スベリヒユ

スベリヒユ科スベリヒユ属の一年生植物

スベリヒユ(滑莧[3]・滑り莧[4]学名: Portulaca oleracea[5])は、スベリヒユ科スベリヒユ属一年生植物。代表的なC4植物[6]、食べられる野草としても知られる。

スベリヒユ
スベリヒユ
分類APG III
: 植物界 Plantae
階級なし : 被子植物 Angiosperms
階級なし : 真正双子葉類 Eudicots
階級なし : コア真正双子葉類 Core eudicots
: ナデシコ目 Caryophyllales
: スベリヒユ科 Portulacaceae
: スベリヒユ属 Portulaca
: スベリヒユ P. oleracea
学名
Portulaca oleracea
L. (1753)[1]
和名
スベリヒユ(滑莧)
オオスベリヒユ
タチスベリヒユ
パースレイン
英名
Common Purslane
little hogweed
pursley
変種
  • タチスベリヒユ
    P. o. L. var. sativa (Haw.) DC.[2]

名称 編集

和名スベリヒユの「スベリ」の語源は諸説あり、葉っぱや茎にツルツル滑るような光沢があることに由来するという説や[7]、茎や葉を食べるときに、茹でた際に出るぬめりに由来するという説がある[7][8][9]。「ヒユ」は、ヒユ科ヒユに姿が似ているともいわれ[6]、莧(草かんむりに「見」の字を当てる。別名、オオスベリヒユ[5]、タチスベリヒユ[5]。日本の地方によって、アカジャ[4]、アカヂシャ[10]、ウマビユ[10]、オヒョウ[10]、ウマビユ[3]、ゴシキソウ[4]、スベラヒョウ[10]、トンボグサ[11][4]、チギリグサ[11]、ヌメリグサ[4]、ネガタ[4]、ヒデリクサ[3]、ヒョウ[3]、ヒョウナ[3]の方言名でもよばれている。

中国植物名(漢名)では生薬名にもなっている馬歯莧(ばしけん)[5][11]のほか、馬歯菜、五行草、酸莧、豬母菜、地馬菜、馬蛇子菜、長寿菜、老鼠耳、宝釧菜など複数の呼び名がある。

分布・生育地 編集

世界熱帯から温帯にかけて幅広く分布し、日本全土で見られる[12]。平地の市街地周辺に分布する[13]

乾燥耐性があり、路傍空き地土手荒れ地などの日当たりの良い所に自然に生え、よくふえる[12][10][7][3]農業においては畑作害草として知られ、全般的に執拗な雑草[14]として嫌われる傾向にあるが[10]、地域によっては食料として畑作もされており、栄養の豊富なスーパーフードとも呼ばれる。

形態・生態 編集

一年生草本[15]マツバボタンのなかまで、見かけも似ているが、極めて繁殖力が旺盛な植物である[4]。全体に多肉質で無毛、はつやつやした円柱状で、赤紫色を帯び、根元からよく分枝して地を這い、ときに斜めに立って高さ30 - 50センチメートル (cm) となって枝分かれする[15][12][13]は長さ1 - 3 cmと小さく、肉厚の倒卵形から長円形のへら形、全縁で葉先はやや凹み、柄はごく短く互生する[15][12][13]

花期はから初秋(7 - 9月)で[4][9]、枝先に集まっている葉の間に、5弁の小さな黄色いを数個咲かせる[15][12][13]。花径は6 - 7ミリメートルほどで[16]、日が当たると花が開き[15]、暗いと閉じる[13]。花弁はふつう5個、雄しべに触れると動く[9]。花が終わると楕円形の果実をつけ、熟すと上半分が帽子状に取れるカプセル状の蓋果で、中から極小の黒色の種子が多数落ちて散布される[15][12][3][17]。多くの種をつけることが知られており、大きな株で24万個という記録もある[6]

雑草として引き抜いて置いても、茎葉はしおれず、容易には枯れない強さがある[15]。寒さに弱く、種子は気温が高くならないと発芽しない[15]C4型光合成を行なうと同時にCAM型光合成(CAM[18])を行う多肉植物で[19]光合成に必要な二酸化炭素を夜間に気孔を開いて取り込む性質があり、昼間は気孔を開かずに取り込んだ二酸化炭素で光合成をするため、乾燥した土地でも水分の蒸散を極力少なくできると考えられている[6]。このため、液胞に蓄積されたリンゴ酸に由来する酸味があり、ぬめりのある独特の食感を持つ。

利用 編集

 
スベリヒユを用いたサラダ、クレタ島

畑の雑草として知られる身近な野草でありながら、独特のぬめりと酸味がある強壮食品で、栄養価も高いともいわれている[4]。全草を乾燥させたものは薬用される。

食用 編集

根を除く全草は野菜として、生または乾燥品を食用にできる[15]。スベリヒユおよびその近縁の種は健康食品としても使われるω-3脂肪酸を多量に含む植物として知られている[17]。栄養的にも優秀な野草で、ビタミンCミネラルを多く含む[10]。日本では東北地方沖縄野菜として親しまれている[16]。採取適期は暖地が5 - 11月ごろ、寒冷地は6 - 9月ごろが適期とされ[13]、開花前の地上部をナイフで切るとる[10]。地域によっては食料として畑作もされており、栄養の豊富なスーパーフードとして「パースレイン」(または、サマーパースレイン)という名でよばれ、野菜として販売もされている。

主に若い枝葉や花をつけていない茎の先を茹でてから水にさらし、おひたし和え物油炒め酢の物煮びたし、汁の実にするが、アクがあるので水にさらして調理する[11][3]。ポピュラーな食べ方は、辛子醤油和えといわれる[10]天ぷらきんぴら味噌漬けにしてもよい[4]。食味は口当たりがよく、「ぬめりと酸味が身上」「ぬめりと独特の風味は野菜にはないおいしさ」「酒の肴に向く」と評されている[13][10][3]

茹でてから天日干しにし、乾燥させて保存すると生より旨味が増し、使いたいときに水に戻して利用できる[4][3]。戻したものは、汁の実、煮びたし、酢の物、炒め物にして食べる[4]。東北地方では乾燥品も市販されていて[13]山形県では「ひょう」と呼び、茹でて芥子醤油で食べる一種の山菜として扱われており、干して保存食にもされた。また沖縄県では「ニンブトゥカー(念仏鉦)」と呼ばれ、葉物野菜の不足する夏季に重宝される。

ヨーロッパでは、「パースレイン」(Purslane)という名でよばれるハーブで食用にされ[16]トルコギリシャでは生または炒めてサラダにする。

「ひゆ菜」「莧菜/苋菜広東語:インチョイ)」「chinese spinach」などの名で流通している葉菜があるが、これは別科(ヒユ科)のアマランサスの一種である。

薬用 編集

夏に全草を採って根を除き、水洗いして日干し乾燥したものは生薬になり、馬歯莧(ばしけん)と称されている[15]民間薬として解熱解毒利尿や虫刺されに効用があるとされる[15][20]。生葉の汁は、虫刺されに直接塗る用法が知られる[15][21]。皮膚の湿疹や赤みのあるにきびには、1日量5グラムの馬歯莧を、600 ccの水で半量になるまでとろ火で煎じて、3回に分けて服用するか、直接洗う用法が知られる[11]冷え性下痢しやすい人への服用は禁忌とされている[11]

古くプリニウスの『博物誌』では、porcillaca として、さまざまな傷病に効く薬草として紹介されている[22]

近縁種 編集

栽培種に、花が大きい園芸種のハナスベリヒユ(ポーチュラカ)がある[15]。ポーチュラカの名は、スベリヒユの学名に由来し[7]、スベリヒユはポーチュラカの原種になっている植物でもある[23]。また、同属にはマツバボタンがあり、茎葉の形や様子はスベリヒユに似ている[7]

 
ハナスベリヒユ
  • タチスベリヒユ P. o. L. var. sativa (Haw.) DC.
    野菜として栽培され、高茎となる[19]
  • ハナスベリヒユ Portulaca oleracea L. x P. pilosa L. subsp. grandiflora (Hook.) R.Geesink[24]
    花が大きく花卉園芸用によく使われ、スベリヒユ属の学名に由来した「ポーチュラカ」の名で親しまれる。花は2cmから3cm程度、色は多彩で白や黄、桃色、薄紅色などの種類がある。温暖な間は常に連続的に花を付けるが、不稔。[要出典]高温と乾燥に強いが、多湿や寒さには強くない。性質的にもスベリヒユと近く、丈夫で手のかからない園芸植物である。スベリヒユと同様に生でも加熱しても食用可能。ω-3脂肪酸も多く含み医学的効果も期待される。スープにすると独特のぬめりがある。また実も生で食用にしたり、パンに混ぜたりして使う[25]

スベリヒユと錬金術 編集

日本の江戸時代の書物の中に、スベリヒユの葉から水銀を採るという術書があり、エンジュで作った木槌でスベリヒユの葉を砕いて干すと、6キログラムの葉から150グラムの水銀が採れると書かれていたという[26]。しかし、この文献の記述は嘘の内容であり、西洋の錬金術と同じく成功することはなかった[26]

脚注 編集

  1. ^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Portulaca oleracea L. スベリヒユ(標準)”. BG Plants 和名−学名インデックス(YList). 2023年5月20日閲覧。
  2. ^ 米倉浩司; 梶田忠 (2003-). “「BG Plants 和名−学名インデックス」(YList)タチスベリヒユ”. 2011年8月20日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j 金田初代 2010, p. 145.
  4. ^ a b c d e f g h i j k l 篠原準八 2008, p. 24.
  5. ^ a b c d 米倉浩司; 梶田忠 (2003-). “「BG Plants 和名−学名インデックス」(YList)”. 2011年7月1日閲覧。
  6. ^ a b c d 田中修 2007, p. 114.
  7. ^ a b c d e 田中修 2007, p. 112.
  8. ^ 大場 (2002)、pp. 217–219
  9. ^ a b c 近田文弘監修 亀田龍吉・有沢重雄著 2010, p. 188.
  10. ^ a b c d e f g h i j 高野昭人監修 世界文化社編 2006, p. 102.
  11. ^ a b c d e f 貝津好孝 1995, p. 187.
  12. ^ a b c d e f 『日本の野生植物』 (1999)、p. 31
  13. ^ a b c d e f g h 高橋秀男監修 2003, p. 79.
  14. ^ 馬場篤 1996, p. 69.
  15. ^ a b c d e f g h i j k l m 馬場篤 1996, p. 96.
  16. ^ a b c 亀田龍吉 2019, p. 60.
  17. ^ a b 亀田龍吉 2019, p. 61.
  18. ^ CAM: Crassulacean Acid Metabolism
  19. ^ a b 大場 (2002)、p.222
  20. ^ 『薬用植物学』 (1999)、p. 104
  21. ^ 大場 (2002)、p. 218
  22. ^ 該当節の英訳全文Perseus Digital Library
  23. ^ 田中修 2019, p. 60.
  24. ^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-) YList:ハナスベリヒユ 2011年8月20日閲覧。
  25. ^ Purslane - Portulaca umbraticola L
  26. ^ a b 近田文弘監修 亀田龍吉・有沢重雄著{2010, p. 188.

参考文献 編集

  • 岩瀬徹『形とくらしの雑草図鑑 : 見分ける、身近な280種』全国農村教育協会〈野外観察ハンドブック〉、2007年、29頁。ISBN 978-4-88137-135-0 
  • 大場秀章『道端植物園:都会で出逢える草花たちの不思議』(初版)平凡社平凡社新書〉、2002年。ISBN 4-582-85139-8 
  • 貝津好孝『日本の薬草』小学館〈小学館のフィールド・ガイドシリーズ〉、1995年7月20日、187頁。ISBN 4-09-208016-6 
  • 金田初代、金田洋一郎(写真)『ひと目でわかる! おいしい「山菜・野草」の見分け方・食べ方』PHP研究所、2010年9月24日、145頁。ISBN 978-4-569-79145-6 
  • 亀田龍吉『ルーペで発見! 雑草観察ブック』世界文化社、2019年3月15日、60-61頁。ISBN 978-4-418-19203-8 
  • 近田文弘監修 亀田龍吉・有沢重雄著『花と葉で見わける野草』小学館、2010年4月10日、188頁。ISBN 978-4-09-208303-5 
  • 佐竹義輔大井次三郎北村四郎 他『日本の野生植物 草本II離弁花類』平凡社、1999年。ISBN 4-582-53502-X 
  • 篠原準八『食べごろ 摘み草図鑑:採取時期・採取部位・調理方法がわかる』講談社、2008年10月8日、24 - 25頁。ISBN 978-4-06-214355-4 
  • 高橋秀男監修 田中つとむ・松原渓著『日本の山菜』学習研究社〈フィールドベスト図鑑13〉、2003年4月1日、79頁。ISBN 4-05-401881-5 
  • 高野昭人監修 世界文化社編『おいしく食べる 山菜・野草』世界文化社〈別冊家庭画報〉、2006年4月20日、102頁。ISBN 4-418-06111-8 
  • 田中修『雑草のはなし』中央公論新社〈中公新書〉、2007年3月25日、112-114頁。ISBN 978-4-12-101890-8 
  • 野呂征男、水野瑞夫、木村孟淳『薬用植物学』(改訂第5版)南江堂、1999年。ISBN 4-524-40163-6 
  • 馬場篤『薬草500種-栽培から効用まで』大貫茂(写真)、誠文堂新光社、1996年9月27日、69頁。ISBN 4-416-49618-4 
  • 平野隆久写真『野に咲く花』林弥栄監修、山と溪谷社〈山溪ハンディ図鑑〉、1989年、349頁。ISBN 4-635-07001-8 

関連項目 編集

外部リンク 編集