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ジャン=リュック・ゴダール (Jean-Luc Godard, 1930年12月3日 - ) は、フランス映画監督。はじめ映画批評家として出発したが、『勝手にしやがれ』(1959) ほかの作品でトリュフォーシャブロルと並ぶヌーヴェルヴァーグの旗手とみなされるようになり、独創的なカメラワークや大胆な編集技法によって映像表現の世界に革命をもたらした[3]

Jean-Luc Godard
ジャン=リュック・ゴダール
ジャン=リュック・ゴダール
本名 Jean-Luc Godard
別名義 ハンス・リュカス
Hans Lucas
生年月日 (1930-12-03) 1930年12月3日(88歳)
出生地 フランスの旗 フランス共和国 パリ
国籍 フランスの旗 フランス
スイスの旗 スイス 二重国籍
職業 映画監督編集技師映画プロデューサー映画批評家撮影監督俳優
ジャンル 映画ビデオ映画テレビ映画
活動期間 1950年 -
活動内容 1950年 批評家としてデビュー
1954年 短篇『コンクリート作業』を監督
1959年 長篇『勝手にしやがれ』を監督
1968年 五月革命第21回カンヌ国際映画祭を粉砕
1968年 ジガ・ヴェルトフ集団」を結成
1979年勝手に逃げろ/人生』で商業映画へ復帰
配偶者 アンナ・カリーナ (1961年 - 1965年)
アンヌ・ヴィアゼムスキー (1967年 - 1979年)
アンヌ=マリー・ミエヴィル (非公式 : 1973年 - )
主な作品
勝手にしやがれ
女と男のいる舗道
軽蔑
アルファヴィル』『気狂いピエロ
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ゴダールのサイン

以後、ほぼ年に2本のペースで問題作を発表しつづけており、その多作と注目度の高さから、20世紀の最も重要な映画作家の一人とも称される[4]編集技師映画プロデューサー映画批評家撮影監督俳優としても活動する。

略歴編集

1930年代 - 1950年代編集

1960年代編集

1970年代編集

1980年代編集

1990年代編集

  • 1990年、「JLGフィルム」社が『映画史』以外の活動を停止するにともない、ミエヴィルとの新会社「ペリフェリア」を設立。
  • 1998年、『映画史』の最終章である第4章を発表。

2000年代編集

2010年代編集

人と作品編集

ヌーヴェルヴァーグの時代編集

1954年 - 1967年 『コンクリート作業』 - 『ウイークエンド』

シネフィルとして数多くの映画に接していた若き日のゴダールは、シネマテーク・フランセーズに集っていた面々(フランソワ・トリュフォークロード・シャブロルエリック・ロメールジャン=マリ・ストローブ等)と親交を深めると共に、彼らの兄貴分的な存在だったアンドレ・バザンの知己を得て彼が主宰する映画批評誌『カイエ・デュ・シネマ』に批評文を投稿するようになっていた。すなわちゴダールは、他のヌーヴェルヴァーグの面々、いわゆる「カイエ派」がそうであったように批評家として映画と関わることから始めた。

数編の短編映画を手掛けた後、先に映画を制作して商業的な成功も収めたクロード・シャブロル(『美しきセルジュ』『いとこ同志』)やフランソワ・トリュフォー(『大人は判ってくれない』)のように、受け取る遺産も、大手配給会社社長の家族もいないゴダールは、プロデューサーのジョルジュ・ド・ボールガールと出会うことで、長編処女作『勝手にしやがれ』(1959)[7]でやっとデビューできた。ジャン=ポール・ベルモンドが演ずる無軌道な若者の刹那的な生き方を描くこの作品は、撮影技法では即興演出同時録音自然光を生かすためのロケーション中心の撮影など、ヌーヴェルヴァーグ作品の特徴にくわえて、ジャンプカットを多用する斬新な編集手法でも注目された[8][9]

『勝手にしやがれ』でジーン・セバーグが演じた役柄には、ゴダールは当初は片思い状態で思慕していたアンナ・カリーナを想定していたが、本人の拒絶により実現しなかった。しかし『勝手にしやがれ』の成功を背景としてカリーナとの関係は親密なものとなり、1961年に結婚。以降アンナ・カリーナは前期におけるゴダール作品の多くの主演女優を務めることになる。

1965年には話題作『気狂いピエロ』を発表した。1967年の『ウイークエンド』を1つの頂点として商業映画との決別を宣言する中期に至るまで、1年に平均2作程度というペースで作品を制作し続け、ゴダールは名実ともにヌーヴェルヴァーグの旗手としての立場を固めていった。

この時期のゴダール作品の題材は、アルジェリア戦争(『小さな兵隊』)・団地売春の実態(『彼女について私が知っている二、三の事柄』、1966年)・SF仕立てのハードボイルド(『アルファヴィル』、1965年)と広範囲に及んでいる。

またカメラワークフレーミングといった映画の技術的/話法的な要素についても、1作ごとに異なった手法が用いられた。また、この時期は「映画内映画」の要素を積極的に取り入れていたことも大きな特徴で、『軽蔑』(1963年)のように映画の制作自体を作品としたものから、『気狂いピエロ』(1965年)における主演のジャン=ポール・ベルモンドがスクリーンを見ている観客自身に語りかけるような話法に至るまで、様々な「映画内映画」の要素が盛り込まれた。

商業映画との絶縁を宣言編集

1967年 - 1979年 『たのしい知識』 - 『うまくいってる?

1967年8月に、ゴダールはアメリカ映画が世界を席巻し君臨することを強く批判し、自らの商業映画との決別宣言文を発表した。

「われわれもまた、ささやかな陣営において、ハリウッドチネチタモスフィルムパインウッド等の巨大な帝国の真ん中に、第二・第三のヴェトナムを作り出さねばならない。 そして、経済的にも美学的にも、すなわち二つの戦線に拠って戦いつつ、国民的な、自由な、兄弟であり、同志であり、友であるような映画を創造しなくてはならない。」

— ゴダール、『ゴダール全集』4巻(1968年刊)

パリ五月革命を先取りしたとも言われる『中国女』(1967年)において既に政治的な傾向が顕著になっていたが、それが明確になったのは1968年第21回カンヌ国際映画祭における「カンヌ国際映画祭粉砕事件」だった。

映画祭開催9日目の5月19日、会場にジャン=リュック・ゴダールが現れ、コンペティション部門に出品されていたカルロス・サウラの作品上映を中止させようとした[10]ヌーベル・バーグ運動の中心的人物だったゴダールとフランソワ・トリュフォーはフランスで行われていた学生と労働者のストライキ運動に連帯し、警察の弾圧、政府、映画業界のあり方への抗議表明としてカンヌ映画祭中止を呼びかけ[10]クロード・ルルーシュクロード・ベリジャン=ピエール・レオジャン=ガブリエル・アルビコッコらと会場に乗り込んだ。

審査員のモニカ・ヴィッティテレンス・ヤングロマン・ポランスキールイ・マルもこれを支持して審査を放棄し、上映と審査の中止を求めた[10]。コンペティションに出品していたチェコスロヴァキアの監督ミロシュ・フォルマンも出品の取りやめを表明した。その結果、この年のカンヌ映画祭は中止になった。

しかし、この事件をきっかけとして映画作家の政治的主張の違いも鮮明になり、作家同士が蜜月関係にあったヌーヴェルヴァーグ時代も事実上の終わりを告げるに至った。プライベートでも、女優アンナ・カリーナと1965年に破局が決定的になり、『中国女』への出演を機に1967年にアンヌ・ヴィアゼムスキーがゴダールの新たなるパートナーとなった。この後『ウイークエンド』(1967年)を最後に商業映画との決別を宣言し『勝手に逃げろ/人生』(1979年)で商業映画に復帰するまで、政治的メッセージを発信する媒体として作品制作を行うようになる。

また商業映画への決別と同じタイミングで、作品に「ジャン=リュック・ゴダール」の名前を冠することをやめ、「ジガ・ヴェルトフ集団」を名乗って活動を行う(1968年 - 1972年)。ソビエトの映画作家ジガ・ヴェルトフの名を戴いたこのグループは、ゴダールと、マオイストの政治活動家であったジャン=ピエール・ゴランを中心とした映画製作集団で、この時期のパートナーであるアンヌ・ヴィアゼムスキーもメンバーとして活動に加わった。

1972年、『ジェーンへの手紙』完成をもって同グループは解散、ゴダールはアンヌ=マリー・ミエヴィルとのパートナーシップ体制に入る。

この時期のゴダールは映画を政治的なメッセージ発信の手段として明確に位置づけ、その手段として、膨大な映像の断片と文字、引用(スローガン台詞ナレーション)とを大量に列挙してみせた。

ローリング・ストーンズが出演し、アルバム『ベガーズ・バンケット』のレコーディング風景が収録されたことで多くの話題を呼んだ『ワン・プラス・ワン』(1968年)においては、様々な場面や場所で多様な人が政治的なメッセージを読み上げるシーンと、試行錯誤しているストーンズのリハーサルシーンとを交互に重ね合わせることにより、当時の政治的な状況を映画作品として再現する実験を試みている[11]

商業映画への復帰・『映画史』の時代編集

1980年 - 1987年 『勝手に逃げろ/人生』 - 『ゴダールのリア王』

ゴダール曰く「第二の処女作」である『勝手に逃げろ/人生』(1979年)で商業映画への復帰を果たし、1980年代のゴダールは『パッション』『ゴダールのマリア』『カルメンという名の女』などの話題作を次々に発表した。この時期にはトリュフォーをして「彼こそが本物の天才だ」と言わしめた初期の大胆な撮影・編集手法は、しだいに影をひそめるようになった。

1988年 - 2000年 『ゴダールの映画史』(『言葉の力』 - 『オールド・プレイス』)

1990年代のゴダールは『映画史』の製作に没頭することになった。これは19世紀末から始まる世界の映画史全体をふりかえる構想で、ビデオ作品として製作・発表された。その構成要素は、1950年代までのハリウッド、ヌーヴェルヴァーグを中心としたフランス、イタリアのネオ・レアリスモドイツ表現主義およびロシア・アヴァンギャルド等、その他ヨーロッパ諸国の作品が圧倒的多数を占め、非欧米圏からは日本から4人の作家(溝口健二小津安二郎大島渚勅使河原宏)とインドのサタジット・レイ、イランのアッバス・キアロスタミ、ブラジルのグラウベル・ローシャ、台湾の侯孝賢が参照されている。

この時期に作られた『新ドイツ零年』(1991年)や『JLG/自画像』(1995年)でも、映画史上のさまざまな作品を引用する手法は踏襲されている。ほかに『ヌーヴェルヴァーグ』(1990年)、『フォーエヴァー・モーツアルト』(1996年)がある。

2001年 -

『映画史』が完成するころからさまざまな短篇群、オムニバス作品に積極的に参加するようになり、ゴダールが監督として、あるいは俳優として参加した映画作品は、140を超える[12]。2014年、3D映画『さらば、愛の言葉よ』で第67回カンヌ国際映画祭審査員賞を受賞している[13]。2018年に公開された『イメージの本』は、『映画史』を彷彿とさせる無数の映画作品のコラージュで構成されている。

フィルモグラフィー編集

監督作品のうち主な長編映画のみ記載。詳細はジャン=リュック・ゴダール監督作品一覧Category:ジャン=リュック・ゴダールの監督映画ジャン=リュック・ゴダール出演作品一覧を参照。

受賞歴編集

著作編集

  • 『ゴダール 映画史(全)』奥村昭夫訳、ちくま学芸文庫、2012
  • 『ゴダール全集』蓮實重彦・柴田駿監訳、竹内書店、1970
  • シリル・ベジャン編『ディアローグ : デュラス : ゴダール全対話』福島勲訳、読書人 、2018
  • アラン・ベルガラ編『ゴダール全評論・全発言〈1〉1950‐1967』奥村昭夫訳、筑摩書房、1998
  • アラン・ベルガラ編『ゴダール全評論・全発言〈2〉1967-1985』奥村昭夫訳、筑摩書房、1998
  • アラン・ベルガラ編『ゴダール全評論・全発言〈3〉1984-1998』奥村昭夫訳、筑摩書房、2004
  • Godard, Jean-Luc: The Future(s) of Film, Berlin: Verlag Gachnang & Springer, 2002.

関連文献編集

  • Bergala, Alain. Jean-Luc Godard au travail: Les années 60, Cahiers du Cinema, 1998.(アラン・ベルガラ『六〇年代ゴダール : 神話と現場』奥村昭夫訳、筑摩書房 2012)
  • Brenez, Nicole (ed.) Jean-Luc Godard: Documents, Centre Georges Pompidou, 2006.
  • Brody, Richard. Everything Is Cinema: The Working Life of Jean-Luc Godard, New York : Metropolitan Books/Henry Holt & Co., 2008.
  • Chiesi, Roberto, Jean-Luc Godard, Roma : Gremese.
  • Dixon, Wheeler Winston. The Films of Jean-Luc Godard. Albany: State University of New York Press, 1997.
  • Loshitzky, Yosefa. The Radical Faces of Godard and Bertolucci, Wayne State UP, 1995.
  • MacCabe, Colin. Godard: A Portrait of the Artist at 70. London: Bloomsbury, 2003.(コリン・マッケイブ『ゴダール伝』堀潤之訳、みすず書房、2007)
  • MacCabe, Colin. Godard: Images, Sounds, Politics. London: Macmillan, 1980.
  • Morrey, Douglas. Jean-Luc Godard. Manchester: Manchester University Press, 2005.
  • Silverman, Kaja and Harun, Farocki. Speaking About Godard. New York: New York University Press, 1998.
  • Sterrit, David. The Films of Jean-Luc Godard: Seeing the Invisible. Cambridge: Cambridge University Press, 1999.
  • Temple, Michael et al. (eds.) For Ever Godard. London: Black Dog Publishing, 2007.
  • Temple, Michael and James S. Williams (eds.) The Cinema alone: Essays on the Work of Jean-Luc Godard 1985-2000. Amsterdam: Amsterdam University Press. 2000.
  • Temple, Michael et al. (eds.) Jean-Luc Godard: Documents, Paris: Centre Georges Pompidou, 2007.


邦語

  • 浅田彰・松浦寿輝『ゴダールの肖像 増補改訂版』大野裕之編、とっても便利出版部、2000
  • カイエ・デュ・シネマ・ジャポン編集委員会編『ゴダールとストローブ=ユイレによる映画』勁草書房、1997
  • 郡淳一郎編『ゴダール : 映画史 : テクスト = Jean-Luc Godard : histoire(s) du cinéma : texte』愛育社、2000
  • 小松祐夫『ゴダールの黙示録 : Jean-Luc Godard : Helas pour moi!』新風舎、2006
  • 小松祐夫『ゴダールの文法』新風舎、2000
  • 佐々木敦『ゴダール原論 : 映画・世界・ソニマージュ』新潮社、2016
  • 佐々木敦『ゴダール・レッスン : あるいは最後から2番目の映画』新装版、フィルムアート社、1998
  • 杉原賢彦『ゴダールに気をつけろ!』フィルムアート社、1998
  • 蓮實重彦編『光をめぐって : 映画インタヴュー集』筑摩書房、1991
  • 蓮實重彦『ゴダール マネ フーコー : 思考と感性とをめぐる断片的な考察』NTT出版、2008
  • 蓮實重彦『ゴダール革命』筑摩書房、2005
  • 平倉圭『ゴダール的方法』インスクリプト、2010
  • 松浦寿輝『ゴダール』筑摩書房、1997
  • 山田宏一『ゴダール、わがアンナ・カリーナ時代』ワイズ出版、2010
  • 四方田犬彦『ゴダールと女たち』講談社現代新書、2011
  • 四方田犬彦・堀潤之編『ゴダール・映像・歴史 : 『映画史』を読む』産業図書、2001

雑誌特集など

  • 『ジャン=リュック・ゴダール』、エスクァイア・マガジン・ジャパン、改訂版2003、初版1998
  • 現代思想 ゴダールの神話 臨時増刊号』青土社、1995
  • ユリイカ 60年代ゴダール』1998年10月号、青土社
  • 『ユリイカ ゴダールの世紀』2002年5月号、青土社
  • 『ユリイカ 詩と批評 特集ゴダール』2015年1月号、青土社 
  • 『KAWADE夢ムック ゴダール 〈文藝別冊〉』河出書房新社、2002

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ a b “アカデミー名誉賞の欠席を正式表明”. シネマトゥデイ. (2010年10月26日). https://www.cinematoday.jp/news/N0027900 2017年10月1日閲覧。 
  2. ^ a b “ゴダール監督『これではオスカーじゃない』アカデミー賞から分離された名誉賞への出席に難色”. 映画.com. (2010年10月27日). http://eiga.com/news/20101027/3/ 2017年10月1日閲覧。 
  3. ^ Brody, R. , Everything Is Cinema: The Working Life of Jean-Luc Godard (2008); Boslaugh, Sarah, and Boslaugh. "Godard, Jean–Luc (1930–)." Encyclopedia of the Sixties: A Decade of Culture and Counterculture, edited by James S. Baugess, and Abbe Allen DeBolt, Greenwood, 1st edition, 2011.
  4. ^ Morrey, Douglas. Jean-Luc Godard. Manchester University Press Manchester, 2005.
  5. ^ http://www.imdb.com/title/tt0053472/
  6. ^ ““スペシャル・パルムドール”受賞のゴダールがビデオ通話で会見!カンヌ受賞結果一覧”. Movie Walker. (2018年5月20日). https://news.walkerplus.com/article/147438/ 2018年11月2日閲覧。 
  7. ^ http://www.imdb.com/title/tt0053472/
  8. ^ The film employed various techniques such as the innovative use of jump cuts ,//Brody, p. 69.
  9. ^ アナーキストを題材に取ったフランス以外の映画としては、マーロン・ブランド主演の『蛇皮の服を着た男』(1960年、アメリカ)がある。
  10. ^ a b c 史上初めて会期途中で映画祭が中止、カンヌを震撼させた「1968年」AFP, 2008年5月13日
  11. ^ なお、この映画は本来ならレコーディングは完了せずに終る予定であり、未完であることにこそ本質的な意味があるとゴダールは考えていたのであるが、制作者側の商業的な意図により作品の最後で完成した「悪魔を憐れむ歌」が挿入されてしまった。ゴダールが激怒したのは言うまでもない。この作品はゴダールが活動資金稼ぎを目的として制作されたもので、中期に位置するものの商業映画(イギリス資本)としてゴダールの署名で制作されている。
  12. ^ Jean-Luc Godard: Documents, éditeur : Centre Georges Pompidou, Paris, 2006.
  13. ^ Shoard, Catherine (2014年5月24日). “Cannes 2014: Winter Sleep takes Palme d'Or in ceremony of upsets”. The Guardian. 2014年10月20日閲覧。

外部リンク編集