スキーマ療法(スキーマりょうほう、Schema therapy)とは、ジェフェリー・ヤング英語版(Jeffrey E. Young)により開発された、パーソナリティ障害およびDSM-I軸障害の治療法であり、他の治療法(例えば伝統的な認知行動療法)などに効果を示さない、もしくは再発するケースに用いられている。スキーマ療法は、認知行動療法、精神分析対象関係論愛着理論ゲシュタルト療法など[1]といった既存の療法から理論と技法を取り入れた、統合的心理療法である[2]

はじめに編集

スキーマ療法には4つの主要コンセプトが存在し、それは早期不適応スキーマ(あるいは単にスキーマ)、コーピングスタイル、スキーマモード中核的感情要求である[3]

  1. 認知心理学においてスキーマ(schema)とは、思考と行動における組織化されたパターンとされている。それは先入観に由来する精神構造、世界の何らかの面を記載したフレームワーク、新しい情報を体系化して知覚するシステムなどとも言い換えられる。そしてスキーマ療法においてスキーマは特定の早期不適応スキーマを指し、それは具体的には「知覚、感情、肉体感覚における、自己敗北的な生活パターン」と定義される[1]。それらはしばしば、自分や世界に関する信念の形を取る。例えば、見捨てられスキーマAbandonment[4]を持つ人は、当人が知覚した価値に対して過敏であろうから(感情的なスイッチやトリガーを抱えている)、その結果、彼は彼の対人関係において悲しみを感じ、パニックになる可能性がある。
  2. コーピングスタイル(Coping styles)とは、スキーマに対する人の行動的応答であり、3つの潜在的な対応スタイルが存在する。「回避」では、スキーマが活性化する状況を回避しようとする。「降伏」ではスキーマに参加し、それに対して闘おうとせず、その恐怖の結果が避けられないことを前提に行動を変える。「反撃」は「過補正」とも呼ばれ、スキーマの恐れた結果が起こらないよう、特別な作業をする。これらの不適応コーピングスタイル(回避、降伏、過補償)は、しばしばスキーマの強化につながる[5]
    例えば「見捨てられスキーマ」を例に取ると、そのスキーマを持つ人は見捨てられた時の恐ろしさを想像して、他人との関係が親密になることに制限を課して自分を守るように行動するかもしれない(=回避コーピングスタイル)。その結果によって生じた、寂しさや実際の人間関係の喪失は、その人の「放棄」のスキーマをさらに強化するであろう。他の例として、欠陥スキーマDefectiveness schema)を挙げると、そのスキーマを持つ人は、彼が不調であると感じるような状況を避けたり、アディクション中毒や注意散漫で感情を麻痺させようとするかもしれない(=回避コーピングスタイル)。 または、自分自身を守ることなく不公平な批判を容認したり(=降伏コーピングスタイル)、超人的になるよう余分な努力を払うかもしれない(=過補償コーピングスタイル)[6]
  3. モード(Modes)とは、スキーマとコーピングスタイルを一時的な「運用セット」に保管して、頻繁にいつでも移行できるようにしている心の状態である[7]。例えば「脆弱な子供モード(Vulnerable Child mode)」[4]は、放棄、不良、不信/乱用のスキーマと、降伏のコーピングスタイルがセットになっている心の状態であろう。
  4. 患者の小児期に中核的感情要求(basic emotional needs)が満たされていないと、これらのスキーマ、コーピングスタイル、およびモードが発達する可能性がある[8]。この要求には、結びつき、相互性、相反性、フロー、自律性などがあるとされている[8]。例えば親の死別、離婚、アディクションなどによって、児童がこれらの要求に結びつくことができないと「見捨てられスキーマ」が形成されるであろう。

スキーマ療法は、患者の中核的感情要求を満たすことを助けることで、以下を目指す。

  • スキーマに関する感情記憶・身体的感触の強度を減少させ、スキーマに関連する認知パターンを変化させることによって、スキーマを癒す。
  • 不適切な対処方法・反応を、適切な行動パターンで置き換える[9]

中核的感情要求編集

 
マズローの自己実現理論

Youngは、次の5つの中核的感情要求を見出している[10]

  1. 愛してもらいたい。守ってもらいたい。理解してもらいたい。
  2. 有能な人間になりたい。いろんなことがうまくできるようになりたい。
  3. 自分の感情や思いを自由に表現したい。
  4. 自由にのびのびと動きたい。楽しく遊びたい。生き生きと楽しみたい。
  5. 自立性のある人間になりたい。ある程度セルフコントロールできるしっかりとした人間になりたい。

それぞれが阻害されることで、以下の5つの領域の傷つきが発生するとされる[10]

  1. 人とのかかわりが断絶されること[10]
  2. 「できない自分」にしかなれないこと[10]
  3. 他人を優先し、自己を抑えること[10]
  4. 物事を悲観し、自分や他人を追い詰めること[10]
  5. 自分勝手になりすぎること[10]

早期不適応スキーマ編集

早期不適応スキーマ(Early maladaptive schemas)とは、子供時代に確立された、人生の全体に繰り返される、自己敗北的な感情的・認知的パターンである[1]。それらは過去の傷、悲劇、恐怖、虐待、ネグレクト、安全性のニーズの非充足、放棄、一般に正常な人間の愛情の欠如などなど、感情的な思い出で構成されている。スキーマには、それら感情的記憶に関連する、身体感覚も含まれ得る。

スキーマ領域(Schema domains)とは、Young, Klosko & Weishaar (2003)によって発見された18の早期不適応スキーマの5つのカテゴリーである[3]

第一領域:切断と拒否編集

Disconnection/Rejection 人とのかかわりが断絶されること[10]

  1. Abandonment/Instability 見捨てられスキーマ[10]
  2. Mistrust/Abuse 不信・虐待スキーマ[10]
  3. Emotional Deprivation 「愛されない」「分かってもらえない」スキーマ[10]
  4. Defectiveness/Shame 欠陥・恥スキーマ[10]
  5. Social Isolation/Alienation 孤立スキーマ [10]

第二領域:自立性とパフォーマンスの障害編集

Impaired Autonomy and/or Performance 「できない自分」にしかなれないこと[10]

  1. Dependence/Incompetence 無能・依存スキーマ[10]
  2. Vulnerability to Harm or Illness [10]「この世は何があるかわからないし、自分はそれにいとも簡単にやられてしまう」スキーマ[10]
  3. Enmeshment/Undeveloped Self 巻き込まれスキーマ[10]
  4. Failure 失敗スキーマ[10]

第三領域:他者へとの方向性編集

Other-Directedness 他人を優先し、自己を抑えること[10]

  1. Subjugation 征服スキーマ[10]
  2. Self-Sacrifice 自己犠牲スキーマ[10]
  3. Approval-Seeking/Recognition-Seeking 「ほめられたい」「評価されたい」スキーマ[10]

第四領域:過度の警告と禁止編集

Overvigilance/Inhibition 物事を悲観し、自分や他人を追い詰めること[10]

  1. Negativity/Pessimism 否定・悲観スキーマ[10]
  2. Emotional Inhibition 感情抑制スキーマ[10]
  3. Unrelenting Standards/Hypercriticalness 完璧主義的「べき」スキーマ[10]
  4. Punitiveness 「できなければ罰せられるべき」スキーマ[10]

第五領域:壊れた限界編集

Impaired Limits 自分勝手になりすぎること[10]

  1. Entitlement/Grandiosity俺様」「女王様」スキーマ[10]
  2. Insufficient Self-Control and/or Self-Discipline自分をコントロールできない」スキーマ[10]

スキーマモード編集

スキーマモード(Schema modes)とは、その人がある時に経験する瞬間的な心の状態である。パーソナリティ障害の患者においては、スキーマモードはより深刻で硬直な心の状態であり、他のパーソナリティから分離されているように観察される。

スキーマモードの分類編集

Young、Klosko、Weishaar(2003)らは、4つのカテゴリにグループ化された、10のスキーマモードを特定している。4つのカテゴリには、子供モード、不適応的コーピングモード、機能不全の親モード、健康な大人モードがある。

  1. 子供モード(Child)
    • 傷ついた子供モード(Abandoned Child )
    • 怒っている子供モード(Angry Child) - 悲鳴、破壊行為、他害行為などがあげられる。
    • 衝動的な子供モード(Impulsive Child) - 無謀運転、物質乱用自傷行為、ギャンブルなどがあげられる。
    • 幸せな子供モード(Happy Child)
  2. 不適応的コーピングモード(Dysfunctional Coping)
    • 従順な降伏者モード(Compliant Surrenderer)
    • 分離可能な防具モード(Detached Protector)
    • 過剰補償モード(Overcompensator)
  3. 機能不全の親モード(Dysfunctional Parent)
    • 懲罰的な親モード(Punitive Parent)
    • 要求的な親モード(Demanding Parent)
  4. 健康な大人モード(Healthy Adult)

治療においては、健康な大人モードに到達することを目指している。

脚注編集

  1. ^ a b c Young, Klosko & Weishaar 2003, p. 6; van Vreeswijk, Broersen & Nardort 2012, pp. 3–26
  2. ^ Kellogg & Young 2008.
  3. ^ a b Young, Klosko & Weishaar 2003, pp. 7, 9, 32, 37
  4. ^ a b Following the convention in Young, Klosko & Weishaar (2003), the names of schemas and modes are capitalized. They are also italicized in this article for clarity.
  5. ^ Young, Klosko & Weishaar 2003, p. 32.
  6. ^ Young, Klosko & Weishaar 2003, pp. 33, 38.
  7. ^ Young, Klosko & Weishaar 2003, p. 37
  8. ^ a b Young, Klosko & Weishaar 2003, p. 9
  9. ^ Young, Klosko & Weishaar 2003.
  10. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae 伊藤絵美 『つらいと言えない人がマインドフルネスとスキーマ療法をやってみた』 医学書院、2017年、141-158頁。ISBN 978-4260034593 

参考文献編集

さらに読む編集

専門書編集

当事者向けのセルフヘルプ文献編集

  • J.E.ヤング, J.S.クロスコ・著 鈴木孝信・訳「自分を変えれば人生が変わる あなたを困らせる10の[性格の癖]」金剛出版, 2018年(Reinventing your lifeの邦訳)

外部リンク編集