ジョージ・ハーヴィー (第2代ブリストル伯爵)

第2代ブリストル伯爵、ヨハン・ツォファニー英語版作、1765年頃。

第2代ブリストル伯爵英語版ジョージ・ウィリアム・ハーヴィー英語: George William Hervey, 2nd Earl of Bristol1721年8月31日 - 1775年3月18日/20日[1])は、グレートブリテン王国の貴族、政治家。第2代ハーヴィー男爵ジョン・ハーヴィーメアリー・レペルの長男[1]

数年間従軍した後、1755年にイギリスの特命公使英語版としてトリノに派遣された[1]。1758年から1761年までマドリード駐在イギリス大使であり、難しい状況にありながらよく務めた[1]。政治では大ピットを支持した[1]

1766年にアイルランド総督に短期間就任したが、その間にアイルランドを訪れることはなかった[1]。続いて王璽尚書に転じた後、1770年1月にジョージ3世国王室内用便器掃除係英語版になった。未婚のまま死去したため、爵位は弟のオーガスタス・ジョン・ハーヴィーが継承した[1]

脚注編集

  1. ^ a b c d e f g   Chisholm, Hugh, ed. (1911). "Bristol, Earls and Marquesses of" . Encyclopædia Britannica (英語) (11th ed.). Cambridge University Press.
外交職
先代:
ロッチフォード伯爵英語版
トリノ駐在イギリス特命公使英語版
1755年 - 1758年
次代:
ジェームズ・ステュアート=マッケンジー英語版
先代:
ベンジャミン・キーン英語版
スペイン駐在イギリス大使英語版
1758年 - 1761年
空位
英西戦争英語版により派遣せず
次代の在位者
ロッチフォード伯爵英語版
公職
先代:
ハートフォード伯爵
アイルランド総督
1766年
次代:
タウンゼンド子爵
先代:
チャタム伯爵
王璽尚書
1768年 - 1770年
次代:
ハリファックス伯爵
イングランドの爵位
先代:
ジョン・ハーヴィー
ブリストル伯爵
1751年 - 1775年
次代:
オーガスタス・ジョン・ハーヴィー