9 1995年10月21日 My Babe 君が眠るまで Happy Life テレビ東京系「NEWSモーニングJAM」エンディングテーマ
10 1996年4月24日 いいわけ こんなにあなたを愛しているのに フジテレビ系ドラマ「Age,35 恋しくて」主題歌
11 1996年7月24日 涙の影 Moving フジテレビ系「HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP」エンディングテーマ
c/wはフジテレビ引っ越しキャンペーンソング
12 1996年11月14日 NICE BOY! SWEET and SWEET 日本シティメディア「Qメール」CMソング
13 1997年4月23日 そんなもんだろう 「サントリー・ビターズ」CMソング
14 1997年8月21日 パワーソング さよならナンシー 映画「シャ乱Qの演歌の花道」主題歌
15 1998年2月18日 都会のメロディー ノイズ TBSラジオ「大槻ケンヂとタマゴのキミっ」エンディングテーマ
16 1998年5月13日 ためいき 宿命 テレビ朝日系ドラマ「凄絶!嫁姑戦争 羅刹の家」主題歌
17 1998年10月7日 愛 Just on my Love やっぱり TBS系アニメ「魔術士オーフェン」オープニング主題歌
18 1999年2月17日 君は魔術士? 力強い足音 TBS系アニメ「魔術士オーフェン」オープニング主題歌
19 2000年3月23日 新・ラーメン大好き小池さんの唄
  • most
  • 新・ラーメン大好き小池さんの唄(SEXYファンクVer.)
20 2006年11月29日 歩いてる チャンラリ チャラリララ テレビ東京系「TVチャンピオン2」テーマ曲
21 2013年7月17日 「シングルベッド」
  • 蜃気楼 しんきろう
  • Come on! 僕たちの未来

アルバム編集

オリジナルアルバム編集

発売日 タイトル
1 1992年9月23日 炸裂!へなちょこパンチ
2 1993年3月24日 売れっ子への道 渋滞中
3 1994年2月23日 ロスタイム
4 1994年11月2日 劣等感
5 1995年11月22日 勝負師(ギャンブラー)
6 1996年12月18日 GOLDEN Q
7 1998年3月25日 孤独

ベストアルバム編集

発売日 タイトル
1 1996年6月29日 シングルベスト10★おまけつき★
2 1999年3月25日 ベストアルバム おまけつき '96〜'99
3 2001年4月4日 BEST OF HISTORY
4 2008年12月3日 シャ乱Qハタチのベスト・アルバムDVDつき
5 2010年12月22日 GOLDEN☆BEST シャ乱Q
6 2013年8月21日 シャ乱Qベスト ~四半世紀伝説~

サウンドトラック編集

発売日 タイトル
1 1997年8月27日 シャ乱Qの演歌の花道

VHS / DVD編集

PV集
発売日 タイトル
1 1993年12月1日 天狗になるにはまだ早い!
2 1995年6月28日 天狗になるにはまだ早い!Vol.2 〜実はVol.1もあるのだ!〜
3 1997年12月17日 天狗になるにはまだ早い! Vol.3
4 2001年4月4日 BEST OF HISTORY
ライブ
発売日 タイトル
1 1996年5月30日 シャ乱Qライブビデオ VOL.1真剣勝負(DVD: 2001年4月4日、2003年11月26日)
2 2007年1月24日 シャ乱Q ライブツアー 2006 秋の乱 ズルい「Live Live Live」
3 2009年1月9日 ヤンタン30 祝 大阪ドーム完成 シャ乱Q凱旋コンサート(ウェブ通販)
4 2009年3月25日 シャ乱Q結成20周年記念ライブ「感謝!ハタチのシャ乱Q みんなでお祝いだ!
日本武道館フェスティバル〜長いよ〜」(ウェブ通販)
その他
発売日 タイトル
1 1991年12月25日 てんぐのぐんて(インディーズ発売)

その他編集

  • 愛は勝つ - 発起人である堀内孝雄、原曲歌ったKAN(ピアノと兼任)、ハロー!プロジェクト、T-Pistonz+KMCらと共に「愛は勝つ シンガーズ」として参加。2011年6月22日発売。

テレビ出演編集

音楽番組編集

バラエティ番組編集

NHK紅白歌合戦出場歴編集

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手
1995年(平成7年)/第46回 ズルい女 01/25 酒井法子
1996年(平成8年)/第47回 2 いいわけ 18/25 小林幸子
1997年(平成9年)/第48回 3 パワーソング 07/25 松たか子
注意点
  • 出演順は「出演順/出場者数」で表す。

書籍編集

写真集編集

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ まことは近畿大学附属高等学校出身でつんくと高校時代からの同級生であったが、成績不良で内部進学が出来なかったたため唯一大学生ではなかった。
  2. ^ 1番ソングSHOW 日本テレビ系列 2011年10月26日放送より
  3. ^ この頃、“平成のC-C-B”とキャプションをつけたこともある。これはC-C-Bの元メンバー(CoconutBoys名義時代に脱退した通称:教授)が、シャ乱Qの音楽ディレクションに携わっており、C-C-Bの作曲や編曲法を研究すべくアルバムを頻繁に聞いていたため少なからず影響を受けたことから。元C-C-B田口智治FB、2013年5月27日付
  4. ^ ナタリー (2013年1月15日). “シャ乱Q結成25周年で再始動&「シングルベッド」再録音”. 2013年5月20日閲覧。
  5. ^ “つんく 、喉頭がん告白 治療専念で活動休養へ”. ORICON STYLE (オリコン). (2014年3月6日). http://www.oricon.co.jp/news/2034783/full/ 2014年3月6日閲覧。 
  6. ^ つんく (2014年3月6日). “つんく より皆様へご報告”. サイバーエージェント. 2014年3月6日閲覧。
  7. ^ “喉頭がんのつんく♂「完全寛解」発表”. nikkansports.com. (2014年9月25日). http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20140925-1372689.html 2015年4月4日閲覧。 
  8. ^ [www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20141018-1383539.html “つんく♂喉頭がん再発見 すでに手術成功”]. nikkansports.com. (2014年10月18日). www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20141018-1383539.html 2015年4月4日閲覧。 
  9. ^ “つんく♂ 声帯摘出「一番大事にしてきた声を捨て、生きる道を選びました」”. スポーツニッポン. (2015年4月4日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2015/04/04/kiji/K20150404010111320.html 2015年4月4日閲覧。 
  10. ^ “つんく♂ がんで声帯摘出を公表”. デイリースポーツ online. (2015年4月4日). http://www.daily.co.jp/newsflash/gossip/2015/04/04/0007883979.shtml 2015年4月4日閲覧。 

関連項目編集

外部リンク編集