ジェリー・スタッブス
ジェリー・スタッブス(Jerry Stubbs、1952年[1] - )は、アメリカ合衆国の元プロレスラー。ジョージア州アトランタ出身[1]。
ジェリー・スタッブス | |
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プロフィール | |
リングネーム |
ジェリー・スタッブス ミスター・オリンピア ア・シーク ザ・マタドール |
本名 | ジェリー・スタッブス |
ニックネーム | ミスター・パーフェクト |
身長 | 185cm[1] - 186cm[2] |
体重 | 108kg[1] - 112kg[2] |
誕生日 | 1952年??月??日[1] |
出身地 |
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デビュー | 1975年[1](1970年説もあり[2]) |
ルイジアナやミシシッピなどのミッドサウス・エリアやアラバマを主戦場に、覆面レスラーのミスター・オリンピア(Mr. Olympia)としても活躍した。
来歴編集
ボブ・アームストロングにスカウトされ、1975年にアラバマでデビューしたとされる[1]。本名のジェリー・スタッブス(Jerry Stubbs)をリングネームに、ベビーフェイスのポジションでジョージアやミッドアトランティック、ミッドサウス・エリアのトライステート地区など、NWAの南部テリトリーを転戦。1978年11月にはトライステート地区にてNWAミシシッピ・ヘビー級王座を獲得したが、1979年5月にマイク・ジョージに奪取されている[3]。
1980年、ロン・フラーが主宰していたアラバマのSECW(サウスイースタン・チャンピオンシップ・レスリング)にて覆面レスラーのザ・マタドール(The Matador)に変身、マイク・スターリングスをパートナーにデビッド・シュルツ&デニス・コンドリーからNWAサウスイースタン・タッグ王座を奪取した[4]。その後は素顔に戻り、1981年1月26日にはレス・ソントンに勝利してNWA世界ジュニアヘビー級王者となっている[5]。同年はノーベル・オースチン、ブラッド・アームストロング、スタン・レーンらを下し、SECW認定のNWA USジュニアヘビー級王座も再三獲得した[6]。
1982年より再び覆面を被り、その肉体美を活かしたキャラクターのミスター・オリンピア(Mr. Olympia)に再変身し、トライステート地区の後継団体であるビル・ワット主宰のMSWAに登場。デビュー早々にボブ・オートン・ジュニアを破ってミシシッピ・ヘビー級王座を獲得し、5月5日にはジャンクヤード・ドッグと組んでワイルド・サモアンズからミッドサウス・タッグ王座を奪取[7]。9月26日にもキラー・カーンを下してミシシッピ王座に返り咲くなどの活躍を果たし[3]、久々に現れたベビーフェイスの覆面レスラーとして注目を集めたが、1983年にヒールに転向。以後、タッグパートナーだったジャンクヤード・ドッグとの遺恨戦や、ミスター・レスリング2号とのマスクマン抗争を展開した。
1983年の下期からはベビーフェイスに戻ってSECWに復帰し、8月22日にリック・ハリスを破ってNWAアラバマ・ヘビー級王者となるが、戴冠中にスーパー・オリンピア(正体はアーン・アンダーソン)との覆面剥ぎマッチに敗れ、再び素顔のジェリー・スタッブスとして活動[8]。再度のヒールターンも行い、旧敵アーン・アンダーソンと共闘してタッグチームを結成、1984年1月15日にはトーナメントの決勝でジャック・ルージョー&ジミー・ゴールデンを下し、空位となっていたNWAサウスイースタン・タッグ王座を獲得した[4]。
以降もアメリカではアラバマ地区に定着し、SECWから改称したCCW(コンチネンタル・チャンピオンシップ・レスリング)およびCWF(コンチネンタル・レスリング・フェデレーション)にて活動、1986年5月12日にはロバート・フラーからコンチネンタル・ヘビー級王座を奪取している[9]。同年10月、ミスター・オリンピアとして全日本プロレスに初来日[10]。10月16日の下関大会では、当時ヒロ斎藤が保持していた世界ジュニアヘビー級王座への挑戦権をかけて小林邦昭と対戦した[11]。全日本プロレスには翌1987年1月にも、ア・シーク(A Sheik)なるアラブ人ギミックのヒールに変身して再来日し、タイガー・ジェット・シンのパートナーを務めている[1][12]。
主戦場のアラバマではダーティ・ホワイト・ボーイことトニー・アンソニーを新パートナーに、1986年11月から1988年12月にかけて、コンチネンタル・タッグ王座および後継タイトルのCWFタッグ王座を再三獲得[13]。王座を巡りボブ&ブラッドのアームストロング親子とも抗争したが、1989年のCWFの活動停止に伴い、自身も現役を引退した。
リタイア後は南部のインディー団体に時折出場し、1996年5月10日にはジョージア州のNGWAにミスター・オリンピアとして登場、マスクド・スーパースターとの覆面レスラー同士のレジェンド対決が行われた[14]。近年では2010年11月19日、アラバマ州バーミングハムの "Wrestle Birmingham" で行われたボブ・アームストロング対ジミー・ゴールデン戦の特別レフェリーを務めた[13]。
得意技編集
獲得タイトル編集
- NWAミシシッピ・ヘビー級王座:3回[3]
- NWAルイジアナ・ヘビー級王座:1回[15]
- ミッドサウス・タッグ王座:2回(w / ジャンクヤード・ドッグ、テッド・デビアス)[7]
- NWA世界ジュニアヘビー級王座:1回[5]
- NWA USジュニアヘビー級王座:4回[6]
- NWAアラバマ・ヘビー級王座:4回[8]
- NWAサウスイースタン・タッグ王座:5回(w / マイク・スターリングス、ダッチ・マンテル、アーン・アンダーソン×3)[4]
- コンチネンタル・ヘビー級王座:2回[9]
- コンチネンタル・タッグ王座:4回(w / トニー・アンソニー)[16]
- CWFタッグ王座:2回(w / トニー・アンソニー)[17]
脚注編集
- ^ a b c d e f g h i 『全日本プロレス 来日外国人選手 PERFECTカタログ』P83(2002年、日本スポーツ出版社)
- ^ a b c “Jerry Stubbs”. Cagematch.net. 2014年3月31日閲覧。
- ^ a b c “NWA Tri-State & MSWA Mississippi Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2012年1月10日閲覧。
- ^ a b c “NWA Southeastern Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2012年1月10日閲覧。
- ^ a b “NWA World Junior Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2012年1月10日閲覧。
- ^ a b “NWA United States Junior Heavyweight Title: Southeast/Continental version”. Wrestling-Titles.com. 2012年1月10日閲覧。
- ^ a b “Mid-South Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2012年1月10日閲覧。
- ^ a b “NWA Alabama Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2012年1月10日閲覧。
- ^ a b “Continental Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2012年1月10日閲覧。
- ^ “The AJPW matches fought by Jerry Stubbs in 1986”. Wrestlingdata.com. 2015年3月7日閲覧。
- ^ “AJPW Giant Series 1986 - Tag 10”. Cagematch.net. 2015年3月7日閲覧。
- ^ “The AJPW matches fought by Jerry Stubbs in 1987”. Wrestlingdata.com. 2015年3月7日閲覧。
- ^ a b “Jerry Stubbs”. Online World of Wrestling. 2012年1月10日閲覧。
- ^ “NGWA (1996/05/10)”. Cagematch.net. 2014年3月31日閲覧。
- ^ “NWA Tri-State & MSWA Louisiana Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2012年1月10日閲覧。
- ^ “Continental Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2012年1月10日閲覧。
- ^ “CWF Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2012年1月10日閲覧。