仏塔(ぶっとう)とは、仏舎利釈迦の遺体・遺骨、またはその代替物)を安置した仏教建築をいう。卒塔婆(そとば)、塔婆(とうば)、(とう)、ストゥーパ供養塔とも呼ばれる。

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名称編集

ストゥーパサンスクリット語: स्तूप, stūpa)とはサンスクリット語で「高く顕れる」という意味であり、仏教の世界観である涅槃の境地を象徴している[1]。 ストゥーパが古代インドから中国に仏教が伝来した際、 は「卒塔婆」と音訳された。「塔婆」や「塔」はこの略である。

西洋では「仏塔」を指す語に、二種の出自の異なる語、ストゥーパstupa)とパゴダpagoda)である(それぞれの言語によって、語形に多少の違いがある)。後者はポルトガル語 pagode に由来するとされるが、さらにそれ以前に何語のなんという言葉が、このように転訛したのかははっきりしない。ペルシア語の but-kadah (神像の寺)からという説、サンスクリット語 bhagavat (聖)からという説、 ビルマ語のパヤ(Paya)とスリランカでのストゥーパの呼称ダーゴバ(Dāgoba)が結合したという説[1] などがある。いずれの語も仏塔全般を表しうる言葉であるが、ストゥーパはインド風のものを、パゴダは極東風のものを意味することが多い。パゴダは少々意味が広く、仏塔に限らず、層塔のような設計をした通常の宗教建築を指すこともある。

歴史編集

起源編集

ストゥーパはもともと、仏教の開祖の釈迦荼毘に付された際に残された仏舎利を納めたである。 釈迦入滅後に仏舎利は8つに分けて配られ、容器と灰土を合わせて10基のストゥーパが造られた。アショーカ王はそれらのストゥーパを壊して8万4000に細分化し、各地に新たなストゥーパを建設したといわれる[1]。 その後、仏教が各地へ広まると、仏教の盛んな地域にもストゥーパが建てられ仏舎利を祀るようになった。

その後、ストゥーパが増え仏舎利が不足すると、宝石経文高僧遺骨などを、しかるべき読経などをしたうえで仏舎利とみなすようになった。

アショーカ王時代のストゥーパの原型は、円筒形の台基の上に覆鉢と呼ばれる半球体を乗せたドーム状の構造物である[1]。覆鉢の頂点に平頭と呼ばれる仏舎利を収めた箱が置かれ、その上に傘蓋が付けられた。 古代インドでは、貴人の頭上に傘蓋(さんがい)をかざして歩いたことから、傘蓋は尊貴のシンボルとされ、やがてストゥーパに対する供養としての傘蓋は幾重にも重なり、楼閣・塔となっていった。 塔の頂部につけられる相輪は、原初的な仏塔にある傘蓋の発展したものと言われる。 こうした原初的な形態に近いストゥーパはスリランカネパールに見ることができる。

グプタ朝の時代にサールナートブッダガヤで、それまでのドーム状ストゥーパとは全く異なる高塔形式のストゥーパが造られた。続くクシャーナ朝では、台基の下に基壇が設けられた縦長のプロポーションとなり、基壇全体に装飾が施されるようになった。

伝搬と発展編集

中国
ストゥーパはの時代に中国に伝わり、木造建築の影響を受けて形が変わった。中国ではストゥーパに「塔」の字が当てられた。
日本
ストゥーパは中国を経由し日本に伝播した。日本では五重塔三重塔多宝塔など、木材など)を使って建てられることが多い。なお、小型のもの(宝篋印塔五輪塔など)は石造や金属製(青銅など)のものが多い。形は大きく変わったものの、本来のストゥーパのもつ意味は変わっていない。多くは信者の寄進によって立てられる。
東南アジア
ミャンマータイ王国など東南アジアのストゥーパは、セイロン仏教とともにヒンドゥー建築の影響を強く受けている[1]。パゴダの類型は時代によって変化しているが、円形もしくは方形の基壇をピラミッド状に積み上げ、釣り鐘型の覆鉢と滑らかにつながった構造が基本となっている。イラワジ川周辺のストゥーパ群はミャンマー最古のパゴダの遺例だが、7世紀のボーボージー・パゴダに見られる上に伸びた砲弾型の覆鉢など、原初のストゥーパとは異なった特徴を持つ。パガン王朝の時代には多くの堂塔が造られたが、祠堂の上にパゴダ状の塔を乗せたものが一般的である。一方、1814年にジャワ島で発見されたなボロブドゥール遺跡は、林立するストゥーパ群という異例の形態をもつ。8世紀にシャイレーンドラ朝に伝わった密教の影響により、ストゥーパによって曼荼羅を描いているという説もある[1]

各地の仏塔編集

インド編集

インドに現存する仏塔としては、紀元前3世紀アショーカ王によって建立されたサーンチーの塔が有名である。

スリランカ編集

スリランカ北部のアヌラーダプラにはかつて首都が置かれ、またスリランカの仏教の中心として大きな寺院がいくつもあった。その遺構としてアバヤギリ・ダーガバ英語版を始めとして規模の大きなストゥーパが散在している。

中国編集

の時代に中国へ伝わったとき、中国本土建築様式と結合し中国式の仏塔となった。中国の仏塔の頂にある相輪はストゥーパの尖塔をかたどったものである。

ストゥーパはサンスクリット語で、漢訳仏典では卒塔婆と音写され、塔婆(とうば)とも略す。

元朝になると、仏教が再び盛んになり、卒塔婆は再び中国に広まった。この塔は覆鉢式塔(仏舎利塔)と呼ばれる。

日本編集

 
仏塔とタワー(八坂の塔(手前)と京都タワー(奥))

日本中に仏塔はある。ストゥーパの音写の「卒塔婆(そとば)」もしくは「塔婆(とうば)」を略した「塔(とう)」は、高層仏教建築物を指したわけであるが、それが転じて、細くて高い建築物全般が「塔」と呼ばれるようになっていった。

層塔・多層塔

三重塔五重塔多宝塔などのように2階建て以上の仏塔のことを「層塔(そうとう)」や「多層塔(たそうとう)」と呼ぶ。原則的には、奇数層となる。三重塔・五重塔などのように階層が低い場合は木造建築のものが多いが、談山神社十三重塔のように階層が高くなると石造のものが多い。(なお、三重塔や五重塔でも庭に置くような小さいものは石造のものもある。)

その他編集

板塔婆編集

 
木製の供養塔。板塔婆とも卒塔婆とも。

板塔婆とは、追善供養のために用いられる木の板のこと。しばしば先端がストゥーパのような形に仕上げられており、ストゥーパに由来するものではある。だがこれ自体が信仰の対象ではなく、故人の追善供養のために用いられている。

ミャンマー・タイ・パキスタン編集

脚注編集

参考文献編集

関連項目編集

外部リンク編集