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スカーズデール男爵カーゾン家の紋章

スカーズデール子爵: Viscount Scarsdale)は、連合王国貴族子爵位。

1761年創設のグレートブリテン貴族スカーズデール男爵位を前身とし、5代目のスカーズデール男爵位を継承するジョージ・カーゾン1911年にカーゾン伯位やレイブンズデール男爵位とともに与えられたのに始まる(さらに1921年にはカーゾン侯に叙される)。彼には男子がなく、彼の死とともにカーゾン侯位やカーゾン伯位は廃絶したが、スカーズデール子爵位には特別継承者の規定が付けられていたため、スカーズデール男爵位とともに甥に継承されて存続した。2019年現在の当主は第4代スカーズデール子爵ピーター・カーゾン英語版

歴史編集

 
スカーズデール子爵カーゾン家邸宅ケドルストン・ホール英語版

ケドルストン荘園(Kedleston estate)の地主で、ブラックリー選挙区英語版ダービーシャー選挙区英語版から選出されて庶民院議員を務めたジョン・カーゾン英語版(1599頃–1686)は、1636年6月18日ノヴァスコシア準男爵[1]1641年8月11日にイングランドの準男爵位を与えられた[2][3]

その曾孫の第5代準男爵サー・ナサニエル・カーゾン英語版(1726–1804)クリザーロー選挙区英語版やダービーシャー選挙区から選出されてトーリー党の庶民院議員を務めた後、1761年4月9日グレートブリテン貴族爵位ダービー州におけるスカーズデールのスカーズデール男爵(Baron Scarsdale, of Scarsdale in the County of Derby)に叙され、貴族院議員に転じた[4][5][6]

その玄孫で5代スカーズデール男爵位を継承するジョージ・ナサニエル・カーゾン(1859–1925)は、歴代当主の中で最も著名な人物である。彼は1899年から1905年にかけてインド総督を務めてインド支配の強化に努め、第一次世界大戦中には挙国一致内閣で閣僚職を歴任し、戦後の1919年から1924年にかけては外務大臣を務めて戦後処理に携わった政治家である。爵位も急上昇し、襲爵前の1898年11月11日にはアイルランド貴族ダービー州におけるケドルストンのケドルストンのカーゾン男爵(Baron Curzon of Kedleston, of Kedleston in the County of Derby)、同じく襲爵前の1911年11月2日連合王国貴族ダービー州におけるケドルストンのケドルストンのカーゾン伯爵(Earl Curzon of Kedleston, of Kedleston in the County of Derby)とダービー州におけるスカーズデールの初代スカーズデール子爵(Viscount Scarsdale, of Scarsdale in the County of Derby)[2][7]ダービー州におけるレイブンズデールの初代レイブンズデール男爵(Baron Ravensdale, of Ravensdale in the County of Derby)に叙せられた[8]。このうちスカーズデール子爵位は男子なき場合に父(4代スカーズデール男爵アルフレッド・カーゾン(1831–1916))の男系男子に継承される旨の特別継承者(Special remainder)の規定があり[2]、同じくレイブンズデール男爵位にも男子なき場合に娘とその男系男子に継承される旨の特別継承者の規定があった[8]。さらに1916年の父の死により第5代スカーズデール男爵位を継承し、1921年6月28日には連合王国貴族ケドルストンのカーゾン侯爵(Marquess Curzon of Kedleston)に叙せられた[9]

1925年にカーゾン侯が男子のないまま死去するとカーゾン侯爵位とカーゾン伯爵位、カーゾン男爵位は廃絶した。一方スカーズデール子爵位とスカーズデール男爵位、2つの準男爵位は甥(弟アルフレッドの長男)にあたるリチャード・カーゾンに継承された[2](一方レイブンズデール男爵位はカーゾン侯の娘によって継承された[8])。

2代子爵リチャードにも男子がなく、3代子爵は従兄弟のフランシス・カーゾン英語版(1924–2000)が継承した。彼の死後はその長男ピーター・カーゾン英語版(1949-)が4代子爵位を継承し、2016年現在に至っている[9]

本邸はダービー州ケドルストン英語版にあるケドルストン・ホール英語版である[2]

日本在住のハーブ研究家ベニシア・スタンリー・スミスは2代子爵リチャードの三女ジュリアとジョージ・スタンリー・スミスの間の次女にあたる[10]

現当主の保有爵位・準男爵位編集

現在の当主である第4代スカーズデール子爵ピーター・カーゾン英語版は以下の爵位・準男爵位を保有している[2]

  • ダービー州におけるスカーズデールの第4代スカーズデール子爵
    (4th Viscount Scarsdale, of Scarsdale in the County of Derby)
    (1911年11月2日勅許状による連合王国貴族爵位)
  • ダービー州におけるスカーズデールの第8代スカーズデール男爵
    (8th Baron Scarsdale, of Scarsdale in the County of Derby)
    (1761年4月9日の勅許状によるグレートブリテン貴族爵位)
  • (ダービー州におけるケドルストンの)第12代準男爵
    (12th Baronet, "of Kedleston, co. Derby")
    (1641年8月11日の勅許状によるイングランド準男爵位)
  • (ダービー州におけるケドルストンの)第12代準男爵
    (12th Baronet, "of Kedleston, co. Derby")
    (1636年6月18日の勅許状によるノヴァスコシア準男爵位)

一覧編集

(ケドルストンの)準男爵 (1641年)編集

スカーズデール男爵 (1761年)編集

ケドルストンのカーゾン侯 (1921年)編集

スカーズデール子爵 (1911年)編集

家系図編集

脚注編集

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出典編集

  1. ^ 'Alumni Oxonienses, 1500-1714: Covert-Cutts', Alumni Oxonienses 1500-1714 (1891), pp. 338-365. Date accessed: 2 June 2012
  2. ^ a b c d e f Heraldic Media Limited. “Scarsdale, Viscount (UK, 1911)” (英語). Cracroft's Peerage The Complete Guide to the British Peerage & Baronetage. 2016年3月5日閲覧。
  3. ^ Lundy, Darryl. “Sir John Curzon, 1st Bt.” (英語). thepeerage.com. 2016年3月5日閲覧。
  4. ^ The London Gazette: no. 27016. p. 6140. 1898年10月21日。
  5. ^ Heraldic Media Limited. “Scarsdale, Baron (GB, 1761)” (英語). Cracroft's Peerage The Complete Guide to the British Peerage & Baronetage. 2016年3月5日閲覧。
  6. ^ Lundy, Darryl. “Nathaniel Curzon, 1st Baron Scarsdale” (英語). thepeerage.com. 2016年3月5日閲覧。
  7. ^ The London Gazette: no. 28547. p. 7951. 1911年11月3日。
  8. ^ a b c Heraldic Media Limited. “Ravensdale, Baron (UK, 1911)” (英語). Cracroft's Peerage The Complete Guide to the British Peerage & Baronetage. 2016年3月8日閲覧。
  9. ^ a b Heraldic Media Limited. “Curzon of Kedleston, Marquess (UK, 1921 - 1925)” (英語). Cracroft's Peerage The Complete Guide to the British Peerage & Baronetage. 2016年3月8日閲覧。
  10. ^ Lundy, Darryl. “Hon. Juliana Eveline Curzon” (英語). thepeerage.com. 2016年3月7日閲覧。

関連項目編集