ジャガー/リチャーズ

ジャガー/リチャーズ(Jaggar-Richards)とは、ローリング・ストーンズの作品群に於いて、ミック・ジャガー及びキース・リチャーズ作詞作曲に関与した作品に付与される共同クレジット。プロデューサー・ユニットとしてはグリマー・ツインズの名称を用いる。

ジャガー(左)/リチャーズ(右)

解説編集

ローリング・ストーンズのオリジナル曲の大部分がこのクレジットによる。実際にジャガーとリチャーズの二人で書いたものでも、ジャガーかリチャーズのどちらかが単独で書いたものでもこのクレジットが適用される。このように共同名義にした理由について、ジャガーは1995年のインタビューで「何となくそれで合意した」と答えている[1]。中には、他のメンバー(特に後述のミック・テイラーら)が作詞作曲に深く関与するようなケースでも、このクレジットで通してしまうことがある。形態としては、ビートルズの作品群に於ける「レノン=マッカートニー」のクレジットとほぼ同様のスタイルと言える。ストーンズとしてデビューしてから1978年頃までは、リチャーズが「キース・リチャード」という芸名の名字を使っていた為、表記は「Jaggar-Richard」だったが、それ以降は「Jaggar-Richards」となっている[注 1]

ストーンズにおいては、基本的にボーカリストであるジャガーが作詞、ギタリストであるリチャーズが作曲をそれぞれ担当しているといわれているが、これについてミックは1995年に「昔だったらそうだったかもしれないが、今は全然違う」と否定している[2]。リチャーズは「俺達の典型的な作曲方法」の例として、「ワイルド・ホース」(1971年のアルバム『スティッキー・フィンガーズ』収録)を挙げている。この曲ではリチャーズが曲全体のコード進行とコーラス部の歌詞とメロディを書き、ジャガーがヴァース部の歌詞とメロディを作ったという[3]。彼らの代表曲となった「サティスファクション」も、同じような方法で書かれたものである[4]。またリチャーズは、2002年のインタビューで「『メイン・ストリートのならず者』(1972年発表)の頃までは、俺とミックがテープレコーダーを抱えて向き合って作ってたけど、それ以降はお互い別々の所に住むようになったから、顔を合わせた時に互いに持ってるアイデアをつき合わせるようにしてる」と語っている[5]

このコンビの後に別の人物がクレジットされる事例がいくつかあり、その事例として「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ (涙あふれて)」に於けるアンドリュー・ルーグ・オールダムや、「シスター・モーフィン」(アルバム『スティッキー・フィンガーズ』収録)におけるマリアンヌ・フェイスフルがある他、アルバム『アンダーカヴァー』、『ダーティ・ワーク』などに収録された一部楽曲にロン・ウッドや、サポートメンバーのチャック・リーヴェルの名前が併せて付与されるケースも見られる。また、大変珍しいケースだが「エニバディ・シーン・マイ・ベイビー?」(1997年のアルバム『ブリッジズ・トゥ・バビロン』収録)に、カナダの歌手k.d.ラングとベン・ミンクの名が追記されている。これは「エニバディ・・・」のメロディーがラングの曲「コンスタント・クレヴィング」に似ていることに気付いたジャガーが、訴訟を恐れて本人の許可を得た上で作者クレジットに加えたものである[6]

ストーンズにおいては、クレジットにある作者が実際とは必ずしも一致しない事がある。ビル・ワイマンは自著「ストーン・アローン」で、「いくつかの曲は、その成り立ちからしてミックとキースの名だけがクレジットされるのは不公平だと思うものがある。ブライアンや俺が考えたリフや提案がそのまま採用され、曲の重要な部分になることもあった」と主張しており[7]、さらに同書で、バンドの代表曲である「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」の元となったリフは自分が考えたと暴露している[8]。なお、ワイマンは「イン・アナザー・ランド」(1967年のアルバム『サタニック・マジェスティーズ』収録。リードボーカルも担当)と「ダウンタウン・スージー」(1975年の編集アルバム『メタモーフォシス』収録)の2曲で、単独に作者としてクレジットされている[注 2]。また、1969年から1974年までバンドに所属していたミック・テイラーは、「ムーンライト・マイル」(『スティッキー・フィンガーズ』収録)や「タイム・ウェイツ・フォー・ノー・ワン」(1974年のアルバム『イッツ・オンリー・ロックン・ロール』収録)など、他にも作曲に関与した作品があるにもかかわらず、「ヴェンチレイター・ブルース」(『メイン・ストリートのならず者』収録)の1曲のみクレジットを付与されるに留まり、このことが彼のストーンズ脱退の遠因の一つとされる[9]

ジャガーとリチャーズ双方のソロ活動に於いてリリースされた楽曲については、ストーンズで発表された曲をソロで演奏している事例以外は、原則それぞれ単独名義でのクレジットがほとんどだが、ジャガーの1stソロ・アルバム『シーズ・ザ・ボス』の1曲目に収録された「ロンリー・アット・ザ・トップ」については、1979年にストーンズで録音した楽曲を利用していることから、本項目のクレジットがついている。

その他編集

バンドがレコード・デビューした1963年から1965年の間に作られたオリジナル曲の中の一部で、「ナンカー・フェルジ」というクレジットが使われることがあった。これはストーンズのメンバー全員や、レコードデビュー時に正規メンバーから外されたイアン・スチュワート、マネージャー兼プロデューサーであったアンドリュー・オールダムも含めた全員で著作権をシェアする目的で付けられたクレジットで、「ストーンド」(バンド2枚目のシングル「彼氏になりたい」のB面曲)録音時、ブライアン・ジョーンズの提案により始められたものだった[10]。「ナンカー」はジョーンズがよく行っていた変顔のことを指し、「フェルジ」とはジャガー、リチャーズ、ジョーンズがレコードデビュー前に共同生活をしていた時期に、同じアパートに住んでいた共通の知人・ジミー・フェルジという人物に由来している[11]

脚注編集

注釈編集

[脚注の使い方]
  1. ^ "Richard"と名乗っていた1978年以前の作品でも、レコードのパッケージやラベルのクレジットには"Richards"と表記されている作品もいくつか存在する。
  2. ^ ストーンズのメンバーで、作曲クレジットを単独で与えられているのはワイマンのみである。

出典編集

  1. ^ SIGHT VOL.14 特集「ロックの正義!!ストーンズ全100ページ」(株式会社ロッキング・オン2003年)59頁
  2. ^ SIGHT VOL.14 特集「ロックの正義!!ストーンズ全100ページ」(株式会社ロッキング・オン、2003年)74頁
  3. ^ アルバム『スティッキー・フィンガーズ』1994年リマスターCD付属の解説より
  4. ^ SIGHT VOL.14 特集「ロックの正義!!ストーンズ全100ページ」(株式会社ロッキング・オン、2003年)48頁
  5. ^ SIGHT VOL.14 特集「ロックの正義!!ストーンズ全100ページ」(株式会社ロッキング・オン、2003年)28頁
  6. ^ ベストアルバム「フォーティ・リックス」付属の寺田正典による解説より
  7. ^ 『ストーン・アローン/上』(ビル・ワイマン/レイ・コールマン著、野間けい子訳、ソニー・マガジンズ刊、1992年ISBN 4-7897-0780-6)251頁
  8. ^ 『ストーン・アローン/下』(ビル・ワイマン/レイ・コールマン著、野間けい子訳、ソニー・マガジンズ刊、1992年、ISBN 4-7897-0781-4)286-287頁
  9. ^ アーカイヴシリーズvol.4「ザ・ローリング・ストーンズ['69-'74]」(シンコー・ミュージック刊、2002年)17頁
  10. ^ 『ローリング・ウィズ・ザ・ストーンズ』(ビル・ワイマン/リチャード・ヘイヴァーズ著、立神和依/河原真紗子訳、小学館プロダクション刊、2003年、ISBN 4-7968-8007-0)85頁
  11. ^ 『ローリングストーンズ/グッド・タイムズ・バッド・タイムズ』 (テリー・ロウリングス/アンドリュー・ネイル/キース・バッドマン著、 筌尾正訳、シンコーミュージック刊、2000年)22頁

関連項目編集